満月を抱きしめて   作:岬すみれ

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ARK GUARDIAN
どうか最善を


 

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───

 

「リリスと指揮官からの知らせは?」

 

レッドフードの引退から少しの時が流れた後、未だ連絡のつかないリリスと指揮官を、私達は待ち続けていた。

 

「人類連合軍……いえ、中央政府には問い合わせを続けています」

 

臨時リーダーを務めるドロシーもどうにか連絡の手段を探っているらしいが、上の組織は『緊急事態』という一点張りだという。

 

「戻って来なければどうする?」

「現場に踏み込むしかありません」

 

ドロシーの果敢な発言に、紅蓮とラプンツェルは少し驚く様子を見せた。

 

「どうせまた、くだらない政治的トラブルに巻き込まれただけでしょう。あまりにも遅ければ引きずり出します」

 

「ドロシー……あの蹴り以来、野性に目覚めでもしたか」

 

紅蓮の軽口にドロシーは反応しなかったが、現在の状況において、私は彼女の意見に賛同していた。

 

「戻ってきたら、少し締め上げてやらねばな」

「今はやめといた方がいいよ。やるならせめて、全部終わってからにして」

「……む」

「ルナの言う通りです。それに、地面と天井はもう経験済みでしょう?めり込む場所なんて、もう残ってもいないでしょうに」

「……」

 

紅蓮は、少し不機嫌そうにドロシーを睨みつけた

 

「名前が出たので、アナキオールの話ですが……」

 

ここから、アナキオール及びヘレティックの話題に移った。

第二世代の研究所において「ニケとラプチャーの融合」が実証されたことにより、アナキオール以外の個体が出現する可能性は十分に考えられる。

まぁ、人のことは言えないが、私だって似たようなものだ。

とにかく、アナキオール一人でもあれほどの力を有しているのに、それが今後、何人も出現することが確定している。

 

「何か戦況を一変するような手を打たねば、人類は敗れます」

「ふぬけたことを。あの二人がおらずとも、我らは勝ったではないか」

「……レッドフードが、いましたから」

 

ドロシーの答えに、ラプンツェルは複雑な表情を浮かべた。

 

「未練があるのか」

「そうですね。できれば戻ってきてほしいと、つい考えてしまいます」

「あまり引きずってやるな。あいつはきれいさっぱり、己を燃やし尽くした。我々が枕を濡らしては、あやつの心意気が台無しであろう」

「濡らす……!?」

「ラプンツェル、ステイ」

 

彼女が何を想像したかは知らないが、この場においては確実に場違いであろう発言を、素早く制止する。

 

「あのスノーホワイトも、よく我慢して……」

 

言い切る前に、紅蓮は口を止めた。

 

「相変わらずかい?スノーホワイトは」

「……えぇ。何かと理由をつけて、工房にこもりきりです。まだ完全に心残りが無いとは言い切れないのでしょう」

 

ラプンツェルの声色には、深い心配の念が滲んでいた。

 

「私にはよく分かります。見送った方のことは、そう簡単に忘れられません。それも、彼女にとっては誰よりも慕っていた方ですから……」

「時間をあげるしかありません。大切な人を送り出すということが、どのような気持ちになるものか……私達には計り知れませんから」

「私は知っている」

 

紅蓮の言葉に、ドロシーは黙り込む。

 

「ひとこと言ってやらねば」

「やめてあげてください。彼女にも一人だけの時間が……」

「たった今、自分が言ったことも忘れてしまったか?一人でも多くの手が必要なのだろう。厳しく聞こえるかもしれぬが、打ちひしがれている余裕など我々にはない。無理やりにでも、背中を押してやらねば」

 

一瞬、場の空気が沈黙した。

 

「私は賛成。スノーは最近、工房に篭りすぎだしね」

「ルナ、決して励ましに行くわけではないぞ?」

「そりゃそうでしょ。下手な励ましは、かえって傷を抉るだけだし」

「ふん。よく分かっているな。というわけだ、ドロシー。憎まれ役なら私が買ってやる。それなら文句もあるまい」

「……分かりました。お任せします。そのようなことは不得手ですので」

「ふん……そうであろうな」

「……どういう意味でしょう?」

「はいはい、喧嘩しない」

 

相変わらず犬猿の仲である二人を仲裁し、紅蓮はスノーホワイトの工房に向かっていった。

 

