碇シンジはもう一人の自分(♀)に恋をする   作:崖の上のジェントルメン

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第六話 イバラの道

 

 

「エヴァ参号機……か」

 

ミサトは資料を眺めながら、眉間にしわを寄せている。

 

そこに書かれているのは、エヴァ参号機と四号機について。

 

先日、アメリカにあるネルフ支部にて、四号機の起動実験がなされた。参号機及び四号機にはS2機関と呼ばれる永久機関が搭載されており、電力切れを起こさない。そんな夢のようなエヴァであったはずだが……実験に失敗し、支部は丸ごと蒸発してしまった。

 

残った参号機の処理に苦心したアメリカは、日本のネルフ本部に参号機を譲渡……という名の押し付けを行ったのだ。

 

「やっぱり、納得がいかないわ。四号機の実験で怖くなったのは分かるけど、だからってウチに参号機を押し付けることないじゃないの」

 

その愚痴に対して、椅子に座ってコーヒーを片手にキーボードを叩いているリツコが答えた。

 

「彼らにしてみれば、他に宛がないのよ。最前線で使徒と戦っている私たち以外では、曰く付きのモノを受け入れるほどの設備も人材もありはしないわ」

 

「そりゃそうだけど……」

 

ミサトはしばらく口を尖らせていたが、最終的には諦めたらしく、ふうとひとつため息をつく。

 

「たぶん、レイちゃんが乗るのよね?」

 

「そうね。現段階なら、専属機体のないフォースチルドレンが参号機パイロットになるわ」

 

「こんな物騒なモノに乗せるのは気が引けるわね……」

 

(でも、それはどのエヴァも同じね)

 

リツコは口には出さなかったが、心の中ではそう呟いていた。

 

「ところで、彼女はもう今の生活に慣れてきたのかしら?」

 

「そうね。レイちゃん、意外と馴染むの早かったわ。なんだか、ずっと前から一緒に住んでいたような気さえするもの」

 

「事実彼女側にとっては、前から一緒に住んでいたのと同じことだものね」

 

「でも、案外一番仲良さげにしてるのはシンジくんなのよね。だいたいいつも二人でいるし。同じような性格だから、シンパシーが合うのかしら?」

 

「私なら無理ね。男の自分なんて眼も合わせたくないわ」

 

「あ~、ちょっち分かるかも。自分の嫌なとこをがっつり見せられそうな気がするわ」

 

頭を掻きながら、ミサトは苦々しく笑った。

 

「シンジくんたちが仲良くなれるのは、深い交友関係に飢えていたってことかしら?」

 

「おそらくそうでしょうね。あの子たち、いつも人に距離を置いてるわ。傷つくのを恐れてね」

 

「でも、距離が離れすぎても寂しい……か。何だっけ?ヤマアラシの何とかってヤツよね?」

 

「ヤマアラシのジレンマ、ね」

 

「そうそう。でも、自分の気持ちを一番良く理解してくれる相手ができたら、誰だって嬉しいわよね。もし二人がこのまま仲良くなったら、ハタマタ恋人同士に……なーんて展開もあり得ちゃうかも?」

 

「何を呑気なことを言ってるの。恋人同士になんて、なるべくならない方が良いわ」

 

「ええ?どうしてよ?」

 

リツコはコーヒーを飲み干して、カップを机の上に置く。

 

「早い話が、近親相姦と同じなのよ?しかも、どんな親戚よりも遺伝子情報が自分に近い存在……。双子レベルの二人の間に産まれた子は、何らかの障がいのある可能性が非常に高いのよ?」

 

「そんな、シンジくんたちはまだ中学生よ?子どもの心配なんてまだ気にしなくても……」

 

「確かにそうかも知れないわ。でも、もしそのまま交際が続いて、結婚まで至ったとしたら?子どもを産むことを諦めなければいけない夫婦になるのよ?」

 

「………………」

 

「もちろん、養子か何かを貰うという手もあるし、今の時代は子を成さなくても良いという夫婦も多いわ。それでも、子を授かれないという苦しみを味わう可能性も、ゼロじゃない。それに、そんな状況の二人のことを、周りの人が良い目で見るかしら?」

 

「それは……」

 

「生物学的にも、倫理的にも、よろしくはないわね。なら始めから、あの子たちは恋人関係にならない方が良いわ。わざわざイバラの道を歩く必要なんてないのよ」

 

……リツコの言い分に反論できずにいたミサトは、ため息混じりにこう呟いた。

 

「人を愛するって、難しいわね」

 

それを聴いていたリツコも、「そうね」と一言だけ返事をした。

 

