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「うわ。相変わらず、わんさかいるねぇ」
既に地平線の遥か彼方まで、地上はラプチャーで埋め尽くされているという事実。
「こんな状況じゃ、人類が地下に逃げるのも納得だ」
実際に第一線を見るとよく分かる絶望感。それでも戦えなんて、とんでもないパワハラだ。
「こちらルミナスムーン。ドロシー、目標地点に到達しました」
『了解しました。そちらに量産型部隊も向かっているはずですので、合流してください』
「分かりました。では、ご武運を」
通信を切り、一度息を吐き出して目的地へ移動しようとしたが、その必要もなくなったようだ。
「ッ……くそ、思ったより進軍が早い!」
弾幕の嵐の中でラプチャーを仕留めているはずなのに、倒す数よりも増える数の方が多いときた。
「お前ら雑魚に構ってる暇はないんだよッ!!」
弾薬をいくらばら撒こうがキリがないため、近接戦に切り替えた方が合理的と判断する。私は瓦礫を持ち上げて壁にしながら、ラプチャーの懐に潜り込んだ。
「消えろッ!!」
頭部の装甲に蹴り込み、装甲が歪むのを確認すると、すぐさま装甲を剥がして露出したコアをショットガンで破壊する。
「量産型!! 死に急ぎたくなければ深追いはするな!!」
「は、はい!」
「私が、前方を……ッ!?」
突如、空から降り注いだ無数の光が辺りを包み込み、あらゆる物を破壊し尽くす。
「来たか……」
上空に浮かぶその姿を、見間違うはずがない。アナキオールだ。
「アナキオール!!」
一人のニケがそう叫ぶと、次々と量産型のニケ達は上空に目を向ける。しかし、それは最善の行動ではなかった。
「ッ!? 回避──」
すでにガラスの靴によるビームは、回避不可能な距離まで迫っていた。
「しゃがめッ!!」
無意識に地面に手をかざした瞬間、地上は殲滅の光に包まれた。
───
「…………」
地面は無数に抉れ、敵性存在は確実に排除したはずなのに、アナキオールには疑問が残っていた。
ニケの残骸などが一向に見つからないのだ。
確かに、塵一つ残さないレベルの攻撃を放った。だが、それでも「仕留めた」という実感がどうしても持てない。
しかし、辺りを見渡しても瓦礫の山しか見当たらず、望んだ答えは見つからない。
そもそも、あんな瓦礫の山は最初からあっただろうか?
もしかしたら、まだ潜んでいるのかもしれない。そう考え、ガラスの靴はその場所に照準を合わせた。
「……ッ!?」
しかし突如、背後から鋭い槍状の物体が、ガラスの靴の装甲を貫いた。
「あハはは……! 流ガ、フェアリーテールモデルだ! ……簡単ニはいかナいなァ!」
背後から聞こえる声には聞き覚えがあった。
「ねェ、もっと楽シもうよ? シンデレラ?」
笑みを浮かべ、ビルの屋上に立っていたそのニケは、間違いなくあの日逃した赤い目を持つニケだ。
「ほら、来イよ……ほらアァ!!」
有無を言わずに、アナキオールはそのニケに向けて一斉射撃を開始した。
───
「ハァ……ハァ……」
土埃が舞う瓦礫の下で、僅かな光を感じ、私は己の生を実感した。
どうやら、無意識のうちにシステムを使用し、瓦礫の防空壕を作成したらしい。
「一体……何が……」
私の隣や周りでは、先程の量産型のニケ達が徐々に意識を取り戻し、現状に困惑していた。
「あっ! ゴッデス部隊の……!」
一人のニケが私に気がつき、周りも徐々に私の方へと視線を向ける。
「あの、助けてくださり───え?」
そのニケは言葉を失い、背後にいるニケ達も目を見開く者、自分の銃に手を掛ける者など様々だった。
「ん? あっ……」
顔を触るとマスクの半分が破損しており、そこから赤い目が覗いていた。
「は、はは! はぁ……バレちゃった」
乾いた笑いを漏らし、私は糸の切れた人形のようにその場に座り込んだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
慌てて近づいた一人のニケが私を支える。
「すみません。怖がらせてしまって」
「あ、謝らないでください! その、この場所も貴方が?」
「まぁ、そうとも言います」
深いため息を吐き出し、周りを見渡す。皆、不安で胸がいっぱいだという表情をしていた。
こんな状況で秘密を知られるとは、正直想定外だ。しかし、もう誤魔化しも効きそうにない。
「はぁ……ここにいるニケ達に伝えておきます」
私の一言で、ニケ達の視線が私へと集まる。