「良かったのですか?だってスノーは、まだ……」

「うん。行かせた本人が言うのもアレだけど、スノーはもう大丈夫だと思うよ」

「何を根拠に……」

「まあまあ、見てなよ二人とも。スノーはもう、私達が思う以上に強くなってるから」

 

疑念を抱いている二人を他所に、私は紅蓮の帰りを待った。

 

───

 

待ったとも言えないほどの短い時間で、紅蓮は帰ってきた。

 

「どうでしたか?」

 

ラプンツェルが恐る恐る問う。

 

「早かったですね。まさか、何も言えずに出てきたのですか?」

 

ドロシーの嫌味にも、紅蓮は反応を示さない。

 

「はぁ、仕方ありません。ここは臨時リーダーである私が……」

「いいや! 子供扱いなど無礼だ!」

 

紅蓮の急な豹変ぶりに、全員が目を丸くする。

 

「一体どうしましたか、そんな大声を上げて。何か気に入らないことでも?」

「スノーホワイトは……!彼女は……!」

 

「はぁ……!」と大きく息を吐き、紅蓮はようやく落ち着きを取り戻した。

 

「ドロシー、軽く相手をしてはもらえまいか。ほてった身体を冷ましたい」

「ほ、ほてった身体……?」

 

紅蓮の発言に、ラプンツェルがまたおかしな妄想を膨らませ始めた。

 

「早く、この熱が冷めぬうちに」

「いいえ、遠慮しておきます。汗をかきたくありませんので」

「別に動かなくても構わないぞ?私ひとりで勝手にやる」

「え、えっ……!?」

 

紅蓮の言葉一つ一つに、ラプンツェルがいちいち過剰な反応を返している。

 

「結構です。一人遊びがお得意なのですか?それでしたら、お一人でどうぞ」

「ひ、ひとりで……!?そんなこと……!はあ、はあ……!」

「ラプンツェル……」

 

声を掛けるが、完全に一人の世界に入り込んでしまっていて耳に届かない。

 

「では、好き勝手にやらせてもらおうか」

「す、好き勝手に!?そ、そんな素晴ら、いえ、いやらしい……!」

「……はぁ」

 

私が呆れて溜め息を吐くと、言い合っていた二人も、徐々にラプンツェルを見る目が冷ややかになっていく。

 

「それ以上は喋らないでください」

「その方が良さそうだ」

 

決して名前は口にしないが、完全に空気を破壊されてしまったことを二人は理解しているようだ。

 

「あら?ど、どうかしましたか?どうして急に静かになったのでしょう?」

 

未だ一人だけ状況が理解できないラプンツェルの肩に、私はそっと手を触れる。

 

「ラプンツェル」

「はい、どうかしましたか?」

「君のその趣味、公に出すことはあまりおすすめはしない。それだけ」

「えっ、あっ……」

 

やっと状況を理解したのか、ラプンツェルは顔を真っ赤に染めた。

 

「紅蓮。ドロシーの代わりに私が相手をしよう。憎まれ役を買ってくれたお礼ってことで」

「そうか。なら、すぐに行くぞ」

「了解」

 

未だに赤面しているラプンツェル達を置いて、私は紅蓮と共に部屋を後にした。

 

───

 

「……紅蓮め、全然『軽く』じゃないじゃないか」

 

椅子に座り、虚ろな目で天井を見上げる。

いつの日か私が伝えた「刀を覚えてみたい」という言葉を、紅蓮は律儀に覚えていたらしい。刀の技術を、戦闘訓練と同時にみっちり叩き込まれた。

流石に「摺り足」はラプチャーとの戦闘で必要ないのではないか、という疑問も湧いたが、一応あいつは刀の先生なので、大人しく従うことにした。

 

「はあ……まさかこんなに時間が掛かるとは」

 

パソコンで自身の改造を行うプログラムを打ち込みながら、通信回線を起動する。

 

「あーあー。こちらルミナスムーン。お久しぶりですね、隊長さん」

『ああ。お互い、まだこうして生きて会話できることに感謝だな』

 

画面の向こうに映ったのは、あのアナキオールとの戦闘で私が取引を持ち掛けた、量産型部隊の隊長だった。

本当ならこちらから連絡を入れようと探していたが、まさかの独断で私に連絡してきた時は驚いたものだ。

 

