オンテギ・ウルト   作:ヤン・デ・レェ

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外伝20:『旗衆』

 

 

 

「始まったな」

 

「はい、始まりましたな」

 

タタラ場の天主の楼閣から、シシ神の森に高く昇る火柱と煙を見てエボシが呟き、ゴンザがその呟きを拾った。

 

たんたんたん、と活発な足音が聞こえて、誰かが登ってくるのがわかった。

 

「エボシ様、こっちももうじき始まりそうです。侍どもが動き出しました」

 

女衆の頭であるおトキだった。少し前までタタラを踏んでいたのか、開けた身軽な格好をしている。失くすと悪いからか、今は指輪もしていなかった。

 

恐らくは誰ぞから報せを受けて、エボシのもとにその報せを届けに来たようだ。

 

「ありがとう、トキ。どうやら、そのようだね…」

 

そう言ってエボシは目を細めた。

 

遠目にも五重層の外郭の更に外で、無数の侍が蠢いていた。石火矢を警戒してか、ここからでもわかるほど青竹で作った盾を沢山並べているのがわかった。

 

「私もゴンザも着替えて持ち場に着くとしよう。トキも着替えておいで。死ぬんじゃないよ」

 

「はい!エボシ様もお気をつけて!」

 

おトキの言葉にエボシは微笑んで胸元に手を遣った。

 

「私は大丈夫さ、あの人の守り刀が守ってくれる」

 

「それなら俺もおトキも持ってますぜ?」

 

「ふっ…そうだな、なら誰も死なぬということだ」

 

そう言うと、三人はそれぞれに割り当てられた『旗』の元へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然だが、タタラ場は老人と子供を除いて国民皆兵である。

 

女も男も関係なく、防具や武器弾薬を始めとした装備が支給され、平時にも訓練を欠かすことはない。

 

全体の練度を均一に保つことを目指す一方で、精鋭部隊の抽出と編成、配置も行われており、その基本単位となるものが『(バナー)』である。

 

これはアサノ公方の最初の大規模侵攻を防いだ褒美として『神兵』から欲された際に、オンテギが自ら製作して与えたものが起源になっているものであり、これは『一度地面に突き立てれば、部隊が全滅するか、オンテギが斃れない限り直立し続ける』という曰く付きの代物なのだ。

 

無論、『神兵』達の出身である中華にありがちな誇張表現だと、初めこそ思われていたのだが…実際、今までにこの『旗』が倒れたことも、倒されたこともないのであり、その曰くには信憑性がビンビンに漲っていた。

 

要するに縁起物、ゲン担ぎから始まったのであるが、この『神兵』への『旗』の下賜が思いのほか好評を呼び、部隊の結束を高め、エリートとしての自尊心も育ててくれるということで正式に制度化されることになった。

 

結果、オンテギは慣れない縫物にも熟達し、『旗』の布地の部分まで自作するようになってしまったのだが…それはさておき、そんなオンテギ謹製の『旗』は当初こそ五重層の総構えの城塞にある各門を司る楼閣と、内城と天主閣の門を司る楼閣、そして『神兵』とオンテギ自身の分を含めた合計九つだけであった。

 

それぞれの『旗』は部隊単位としても認識されており、また『旗』を下賜された部隊は最精鋭である証であることから、各『旗』の要員を指して『旗士』、その長を指して『旗長』と敬って呼称する習慣が生まれた。

 

この『旗』のシステムはオンテギの支配領域が拡大されるに伴い、比例して拡大解釈されてゆき、彼を『大天子』や『大天主』或いは『大王』として戴く、各地の独立勢力にもそれぞれの長へ『旗』が下賜されることが最高の栄誉として慣習化するに至る。

 

この為、今日では特に彼に『旗』を下賜された精鋭部隊の隊員を指して『旗士』、その隊長を指して『旗長』、各地の中小勢力の首長を指して『旗主』、各地の大勢力の君主や族長を指して『旗公』と呼ぶことになっている。

 

そんな浅くとも歴史と伝統ある『旗』は主に縁取りの色と意匠により判別され、中でもオンテギの『金紫鷲旗』並びに『金黄龍旗』とエボシ御前の『金紅扇旗』、及びゴンザの『金黒鬼旗』と神兵の『金青龍旗』は特に著名であり、旗色に『金』が含まれる場合は役職に関わらず『旗王(きおう)』に列せられるため、縁取りと房飾りに金色を使うことを許された『旗』の長を特に指して旗王と呼ぶのである。

 

 

 

 

 

 

 

タタラ場には五つの層と内城と天主閣のそれぞれに門と楼閣があり、それらには七福神に因んだ名称が与えられ、それぞれを守護する『旗衆』が配置されている。

 

最も外郭である第一層は最も長大な外周を有し、主に防御設備の為に整備されており、所謂大門である大黒門があり、ここを司るのは男衆の頭に率いられた『銀黒鬼旗衆』である。

 

次いで第二層には食料生産施設と自由市が置かれており、ここの門は布袋門と呼ばれ、司るのは元業病人や亡命者や元奴隷などにより編成された『銀黄龍旗衆』である。

 

