オンテギ・ウルト   作:ヤン・デ・レェ

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外伝27:太陽を射る者 後

 

 

 

 

黒鉄の全身甲冑を纏ったナゴの守と御盾衆が突撃する中を掻い潜り、それら全てを追い越して二人のサンが先頭に躍り出た。

 

「「立ったまま死ねッ!!!」」

 

あくまでも誇り高くあれ。

 

二人の声が重なり、緋色の斑鋼で鍛えられた槍と山刀がそれぞれ振るわれた。

 

「もののけ姫だ!もののけ姫が出たぞーーー!!」

 

陣張を囲む柵を飛び越えて、食い込むや破茶滅茶に暴れまくる二人のサンに、目眩が未だ直らない武士たちはなす術なく討たれ、次々に首を刎ねられ、喉を切り裂かれていく。

 

「囲め!囲めーーーッ!」

 

「もののけの手先がッ!死ねぇぇえいっ!」

 

囲んで討ち滅ぼそうと動き出すも、時すでに遅し。

 

見上げる様な巨体の上に、更に巨大な存在感を戴きながら、小山の様な大猪神ナゴの守が直ぐそこまで迫ってきていた。

 

「よくやったな。偉いぞ!サン!ナゴ、もう遅く走らなくていいぞ。好きにやれ」

 

『よくやったぞ娘たち!流石はオンテギ公の娘と山犬の姫だ!今度は我らの番だ!危ないぞッ、その道を開けろ!!!』

 

ぶもおおおおおおおお!!!

 

首をポンポン叩かれて、オンテギに耳打ちされたナゴの守と御盾衆が、今までの勢いを遥かに抜き去る凄まじさで直走り、その激流をままに、柵ごと陣張を引き倒して侍の軍勢の土手っ腹に突っ込んだ。

 

続く猪神達も負けじとグングン加速して、柵を飛び越えて直ぐのところで大立ち回りを披露する二人の姫を器用に避けながら抜き去ると、あっという間に侍達の前衛を真っ二つに引き裂く流れに続いた。

 

『ものども!一番槍はタタラ場の姫と山犬の姫のものだ!触れ回ってやれ!』

 

ぶもおおおおお!とナゴの守に応える猪神達。

 

小粋な真似をしながらも、その脚は止まることがない。

 

その巨体の上に跨り、微動だにせず両腕を組んでいるオンテギは、今や寸鉄すら帯びていなかった。弓も持ってはいない。

 

だが、オンテギが、ただそこに在るだけなのにも関わらず、否、ただそこに在るだけで、侍達は恐れ慄き、味方は勇気づけられ更に勢いづいた。

 

『友よ!我らはこの先を行くか!』

 

ふと、ナゴの守がオンテギに問いかけると、彼は首を傾げて、苦笑を漏らし、再びポンポンとナゴの守の首元を叩いた。

 

「このまま進み、私たちはタタラ場まで突き抜けるとしよう。エボシ達も動き出すだろうしな。残りはこの場で傷口と混乱を押し広げろ!」

 

オンテギの言葉にそれぞれの『応』が返ってくる。

 

ナゴの守は続けて問うた。

 

『今回は囲まなくていいのか?』

 

それに対して、オンテギは不敵に笑い、言った。

 

「囲むさ、前よりも完璧にな!」

 

瞬間。西から侍達の絶叫が轟き、それを遥かに上回る、猛り狂う無数の雄叫びが響いた。

 

ぶもおおおおおおおおおお!!!!!

 

それはナゴの守の一族の戦士達よりも、遥かに膨大な数の猪神達の雄叫びだった。

 

『これはッ!?』

 

「ほうら来た、白くてデカいのが来たぞ!」

 

ナゴの守が驚愕し、一瞬、足すら停めてオンテギの方に振り返ると、オンテギはしてやったりとニヤリと笑って言った。

 

『兄弟達だッ!西から兄弟達がやってきたッ!!!』

 

「あぁ、あれを見ろ。先頭に立つ大猪神を」

 

『嗚呼!なんと!間違いない!あの四本牙の白き兄弟は!鎮西の乙事主ではないか!!!』

 

「はははははははッ!ナゴ、まだだぞ?まだ、青いのが残ってるからな?」

 

歓喜と驚嘆に身を震わせながら、ナゴの守が再び駆け出す中、オンテギは心底楽しそうに笑い、そんなことを言ったが、今のナゴの守はそれどころではなかった。

 

『御盾衆はこの場に残り一族を守れぃ!我とオンテギ公はタタラ場まで突き抜ける!遥々やってきてくれた兄弟に恥ずかしいところを見せるでないぞッ!』

 

ぶもおおおおおお!!!と勇ましい呼応が響く。

 

加速するナゴの守が先駆し、対して御盾衆は蹄を大地に打ち込んで、脱兎の如き身軽さで引き返し始めた。

 

取って返す勢いで、一族を石火矢から守る為にその場に残りつつも、その一族と共に侍を挟み撃ちにして散々に突き上げ、押し退け、轢き潰した。

 

そして、そこに一拍遅れて、完璧なタイミングで火竜騎兵が飛び込んできた。

 

「放てッ!!!」

 

ジュッ!