「部隊の皆さんは元気ですか?」

『今のところ、欠損はない。ようやく我々にも運が向いてきたのだろう』

他愛もない会話を交わした後、私は本題へと切り出した。

「もうすぐ、人類をアークへ移動する作戦が実施されることは知っていますか?」

『ああ。あくまで小耳に挟んだ程度だがな。大した階級もない私は、その程度のことしか聞いていない』

 

やはり、アークの封鎖は既に決定されていた。

もう、人類の敗北は決定的なのだ。

 

『それで?何故私に連絡を?お前も多忙であろう』

 

正直、この話題を出すべきかどうか、最後まで悩んだ。

 

「……どうか、覚悟を持って聞いてください」

 

しかし、多くの犠牲を減らすためには、現場の指揮権を持つ者にこの事実を伝えた方がいい、という結論に至ったのだ。

 

「この作戦は……あくまで『選別された』人類のための避難作戦です。つまり当然、ニケの犠牲は一切咎められない」

『……』

「ニケは、おそらく見捨てられます」

 

その言葉を境に、両者の間に重苦しい沈黙が流れた。

 

『なら、このまま作戦に従うというわけではないと言いたいわけか?』

「はい。そして、貴女に折り入ってお願いがあります」

 

この独断の行動で、果たしてどれだけの命を救えるかは分からない。けれど、何もやらないよりは格段にマシになると信じている。

 

「貴女には、可能な限り、量産型のニケ達の救助を依頼したい。勿論、そのための支援は惜しみません」

『作戦が実行されたら、我々もアーク封鎖の任務に回される。そんな暇は……』

「私が、貴女の部隊を臨時の『衛生部隊』に変更できるようにしておきます。それなら文句はないでしょう?」

 

私の提案に、画面の向こうから深い溜息が聞こえた。

 

『流石は天下のゴッデス部隊様だな。上に圧力を掛けるとは』

「こうでもしないと、ニケの犠牲は計り知れないものになりますから」

『それで?全ての封鎖が終わった後、我々はどうするんだ? まさか、ただ助けて終わりという訳ではないだろう?』

「はい、そこは……すみません、まだ極秘です。ですが、決して無駄な救助ではなかったと思えるはずです」

『そうか……期待していいんだな?』

 

彼女の表情が、少しだけ和らいだ。

 

「はい。必ず」

『なら、いい。ならば我々も、準備せねばな』

「はい、それでは」

『ああ、頼んだぞ。ゴッデス部隊、ルミナスムーン』

 

通話を切り、私は思いっきり椅子に体重を預けた。

 

「さて、最善を尽くそう」

 

私は変わらず、この言葉を胸に行動を起こせばいい。負けが確定している戦いだって、決して目を逸らしてはいけないんだ。

やがて、キーボードを叩く手が止まる。

 

「コードは大方完成……後は成功を祈るのみ、か」

 

画面に表示された、無数の文字列と睨めっこする。

ずっと前から作り上げてきた、リリスを救える可能性がある唯一の方法。ボディの再作成が不可能と判断した以上、消去法でこの案を採用するしかなかった。

 

「そうだ。せっかく新しい機能を導入したんだし、名前を付けてあげよう」

 

少しの間思案した後、私はシステムに打ち込んだその名は。

 

特異侵食同調コード:U.N.I.S.O.N

 

───

 

「ただいま」

「仲良く元気でやってたか?」

 

数日後、ようやく指揮官とリリスが帰還した。

 

「戻って来てたんですか?」

「遅かったですね」

「今まで何をしていたのやら」

「お二人とも、おケガはありませんか?」

 

久々の再会ということもあり、二人は早速メンバーから質問責めに遭っていた。

 

「ルナもただいま。私たちがいない間、大変だったんでしょ?」

「うん。大体は聞いてると思うけどね」

 

レッドフードとの別れやアナキオールとの戦闘などを手短に話し、私達は会議室に向かった。

そこでリリーバイスは、アーク封鎖計画の詳細を切り出した。

 

アークは5段階に分けて封鎖され、封鎖が完了すれば外側からも内側からも、アークへの通行は不可能になる。そして、最終封鎖の完了まで、アークへの進入口を防衛する作戦は「アークガーディアン」と命名された。

説明は淡々と続けられた。その間、聞く側からの言葉は一切なかった。

だが、全員の顔からは、隠し切れない感情が溢れ出ていた。

 

