碇シンジはもう一人の自分(♀)に恋をする   作:崖の上のジェントルメン

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第弐話 似ている、ふたり

 

 

……数日後。

 

夕暮れの中、碇レイはシンジたちに連れられて、ミサト宅へと出向いていた。

 

服はプラグスーツしか彼女は持っていないため、アスカから学校の制服を借りている。

 

「ただいま」

 

「はーっ!ようやく帰ってこれたわ!もうくたくた!」

 

「さーて、ビールビ~ル~♡」

 

扉が開き、家の中へと入るシンジ、アスカ、ミサト。

 

「………………」

 

だがレイは、その玄関の前で立ち止まった。

 

「……?どうかしたの?」

 

冷蔵庫からビール缶を取り出したミサトが彼女へ尋ねると、レイは伏し目がちに「い、いえ、なんでもないです」と告げて、家へと入った。

 

「えっと……お、お邪魔します」

 

「あら、そういうことね。いいのよレイちゃん?ただいまで」

 

ミサトが早速缶に開けて、それに口をつけながら話す。

 

「いや、その、一応私の知るミサトさんのおうちじゃないし、そもそも私はここの家じゃ部外者だし……」

 

「そんなこと気にしなくていいわよ~!ほら、性格が同じはずなら、きっと向こうの私も同じことを言ってると思うわよ?」

 

「同じこと?」

 

「『レイちゃん、ここはあなたの家なのよ?』」

 

「!」

 

そう、それは確かに……初めてレイがミサトの家に上がった時、言われた言葉だった。

 

レイは、どこの世界線であっても、ミサトさんはミサトさんなんだという事実に、少しだけ嬉しくなった。

 

「……あ、あの」

 

照れ臭そうに頬を赤くして、レイは言った。

 

「た、ただいま」

 

「お帰りなさい」

 

ミサトの柔らかな笑顔が、彼女を出迎えた。

 

 

 

 

 

「……じゃあ、夕飯を作りますね」

 

「はーい!シンちゃんよろしくね~」

 

エプロンをつけるシンジへ、手をひらひらと振るミサト。台所に立ち、腕をまくるシンジの横に、レイがやって来た。

 

「あ、あの、シンジくん……だっけ?」

 

レイはおそるおそる、彼の表情を伺うようにして声をかけた。シンジの方も緊張気味に「う、うん、どうしたの?」と聞き返した。

 

「あの、夕飯、私も一緒に作るよ」

 

「ええ?そんな、悪いよ。ゆっくりしててもらって大丈夫なのに」

 

「で、でも、今日からお世話になるし、何か……役に立ちたくて。それにほら、一人でご飯作るって、大変じゃない?」

 

「!」

 

「たぶん、こっちのミサトさんも、アスカも……だよね?」

 

「………………」

 

シンジはこっそりと、ミサトやアスカへ眼をやった。

 

「かーっ!ヤッパリこの一杯のために今日を生きてるって感じよね~!」

 

「どーしてこう日本のバラエティー番組って、浅はかで程度の低いモノしか放送しないのかしら!?」

 

片やおっさんとみまごうほどの飲みっぷりを発揮する三十路。片やテレビに文句垂れる傲慢高飛車お姫様。

 

「……君のところも?」

 

「うん、私のとこもおんなじ」

 

「そっか、それは……大変だったね」

 

「お互いにね」

 

二人は眼を合わせて、肩をすくめて笑いあった。

 

「じゃあ、手伝ってもらってもいいかな?」

 

「うん、任せて。あ、エプロンってある?」

 

「予備のがあるよ」

 

「ありがとう」

 

彼女もシンジから受け取ったエプロンを身に付け、交互に手を洗って準備を始める。

 

「今日のメニューは?」

 

「ハンバーグ。アスカが食べたがってたから」

 

「ふふ、こっちのアスカもハンバーグ好きなんだね」

 

「ごめん、冷蔵庫からキャベツ取ってくれる?」

 

「キャベツは千切り?」

 

「うん」

 

「じゃあ私、やっとくね」

 

「ありがとう、助かるよ。あっ、その引き出しにね、千切り用の器具があるから、それを使って」

 

「あっ!これ、私も持ってるよ」

 

「ほんと?」

 

「うん。便利だよね、これ」

 

「そう!最近買ったものの中で、一番のお気にいりだよ」

 

シンジは思わず頬を緩ませる。

 

「なんだか不思議だなあ。この家で他の誰かと一緒に料理を作ることになるなんて、夢にも思わなかったよ」

 

「ふふふ、私も同じこと思ってた」

 

「同居人が同居人だから、仕方ないんだけどね」

 

「ね」

 

