あの日からエボシの張り切りがスゴい。
もう、スゴ過ぎて怖い。
私の海賊団なのに、既になんかエボシのシンパがたくさん出来ちゃってる気がするのは気のせいかなんかなのか?
なんか、私のことは今にも同志って呼び出しそうな感じで、気さくに接してくれるんだけどさ。
お前、ついこの前まで本当に奴隷だったんか?って感じだ。
それと、この間の夜に話したエボシが陸上拠点の差配をするって話が既に既成事実として広まってることにも恐怖を感じてる。
マジで話の広まる速さがエグない?昨日今日で広まりすぎだと思うんだけど、何隻あると思ってます?手旗信号でも使ってんのかよ。
とにかく、そんな感じで、内内での話では近いうちに船団を分割して陸上拠点を開発する組がエボシに引率されて出向するらしい。
私が知らないうちに勝手にゴンザが向こうでエボシに付きっ切りになってるし。
やっぱり権左じゃなくてゴンザだったか…原作の引力は強力だな…今更だからいいけどさ。
ゴンザこと権左衛門は自他ともに認めるオンテギの右腕であり、大船団全体の中では副統領の地位に就いている。
寒村の洟垂れた乱暴者も、今や泣く子も黙るオンテギ一家の副統領。立派な大物である。
しかし、そんな彼自身は、自分の本分があの寒村でオンテギの子分をやっていたころから寸分たりとも変わっていないことを強く自覚しているのだ。
権左衛門にとっては女よりも金よりも尊敬するオンテギの為に働くことができる事実こそが一番の褒美なのである。
これまでのオンテギの船団にあっては、彼の地位は盤石に違いなく、オンテギの右腕として何かと頼られてきた自負もあった。
だが、ここにきてぽっと出のエボシ何某という女が自分も知らない陸上拠点開発計画を任せられる、という寝耳に水の情報が入ったのである。
権左衛門は当然、オンテギに尋ねた。
「兄ぃ!どうしてあんな、どこの馬の骨とも知れない女に陸のことを任せるなんて言ったんですか!」
「俺にできるとは言いませんよ!でも、俺にも話してくれたってよかったじゃありませんか!」
ここで正直に自分には「できない」と言えるところが権左衛門の美徳であった。
権左衛門はオンテギの右腕と、大船団の副統領と呼ばれるようになってからというもの、努力を欠かしたことがない。
もともと読み書きができなかったのが、今では日ノ本のものだけでなく明国の言葉まで読み書きができるまでになった。
そんな自分を飛び越えて、関係の浅い女に現を抜かすオンテギに、要するに悋気を発したのであった。
だが、そこは流石はオンテギであり、その右腕である。
オンテギは正直に「突然の思い付きであった」ことを話して詫びたのだし、権左衛門の方もオンテギの正直な言葉と真摯な姿勢にすんなり納得して留飲を下げたのだった。
だが、そこで終わらないのが右腕たる所以である。
「エボシに任せると決まった以上は従いましょう。ならば、俺の役目はエボシが兄ぃの顔に泥を塗らずに済むように全力で支えてやるのみです!」
権左衛門…ゴンザはこうして先日以来、エボシについて回っては何かと便宜を図ってやっているのである。
いくらオンテギが法であり、絶対であるとはいっても、この大船団で暮らす人人は千差万別であるのだから、エボシを軽んじるような連中がいないわけではないのであり、そういう時こそゴンザが前に出て行ってこう言うのだ。
「これはほかならぬオンテギ様の御意思であるぞ」と。
そうすれば、どんなに頑固な者でも、どんなに女のエボシの風下に立つことを嫌がる者であっても「オンテギ様が仰られるのであれば」と思ってさっぱりと従ってくれるのである。
何も蟹も、こればかりは如何に優れていても新参者のエボシにはできない芸当であり、長い時間を荒くれ者どもと過ごして尊崇と敬愛を勝ち取ったオンテギと、彼との信頼関係を認められているゴンザと、それぞれの実績であり功名に違いなかった。
はてさて、そんなゴンザとエボシとの非常に密接な業務上の関わりを外からしか見て取れていないオンテギ本人はというと、案の定、権左衛門がゴンザにジョブチェンジを果たして本来の主人の元に馳せ参じたものとばかり考えていた。
ゴンザは自分の手を離れたものとばかり考えているオンテギと、他ならぬオンテギのためとばかりにエボシに付きっきりでいる両者のすれ違いが解消されるのは暫し先の話である。
あの夜からだいたい一か月が経つ頃、遂にその時がやってきた。