その時、彼女の頭の中には、とある不器用な男の顔が浮かんでいた。

 

(イバラの道の愛……か。我ながら、耳の痛い話ね)

 

彼女はタイピングの手を止めないまま、伏し目がちにディスプレイを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

……数日後。

 

シンジたちチルドレンは、シンクロテストを終えて、制服に着替え学校へ向かおうとしていた。

 

その時、ミサトが更衣室から出てきた碇レイに声をかける。

 

「あー、レイちゃん。ちょっち今良いかしら?」

 

「私ですか?」

 

「ええ」

 

ミサトはなるべく笑顔を作り、彼女へ手招きする。レイはシンジたちに電話をして、先に学校へ行ってもらうよう伝え、ミサトの元へと走ってきた。

 

「なんでしょうか?ミサトさん」

 

「あー、実はね。今度エヴァ参号機がアメリカから送られてくるんだけど、レイちゃんにはそれの専属パイロットになってもらおうと思ってるの」

 

「参号機?」

 

「ええ。それでね?その起動実験を一週間後に松代の方でする予定なの」

 

「分かりました」

 

「ごめんね、いきなりな話で」

 

「いえ、大丈夫です」

 

と、ここまでは仕事の話。

 

ミサトは咳払いをひとつして、レイに“戦闘指揮官:葛城三佐”としてではなく、“同居人:ミサトお姉さん”として彼女に尋ねた。

 

「ところでレイちゃん、今日は私家には帰らないから、晩御飯は作らなくていいわ」

 

「そうなんですね、分かりました」

 

「いつもごめんねー。シンちゃんとレイちゃんに作ってもらっちゃって」

 

「いえ、大丈夫です。もう慣れましたから」

 

「ホント、中学生とは思えないくらいテキパキしてるわよね。二人の後ろ姿を見てたら、新婚の夫婦みたいに見える時があるわよ?♡」

 

「そ、そんな……大げさですよ……」

 

からかいを真に受けて、レイは顔を真っ赤にして下を向く。

 

これは、ミサトの探りだった。レイがシンジに対してどんな風に思っているのか、彼女の態度や言動の端々から読み取ろうとしているのである。

 

(まあ、まだ会って数週間だし……大して進展はしてないと思うけど、一応念のためね)

 

ミサトはさらに、次のような質問を彼女へぶつけてみた。

 

「レイちゃんは、シンちゃんのことどう思ってるの?」

 

「シンジくんを、ですか?」

 

「いやーほら、性別の変わった自分と接するってフツーあり得ない経験じゃない?どんな気持ちになるのか、ちょっち興味があるのよ」

 

「………………」

 

レイはその問いに、口を開くことができなかった。

 

赤かった頬がより赤くなり、瞳は切なげに潤んでいた。

 

「!」

 

ミサトはこの時、レイの気持ちを完全に把握した。

 

「イバラの道……か」

 

「え?」

 

「あ、いや。なんでもないわ。そうよね、会ったばかりの人の印象をいきなり訊かれても困るわよね?ごめんなさい、この質問は忘れてちょうだい?」

 

「は、はい。分かりました」

 

「それじゃ、これから学校よね?気をつけて行ってらっしゃい」

 

「はい」

 

レイはぺこりと頭を下げると、ミサトに背を向けて走っていった。

 

その去っていく背中を、ミサトはしばらく眺めていた。

 

 

 

 

 

 

……廊下を走っていたレイは、とある人物が逆方向から歩いてくるのが見えていた。

 

それは、碇ゲンドウだった。

 

(お父さん……)

 

だが厳密には、彼女の実の父親ではない。それをレイも分かっているため、そこにいるゲンドウのことを赤の他人として認識しようと努めた。

 

すれ違い様、レイは小さく「こんにちは」と告げて、足早にそこを去ろうとする。

 

が、それをゲンドウに止められた。

 

「碇レイ、だな?」

 

「!」

 

彼女は、その場に立ち止まった。

 

「顔を見せろ」

 

そう言われ、レイはおそるおそる自分の顔を、背の高いゲンドウの顔へと向けた。

 

「………………」

 

そのサングラスの奥に潜むゲンドウの鋭い眼差しに、レイは思わずたじろいだ。

 

「な、なんでしょうか?碇司令」

 

彼女はわざと敬語を使った。

 

「………………」

 

結局ゲンドウは、数秒彼女を見つめただけで、何も言わないままスタスタとその場から去っていった。

 

何やら意図がよく分からないレイだったが、とにかく今は学校へ急ごうと、廊下を再度走り始めた。

 

 

 

 

 

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