「知っての通り、この目は侵食による影響を受けたものです」
誰かが息を呑む音が聞こえた。
「ですが、私は貴女達に銃口を向けるつもりは一切ありません」
量産型のニケ達は互いに顔を見合わせ、やがて一人のニケが口を開いた。
「その言葉を、信じる根拠はあるのか?」
そのニケは私の前に立ち尽くし、じっと私の動向を窺っていた。
「貴女が、この部隊の隊長さんですか?」
「……そうだ」
「なら、話が早い」
私は瓦礫を背にして立ち上がる。
「信じられるか分かりませんが、私の中にある侵食は、危険視されている通常の侵食とは少し別の存在です。人間やニケを無差別に攻撃するといった危険は、現状ありません」
私の言葉に、隊長のニケは眉をひそめる。
「では、どうしてこの事を黙っていたんだ?」
「どうしてって……侵食が危険視され始めた時期にこんなニケが現れたら、私はいよいよ追われる身になってしまうでしょう?」
こんな大切な時期に人類の敵になることは絶対に避けなければならなかったが、それも今日までなのかもしれない。
「提案……というか、取引です」
手を挙げ、一か八かの提案を持ちかける。
「恐らく、アナキオールはまだこの場に残っているでしょう。いくら殲滅用の装備だとしても、ニケの死体、ましてや残骸一つ見当たらないというのは、向こうも異常だと気づいているはずです」
じきに援軍のラプチャーも揃ってくる。状況は絶望的と言っていい。
「私がアナキオールの相手をします。貴女達はすぐさま撤退してください」
隊長のニケは目を見開き、周りのニケ達もざわつく。
「その代わり、ここで見た事は今後一切黙認することを約束してください」
私は立ち上がり、腰のホルスターから拳銃を抜いた。
「それでも、私を信頼できない不安分子だと思うなら、これで私の頭を撃ち抜いてください」
そう言って、隊長のニケに銃を投げ渡す。
「ルミナスムーン。お前は私に命を委ねる気か? そもそも、私が確実に黙認する保証もないのに」
「そう言っているでしょう? さぁ、早く決断を……あまり時間はないでしょうから」
拳銃が握られている手をじっと見ながら、私はその決断を今か今かと待ち続けた。
「あ、あの!」
しかし、そんな緊迫した空気の中で、私でも隊長でもない声が響いた。
「わ、私は! ルミナスムーンに賛成です!」
それは、さっき私を支えてくれたニケだった。
「何故だ?」
「えっと……か、彼女がいなければ私達は全滅していたかもしれません! それに、こんな状況でも私達を助けてくれるそんな人に、私は恩を仇で返すような真似はしたくありません!!」
彼女の声が、空間に響き渡る。
「わ、私も賛成です!」
「アタシも、こんな所で死にたくないです!」
その声に共鳴するかのように、次々と量産型のニケ達が声を上げる。
「はぁ……おい、その作戦は万全なんだろうな?」
「少なくとも、貴女達の撤退の時間程度は稼げる計算です」
そう言うと、隊長のニケは銃を下ろし、私の足元に投げ返した。
「武器が無事な者はすぐさま準備しろ! 作戦は既に聞いているだろう!」
背後にいたニケ達にそう指示を出し、私の身体を引き起こしてくれる。
「協力に感謝します」
「ならば、その感謝を行動で示せ」
「えぇ、言われなくとも」
少しだが、休息の時間も確保できた。もうひと暴れくらいなら耐えられるだろう。
「合図は私が戦闘を始めた時ですので、後は頼みます」
「ああ、了解した」
弾丸の再装填を完了し、量産型達の方を振り向く。
「そこの貴女、色々とありがとうございました」
私に真っ先に駆け寄り、勇気を出して声を上げてくれた彼女に頭を下げる。
「あの……が、頑張ってください! 私達の、ゴッデス……!」
「えぇ、勿論です。ルミナスムーン、出撃します!」
瓦礫の外に飛び出し、高台を駆け上がると、ちょうどアナキオールの背後だった。
「ちょっとは、運も味方になってきたか……ナ?」
ドクンと全身が脈を打つように熱い。何せ、システムをこれほど長時間使用した経験は無かった。これは後が怖いなぁ……
呑気なことを考えながら、背後がガラ空きのアナキオールに向かって一本目の槍を投擲した。
───
「遅いンだよ、雑魚がッ!!」
無限とも思えるビームの嵐を掻い潜り、また一本、槍をアナキオールに向けて投げるが、彼女の盾に防がれ、カウンターのレーザーが放たれる。
「ほラ! 私はゴッデス最弱ダぞ!? 私すら満足に倒せナいなら、お前はゴッデスに勝てナい!」
そのビームに対して、私を守るように黒い水がすぐさま硬化し、壁となる。