エボシを統領に据えた陸上拠点開発船団が出発する時が来たのだ。
結局、ゴンザはエボシの側で事業が軌道に乗るまでは付きっ切りで支えるつもりらしく、向こうの船に移っていた。
少し寂しいが、あいつも、金剛力士みたいな私よりも美女のエボシの元でのほうが働き甲斐があるって正直に言えばいいのに…。
と、閑話休題。
エボシは「また会う時は陸の上で」と私に言い残すと、大船団の三分の一の人員物資を率いて日ノ本の方へと舵を切って行った。
貯めこんでいた金銀財宝も半分くらいはあげちゃったものだから、懐も少しばかし寂しくなったものの、私は余り悲観的ではなかった。
「御大将…本当に石火矢まで預けてよかったんですかい?」
部下がそう言うが、私は頷くばかりだ。だって、あげちゃったんだもの。あげちゃったものは仕方ない。
「あぁ、一度任せた以上は、もうすっかり全部を任せた方が上手くいくんだよ」
私がそう言うと野郎どもはニカっと歯を見せて笑って見せた。
「はぁ…御大将がそう言われるなら、信じますぜ」
口ぶりのわりに、彼らは少しも不安そうではない。
彼らの視線はまっすぐに私に届き、私はその視線から逃げない。
この繋がりには、前世では感じ取れなかった確かなものがあった。
海賊働きばかりの今世だが、そのことが私は誇らしかった。
「おう、そうしてくれ。信じてくれてありがとな」
正直にそう言い笑うと、連中も笑った。
「へへへ…なぁに、今の俺たちがあるのは御大将の御蔭ですから」
「よせやい、照れるぜ」
ガハハと笑って、その日はもう仕事も休んで酒盛りをして、それから沸かした湯に浸した布で体を拭ってから眠った。
生活はまだまだ不便だし、お世辞にも清潔だとは言えない状態だが、エボシとゴンザが上手くやってくれれば、随分とマシになるはずである。
前途洋々、先行きは暗くないぞと自分に言い聞かせてやると、不思議と確かにその通りな気がしてくるのだった。
それからおよそ一年半、私たちは明と朝鮮と日ノ本と、時にはもっと南の海をも荒らしまわり、その名を大いに馳せた。
どこで何をしていても、エボシ達が私たちを見つけられるようにと、私たちは常に自分たちを偽らなかった。
エボシ達がどこで何を聞いたとしても恥ずかしくないように、私たちは私たちの信義に悖る真似だけはしなかった。
私たちは奪う側だが、同時に、常に、奪われる側の味方でもありたいのだ。
せめてもの想いで、食えない者には食わせてやり、悪いことなんて思いつかないように仕事を与えて忙しくさせておく。
食えないと困るし、困ると悪いことをするのだ。これに人種も国籍も関係はないのだ。
だから、私たちが奪うのは専ら、食えるし困っていないのに奪う側に回る連中からである。
それが正しいことだとは微塵も思わなかったが、これくらいならばエボシ達が耳にしても恥ずかしくはないだろうと思ってやっていた。
食わせないといけない口が沢山あっても、私は飢えさせなかった。
時には私が素潜りをして、鮫や鯨を捕まえれば十分に千人でも食わせてやれたのだ。
それだけは素直に誇っても構わないだろう。
そうして、金銀財宝と自由な人間を山積みに積み上げながら待つこと一年と半分ほどか、勢力は元通りどころかエボシ達と別れる前までの二倍ほどに膨らんでいた。
そんな時分、ようやく使者が訪れた。あの権左だった。
「オンテギの兄ぃ!お久しぶりです!ようやくお迎えの用意が整いました!遅くなって申し訳ねえです!」
「よう来た、権左衛門!久しぶりだなぁ!いやいや、遅くなんて全然だ。楽しくしてたくらいだぞ!」
「流石は兄ぃだ、敵わねえ!さぁ、行きましょうや、俺たちの家へ帰りましょう!」
私、オンテギと権左衛門はがっしりと互いを抱き締めあった。
そして、抱擁の後でいつぞやのように権左は野郎どもに声をかけて整列させると、私は一段高い場所に立ち、一歩前に出て口を開いた。
「野郎ども、家に帰る時が来たぞ!家に帰るまでが仕事だから、くれぐれも身体を大事にしろよ!」
言うべきことはそれだけだった。
「うおおおおおおお!!!」
野郎どもは雄たけびを上げて、中には咽び泣くものもあった。気が早いと思ったが、それを言うのは野暮だろう。
私たちは進路を日ノ本に向けた。これで、陸に上がるのは二年ぶりのことになるだろう。
私は無性にあったかいお風呂に入って、それからふかふかのお布団で眠りたいと思うのだった。