 

ゴボボボボボボボッ!!!!

 

先頭に立つ指揮官の短い下命に従い、一千騎のうち、前峰を担う数百騎が一斉に石火矢に点火。

 

直後、ドラゴンの吐息が味方を除く全方位の敵に向かって解き放たれた。

 

それは燎原の炎の如く燃え上がり、大地を焦がし、侍の体をその鎧ごと焼け付かせた。

 

「交代し、各個で放てッ!」

 

じりじりと遠くからも肌を焼く様な、激しい火の吐息が去ったところで、指揮官が再び叫んだ。

 

ジュッ!

 

ゴボボボボボボボッ!!!

 

そしてまた、数百余の竜の焔が、アサノ公方の軍勢の膏肓にて迸った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「公方様!大猪が向かってきますぞ!いかが致します!」

 

「公方様!陣が!陣が燃えておりまする!」

 

「公方様!もののけ姫が!それも二人も現れました!次々と兜首ばかりが討ち取られております!」

 

「公方様!タタラ場が俄かに攻撃を!今までになく夥しい数の石火矢が火を吹いております!梯子で寄りつくこともできませぬ!」

 

「公方様!」「公方様っ!」「公方様ッ!」

 

「…………」

 

アサノ公方の本陣は先日の混乱に更に拍車をかけた様な最悪の状態であった。

 

残余の地雷火全てを投入して、猪突猛進のもののけ共を討ち果たすことを前提に置いた策を成功させる為に、誘引の端緒となる様に薄く張った防御柵が、御陰様で防御として全く機能を果たさなかったのである。

 

無論、想定外は他にもあった。

 

否、想定外しかなかった。

 

猪達の衝撃力も想定を遥かに超えていたし、西の山裾から突撃してきた夥しい数の猪達による、息を合わせたとしか思えない完璧な呼応により、アサノ公方は三方を囲まれた状態にあった。

 

城攻めのために薄く広く布陣していた軍勢を、オンテギが全く攻勢を仕掛けて来ないことをいいことに、温存目的に、また自己保身のために本陣の備えとして、と同時に城の一面のみへの徹底的な無理攻めの為に、分厚く狭く布陣し直していた点も不味かった。

 

全体として自ら首を絞めたと言えるが、戦略的、戦術的には常に最適解を踏んできたと言うから手に負えない。

 

ただ、結果としてアサノ公方の軍勢は自ら火に身を投じたも同じであった。

 

つまりは、包囲される上では完璧な環境が、アサノ自身の的確な指示と、その老獪な知性の上で、どういうわけか整えられていたのである。

 

狭く分厚い陣張は、通常の戦いにおいては決して無力でも無意味でもないが、今この時だけは無力かつ無意味であり、いっそ有害であった。

 

戦闘幅が見事なまでにオンテギ側の有利に働く塩梅となり、東を除いた三方位において数千単位での戦闘幅しか確保できない状態に陥っていたのである。

 

この為、兵数の差で言えば圧倒的なアサノ側に対して、個々の戦力差で言えば圧倒的なオンテギ側にしてみれば、現在の状況は正に格好の狩場に繰り出した形であった。

 

そして、タタラ場はこの戦況の慌ただしい変化にも敏感に反応して、待ってましたとばかりに温存していたのであろう輪をかけて無数のと表現する他ない夥しい数の石火矢に火を噴かせ、アサノ公方の軍勢に容赦なく圧力を掛けてきたのだ。

 

石火矢の集中砲火を浴びて、また大石火矢が炸裂するたびに兜首が、時には武将や侍大将までもが落命するような状態では、最早、指揮系統はズタズタに引き裂かれた後であった。

 

回復は不可能。

 

残るは東のみ。

 

「そうだ、東だ…」

 

アサノはぼんやりと、今更気付いた様に呟いた。

 

「東だ。東に行く。退くぞ。こんなところで、わしは死なんぞっ…死んでたまるかッ!」

 

アサノ公方は近習や馬廻りだけを連れて逃げ出すことに決めて、重臣たちから決を採るまでもなく動き出した。

 

「動ける郎党は皆東へ退け!こんなものッ!最早、戦などではないわ!」

 

「公方様、師匠連との連絡役はいかがします?」

 

「阿呆か、消せ!消すに決まっとるだろう!おっと、待て待て、手は汚すなよ?猪共の方に追い遣って殺させろ」

 

アサノはことここに至って、尚も冷静さを完全には失っていなかった。

 

公方にまで成り上がった侍の意地があったのか、彼はこの時、脳裏に捲土重来の夢を描き、その為の手段としてタタラ場との同盟すら思い浮かべていた。

 

それが叶うかは別として…。

 

「では、借り物の兵どもはいかがなさりますか?」

 

側近が尋ねると、アサノは鼻で笑い飛ばした。

 