「ぐっ……!?」
だが、殲滅のレーザーは壁を貫き、私の身体を貫通した。
「ハァ……クソ……」
理解している。今の私では勝てないことを。
「あァ……また叱られるな」
ボディの損傷が激しすぎる。瞳も、いつの間にか金色に戻ってしまっていた。
「限界か……」
跪く私に対しても、アナキオールは容赦なくトドメを刺そうと、まっすぐに照準を合わせた。
「なんて……ね」
私が指を弾いた瞬間、アナキオールの盾から黒い棘が突き出し、もう一つの盾を破壊した。
「さっき、弾いた槍の一部を付着させて、いつでも発現できるようにしておいたんだよ」
アナキオールは二つ目の盾を失ったが、焦るような素振りは見せない。格好の的である私に、再度照準を合わせた。
「はぁ……これが精一杯だ」
今度という今度は、本当に弾切れだ。
「まぁ、いいさ。君を倒すのは、私の役目じゃ……ない」
死が間近に迫っているというのに、恐怖は感じなかった。
何故なら、最後に見た景色──薄れゆく意識の向こうで、紅い髪が私の顔に触れていたように見えたからだ。
───
「………生きてる?」
「!! 気づきましたか?」
「ラプンツェル……?」
「はい、そうですよ。目が覚めてよかった……」
「ごめんなさい……」
視点を動かすと、どうやら既に帰還しているようで、ようやくホッと息を吐き出すことができた。
「……そうだ。レッドフード!」
「アタシが、どうしたって?」
振り向くと、腕を組みながら私を見つめるレッドフードがいた。
「やぁ……元気そうでよかった」
「そりゃ、今のお前に比べたらな」
背中を叩かれて思わず呻き声を上げると同時に、今度はドロシーに詰め寄られた。
「心配したんですからね!? 貴女との通信が途切れた時、どうすれば良いのかと……」
「……ドロシー。すいません、通信に出られなくて」
「おいおい、相変わらず無茶してんなー」
レッドフードにも呆れられている中で、私はゆっくりと立ち上がった。
「身体は大丈夫なのか?」
「まぁ、万全ではないかな。それよりも、行くんでしょ?」
「ん? あぁ……知ってたのか。うん。スノーとも話せたし、気分良く旅路につけそうだ」
「そっか。なら、そんなレッドフードにプレゼントです!」
「は? プレゼント?」
「じゃ、行こっか」
そう言ってレッドフードの手を引き、私の研究室へ向かった。
「……なんかよ。お前、ちゃんと研究者だったんだな」
「どういう意味?」
「いや、いつもお前の部屋には入れなかったからさ。こうして初めて見たからよ」
「……あんまりジロジロは見ないでね? あと、触らないでね?」
そう言って、レッドフードに一つの小さな箱を渡す。
「何だよコレ?」
「まぁ、開けてみてよ」
私の言葉に従って、レッドフードは箱を開いた。
「……指輪?」
「そ、指輪」
箱の中には、赤いラインが入った指輪が収められていた。
「ちょっとした見送りの品だよ。とっておいて」
「ふぅん……だからって指輪ねぇ」
レッドフードは天井に指輪を掲げて眺めていた。
「あと、レッドフードには、見せておこうかな」
「何をだよ?」
首を傾げるレッドフードを前に、私は息を吐き出し、目を瞑った。
やがて目を開くと、その瞳は赤く染まっていた。
「……お前、それ」
「驚いた? そ、君と同じ」
私の赤い瞳に、レッドフードは言葉が出ない様子だった。
「……いつからだ?」
「うーん。多分、ニケとして生まれた時からかな?」
「ふざけてんのか?」
「違う違う! ややこしいけど、私の侵食はレッドフードが受けていた侵食とはちょっと違う。ほぼ別の物と言っていい」
「何だそれ、分からなくなったぞ」
「ざっくり言うと、私の中にいるコードは、私を守るように改造されたコードだって思えばいい」
「それ、お前が作ったのか?」
「いや? 正直なところ、誰が作ったのかは不明。だから私は、自分の身体も研究対象としてるんだよね」
一通り話し終えても、レッドフードはまだ首を傾げていた。
「結論。お前は平気ってことか?」
「うん。今のところはね」
「なら、いいけどよ。少なくとも馬鹿なアタシよりも、研究者のお前の言葉の方が信頼できるからな」
再び目を瞑り、瞳の色を元に戻す。
「私はこれからも研究を続ける。そして、君を迎えに行く。約束、忘れてないよね?」
「ああ、覚えてるよ。あの時もルナはボロボロだったよな」
「君には旅を続けて欲しい。多分これからも、こっちは色々ゴタつくと思うけど、君は気にしないで」
