碇シンジはもう一人の自分(♀)に恋をする 作:崖の上のジェントルメン
“高谷 典子”という可愛い転校生がやって来た情報は、瞬く間に学校全域へ広がった。
無論、その発端はケンスケが売る写真である。 帰国子女のアスカとはまた違う、一見するとあまり目立たない雰囲気だけど、よくよく見るとすごく可愛い子という位置付けが、男子生徒の心をくすぐった。
性格も内向的で控えめなため、『アスカみたいに話しかけても邪険にはされなそう』という理由で、彼女に声をかけにくる者は多かった。
「高谷さん、マジ可愛いね!今度俺たちと遊びに行かない!?」
「え、えっと、私は……」
「ちょっとあんたたち!気安くノリコに声かけてんじゃないわよ!」
そんなレイの番犬になっていたのは、アスカだった。
レイに近づこうとする男子たちに臆することなく吠えて、容易く寄り付かせないようにしていた。
「やっべ!惣流だ!蹴られるぞ!」
「逃げろ逃げろ!」
「ふんっ、意気地のない奴らね」
「あ、ありがとアスカ、助かったよ」
「たくっ、あんたがボケッとしてんのが悪いのよ!ここにいるのはみんな性欲お化けの猿どもなんだから、ちったあ気を付けなさいよね!」
そう悪態を突きながらも、アスカは何かとレイを気遣う素振りを見せた。お昼はヒカリを含めた三人でお弁当を食べるよう誘っていたし、授業で二人組を作れと言われたら、率先してレイとペアを組んでいた。
「転校生のあんたには、どうせペアを組む友だちもいないんでしょ?仕方ないから、このアスカ様が組んであげるわ!」
「ふふふ、うん、ありがとう」
それは、パラレルワールドという特殊な環境に身を置いているレイへの、アスカなりの気遣いだったのかも知れない。
シンジもそれを察してか、「アスカって、レイには優しいね」と告げた。
「あんたバカぁ?私がいつ優しくない時があったって言うのよ!ほんと、朴念仁ね」
アスカの容赦ない一言を、シンジは苦笑いを浮かべながら受け入れていた。
そんなアスカの奮闘が功を奏してか、一週間もすると、レイへ絡む男子はほとんどいなくなっていた。
……ある日のこと。シンジとレイは、学校帰りに日用品の買い物に出かけていた。
「えーと、台所用洗剤と、スポンジと……。ねえシンジくん、それから何かあったかな?」
「使い捨ての三角コーナーも、確かストックが切れてたよ」
「そうだ、危ない危ない」
二人はドラッグストアで諸々を買い揃えてから、そこを後にした。
ミーンミーン、ミンミンミンミン……
相も変わらず、蝉時雨が鳴っている。
結構な暑さだが、彼らは産まれた時からこの常夏の中を生きているので、それなりに慣れている。しかし、それでもやはり、暑いものは暑い。
「いやあ、暑いねレイ」
「だね、ほんとに暑い」
「しまったな、僕アイスを買えばよかったよ」
「あ、そう言えばミサトさんが昨日買ってきてくれたのがあるよ」
「やった、じゃあ早く帰ろうか」
湿度の高い空気感の中、二人は額の汗を拭いながら、ミサト宅へと帰りついた。
「「ただいまー」」
二人が揃ってリビングへ行くと、そこにはアスカとヒカリ、そしてトウジとケンスケが床に座って、棒タイプのアイスを食べていた。
「お帰りー」
「お!センセのお帰りや!」
「碇、アイスお先してるぞー」
「碇くん、高谷さん。お邪魔してます」
「ああ、みんないらっしゃい」
「あれ?高谷さんも碇たちと一緒に住んでるのか?」
「うん、そうだよ」
「なんやとー!?センセェ、お前ミサトさんという人がありながらなあ!」
「ホントホント。それに惣流も合わせて、男1の女3。ハーレムな生活で、いや~んな感じ!」
「し、仕方ないじゃないか。僕らはエヴァのパイロットで、命令で一緒に住むよう言われてるから、そうしてるだけで……」
「なによ?それじゃこの私と住むのが嫌だとでも言いたいわけぇ?」
「あ、いやアスカ、僕は別にそんなつもりじゃ……」
「ま、私も命令じゃなかったら、あんたみたいな冴えない朴念仁と一緒になんて住みたくないわ!」
「な、なんだよ、酷いよアスカ……」
「事実をただ口にしただけよ。文句ある?」
アスカに睨まれたせいで、シンジはそこから先の言葉は出せなかった。レイはそんな二人のやり取りを苦笑して見つつ、冷凍庫からアイスを取り出した。
「はい、シンジくん」
「あっ、ありがとうレ……えーと、高谷さん」
家の中にいたためか、うっかり彼は彼女の本名を口にしそうになったが、友人たちがいることを思い出し、なんとか喉の奥に押さえた。
レイとシンジは固い笑いを浮かべて、彼らと同じように床へ座った。
「エヴァのパイロットと言えば、綾波も碇とならよく喋るよな」
「え?そうかな?」
「確かに、綾波さんって碇くんと話しているところ以外は、あんまり見かけたことないかも」
「おいおい、センセのハーレムはどないなっとんねん」
「ハ、ハーレムとか、そんなことないよ。僕はただ……綾波が一人でいることが多いから、ただなんとなく気になるってだけで……」
「へ~~~~、バカシンジ様はお優しいことでぇ~~~~」
アスカが嫌味ったらしく話すのを、ヒカリは微笑ましく見ていた。
「ちぇ、アイスは中々当たらんもんやな」
トウジはアイスの棒にかかれた『外れ』の文字を悔しい顔で一瞥し、ゴミ箱へと捨てた。
「私、こういうの当たった経験ないかも」
「ま、こういうのは当たりがあるかもって期待するのを、楽しむだけでいいんじゃない?」
ヒカリとケンスケも、同じように外れだった。
「ふん、企業が購買意欲をそそらせるために作ったものなんて、楽しむのもシャクに障るわ」
と言いつつも、外れだった棒を見てアスカはちょっとしょげていた。
「あ、私、当たった」
そう呟いたのは、レイだった。
「え?ホント?見せて見せて」
「うん」
ヒカリがレイから棒を受け取り、『当たり』と書かれた文字をマジマジと見つめる。
「わあ~、初めて見た。すごいね高谷さん!」
ヒカリの持つレイの当たり棒を見るために、シンジも顔を覗き込ませた。シンジもアイスを食べ終わり、棒を確認すると、やはり彼も外れであった。
「僕も外れちゃった。高谷さんだけ当たりだったね」
「な、なんか、自分だけ当たっちゃうの恥ずかしいな……」
「むむむむ~!シンジ!もうアイス無いの!?」
「あ、うん。これっきりだよ」
「今すぐ買ってきて!絶対当たりを引いてやるわ!」
「え~……さっき購買意欲がどうのって言ってたのは、アスカじゃないか」
「アンタがつまんない口答えしてる間に、他の人に当たりのアイス買われたらどうするの!?早く!駆け足!」
「も~、人使い荒いな~」
シンジの弱々しい愚痴に、みんなが朗らかに笑った。