「ぶはぁッ、水が不味い!」
毎朝の一杯目の水を飲むたびにそう思う今日この頃である。
私、オンテギがエボシたちが開発した拠点という名の巨大な総構えの星稜型城塞に辿り着いてから半年ほどが経った。
私が到着する前にアサノ何某が攻めてきたそうだが、明兵と民兵が石火矢で撃退したので無問題だったらしい。
色々と進みすぎている気がするし、初めて足を踏み入れた時は正直テーマパークに来たみたいでテンションが上がったものなのだが、如何せん水が不味いのはいただけないところである。
考えても見れば、たたら製鉄で石火矢を量産しているのだから当然であるのだが、これでも近くの山を切り開いていないだけマシというね…。
それにしたって水が不味いなぁ…。
「なぁ、ゴンザ!水、不味くねえか?」
「兄ぃ、そりゃあ仕方ないですよ。俺たちゃ鉄を作っとるんですから」
「いやぁ、だからよぉ、それを何とか出来ねえもんかなぁ」
「何とかって言いますと?」
「土地の広さで言ったら明の方が広いだろうよ、森だって向こうの方が広いし、それに鉄鉱石とかも向こうじゃとれるんじゃなかったか?」
「はぁ、鉄鉱石と言いますと、鉄がとれる石みたいなもんが明では取れるので?」
「いや、他にも必要なものはあった気がするけど…たたら鉄を作るにしたって、一か所でまとめてやるよりは分散させた方が安全性も安定性も上がるだろうしなぁ」
「ふむ…確かに、兄ぃの言う通りではありますがねえ…取り合えず、残りの倭寇の連中に明とか朝鮮とかで鉄を作らせるってんで構いませんか?」
「いや、そこは台湾…いや、高砂か。そこがいいだろう。誰の土地でもない場所があるなら、手を付けるのはそこがいい安牌だろう」
「…そこのところ、エボシはどう思う?」
最も堅固な廓で暮らしているのは女と病人などだが、最も背の高い天主閣と呼ばれる立派な廓で暮らしているのは自然、エボシとゴンザと私、オンテギであった。
今でも陸の上の責任者はエボシを任命したままなので、防衛責任者のゴンザと、それから一応は総監督である私とで寄り集まって今後の話をする…これはいわゆる定例会議という奴である。
そんな重要な会議の中で提議された重要案件である水が不味い問題について、じっと黙って私の話を聞いていたエボシに水を向けると、彼女は私が飲んでいた器を自然な動作で受け取り一口含んで顔を顰めた。
「確かに、ここに来た時よりも味が悪くなっている」
「だろ?」
「だが、鉄の生産は私たちにとって生命線だということは、貴方も重々承知の上だろう」
「そりゃもう」
「ならば、今日明日で完成するはずもない高砂の製鉄拠点を当てにして、今の生産量を減らすことは賢明とは言えないと思うが?」
エボシの言葉にゴンザが頷いた。
「下手に生産量を減らせば失業者も出ちまう、そうなれば食いっぱぐれが出かねませんぜ」
「ぐぅ…」
ゴンザの言葉に私はぐぅの音しか出なかった。
「まぁ、そういうことだな…貴方の懸念も分かるが…ここは私たちを信じて任せてくれないか?」
エボシがそう言って私に微笑んだ。それは思ったよりも自然な笑みだった。
うーん、私も美人には弱いからな仕方ない。
あ、言っておくが妻にはせんからな!私は死にたくなーい!
エボシならそのうち私のことも殺せるくらいの石火矢を開発しそうだからな。
ふむ、しかし水が不味いなぁ…これでは私のQOLがだだ下がりだぞ?
それだけは、受け入れられない…なんとかするか!
