オンテギ・ウルト   作:ヤン・デ・レェ

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なんか一般総合と一般二次で日間一位を取ってたことを知り驚愕と共に歓喜。書いててよかったぁ…ここまで読んでいただけて感謝感激雨霰です。感想はすべて、いつも楽しく読ませて頂いております。とても励みになっています。

p.s.あと少しでヒロインが出揃いますので、どうかご辛抱を。


外伝3:山祀りと海祀り

 

 

 

 

 

 

タタラ場では年に数度、山と海の両方に因んだお祭りが行われるのだが、それぞれを山祀りと海祀りと言う。

 

始めたのは、というより始まりはオンテギが故郷の海端の寒村で、毎月のように人の背丈の何倍もあるような鮫や鯨を獲ってくる習慣に起因しているらしい。

 

らしい、と言うのは今となっては海祀りの巨大な魚の肉に加えて、山の巨大な獣の肉まで加えられたからであり、こちらに至っては所以を誰も知らないからである。

 

理由はともかく、タタラ場で暮らす人々にとってはハレの日に違いなく、酒も出れば菓子も出るし、肉も魚もその日は食べ放題であるのだから拒む理由など、どこにもないものなのである。

 

祀りに際しては一応は様式美があり、海祀りにしろ山祀りにしろ、第一に森の中の空き地や浜辺に巨大な円を描いて神籬を成す。

 

第二に、その中にタタラ場で作られた味噌や酒やら干物やら菓子やらを『交換』用にと山積みにし、海の場合は小舟に乗せて沖に流してやる。

 

第三に、オンテギがそれぞれ山の奥深くや海の奥深くに、時には銛一本、鉈一本、或いは身一つで深く分け入り『獲物』を獲ってくる。

 

そして第四に、オンテギが獲ってきた獲物を切り分けて調理した後で、お待ちかねのみんなでの会食タイムである。

 

タタラ場では年に数回の頻度で訪れる一大イベントであり、誰もが待ち焦がれるコミュニティが一丸となる何よりの娯楽であった。

 

オンテギはこれまでに身の丈の数倍の大きさの鮫や猪を担いで現れることしばし、時には見事な角の鹿や、見たこともないような巨大な烏賊まで、常に何かしらの獲物を引きずって帰って来るのだった。

 

そのため、祭りに参加する度にタタラ場の住人は自分たちの指導者が実力に漲る善導者であると同時に、何人でも打ち負かせない強い守護者であることを実感するのである。

 

また、その点から言って山祀りと海祀りは単なる豊穣を祝うために行われる祭りではなく、タタラ場の物理的、精神的な支柱としてのオンテギの存在の絶対性を如実に証明する、一種の実益を兼ねた政治的な祭祀としても成立していると言えるだろう。

 

…と、ここまでが人間側からの、概ね一般的な見解である。

 

ここから先は祀られる側、山と海と、そしてオンテギ自身の視点からの見解である。

 

 

 

 

 

まず海と山の側から、その地に住まう所謂『ぬし』や『もののけ』と呼ばれる存在達にとっては、事実、これは祀りに違いなく、捧げられている物は律儀に賞味され、また綺麗さっぱり彼らの胃袋の中に消えているのである。

 

が、そこから先は『挑戦』の時間であるのだ。

 

そう、『挑戦』である。

 

オンテギという得体のしれない、『もののけ』と言うよりも神懸った、より超越的な存在へと『挑戦』する機会を()()()()()海や山のつわものどもによる、ある種の『(オンテギ)』への『挑戦』の時間である。

 

ゆえに、捧げものを口にするのは単なる『ぬし』や『もののけ』などではなく、崇高なる『(オンテギ)』への『挑戦』の栄誉に恵まれた挑戦者なのである。

 

無論、捧げものは非常に大量であるので、海と山の『もののけ』の多くがそのお零れにあずかるのだから、彼らにとってもそれは『祭り』であり『祀り』に違いないのである。

 

喜ばしくも、実に荒ぶり猛る祭りである。

 

