オンテギ・ウルト   作:ヤン・デ・レェ

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ここから外伝30話まで、ぐんぐん動いていきます。


外伝12:クラッシス・オンテギ

 

 

 

 

 

天朝様こと、時の帝の目論見は平地が少ない日ノ本において、その大部分を占める山と森を開墾し、その土地を人間の支配領域へと変えることである。

 

人口を増やすにしろ、養うにしろ、この時代の絶対的な価値基準は米であり、また農耕であった。

 

アサノ公方が地侍たちを糾合してタタラ場を攻めた際も、鉄の向こうにより豊かな国を作り、より多くの米を作り、より多くの人口を養うことを見据えていたことは想像に難くない。

 

ただし、『原作』と異なる点はタタラ場が鉄の輸出に対して非常に消極的であり、高品質の工具や什器や農具として流通を許している点を除けば独占状態にある点である。

 

加えて、タタラ場による自然破壊は、高砂や満洲や明、朝鮮の沿岸部に建設されている城塞に守られた工房都市群において、分散されて行われて居るため局所的である。

 

また、オンテギ主導の大規模な植樹事業、治水事業により、農耕のための農地と農水の保全が製鉄業と両立されている為に、森林破壊による周辺への影響は微少だと言える。

 

加えて、しばしば勘違いされがちだが、オンテギの本業は製鉄ではなく倭寇であり、より厳密にいえば海運と海軍事業である。

 

そのため、その日ノ本では見慣れない形式で構築された、見事な城塞都市の有様から見て、恰もタタラ場がオンテギの『力』の中枢かと思われがちだが、実情は真逆である。

 

海の道の保衛と、その安全に基づく交易ルートの掌握こそが、オンテギらに有り余る、巨万の富を齎しているからくりの正体であり、その無尽蔵の国家的体力を保障しているのだ。

 

オンテギが所有する艦船の大半は分捕り品であるが、彼は分捕るたびに最寄りの港で徹底的な改造を施しており。

 

それらの船は概ね大中小に分けられるものの、その大半が武装商船とも呼ぶべき艤装が施されているのだ。

 

また、その数も実に膨大であり、清潔と食に煩いオンテギがフルーツや海水シャワーなどを無遠慮に持ち込んだため、壊血病対策などが自然と整えられた、長期航海にも向く巨大艦隊が爆誕したのである。

 

その規模、実に数千隻。無論、船の種類も千差万別であるが、その大中小の大だけでも数百隻を揃えていることから、同時代においては比肩するところのない、空前絶後かつ最大最強の巨大艦隊であることには違いなかった。

 

オンテギはこれらの船舶を帆船とは考えられない尋常ではない速さで機動させることも大の得意であるので、海戦においても未だ無敗を誇っている。

 

そんな巨大艦隊の大半のそもそもは、明や朝鮮や高砂や日本の諸侯や豪商が建造したものであるのだが、それはさておき、陸上拠点で落ち着くようになったオンテギは、しかし、しばしば海に出ては開拓団に混ざったり、或いは海賊働きをしたり、将又、海戦の指揮を執ったりしているため、その武名は今なお健在である。

 

オンテギは周辺国の沿岸部の村々にとっては何も言わずとも良心的なレートで物々交換に応じてくれる太っ腹な船主であり、働き手として人を雇ってくれて外貨を落としてくれる貴重な存在でもあった。

 

そのため、彼自身もしばしば言うように、他の倭寇と呼ばれる連中とは異なり、オンテギ一家が縄張りとする海域における沿岸部の諸都市は群を抜いた発展度合いを有するのである。

 

これは日本にも言えることであり、『淀めば金も腐る』というオンテギの箴言を借りれば、オンテギの物惜しみしない性質がそのまま、現状の沿岸部における諸都市の繁栄につながっていると言っても過言ではないのだ。

 

オンテギはとかく金を過剰に貯めこむことを嫌っており、それは国家も個人も例外ではない。

 

そのため、基本的には自由なタタラ場における数少ない決まり事の一つに、『金を貯め過ぎずに使う』というものがある。

 

これは衣食住が保障されていて、最低限の不安を取り除かれているからこそ可能なことなのだが、オンテギの思想に慣れ切った人々はこれを非常に有難がり、また同時に、忠実に実践しているのである。

 

この金を使う、金を回す、ということを重視する思想の表れとして、タタラ場には金銭を払わずとも食せる大食堂とは別に、個人や集団により経営されている(たな)と呼ばれる金銭の支払いを要する店舗が存在し、これが外食産業や服飾産業、手工業などを中心に文化の萌芽を牽引しているのである。

 