いつも通り、力業でな。
オンテギは次の日から動いた。
彼は鉄の匙を大きく長くした道具を担いであちらこちらを掘り起こして回り始めたのだ。
四海を統べる倭寇の大頭目がする作業ではなかったが、誰が代わりを買って出ても彼自身がするよりも作業効率で上回れるはずもなく、結局は連日連夜の穴掘りが大頭目の仕事になってしまっていた。
そうして山や谷やをホリホリすること一週間。
オンテギは底が見えないほどまで深く人力で掘り進めた挙句、遂に清水が湧きだす泉を作ってしまったのである。
「どうだ、これで水が美味しくなったろう」
オンテギはそう言って満足げにみんなに美味しい水を振舞うのだった。
「流石は兄ぃだ…まさか、やってのけるとは…」
と呆れたように、しかし尊敬の眼差しを向けるゴンザがいたが、湧き出た清水を一口飲んだエボシは全く違うことを考えていたようである。
「オンテギ、これは凄いことだぞ。この水があれば私たちは自分の田畑で育った作物で飢えを凌げるだろう」
そんな都合のイイことってあるのか?という疑問が湧いてきたオンテギだったが、この総構えの欠点を上げるとしたら守るべき田畑が無いせいで主食の米が全輸入の状態なのだ。
その唯一の欠点さえ解消するならば細かい疑問を抱くことは野暮と切り捨ててしまえる豪放磊落さこそが、オンテギのオンテギたる所以であった。
ついでに言えば田畑が作れるならば屎尿問題も改善に向かうに違いなく、潔癖なオンテギにとっては拠点の往路が臭くなくなるだけで結果オーライ万々歳である。
肥料の作り方などは売られていた農民が知ってる場合も少なくなかったので、やはりなんとかなりそうである。
オンテギは大概楽観主義者であったが、それに見合う状況が向こうからやってくるのは彼の豪運の賜物であるのかもしれない。
そもそも、こんな過酷な時代に転生しておきながら気が付けば一国一城の主に成り上がっている時点で大いに運が好いことは言うまでもないだろう。
「ぶはぁッ、水が美味い!」
オンテギは今日もそんな調子で、快適な室町ライフを目指して邁進していくのであった。
綺麗な水が手に入ったので、私はようやく念願のウォシュレットの製作に取り掛かることができた。
手始めに作ってみたのは竹筒の水鉄砲の穴の向きで患部を洗浄するという試作品である。
これに温めた清水を注ぎ入れてとりあえず使ってみたのだが、人肌まで温くしてから使ったからなのか一発目にして完成度が非常に高いものができてしまった。
もうなんかものぐさ人な私はこれでいいんじゃないかと思っている次第だ。
容量不足は否めないし、その為に何度もぬるま湯を補充しなければいけないことなどの課題はあるが、正直そこまで技術的なことで進歩できる自信がないのである。
そういうわけで、とりあえずは生活の質を向上させるための必須アイテムの最終形態の一つを完成させてしまった。
さて、ここまでの生活の質とやらを振り返ってみようか。
清潔な服は?
統領だからね、流石に着せて貰えている。
温かいお風呂は?
個人用のお風呂が理想だけど、公衆浴場でも満足している自分がいるんだよなぁ。
ふかふかお布団は?
これも金に飽かせてそれっぽいのは作らせて満足している。
ウォシュレットは?
今、完成したところだ。うん、使えればいいんだよ、なんでも。
お腹いっぱいご飯は食えてるか?
うん。食えてる。ていうか、私がみんなを食べさせてまでいるな。
…あれ?これ、もう目標を達成しちゃった感じかな?
そりゃ、味噌とか味のレパートリーは少ないけど、それはもう慣れちゃったしなぁ。
あれー…これ、もう人生の勝ち組では?ていうか、やることがなくなったか?
ど、どどどど、どうしよう!まだ三十代前なのに人生の墓場に辿り着いてしまったかもしれない!
いやでも、まだまだ拠点は軌道に…乗ってるなぁ。
…あと、この時代で叶えられそうな生活の質の向上ってなんだろう?
甘味とかもありっちゃありだけど、私に知識がないせいで何もできそうにない…。
欲しいもの?なに?
金?金銀財宝なら山ほどあるぞ!っていうか、飯食えて清潔ならあんまり興味ないんだよなぁ。
そうなると、えっと、どうなるんだ?
あとは、なんだ?
酒か?でも、別に好きじゃないし。
となると…お、女?
