碇シンジはもう一人の自分(♀)に恋をする 作:崖の上のジェントルメン
「はあっ、はあっ、はあっ!」
葛城ミサトは目に涙を溜めて、床に置かれた初号機のエントリープラグへ向かって走っていた。
第12使徒のディラックの海へ取り込まれた初号機は、既に活動限界を迎え、無事に救出できることすら難しい状況だった。
しかし、それでも初号機は戻ってきた。使徒の内部を突き破り、身体を血で真っ赤に染めて帰ってきたのだ。
ミサトはエントリープラグを開け、叫ぶ。
「シンジくん!!」
……その中に、彼はいた。
サードチルドレン、碇シンジ。
目蓋を閉じて眠っているが、少し呼吸する声が聞こえる。 そのことに安堵した彼女は、塞き止めていた涙が一気に溢れだした。
「!」
その時だった。 ミサトはふと、シンジの隣にもう一人寝ていることに気がついた。
ここは、エヴァのエントリープラグ内。絶対にシンジ以外の人物がいるはずないのに、確かに“彼女”はそこにいた。
「こ、この子って……」
ミサトはその人物の顔を見て、思わず絶句した。
……病室。
シンジがゆっくりと眼を開けると、そこには見知った天井が映された。
外からはみんみん蝉の声が忙しく聞こえており、病室内には眩しい日差しが入り込んでいた。
「……またこの天井だ」
少しばかり苛立ちを含んだ声で、彼は呟いた。上半身を起こし、微睡んだ眼を擦る。
「………………」
自分の身体から、微かに臭いがする。それは、少し鼻をくすぐるだけで、誰しもが生理的嫌悪感を催すものだった。
鉄のように冷たく、それでいて生ぬるい。
「……とれないや、血の臭い」
シンジの小さな呟きが、病室の中を満たしていた。
「あの……」
その時、突然右隣から声がした。
そちらへ眼をやると、女の子がシンジと同じようにベッドへ寝かされていた。
彼女も上半身を起こして、こちらをじっと見ていた。
「あ、ど、どうも……すみません」
まさか隣に人がいるとは思っていなかった彼は、微かに強張った返事をした。
特に謝る必要はないのだけれど、彼女の存在に気がついていなかったことが、彼の心に少しばかりの罪悪感を持たせた。
(……あれ?)
ところが、シンジの頭がだんだんと冴えてくると、今度は隣の少女の顔に違和感を持った。
(どこかで見たような顔だ……。いや、見たようなっていうか、しょっちゅう見ているような……)
そんなことを考えていた最中、彼女の方から彼に声をかけてきた。
「あの、あなたは……私の兄弟、なんですか?」
「え?」
「だって、顔が……」
そう言われて、シンジもはっとした。
少女の顔が、自分にそっくりだったのである。
双子かと思えるくらいにそっくりな二人は、互いの顔をマジマジと見つめながら、質問しあった。
「君は……誰?」
「私は碇レイだけど……あなたは?」
「ぼ、僕は碇シンジ……」
「……お父さんの隠し子、とか?」
「隠し子?」
「お父……碇ゲンドウの隠し子さん、とかだったりする?」
「いや、別に隠されてはいないけど……」
「「………………」」
ガララッ
そうして言葉が詰まった二人のところへ、四人の人間が集まった。
葛城ミサト、惣流・アスカ・ラングレー、綾波レイ、そして赤木リツコであった。
「え!?うそ!?」
アスカは碇レイを見た瞬間、感嘆の声を上げて彼女のもとへ駆け寄った。
「はーっ!さすがの私もびっくりね!ホントにバカシンジにそっくりじゃない!」
「ア、アスカ?何言ってるの?」
「何よアンタ?私のこと知ってるの?」
「知ってるも何も、いつも一緒に暮らしてるでしょ?」
「はあ?」
「え?だって……え?アスカは弐号機パイロットで、私は初号機パイロットで……一緒にミサトさんのところで……」
「………………」
アスカも碇レイも、ぽかんと相手の顔を見つめるばかりだった。
「ねえリツコ、これって……」
ミサトが救いを求めるようにリツコへと尋ねる。
リツコはシンジと碇レイの顔を交互に見ると、レイの方に何点か質問を始めた。
「あなたの名前は?」
「い、碇レイ、です」
「年齢は?」
「14歳……」
「私が誰か分かる?」
「も、もちろん、リツコさんですよね?」
「ミサトのネルフでの役割は?」
「えーと、使徒と戦うための作戦を練ること」
「通ってる学校は?」
「第3新東京市立第壱中学校」
「直近で戦った使徒の攻撃方法は?」
「えーと……黒い海みたいなところに引きずり込むみたいな……そんなやり方でした」
……それからもいつくか質問を行った。
リツコはふうとひとつため息をつくと、「これはあくまでも仮説だけど」と前置きを入れた後に、こう話し始めた。
「碇レイさん、あなたは……パラレルワールドから来た可能性が高いわね」
「パラレルワールド……?」
「こことそっくりな、だけど少し異なる世界線。つまり、碇シンジが男性でなく女性だった場合の世界ってことね」
「な、なんでそんな、いきなり……」
「あなたとシンジくんは、使徒の展開したディラックの海を一定期間さ迷った。その間に、異なった世界線同士が混じりあい、あなたはこっちの世界へと迷い込んだ。完全な憶測だし、理由も原因も今は全く分からないけれど、これが最も可能性として高いわね」
「………………」
あまりにも荒唐無稽な状況に面食らっている碇レイは、顔をうつむかせ、しばし呆然としていた。
そんな彼女を、綾波が静かに見つめていた。
(レイ。私と同じ名前)
綾波は自分と彼女が同じ名前であること、その理由をおおよそ把握していた。
「あの……すみません」
不安そうな瞳で、碇レイはリツコへと尋ねる。
「私は、もとの世界へ戻れるんですか……?」
「今のところじゃ、何とも回答し難いわね。第一パラレルワールド自体、私の仮説に過ぎないんだから」
「……そ、そうですか」
レイは眼を伏せて、下唇を噛む。それを見ていたアスカが、彼女に向かってこう告げた。
「しっかし、バカシンジの女版とはね~。ま、ウジウジした性格は女の子の外見の方が似合ってるかもね」
「「ひ、酷いよアスカ……」」
その時、シンジとレイの言葉がハモった。困り眉の表情も実にそっくりだった。
「はははは!アンタら本当に双子みたいよ!鏡に映したみたい!」
「も~、アスカってこっちでもアスカなんだね」
「何よそれ!?どーゆー意味よ!!」
碇レイは呆れたように、しかしちょっぴり嬉しそうに笑った。それを確認したアスカも、少しだけ微笑んだ。
……その後、彼女は一旦全身をくまなく精密検査をさせられることになり、安全と分かればミサト宅へ住まわすことになった。
彼女が訪れた最初の一日目は、こうして過ごされていった。