祀りの時期は外ならぬ祀られる側が決めるものであり、捧げものは下賜品であり、歴代の山や森、海や川の『ぬし』たちは挑戦者として、その日が来ることを心待ちにしつつ、研鑽を積んできたのである。

 

ここ十年にも満たない短い祀りごとながら、それは山と海とに神代の緊張感を、神秘と偉大と崇高とを蘇らせるに足るものであったのだ。

 

ゆえに、未だ一度として『挑戦者』に敗れたことのないオンテギの神格は、傍目にもますます上がり、討ち取られた側はまさしく神代に血肉が天地へと変えられたのと同じような栄誉を、不覚を取った悔恨とは別の満足感を感じながら逝くのであった。

 

 

 

 

 

 

エボシが名実ともに御前と呼ばれるようになってから最初の祀りにおいて、オンテギが討ち取ったのは巨大な猪であった。

 

代々引き継ぐその名を『ナゴの守』と言い、シシ神の森の一帯に大きな勢力を持ち、『挑戦』の時を今か今かと待ち構えていた大物の怪である。

 

その前年、海では『セトウラの主』とも呼ばれる巨大な四つ目の鯨がオンテギに『挑戦』しており、実に見事な戦いぶりの果てに強健なる拳の一奮いで轟沈していた。

 

痛みもなく勲しばかりを抱いて死した『セトウラの主』の天晴な散り様は大いに『もののけ』たちの界隈で話題となり、また同時に、その際に供された酒と菓子の見事さも垂涎の的となっていた。

 

そして来る日、その日はシシ神の森にもほど近く、正に『ナゴの守』の縄張りに巨大な神籬が張られたのである。

 

ついに来たか!と蹄で大地を打った『ナゴの守』とその同胞たちは、武者震いをしながらも神籬の内へと足を踏み入れ、そこで饗された酒や菓子、干物に味噌粥やらを思いゆくままに鱈腹口にしたのだった。

 

さて、腹ごしらえも終えた一同は『ナゴの守』とオンテギを囲んで、二人を残して神籬から這い出すと、固唾をのんで今代『ナゴの守』の勇姿を見届けんと身を引き締め、蹄を軋ませ、硬い鼻先を震わせた。

 

「よし、君に決めたッ!対戦よろしくお願いします!!」

 

オンテギのその一声が勝負の号砲となった。

 

『胸をお借りしよう』という吠え声は、武者震いに震えていたが、『ナゴの守』の身体は石火矢の礫の様に、迷いなく突貫した。

 

「うおおおおおおおおおおおおおお!!!こいつは大物だじゃぁッ!!」

 

圧し潰したかに見えたのも一瞬、鋭い牙を両方、わっしと握りこまれたのは『ナゴの守』の方であった。

 

オンテギは一歩も下がることなく、その大猪神の巨体を受け止めると、深く息を吸った。

 

『ふごおおおおおおおおッ!!!』

 

『ナゴの守』も吠えた。

 

だが、オンテギの身体の向こう、肩越しに見える神籬の果ては未だ遠く、太く鋭い牙を握り込むオンテギの膂力には今一層漲るものがあった。

 

『なんたる雄渾ッ!なんたる勇壮かッ!』

 

『ナゴの守』は自身の研鑽してきた月日を鑑みて尚、その余りにも崇い壁を前にして感嘆に噎せた。

 

「今日は妻の為にも張り切らにゃならんからな、ほうれ、あべ(行くぞ)あべ(行くぞ)!」

 

猪の神が感動に打ち震えている間も、オンテギは油断も隙もなく力を籠め続け、遂にはその巨体を自身の頭よりも高くまで持ち上げ、そして神籬の遥か遠く、外側へと放り投げた。

 

『ぶもおおおおおおおおおおッ!?』

 

『ナゴの守』は驚嘆を隠そうともせず、力一杯に投げ飛ばされながらオンテギから目を離さなかった。

 

そうだ。オンテギはここで終わるような生ぬるい男ではなかった。

 

だが、彼には最早、何もできることなどありはしなかったのだ。

 

飛び上がるように駆け出したオンテギが訛りの強い言葉で叫んだ。

 

「ほだなていたらくじゃ、もう、くらつけて(殴って)終いだず!!」

 

身構えるまでもなく、オンテギの右の拳が猪神の額に炸裂した。

 

ゴロゴロゴロッ!ピシャンッ!