「……以上、質問はある?」

「私達の撤収はいつになりますか?」

 

リリーバイスの言葉に、まず口を開いたのはドロシーだ。

 

「第5次封鎖の一番最後。量産型ニケ部隊も同じね。最後の最後まで、アークを守り切ってから」

「……そうですか」

 

次にスノーホワイトが口を開く。

 

「第5次封鎖の完了まで、どれくらいかかりますか?」

「未定よ。そこは流動的に変わるみたい。長くても一ヶ月は超えない予定だけど」

「……短いですね」

「うん、本当に」

 

たった一ヶ月で全人類が避難出来るほど、簡単な作戦ではない。つまり、この作戦は──。

 

「それと、これからは防衛戦に移るから、勝利の翼号もアークへ回収されることになったの。これは第3次封鎖の辺りになる予定よ」

「我らが空飛ぶネグラともおさらばか。わざわざ5段階に分ける理由はなんだい?」

「一度にアークに収容できる人数には限界があるの。だから、安全な移動のために分けるんだって」

「ふん、お偉方が真っ先に逃げ込もうという訳か」

 

権力がある者が優先して生き残る。こんな極限状況でも、上にいる人間の価値観は変わらないらしい。

 

「人数の問題だけではないでしょう」

 

ドロシーが冷ややかに指摘する。

 

「そう。アークには何十か所も入口があるから。そっちは物資用だけどね。物資も最後まで運ばないといけないから、少しずつ封鎖していくしかないの。当たり前だけど、そんな事をしていれば……ラプチャーも集まってくるはず。私達の出番はそこからよ」

「入口が数十か所も? なぜ人々の受け入れをしているのは一ヶ所だけなのですか?」

「選別するため」

 

ドロシーのその返答に、誰かが息を呑む音が聞こえた。

 

「選ばれていない者……政府に身分が認められていない者はアークに入れない。違いますか?」

「ああ、正解だ。誰でも入れてやるという訳にはいかないんだ」

 

指揮官が淡々と肯定した。

 

「第5次封鎖の完了後、アークにたどり着いた人はどうなるのですか? それに、地上に残された人はどうなるのですか?」

「見捨てられる。私達は負けたんだ。全てを救う事はできない」 

 

はっきりと、指揮官はその無情な事実を述べた。

その言葉に、各々が悔しさを滲ませる。

 

「今すぐ軌道エレベータに行くぞ」

 

紅蓮が刀を手に、立ち上がった。

 

「行ってどうする気?」

「知れたことを。クイーンの首さえ取れば、全て解決するはずだ」

「無理だって、分かってるでしょ。今の軌道エレベーターは、人類みんなで行ったって突破できないの」

「では、このまま負け犬同然に、尻尾を巻いて地下へ逃れろと!?」

 

紅蓮はリリーバイスに掴み掛からんばかりの勢いで激昂している。

 

「他に何ができる。一人でクイーンの首を持ち帰ってくるか?」

 

指揮官の冷徹な言葉に、紅蓮は刀を握る手にぐっと力を込めた。

 

「子供のわがままじゃないんだ」

「子供だと……!私はただ……!」

「ストップ」

 

私は紅蓮の前にそっと手を差し出した。

 

「悔しいけど、今の私達はその程度ってことだよ。多分、今の私達全員で挑んでも、時間稼ぎにすらならない」

「なんだと……」

 

未だ怒りが収まらない紅蓮を特に意に介さず、指揮官は立ち上がった。

 

「以上だ。会議はここまで。不満や質問があれば私の所へ来い。ただし、十分に考えてから来てくれ。ただの泣き言や愚痴を聞いている時間はないからな」

「はい、指揮官」

 

歩き出そうとする指揮官の背中に向けて、私はスッと手を挙げた。

 

「ルナ。それは、今後に必要な『不満』か?」

「不満ではありません。今後の作戦において、貴方に一つお願いしたいことがあります」

 

私の声だけが、静まり返った会議室に淡々と響く。

 

「ほう。なら聞こうではないか」

「今ご自分で言ったことをお忘れですか?この場では少々言いづらいことですので」

「そうか。ならさっさと行くぞ。リリス、ルナ」

「……はい、指揮官」

「……了解」

 

恐ろしいほど冷え切った会議室を横目に、私は二人の後を追って退室した。

 




筆が全然進まないぃぃぃ
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