満月を抱きしめて   作:岬すみれ

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楽園

 

「あーきっつ……」

 

あの日から、ラプチャーの襲撃は目に見えて減っていた。けれど、その与えられた時間は決して休息の為ではなく、新たな装備の制作、駐屯所周りの設備の強化、そして何故か隠れて三児の母親(?)のようになってしまった日々のタスクのためだった。どれもこれも、次の戦いに備えるためだ。

 

「結局、平和は次の戦争の準備期間でしかないってことだ」

 

ある時代の学者が唱えた言葉を愚痴りながらも、私の手が止まることはなかった。

 

私に何が足りないのかと考えた時、対空手段に乏しいと感じた。というわけで、まずジェットパックなるものを作成した。ジェットパックと言うだけあって長時間の飛行には適していないが、機動力は格段に上がった。しかし、これではただ地上で動きやすくなっただけに過ぎない。肝心の対空手段だ。それこそ、ストームブリンガーと接敵した時は一機撃墜しただけで、殆どを取り逃がしてしまった。

 

「更に動力を上げれば飛べる時間も増えるだろうけど、万が一空中で暴発でもしたら大変だ」

 

様々な案を考えてみた結果、携帯式のホーミングミサイルを取り付ける方向性になった。

 

「結局これも、流れ弾に当たったら暴発して、私が粉微塵になるな……」

 

念のため、緊急時には強制的に背中から外れる機能も取り付けたが、意味があるかは分からない。無駄な物を作ってしまったのではないかと考えたが、それに関しては叶うことのない事を願おう。

 

そんなこんなで、ラプチャーが来ない間でも多忙な毎日を過ごしていた。しかし、楽しみがなかった訳ではない。狩りをしてみたり、畑を耕してみたり、料理を作ってみたりもした。

 

そして、現在に至る。

 

『では、大さじ一杯入れてください』

「本当にこれで合ってるんですか? 汚染された地層みたいになってますけど……」

『いえ、レシピ通りです』

 

私はドロシーよりも先に、通信越しに聞こえる声で料理をしていたが、これはどう見ても失敗している。

 

「あの、それは本当に正しいレシピですか? 何かと取り違えていたりは?」

『そんなことは……あっ』

 

通信越しに、何かを発見した声が聞こえた。

 

『すみません。本当に他のレシピと混ざっていたようです』

「やっぱりですか。幸いまだ修正できそうなので、こちらのアドリブで作り上げます」

『申し訳ありません。こちらの手違いで……』

「気にしないでくださいってば。案外風味が変わって、美味しくなるかもしれませんし」

 

それから、出来上がった物体Xになりかけを何とかシチューのような料理に変えた。その間も、彼とは色々な話をした。

 

「この通信って、ジャックされる心配はありませんね?」

『ええ、問題ありません』

「では、貴方に感謝を伝えなければ」

『感謝?』

「はい。そして、貴方になら伝えても問題ないと判断しました。ねぇ、オズワルド?」

『──!』

 

通信越しに驚く声が聞こえた。彼だって、様々な憶測や憎しみを向けられながらも、必死に奮闘してくれていることは知っている。ならば、彼に対して私は敬意を表さなければならない。

 

「驚きました? 当然でしょうね」

『何故、一体どこから情報が……』

「まあ、ちょっと複雑な事情があるんですけど、聞いていただけますか?」

『はい。勿論です』

 

食い気味になったオズワルドに、未来予知という体で話した。これから起こること、そしてこれらによってもたらされる結末を。

 

『そんなことが……』

「信じられなかったら、別に無理をして信じる必要はありません。ただ、私達は今後、これらの未来を回避するために行動します」

 

いつの間にか料理をする手も止まり、会話に熱中していた。

 

「そして、レッドフードや第二世代の同期達についても、ありがとうございました。貴方の努力を無駄にすることはしないと誓います」

『……』

「今一度、死を恐れず、たった一人で戦った貴方、オズワルドに感謝を」

 

しばらく静寂の時間が続いたが、やがてオズワルドが口を開いた。

 