 

瞬間、石火矢を撃ち放った時のような轟音と共に、何かが砕け散る音が落雷のように響き渡った。

 

『お、み、ご、と、な、り…』

 

ズシーン!と土煙を挙げながら斃れたる『ナゴの守』、神籬の中に最後まで残っていたのはオンテギ唯一人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

オンテギは斃れ伏して微動だにしない『ナゴの守』の躯に向かって、酷く素直な声音で云った。

 

「いやぁ、お前強いなぁ。一歩とは言わなくても、流石に後ろ足引いちゃったよ」

 

「対戦ありがとうございました。…大事に頂きます」

 

オンテギは神籬の外側で口々に今や先代となった『ナゴの守』とオンテギへの賛辞を口にする猪神たちに、ライブ終わりのミュージシャンが出待ちのファンに向かってするファンサービスのように手を振り、鼻先を手で擦ってやり、身体の匂いを嗅ぐのを許したりした。

 

一通りもみくちゃにされた後で、猪神たち一同が『神の国』へと帰るためにオンテギに担がれた『ナゴの守』を見送る中、オンテギも家路へと急ぐのであった。

 

帰路、待ち構えていたタタラ場の衆と合流したオンテギはその場でもう一度神籬を張ると、男衆で獣の解体仕事を担う者から山刀を借り、徐に『ナゴの守』の解体を始めた。

 

そして、その刀で太ももの大きな枝肉を二本作ると、今日の一部始終を見届けていたであろう山犬の衆への手向けとして、一頭では到底食いきれないほどの大きな一塊を森の奥へと投げ込んだ。

 

投げられた肉が届いたかは定かならずも、二度、三度と高く透き通った遠吠えが返ってきたことで、その答えはいずれと知れた。

 

「さ、もう帰ろうや。みんなお待ちかねだ」

 

そう言ってオンテギは血抜きの済んだ、恒例により前足が欠けた巨大な獲物を担いで自分の城への家路を急ぐのであった。

 

 

 

 

 

 

 

タタラ場が出来てから最初の山祀りの前日、情事の後でエボシは自らの(伴侶)に問うた。

 

「なぜ貴重な物資を、よりにもよって大量に供物として用意して祭りなど行うのか」と。

 

これに対して、腕の中で女のやわらかさを遊ばせながら、オンテギはハッキリと言うのだった。

 

「サスティナブルに行こうぜ」

 

「こういうのは、形から入るタイプなんだ」

 

「それに、貰ってばっかりだと悪い気がするからさ」

 

オンテギはそう言って(伴侶)の肌に顔を埋めて照れたように笑った。

 

エボシはオンテギの言う言葉の半分も理解できた気がしなかった。

 

だが、

 

「そうか、貴方がそう言うのなら、確かにそうなのだろうな」

 

「そうするべきなのだろうな」

 

「きっと、そうしたほうがよいのだろうね」

 

と、そう言って自然な笑みを湛えた。

 

以来、エボシは祭りの際には物惜しみすることなく供物を積み上げるように命じることに一切の忌憚を覚えることもなく。

 

却って、その場をタタラ場の繁栄を他ならず表現できる場として見定めて、率先してその神聖と真正の様式性を整えることに尽力した。

 

その御蔭もあってか、タタラ場の住人に山と海を畏敬しない者は誠に少なく、またその幸の有難みをよくよく理解している者は実に多数を占めているのだった。

 

死した『ナゴの守』は毛皮を、肉を、骨を、筋を、牙を遺し、そのすべては余すところなくタタラ場に住まう人々の上に恵みとして降りかかった。

 

歴代の討ち取られた『ぬし』に同じく、その巨大な頭骨はオンテギと『ぬし』への畏敬を象徴し、また戒めとするが如く、天主閣の祭祀の殿堂に安置され、目にする万人にその生前の威容を偲ばせているのである。

 

 

 

 

 

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