基本的に税の概念が存在しないのに賃金は発生するので、タタラ場では所得税でとられる分が所謂『使え税』として、貯蓄とは別の概念として、月末までに使い切らなければならない分として理解されているのだ。

 

これは企業の形式をとる各種の(たな)にも言えることであり、設備投資や素材の厳選やらに資金を積極的に投入することが推奨されている。

 

オンテギ曰く、『誰であっても金持ちになるのは構わないが、金持ちなら身代にあった金を使わなければならない』のである。

 

過度の蓄財が齎す悲惨というものを前世で嫌と言うほど見た経験が生かされて、個人所有を否定せずに過剰蓄財を制限するという資本主義と共産主義のごちゃ合わせを、オンテギは何の気なしに熟しているのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、そんなタタラ場の繁栄を苦々しく思いつつも、一方でシシ神退治をしてくれるのではないか、という期待を抱いているのが、京に坐すやんごとなき人々であり、その下部組織である師匠連である。

 

今では塾講師が板についてきた唐傘連の密教僧たちも、元を辿れば師匠連の下部組織として、タタラ場に影響力を行使してシシ神退治をさせるために送り込まれた者どもであったのだ。

 

コミュニティとして日の浅いタタラ場など、熟練かつ狡猾な唐傘連の手に掛かれば鎧袖一触、簡単に手のひらの上で踊ってくれるものと考えていたのも束の間であった。

 

折角送り込んだ唐傘連は一人として命を奪われることもなく、かしらのジコ坊ともども宿舎に押し込まれて三食昼寝付きの洗礼を浴びたあと、オンテギの拳骨を受けて作ったたんこぶを、最後の意地で人質にとった子供に慰められて、今や熱心な子守り役兼教育者へとジョブチェンジを果たしてしまったし。

 

虎の子であり、情けを掛けてやってきたつもりであった石火矢衆も、丸ごとタタラ場に吸収されてしまっているのが現実である。

 

当の師匠連はというと、ジコ坊達がこれまで師匠連の敵に発揮してきた老獪さを、今は逆に師匠連に向けて発揮しているため、情報攪乱が見事に嵌り、彼らはまったくもって現状のヤバさが理解できていなかった。

 

そんなわけで、帝からせっつかれた師匠連は傘下(にまだいると思っている)の唐傘連にジコ坊を通じて新たに命を下した。

 

一つは、『シシ神の首を献上すれば官位を与え、正式に当地の領主として認める旨を再度、使者を遣わして伝えること』。

 

そしてもう一つは、『可能ならばエボシとオンテギを仲違いさせて、どちらか、或いは両方を排除してタタラ場を掌握すること』であった。

 

更なる援助として、師匠連は『天朝様』の書付を添えた。

 

そこに書かれていたことは

 

『タタラ場がダメなら、アサノ公方を始めとした諸侯を糾合し、彼らにシシ神を退治させること』

 

という旨に加えて。

 

『その首を献上した者にはタタラ場を与えることを勅する』

 

というものであった。

 

書付は『勅命』として各地の豪族や諸侯に向けて発布され、その中には昔日にタタラ場に完敗を喫したアサノ公方の名も含まれていた。

 

無数に発布された書付には褒美となるタタラ場がどれだけ豊かで富強であるかが事細かく書かれ、魅力的なあることないこと数多、とにかく業突く張りな侍どもの涎を垂らさせるには十分な内容であった。

 

果たして、そのような師匠連の動きは当然ながら唐傘連もといジコ坊を通じて、主にエボシ御前には筒抜けであった。

 

 

 

 

 

 

 

タタラ場の天主閣。会議の為に諸人が集まった場で、最奥の重要な席の左にエボシ御前が、右にゴンザが、そして唐傘連の席にはジコ坊が、女衆の席にはおトキが、石火矢衆の席にはすっかり健康になった長がいた。

 

壁は分厚く、天井にまで鋼板が敷かれた、質実剛健な作りの部屋はいつでも籠城可能な実用一辺倒ながらも、機能美とでも言うべきものが光っていた。

 

その部屋の中、ジコ坊から齎された書状の内容に、タタラ場の幹部たちは唸った。オンテギの席はいつもどおり空席である。

 

「ジコ坊、知らせてくれて感謝する」

 

エボシ御前が言うと、ジコ坊は首を振った。

 

「や、や、なんのなんの、こういう働きができるのもあと少しだということよ」

 

ジコ坊を始めとした唐傘連は既に肚を決めているのか、落ち着き払っていて、そんな諧謔まで添える余裕があるようだった。

 

「ならば、新しい役目でも考えておこうか。オンテギに相談しておくとしよう。あの人は仕事を考えさせれば右に出る者がいないからな」

 

「ははは、まったくだ、言い得て妙よ…」

 