『すみません。まさか感謝されるとは思っておらず……』

「むしろ私なんかでよかったのですか? 私はゴッデス部隊の中では少し厄介者という扱いですけど」

『とんでもない。後ろ指を指されていても、最善を尽くす貴女は、間違いなくゴッデスです』

「……私には、勿体無い言葉だ」

 

鍋を見ると、湯気が少なくなっていた。

 

「料理、冷めちゃいましたね」

『では、急いで完成させてしまいましょう』

 

こうして作られた料理は、絶品とまではいかなくてもそこそこの物が作れて、中々好評だった。

 

───

 

三週間後──

 

『始めます。…3…2…1』

 

地鳴りのような音を上げ、アークへと続く扉が閉じていく様を全員で見届けた。

 

「……終わりましたね」

「皆さんお疲れ様でした」

「ピナも」

『現時刻をもって、アークの封鎖が完了しました。ゴッデス部隊に、改めて感謝申し上げます』

「お疲れ様でした。それで、私達はこの後どうなるのでしょうか?」

『……みなさんの功績を称え、アークには巨大な勝利の女神像が建てられるでしょう。そして、みなさんを神格化した書籍や広告を作り、アーク内で積極的に展開していく予定です。誰もがゴッデス部隊を崇めるでしょう』

 

やはり、私達は偶像として崇拝される以外にないようだ。

 

「はぁ……如何にも上の連中が考えそうなことだ」

『……はい。これがアークの選んだ選択です。申し訳ありません』

「仕方ありません。事前に知っていたことなのですから」

「もし、ルナが未来を見ていなかったらと考えると……」

「ええ、復讐の鬼にでもなっていたかもしれませんね」

 

実際そうなっているのだから恐ろしい。きっと今頃アーク内では、大混乱に陥っている。そこに私達が帰ってこようものなら、「ゴッデス部隊ですら地上を奪還できなかった」と、とんでもないヘイトを集めることになってしまう。ならばと私達を神格化し、少しでもヘイトを下げて民衆をコントロールする。概ね狙いはこんな所だろう。

 

「貴方の立場からも、私達をアークへ入れない判断は理解できる。それでも、貴方には色々と助けられた。改めて感謝を」

『ええ、ご理解頂き感謝します。皆さんのご武運をお祈りしています』

「あっ、待ってください」

 

通信を切りそうになったオズワルドを呼び止める。

 

『どうかしましたか?』

「いえ、少し貴方に伝えておくことがありました」

 

疑問に思うオズワルドに、私は口調を柔らかくして呟いた。

 

「娘さんとどうか幸せになってください」

『…………はい。ありがとうございます』

「はい。では」

 

通信が切れ、本当に私達はアークとの繋がりが途絶えた。

 

「彼、子持ちだったのですね」

「うん。一応ね……さて、これからどうしよっか」

「前々から計画していたことです。ひとまず量産型の皆さんにもこのことを伝えなければなりません。ピナ、それとルナもついて来てくれますか?」

「了解」

 

上手く収めることが出来ればいいが……見捨てられたという事実を知る精神的な負荷は計り知れない。

 

外に出ると、量産型の面々は全員並んでいた。

 

「あの! アークの封鎖は終わりましたけど、私達はいつアークへ行けるのですか?」

 

ざわざわと、私達に不安混じりの質問が投げつけられる。

 

「……私達は、アークへは行けません。これは人類の判断です」

 

ドロシーはいきなり答えを言い、周りのざわめきが一気に大きくなる。

 

「はっきり言って、裏切られた。そう思っても仕方ないでしょう。私達もその事実を知った時は深く絶望しました。私達が命を懸けたことは、全てが無駄だったのではないかと」

 

ドロシーは息を深く吐いた。

 

「しかし、私達は生きています。ならば、散っていった同胞の犠牲を無駄にしないためにも、私達は生き残るべきなのです。アークという楽園への道は閉ざされた。ならば、別の楽園を作ってしまいましょう。私達が自由に生きられる楽園を」