二人は声を潜めて、ミサトとアスカをまた交互に見ながら、クスクスと笑いあった。

 

同じような境遇で、同じような価値観を持つ二人。そんな彼らの話が盛り上がるのは、必然だった。

 

「そうだ、あの、私のこと……『さん』付けしなくていいよ」

 

「え?」

 

「私たちって、何て言うか……双子とか、兄妹みたいなものだし、呼びやすい言い方をしてくれていいよ」

 

「そ、そう?じゃあ……えっと、レイって呼んでもいいかな」

 

「うん」

 

「ありがとう。僕のことも、呼び捨てで構わないよ」

 

「うん、ありがとう。でもなんか、シンジくんは、シンジくんって感じがする」

 

「ええ?どういうこと?」

 

「何て言うか、『くん』呼びが似合う、可愛い男の子だなって」

 

「そ、そうなのかなあ?よく分かんないや」

 

「ふふふ」

 

緊張していたのはほんの最初だけで、後はまるで旧知の親友のように、声を上げて笑いあっていた。

 

 

 

 

 

「……よし!ハンバーグ完成!」

 

「やった!いつもより倍以上のスピードでできた!」

 

「アスカー!ご飯だよー!」

 

シンジが呼ぶと、アスカがテレビを消して食卓へとやってきた。

 

「ほら、今日はアスカのご所望だったハンバーグだよ」

 

「ちょっと!サラダにピーマンが添えられてるじゃない!」

 

「こっちのアスカも、お野菜苦手?」

 

「苦手じゃない!食べる必要のないものは食べない主義なだけ!」

 

自分の皿からシンジの皿へとピーマンを移すアスカ。シンジもレイも、それを苦笑混じりに眺めていた。

 

ミサトは早速ハンバーグを一口食べて、「うんうん」と満足げに頷いた。

 

「美味しいわ!さすがシンちゃんね」

 

「今日は大分、レイに助けてもらいましたから」

 

「あら、さすがレディースシンちゃん。料理の方はお手のものなのね」

 

「そんな、シンジくんの方が上手ですよ。私、こんなに綺麗にハンバーグを焼けません」

 

「でも、僕よりレイの方が味噌汁の作り方が上手いよ。もっと優しい味をしてる」

 

「へえ、やっぱりその辺は若干の違いがあるのね」

 

ミサトは一缶目のビールを飲み終え、二缶目へと手を伸ばす。

 

「ちょっと、ハンバーグのおかわりはないわけ?」

 

「あ、ごめんアスカ、もうひき肉がなくて……」

 

「もー!用意が全然なってないわねー!どうして準備しておかないのよ!?」

 

「ご、ごめん……」

 

オロオロするシンジを見て、レイは助け船を出した。

 

「あの、良かったらアスカ、私の分少しあげようか?」

 

「あら?いいの?じゃあ遠慮なくもらうわ」

 

アスカはお箸でレイの分のハンバーグを半分に割り、片方を自分のお皿へと持っていく。シンジが渋い顔でアスカに告げる。

 

「アスカ……レイは今日来たばっかりなんだよ?ちょっとは遠慮をさ……」

 

「あら、本人があげるって言ってるものを断れって言うわけ?」

 

「はあ……全くもう」

 

シンジが申し訳なさそうにレイへと尋ねる。

 

「良かったの?レイ」

 

「うん、私は大丈夫」

 

「そっか、ごめんね」

 

「ううん」

 

ぱくぱくと食べるアスカに向かって、ミサトがニヤつきながら告げる。

 

「人のを奪ってまで食べたいなんて、アスカってばよほどシンちゃんの作ったハンバーグがお好きみたいね~?」

 

「ちょっと!変な言い方は止めてよねミサト!」

 

「何?じゃあ美味しくないってこと~?」

 

「ふん!まあまあね!」

 

そう言いながらも、食事を止める気配の全くないアスカを見て、ミサトはまたニヤけるのであった。

 

「あ、そうそう。レイちゃんはこれからアスカの部屋で寝てもらっていいかしら?」

 

「アスカのお部屋、ですか?」

 

「はあ!?ちょっとミサト!私のプライベートを侵食する気!?」

 

「じゃあ他にどうしろってのよ~。シンジくんのお部屋って訳にもいかないでしょー?」

 

「わ、私……リビングで寝てもいいですよ?」

 

「それじゃ寒いわよー!ね、アスカ。ここは一つ折れてあげなさいよ」

 

「はあ……分かったわよ、仕方ないわね」

 

「ごめんねアスカ」

 

「いいわよ、シンジみたいなケダモノの横に寝かせる訳にもいかないもの」

 