エボシもジコ坊に倣い諧謔を返したが、それは遠からず実現しそうな話である。ジコ坊はどんな仕事を任せられるのか、期待半分怖さ半分だった。

 

だが、今はそれよりも目の前の女傑が、書状を読みながら狂乱しないか心配で仕様がなかった。特に、二人を仲違いさせよ、という指示の一点においては。

 

「ふむ、師匠連は自分の足元が燃えていることに気付かずに、よそにも火を付けようと考えてるようだ」

 

「ほう、ほう、こりゃ、なかなか考えたもんですな…して、エボシ様、この件、兄ぃにはお知らせするべきだと思いますが」

 

「わかっている。だが、よく考えたにしては、私たちのことを知らなさすぎるな」

 

書状を回し読んだエボシとゴンザの会話だった。エボシのちくりと刺すような毒に気付いた者は少なくなかった。

 

いつでも冷静なエボシだが、本当に激しい怒りを覚えた時ほど、彼女は冷酷に澄み切った思考になるのだ。

 

単純で直情的な傾向を知性で押さえつけているゴンザなどとは対照的に、エボシの冷静さは天性のものであった。

 

「ゴンザ、ジコ坊、そして皆の衆…私たちは、()()軽く見られているらしい」

 

「この城は見事なものだと、一目で分かるように作らせたんだが…奴らには、見るべきものが見えていないようだ」

 

それは、冷たい怒りが漲る、凛と澄んだ声だった。

 

「一応、言っておく。私とオンテギが仲違いをすることはあり得ない。だが…」

 

そこで一度言葉を切ると、エボシは凄絶な笑みを浮かべて言った。

 

「だが、その時は必ずオンテギを生かせ。邪魔になるなら私を殺せ。あの人のことだけは裏切るな」

 

「わかったな?」

 

場は静まり返った。ジコ坊は鼻を掻きたいと思ったが、思うように動けなかった。

 

掻痒感が強まる中で、ダン!と大きな音を立てて立ち上がる者がいた。

 

「エボシ様!」

 

おトキだ。

 

「エボシ様!どうかっ、冗談でもそんなことおっしゃらないでくださいッ!」

 

おトキは続けた。

 

「私たちを信じてください。もっと、今よりもっと頑張りますから!それで、きっと、その時はッ!お二人とも生かして見せますよ!」

 

エボシは冷静である。だが、冷静になればなるほど、彼女の怒りは煮詰められているように、周囲からは見えた。

 

そして、それは概ね事実である。

 

ただ、その怒りの大きさについては、諸人の想定を遥かに凌駕しているのだが、そのことまで正確に把握できているのは付き合いの長くなったゴンザと、世慣れたジコ坊、それから同じ女のおトキくらいのものだった。

 

そして、一番にそのことに気付いたおトキだからこそ動けたのだ。

 

砂漠で水を得たとばかりに、それに周囲も同調する。

 

「エボシ様!私たちにはお二人の内、どちらかが欠けてもダメなんです!」

 

「そうですよ!この先もずっと、お二人を俺たちに担がせてください!」

 

「アサノ公方を追っ払ったときは、今よりもずっと小さかったじゃないですか。今はその時よりもっと、ずっと大きくなったんですから負けやしませんよ!」

 

「そうだそうだ!地侍が何するものぞ!御大将は明の天子様との戦だって勝っちまう御人よ!天朝様が相手だろうと、何を怖いことがあろうか!」

 

「石火矢衆一同はみな、お二方に浄土の果てまで、その九世までお仕えしたいと思うております」

 

会議の場は結果的に好い意味で発奮した。脇からエボシの横顔を盗み見ていたジコ坊は、なんとかなりそうだと胸をなでおろした。

 

そのあとは、相手をどう打ち負かすのか、喧々諤々の議論が展開されつつあったが、エボシが手を上げて制した。

 

「みんな、ありがとう。その気持ちはオンテギにも伝わっているよ。みんながそうであるように、あの人もみんなのことが大事だからね」

 

今度こそ自然な笑みでそう言うと、立ち上がり、書状を無造作に足元に投げて言った。

 

「これは私の…陸の裁量を超えたものと考えるが、異論はあるか?」

 

エボシ御前を以てしても、この事態の広がりは想定を、というよりも裁量を超えたものと見たようである。

 

彼女からの問いかけに、一同は「異論なし」と深く頷いた。

 

それを見て、エボシも頷く。

 

「では、我らの主人(しゅじん)に裁定を仰ぐ。結果は追って知らせる故、この場は解散だ。みんな、ご苦労だった。トキもありがとう」

 

おトキが「とんでもない!」と言うのに笑みを零すと、羽織っていた着物を翻しながら、エボシは最愛の(伴侶)のもとへと報告に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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