「つ、作るって。そんな簡単に……」

「ええ、決して簡単に出来ることではありません。しかし、私達はゴッデスです。不可能はありません。そして、同様に命を懸けて戦った貴女達にも、楽園へ行く権利があります。設計に関しても、すでにルミナスムーンおよびスノーホワイトが考えています。成功すれば、アークよりも遥か上の楽園になるでしょう」

 

騒がしかった空気が、いつの間にか静まり返っていた。

 

「明日、楽園を建設する地点へと移動を開始します。私達について行く意思があるかどうか、決めておいてください。ピナ、後は任せられますか?」

「はい、お任せください!」

「頼みましたよ」

 

ピナは量産型の中心に行き、何かを話し始め、私達は一旦その場を離れた。

 

「慣れないものですね。こういう役回りは」

「そう? 悪くない演説だったと思うけどな〜?」

「けれど、やるしかありません。ピナとも約束しましたしね」

 

ドロシーの瞳は決して曇っていなかった。

 

「嬉そうだね」

「ええ、そうでしょう? これから先、楽園がどのような姿になるか、今から待ち遠しいです」

「そうか……なら、私も頑張らないとな」

「ルナ。移動経路はこちらでも見ましたが、この経路は信用してもいいのでしょうか?」

「あの大ファンの彼が、こんな罠に嵌める意味もない。仮に接敵しても、十分対処できるはず」

 

オズワルドに頼み、事前に安全な通行ルートを選定してもらっていた。

 

「……それもそうですね。私は荷物をまとめてきます。明日から忙しいことが決定していますからね」

「りょーかい」

 

ドロシーと別れ、私も準備に取り掛かった。主戦力となる装備、機動力確保のジェットパック、そして今後に必要な──

 

そして翌朝。

 

気がついたら朝日が昇っていた。量産型の子達の準備も完了していた。全員が私達について行くことになり、大きな行列が出来ていた。

 

「では、計画通り。私とピナとルナは楽園の設計に尽力します。皆さんはクイーンおよびラプチャーの情報を集めてください」

「私はドロシーの方に付いていくけど、落ち着いたらそっちの方に合流するかもしれないから」

「そうか。分かった」

「通信機も渡しておく。エブラ粒子も、よっぽど濃い場所じゃなければ機能するはずだ」

「至れり尽くせりだな」

 

紅蓮が通信機を見ながら笑った。

 

「ちょっと過剰な程度がちょうどいいの。それじゃあ行こうか」

「皆さんも無理はしないでくださいね? 行きますよ、ピナ」

「はい。皆さんまたお元気で再会しましょうね!」

 

こうして、私達は量産型のニケ達を連れて、楽園を目指す道を進み始めた。

 

───

 

「もう見えないな」

「ああ、なんだか不思議な気分だよ」

「一ヶ月後にはまた会えるんですから、落ち込む必要はありませんよ」

 

三人は、ニケの行列が見えなくなるまで、その様子を眺めていた。

 

「……」

「スノー、どうかしたかい?」

「いや、何でもない。少し考え事をしてただけだ」

 

武器を背負い、また三人も別々の道へ向かう。

 

「それでは、皆さんお気をつけて」

「ああ、暫しの別れだ」

 

やがて二人とも別れ、スノーホワイトは一人考えていた。ルミナスムーンが連れて来た、あの少女のことを。

 

『ごめん! この子もお願いできる?』

『……』

 

この地上で、少女がたった一人で生きて行けるとは思えない。それに、身なりも不自然なほどに綺麗だった。

 

「……」

 

しかし、すでにアークに行っているであろう彼女を確かめる術はない。そして、これからの事を考えると、この疑問はすぐに忘れてしまう程度のものだった。

 

───

 

目的地は移動中、ふと前方の荷物が気になった。

 

「ルナ様。それ、何が入ってるんですか?」

「ん?ああ、研究材料とか諸々だよ」

 

ルミナスムーンの背中に背負われた大量の機材と、カプセルのような物が目に入ったが、ピナは深く聞くようなことはしなかった。




OVER ZONEは後一話程度で終了です。

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