「ちょ、ちょっと!僕がケダモノだなんて言い方止めてよアスカ!」

 

「事実を言っただけじゃないの!何か文句でもあるわけー!?」

 

「お、大有りだよ!レイに変な勘違いされるじゃないか!もう!」

 

「ふふふ」

 

レイはアスカとシンジの攻防に、くすくすと小さく笑った。

 

いつもの三人に、プラス一人……であるはずなのに、まるで最初から四人暮らしだったかのように、レイは彼らの食卓に馴染んでいた。

 

 

 

 

……食事が終わった後、アスカはすぐに一番風呂を浴びに浴室へ行った。

 

ミサトはミサトで、机に突っ伏して微睡んでいる。彼女のそばには、ビールの空き缶が四つ並べられていた。

 

「ミサトさん、眠るなら部屋で寝てください」

 

「ん~、シンちゃん連れてって~」

 

「はあ……しょうがないな。じゃあ行きますよ?ほら」

 

ミサトの肩を担いで、彼女の寝室まで連れて行く。ベッドへと寝かせ、電気を消して扉を閉める。

 

「んがあ~……ずび~……」

 

もうイビキが聞こえ始めた。

 

「ふう……」

 

ひとつため息をついて、シンジはまた食卓へと戻る。台所では、先にレイがお皿洗いを始めていた。

 

「ああ、ごめんねレイ、僕も手伝うよ」

 

「ううん大丈夫、あと三皿だけだから」

 

レイはちゃっちゃと洗い物を終えると、手を拭いてエプロンを脱いだ。

 

「ふう、終わった~……」

 

ぐうっと背伸びをしたあと、そばにあった椅子に腰掛ける。すると、テーブルの上にシンジが用意したお菓子があった。

 

「これ、ミサトさんが貰ってきたお菓子なんだ。良かったら食べてよ」

 

「ウイスキーボンボン……ミサトさんらしい貰い物だね」

 

「あんまり食べすぎると酔うから気をつけてね」

 

「うん」

 

シンジも椅子に座り、二人でお菓子をつまみ出した。

 

「そういえば」と、レイがふいに呟いたので、シンジが「どうしたの?」と尋ねた。彼女はシンジの方へ目を向けて、話し始めた。

 

「シンジくんってさ、鈴原くんに殴られたことある?」

 

「あー、最初の頃にね。妹さんの件で……。もしかして、レイも殴られたの?」

 

「私は殴られはしなかったけど、『男やったら殴ってたで!』って、凄い剣幕で怒られたから。それで、男のシンジくんはどうだったのかなって」

 

「女の子は殴らない、か。トウジらしいや」

 

「でも、私が使徒と戦った後に泣いてるの見たからかな?『お前のこと誤解してた。ワシのこと殴ってくれ!』って言われたの。さすがに殴れなかったけど」

 

「ははは!トウジってばどこでも変わらないなあ」

 

「やっぱり、シンジくんにもそう言ってきたんだ?」

 

「僕は実際に殴られてたからね。トウジも『お前に殴られて、貸し借りなしや!』って感じのこと言ってたんだ」

 

「ふふふ、なんか青春って感じだね」

 

「熱いよね、トウジって」

 

レイはティッシュを一枚取り、チョコで汚れた指先を綺麗に拭った。

 

「鈴原くんのそういう実直なところが、ヒカリも好きなんだろうね。アスカはよく分かんないって言ってたけど」

 

「ん?え?ヒカリって……委員長の洞木 ヒカリさんのこと?」

 

「うん?そうだけど、どうして?」

 

「ええ!?じゃ、じゃあ、委員長ってトウジのこと好きなんだ!?」

 

「あ……も、もしかしてそっちでは、まだ二人、付き合ってない?」

 

「う、うん」

 

「うわ~!こっちでは二人とも付き合ってるから、てっきり周知の事実かと……!」

 

レイは目をぎゅっと閉じて、「ヒカリ、勝手に話してごめんね」と、ここにいない彼女へ謝罪を述べていた。

 

「ど、どうして同じような世界なのに、こうして差が出てるのかな?」

 

「私とアスカが応援してたっていうのが、大きい違いかも。それでヒカリに自信がついて、告白できたんじゃないかな」

 

「なるほど……。こっちでは応援できるのがアスカ一人しかいないとしたら、もう少し奥手になるかも知れないね」

 

「でも、どうなのかな?そっちの世界のヒカリも、鈴原くんのこと好きなのかな?それが違う可能性だってあるよね」

 

「う~ん……聞いた限りだと、世界が違うと言っても人の性格はだいたい同じみたいだし、それは変わらない気がするよ」

 

「そっか……。じゃ、じゃあ、このことはどうか内緒にしててね?ヒカリ、きっと恥ずかしがるから」

 