「ふんッ…元はと言えば死場所を求めてきた者共よ。存分に死なせてやれい。変に残せばわしの土地が荒らされる。それならば、タタラ場の近くで死ぬまで暴れさせた方が余程役に立つ」

 

「して、撤退命令は…」

 

「石火矢衆はどれだけ残っておる?」

 

「それが…ほとんど」

 

「なら、そいつらは山犬共にぶつけろ。殺せずとも妨げにはなろう。それと…撤退命令はわしの郎党以外には出すな。首だけにした連中の郎党共にも、同じ様にいたせ」

 

「…ははっ」

 

「わかったら、さっさと行け!」

 

アサノ公方はそれだけ言うと、さっさと馬に飛び乗った。

 

「駆けるぞ!馬廻りはわしを中心に、固まって進め!」

 

そして、アサノ公方の手勢は戦場から逃げ出して、東へと。

 

唯一、開け放たれている東へと向かい駆け出したのである。

 

 

 

 

 

 

 

アサノ公方が僅かな供回りと共に戦線離脱を図る中、それを高みの見物と洒落込んでいる者たちがいた。

 

「おぉ〜!来よった来よった!ほんっとうに来よったぞ!」

 

ジコ坊と猩々たちである。

 

彼らは山の頂上付近に陣取り、アサノが東へと逃げ出すであろうと言う、オンテギの見立てに基き戦況を具に監視していたのである。

 

「ジコボウ様、わしらも動くか?」

 

「サムライども、殺すか?それとも、捕まえるか?」

 

「いや〜!そうしたいのは拙僧も山々なんだがなぁ…大天主様から授かっとる策に曰く、『青いのを見届けろ』とあってだなぁ」

 

猩々たちの訴えを、本営を畳んだ段階でオンテギと分かれて彼らと合流していたジコ坊は諭しつつも退けた。

 

「それじゃあ、このまま見逃すのか?」

 

「オンテギ様、コダマたちに謝ってた。森を焼いてすまなかったと」

 

「でも、オンテギ様は悪くない。わしら、あいつらを捕まえて、オンテギ様に謝らせたい」

 

猩々たちは口々に流暢な言葉で話しつつ、復讐とは別のベクトルで事態を捉え、また今後の植樹の計画に想いを馳せているのか、言葉の激しさとは裏腹に冷静そのものであった。

 

「いやぁ!まいったまいった!猩々たちよ、其方らとて賢者と呼ばれるからには理解しておるのだろう?ここまで来れば、もはや付け入る隙などないことくらい」

 

ジコ坊は少し前までは賢い大猿にまで落ちぶれていた彼らが、ここまで理知的に落ち着き払い、また流暢に言葉を操る姿に感銘を覚えずにはいられなかったが、その点はおくびにも出さずに、再び言葉を重ねて彼らを諭した。

 

「オンテギ様がそう言われたなら、わしらはそれを守ることにする。そうするほうが、きっと森のためにもなると信じられるから」

 

猩々たちはその一点においてまとまっている様で、それ以上は何も言わずに、ジコ坊と共にアサノ公方の行末を見据えた。

 

「そうじゃな…では、このまま見守るとしようか。さてさて、『蛇』が出るか『鬼』が出るか…」

 

ジコ坊がそう言ったか言わないかの時である。

 

「ッと!出おった!今度はなんだ?大熊でも連れてきたのか?」

 

ジコ坊と猩々たちの視線の先、アサノ公方の手勢は突然、その足を止めたのである。

 

明らかにただ事ではない。

 

俄かに騒がしくなる事態を遠目にも眺めつつ、ジコ坊はその渦中に青い衣と赤い頭巾を身に纏い、見慣れぬシシに跨った戦士が、アサノ勢に弓を射かけるのを認めた。

 

「あぁ!なんと!あれが大天主様の言っておった『青いの』の正体か!」

 

ことはそれだけではない。

 

シシに跨る戦士にかき乱され、隊列に綻びを見せたアサノ勢に対して、果敢にも挑み掛かる人影が一度に数十も、或いは百に及ぶかというほど現れたのである。

 

「ふむ…見慣れぬ姿だな?この辺りのものではない…賢者たちよ、其方ら、あの者らを見たことはあるか?」

 

ジコ坊は盾を持ち、見慣れぬ装束で戦う戦士たちの姿を見ながら、猩々たちの知識を頼った。

 

「わしらの古い古い記憶にこんなものがある。大昔、この辺りにも、ああいうニンゲンがいた。そのニンゲンたちは、わしらと共に生きる勇気を持っていた。あの者ら、恐らくはその末ではないか」

 

「ほぅ…其方らをして大昔とな、そりゃまた、大層な連中が現れたな。敵ではないようであるし、どれ、少し近くで見てみるか」

 

ジコ坊はそう言って、猩々たちを引き連れて駆け出した。

 

タカタカと一本歯の高下駄が地面を打つ音と、猩々たちが木々の枝から枝を飛び回る騒めきが、中天を過ぎてほどない、深く暗きシシ神の森に響き、沁み入っていった。

 

戦の終わりが、目前にまで迫って来ていた。

 

 

 

 

 

 

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