第三層はたたら製鉄の為の各種施設、宿舎、公衆浴場、大食堂と工房街があり、門の名は寿老門、司るのは石火矢衆を主軸に置く『銀紫鷲旗衆』である。

 

第四層は住宅街、商店街、学舎、寺院などが集中する暮しの中心地であり、門は福禄寿門と呼ばれ、司るのは唐傘連を主軸に置いた『銀青龍旗衆』である。

 

第五層は貯蔵施設と水源地が集中して置かれており、籠城の際の最終防衛ラインを形成している。門は毘沙門と呼ばれ、司るのは神兵の『金青龍旗衆』である。

 

内側から数えて二番目、病人が皆癒えた今では子供と老人を守る場所として機能している内城を守護するのは女衆の頭おトキに率いられた『銀紅扇旗衆』であり、内城の門を指して弁財門と言う。

 

そして最深部、天主閣は大天主オンテギと天主エボシ御前、及び主要幹部の居住空間並びに政治的中枢として機能しており、かつ港湾部に面し、ここの門を指して恵比寿門と呼ぶ。司るのは大天主が在る時には『金紫鷲旗』並びに『金黄龍旗』が、不在の時にはエボシの『金紅扇旗』が、彼女も不在の場合は城代であるゴンザの『金黒鬼旗』が掲げられることが定められている。

 

そのため、現在の天主閣には主である大天主が不在であることから『金紫鷲旗』と『金黄龍旗』の代わりに次席として天主を務めるエボシ御前の『金紅扇旗』が掲げられており、最前線である第一層には防衛責任者であるゴンザの『金黒鬼旗』と、第一層の防衛を司る男衆の『銀黒鬼旗』がそれぞれ掲げられている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タタラ場の最も外郭にあたる第一層では、ゴンザの『金黒鬼旗衆』と男衆から編成される『銀黒鬼旗衆』を中核に置いた防衛部隊が城外に充満しつつある侍どもの動向に注視していた。

 

タタラ場の外では石火矢対策の青竹の盾が無数に並べられ、その背後から雨あられと矢が降ってきていた。

 

が、その一方で武者による勇ましい吶喊や攻城兵器の影は未だ見受けられず、タタラ場側から打って出るという手は最初から無いために、時折降り注ぐ矢と武者による罵声や挑発行為を除けば静寂が支配しているのが現況である。

 

「締まらんな、こう動きがないと」

 

第一層の大黒門の楼閣上で、ゴンザはそう呟いた。

 

分厚い絹の下着の上からタタラ場製の鋼で作った鎖帷子を纏い、兜は被らず、首からはオンテギから授かった守り刀を下げている。

 

傍らには最新式の石火矢が予備も含めて複数置かれ、大太刀が壁に立てかけられていた。

 

ふと、意識を背後に移すと男衆の伝令役が訪ねてきたところだった。

 

「ゴンザ様ぁ、エボシ様から定時連絡でさ」

 

狼煙か、文書か、竹簡か、木簡か、手旗か。

 

いずれにせよ伝令の書式は定められているので、事が始まるまでは簡単な確認だけだ。

 

「おう、エボシ様はなんだって?」

 

肩を回して力を抜き、ゴンザは手近の椅子に腰かけ、尋ねた。

 

伝令役は記憶力のいい者を選んで任じ、割符を持たせて各門の勝手口を自由に行き来できるようになっていた。

 

目の前の男もそういう者の一人で、受け取った情報を書き付けた紙を律儀に確認しながら読み上げた。

 

「へいっ…我に異常なし、艦隊との交信は良好、港湾部は安全、だそうで」

 

天主閣は海に面した港湾部に直結しており、タタラ場全体を難攻不落と言わしめる最大の要である海上補給が安泰であることは、籠城する側の士気に関わる非常に重要なことであった。

 

そのため、見ればわかることだとしても都度、こうして各所に知らせておくのである。

 

「そうか、ならいい。こっちも動きはなしだ。同じ内容で構わんから送ってくれ」

 

「へいっ、あ、それと昼餉は何がいいかと厨房長が言っとりましたが、何とお伝えしやしょう」

 

「肉を多めに、塩気も多めに、汁気も多めに、何より温かいものにしろと伝えてくれ」

 

食事もまた、兵士の士気を司る非常に重要な要素だった。ゴンザは指揮官として兵士への給食の内容の決定にも裁量権を与えられていた。

 

「あぁ、それと、あと一刻もすれば森のほうは(かた)がつくはずだからな、それまでには動けるように腹六分目にしろと言っておけ」

 

「はぁ…」

 

ゴンザは思い出したように付け加えたが、伝令役はイマイチ合点が行っていないようだった。

 

「折角、食ったもんを吐いたら勿体ないだろ?」

 

「あぁ、そりゃちげえねえ」

 

補足してやると、伝令役は納得して手元の紙束に追加で書き付けるのだった。

 

「ほら、わかったら、行った行った」

 

「へいっ!それじゃあ、失礼しやす!」

 

去っていく伝令を見送ると、ゴンザは立ち上がり、城外のざわめきに再び耳を澄ませるのだった。

 

 

 

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