「だ、だね、僕も知らないフリするよ」

 

彼らは苦笑しながら、肩をすくめた。

 

((……なんだか、不思議だな))

 

この時二人は、全く同じことを同じ瞬間に感じていた。

 

シンジもレイも、男女の違いはあれど、根本の性格は非常に似ていた。

 

それは二人とも、他人への壁を作りやすい性格であること。

 

寂しがり屋でありながらも、傷つくことを恐れて、上手く相手へ踏み込めない。

 

「人に好かれたい」よりも、「嫌われたくない」の方が強い性格なのだ。

 

そのため、とにかく自分の気持ちを我慢して、従順であろうと努める。そういう不器用な生き方を選んでいた。

 

(でも……レイとはすぐに話せる。思ってること、なんでも言える)

 

(シンジくんとは初対面なのに、分かり合える安心感がある)

 

(人と話してて、こんなに安心できるのは……)

 

(……私、初めて)

 

齢14年という人生の中で、彼らは初めての体験をしていた。

 

この人になら、いろんなことを話せるかも知れないと、そう思う勇気が出ていたのだ。

 

「……レイは」

 

「うん?」

 

「何のために、エヴァに乗るの?」

 

「!」

 

「ごめん、変な質問だけど、どうしても訊きたかったから」

 

「………………」

 

レイは自分の手を見つめて、小さな声で語り始めた。

 

「お父さんに……褒められたくて」

 

「!」

 

「前に、空から降ってくる使徒を倒したことがあったの。その時にお父さんが……面と向かってじゃないけど、『よくやったな、レイ』って。私のこと、初めて褒めてくれたの」

 

「………………」

 

「私って心の奥底では、人類のためとか、みんなのためとか、あんまりそんなこと思ってなくて、ただお父さんに……また褒めて貰いたくて、そのためにエヴァに乗ってるのかも知れないなって、最近思い始めてたの」

 

「……レイは、父さんのこと嫌い?」

 

「……分からない。嫌いかも知れない。でも、好きかも知れない」

 

「…………」

 

「お父さんは私を捨てていった。だから正直、お父さんのことが憎い。第3新東京市に来いって手紙を寄越された時も、『誰が行くもんか!』って、手紙をビリビリに破いちゃったの」

 

「でも君は……その手紙を、またテープで貼り直したんだね?」

 

「……うん」

 

「………………」

 

「シンジくんも……お父さんのために、エヴァに乗ってるの?」

 

「……たぶん、そうなんだと思う。レイと同じで、あの時褒められたのが……本当に嬉しくて。それだけは、嘘じゃないって思えたんだ」

 

「……薄々感じてたけど、私たち、そっくりだね。顔だけじゃなくて、心まで」

 

「……うん」

 

レイが机の上に置いている右手を、少しだけシンジの元へ近づける。シンジも、同じく机に置いていた左手を、ゆっくりレイの元へ近づける。

 

「自分のこと、いらない人間なんだって、思ったことある?」

 

「私、今でも思ってるよ」

 

「そっか、僕もなんだ」

 

「……傷つくのが怖くて、みんなから距離を取ることってある?」

 

「そんなの、僕いつもだよ」

 

「そっか、私もなの」

 

シンジの左手と、レイの右手の指先が触れた。

 

「……私、ずっと孤独だったの」

 

レイはシンジへ顔を向ける。シンジもそれに伴い、レイへと顔を向ける。

 

「ずっとずっとずっと、私のことを分かってくれる人が欲しかった。優しくされたくて、構ってもらいたくて……」

 

「……僕もだよ、レイ」

 

「シンジくん……」

 

「………………」

 

彼らはじっと、互いの瞳を見つめあっていた。そして、だんだんと、触れあっている指先が絡み合っていった。

 

「上がったわよー!」

 

そんな雰囲気の中、アスカが声を張り上げながら登場した。

 

バスタオルで頭を拭き、シンジたちの前へ現れた。 はっとした二人は、即座に手を引っ込めて、目線を外した。

 

「ん?なーに顔を赤らめてんの二人とも」

 

「あ、いや!これは別に……大したことじゃ……」

 

「そ、そう!別に私たち、何にもしてないし……」

 

慌てて否定するシンジとレイを見て、訝しげな表情をするアスカ。

 

「あーっ!?あんたたち何で勝手にウイスキーボンボン食べてるのよー!?」

 

「あ、ごめんアスカ……」

 

「ちょっとー!ちゃんと私の分もあるんでしょーね!?」

 

話題があっさり変わったので、シンジとレイはほっと安堵のため息をついた。

 

 

 

 

 

 

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