…いや、ダメだろ。それが一番ダメだろ。
私の今の環境で手が届く女って、もう一人しかいないじゃん!
でも、それに手を伸ばしたら死亡フラグが立つ気がするんだよなぁ。
うぐぐぐ、私はどうすれば…いやまぁ、現状維持が一番って気がするな。
じゃあ、現状維持ってことで!
ある晩のこと。
私は、オンテギはエボシに呼ばれた。
彼女の私室に呼ばれたのは初めてのことではなかったが、なんだか嫌な予感がした。
エボシの部屋の中は書物や工房の試作品の類が整理整頓されて所狭しと置かれている、まるっきり仕事人間の部屋である。
そんな部屋の中には、なぜか布団が一組。
正座のエボシが薄ら笑いを浮かべながら私のことを見ていた。
「話がある。そこに座って楽にして欲しい」
座れと?
「なに、難しい話じゃない。それに…前々から考えていたことだ」
いや、座るけど。
何だろう…高砂の製鉄場が軌道に乗ったとか、そういう話かな?
高砂までは私もちょっと殴り込みに行ったけど、それ以来、何も聞いてないからなぁ。
「話と言うのはな…いや、その前に、なんだ、最近はすっかりこのあたりも静かだろう」
「ああ、静かだな。私、オンテギはすっかりニートだとも」
「にいと?というのはわからないが、貴方が腕を振るうことがないことは善いことだ」
「そうかな?」
「そうだとも…それで」
エボシはそこで言葉を区切ると、小さく俯いて珍しく囁くように言葉を紡ぎ出した。
「それでだ、食料の安定供給も可能になったことだし、仕事も安定していて、外との折衝も悪くない…うん、道半ばだが、一息吐いてもいい頃だと思う」
「それは同感だな」
私も、もう特に大きな欲望みたいなものがないものな。
満足してる。満足しているんだよ。
だが、私は満足していても、エボシは、彼女は満足していない様子だった。
ムズムズするのを隠そうともせずに、私に強い眼差しを向けた。
その眼差しが物語るものを受け止めるのは、初めての経験だった。
彼女は徐に身を乗り出した。
「男衆と女衆の中にも良い仲になっている者たちが出てきていることは聞いているのだろう?」
すぐ目の前に意志の強い双眸が炯々と燃えている。
私は言葉に窮した。あんまり他人に興味とかないから、それはシンプルに知らなかったからだ。
「いや、知らんけど…」
「私は聞いているんだよ」
「そ、そうか…」
エボシは手を伸ばした。
掴んだのは、私の襟だ。
細腕だ。
だが、振りほどけば傷つけてしまいかねないから、身動きが取れなかった。
「ゴンザでは示しを付けるには弱い。そこでだ、夫婦で暮らせるようにしてやる為にも、私と貴方がまずは契る必要がある。違うか?」
「いや、それは違うんじゃない?」
いやそれはおかしい。
「いいや、違わない。それよりも、もっと喜ぶべきことじゃないか、私たちには
「それで、私が、オンテギが君を妻にする必要があると?どうしても?」
「どうしても、だ。それと…」
エボシは言葉を切ると、一度俯いて、ほんの少しだけ頬を染めて、逃がすまいというように、強く引き絞るように襟を掴む手に力を込めて、その顔を上げた。
涙で潤んだ瞳が揺蕩う、その顔を見てしまえば、私は。
「それと…?」
私と言う人間には、そこで続きを問いかけるだけの勇気しか湧かなかったのである。
私の返答に満足したのか、彼女はまた、あの自然な微笑みを浮かべた。
そして言った。
「それと、わかっているだろう?契るだけではだめじゃないか。しっかりと子供を作らなければ、周りに示しが付かないだろう」
「\(^o^)/」
その日、私は生まれて初めて女を抱いた。
抱かれたのは私の方な気もするが。
恐らく、子供が生まれるだろう。
今の私はそれを楽しみに生きることにしている。
ただ、とりあえず、娘が生まれたらサンとだけは名付けまいと心に決めて。
外伝に続きます!