・斑鋼(まだらはがね)…斑鋼(まだらはがね)、白斑鋼(しろまだらはがね)、黒斑鋼(くろまだらはがね)、緋斑鋼(ひまだらはがね)。
斑鋼製の刀剣の中でも見事な唐草紋様の物を、特に指して『狼の牙』乃至は『森の剣』と呼ぶ。
要約すれば、オンテギ謹製の特殊鋼である。
異国人たちは挙ってこれを、古代の坩堝製鉄と同じ製法で生まれた珍品だと考えていたが、その鋼に特有の斑模様は坩堝製鉄による賜物というよりも、オンテギが夜のシシガミの姿であるデイダラボッチの体の表面を覆う紋様を見て思い至った、『森と共に生きる鉄』を象徴する紋様である。
この鋼は、オンテギが幾千万と打ち、血と汗水を垂らして鍛え上げた末にようやく生ま落とされるものであり、彼の斑紋様の神聖性は、真正の最高等級ダマスカス鋼の刀剣(ウルフ・バート)を引き合いに出しても、その比ではない。
故に、タタラ場において最も希少価値の高い代物は、金でも銀でも銅でも、ましてやこの地で生まれる鉄でも玉鋼でもなく、この斑鋼なのである。
オンテギにしか生み出し得ないその鋼には、仕上がりにより、その性質に差が生まれることが経験的に明らかになっている。
この仕上がりは凡そ五つに分類される。
第一に、事実上の失敗作であり産出量も多い、無紋の、錆びることのない黒鉄(くろがね)。
第二に、成功作であり実質的なウルフバートの再現物である斑鋼(まだらはがね)。
第三に、より洗練された神聖性を宿し、かつ非常に軽量な白斑鋼(しろまだらはがね)。
第四に、鈍重無比だが強靭性が極められ決して砕けも折れもしない黒斑鋼(くろまだらはがね)。
そして第五に、最も切れ味鋭く、重く、硬く、靭く、神聖な緋斑鋼(ひまだらはがね)。
以上の五つである。
これら五つの中でも、オンテギの血を混ぜ込み、その血で冷やされ、その血で鍛えられることでしか生まれ得ない緋斑鋼(ひまだらはがね)は最も希少価値が高い。
その鍛造の難易度は、あのオンテギをして「とても面倒臭い」と言わしめるものであり、と同時にこの鋼を用いて製作された刀槍は、オンテギにさえ「痛そう」と言わしめる鋭利さを有するに至るのである。
その希少価値と危険性から、緋斑鋼が刀や槍の素材として用いられることは非常に稀なことであり、専ら守り刀や鏃の素材として活用される。
そのような事情の中で、数少ない例外として
タタラ場の娘サンは、この槍を『黒鉄の森の戦い』の直前に餞別として授けられ、山犬の娘サンは『黒鉄の森の戦い』の直後に褒美として授けられている。
このことは、傍目から見れば実子との間に差をつけたかに見えるのだが、実際には純粋な親心と御褒美の為に与えられたものである。
オンテギに差別化する気があったならば、そもそも山犬の娘サンに、自らが佩く、自らを傷つけ得る唯一の素材で鍛えられた刀を、その場で賜うような極めて危うく常識外れな行動は、到底行われ得なかっただろうという点には疑問の余地がない。
また、見方を変えればこの価値判断は、真逆のものへと逆転しさえもするものである。
片割れが、親から餞別としてタタラ場の娘サンに与えられた、謂わば貰い物である槍に対して、もう片割れの山犬の娘サンに与えられた山刀は、彼女が実力のみで勝ち取ったものである。
その贈与の形態を比較した際に、前者が縁故に基づくものだとすれば、後者は純粋な能力評価に基づく物であり、この視点に依拠すれば、その物質的、心理的な価値は後者が前者を遥かに上回るのである。
このように、見方により左右されることもある二つの例外は、その価値の相手よりも優れたるを、互いに一歩も譲らない点も含めて、非常に拮抗した、また均衡した由縁を持つ物なのだ。
結局のところ、どちらがより愛されているか、どちからがより思い遣られているか、という点の競い合いが二人のサンの間には淑やかにも起きているのである。
この点に関してはオンテギの胸先三寸、ただの一言で決着がつく話なのであるが、彼がこの点について言及することは、その人柄から言っても、また『二人のサン』の危うさを吟味した上でも同様に、爾後永劫、在り得ないことだと断言できるであろう。