「何だそれ、未来でも知ってるって言うのか?」
「まぁ、そんなもん」
「研究者の次は占い師か?」
レッドフードは笑いながら揶揄ってくるが、再び真剣な顔に戻る。
「なぁ、お前の目のこと。どうしてアタシに教えてくれたんだ?」
「どうして、か。再会した時に、お互い全てを知った上で会いたいから、かな」
「再会ねぇ……ま、そん時まで生き残ってたらな」
そう言って、レッドフードは立ち上がった。
「行くよ。あんまり、ゆっくりもしてられないからよ」
「うん。じゃあ、またね、レッドフード」
「おう。あっ、そうだ。お前、いつもの丁寧な喋りより、今の喋りの方が生き生きしてると思うぞ?」
「そう? そんなに変わる?」
「ああ、ルナはこれからもここに残るだろうし、アイツらに対しても少しは距離を詰める喋りをしたらどうだ?」
「まぁ……考えておくよ」
最後の別れだと言うのに、いまいちパッとしない最後だった。
けれど、これが決して永遠の別れではないからこそだと、私は信じている。
ああ、故郷は遠い所
青い空が眩しい場所
甘いパン屋の香りが漂い
友の笑い声が響く場所
強い風が吹いている
我が友に教えて
この魂がまた
故郷の空に戻るのだと
白い雲が見える
我が友に伝えて
この体があなたと同じように
故郷の土に埋められるのだと
───
レッドフードは古い民家の中で目覚めた。
「ああ、よく寝た。久しぶりにぐっすり眠ったなぁ。……あと3時間くらい歩けば着くか? 途中で倒れたりしなきゃいいが」
レッドフードは辺りを見回した。そして、何かがおかしいことに気づいた。
「……ここ、こんなにボロボロだったか? まあ、ヘロヘロでよく見ずに入ったからな」
レッドフードは立ち上がった。
大量のホコリが舞い散る。
「……こんな酷い所でよく寝てたな。んじゃ、行くか、相棒?」
カチッとボタンを押すと、カセットテープから音楽が流れる。
「ん? こんなに綺麗だったっけ?」
カセットテープの状態に少し疑問を持っていたが、その疑問はすぐ別の箇所に移る。
「……外の景色って……こんなだったか……?」
全てに違和感を感じる。においも、風も、土の感触も、身体の状態だって。
もしかして、自然治癒したのか?
そんな希望的観測の中、突如として銃声が響いた。
その場所へと急行すると、そこには既に戦闘の痕跡があった。
ニケが大勢倒れており、ラプチャーも殆どが破壊されていた。
そんな中で、一人のニケと一匹のラプチャーを見つけ、射撃姿勢を取ろうとしたのだが──
「!! 錆びてる? なっ、何で急に……!」
引き金は既に錆び付いており、何年も使っていないような状態へと変わり果てていた。
「……まさか」
悪い予感を想像する前にビーム砲がレッドフードを掠めたが、その瞬間を狙って隠れていたニケがラプチャーのコアを撃ち抜き、敵は沈黙した。
レッドフードはそのニケに近づく。
「お前、ニケか?」
レッドフードの問いに、量産型のニケは頷く。
「その……頭のおかしな奴に見えるのは分かってんだけどさ」
悪い予感を確信に変えるため、レッドフードは質問する。
「今、何年か分かるか?」
量産型のニケは不思議そうな顔で、携帯端末の画面を見せた。
レッドフードはしばらくの間、画面に表示された数字を見つめていた。
「……はぁ。気長に待つと言っちまったけど、これじゃ再会どころじゃねぇな」
端末に表示されていた年は、レッドフードが生きていた年から既に30年が経過していた。
「なぁ、ちょっと話さないか? その……何て呼んだらいい? お前のこと」
量産型のニケは静かに認識票を差し出した。
「量産型ニケ……RR-15436? これが名前だって?」
量産型のニケは頷いた。
「……こんなのが名前のわけないだろ」
「……量産型に、名前はありません」
「ウソつくなよ。それでもなんか、本名があるんだろ? あたしはレッドフード」
「それは実名ですか?」
「……まあ……そうだな。お前の名前は?」
「……ラピ。ラピと言います」
レッドフードは忘れていた。どうして銃は錆び付いているのに、カセットテープだけはあれ程綺麗だったのかを。
「……レッドフードの接触を確認」
二人は気づくことのない一つの影が、レッドフードの行方を眺めていた。
「これより、帰還し詳しい報告に向かいます」
その影は目的が定まると、音もなく飛び立った。
RED ASH : END
四話で身バレする系主人公。
RED ASHはこれにて終わりです。次回からARK GUARDIANに入ります。