碇シンジはもう一人の自分(♀)に恋をする 作:崖の上のジェントルメン
……参号機の、起動実験当日。
シンジは家の中を、意味もなくうろうろと忙しなく歩いている。
腰に手を当てて、ずっと難しそうな顔をしている。その額には、冷や汗も滲んでいた。
「はあ……」
大きなため息をついたのは、アスカである。彼女は椅子に座ってテーブルに膝をつけ、頬杖をしながら顔をしかめていた。
「ちょっとシンジ、いい加減うろちょろすんの止めてくれない?」
「あ、ごめん……アスカ」
そう言われた彼は、リビングにある座布団の上に腰を下ろした。
「………………」
だが、それでも相変わらず、表情は固いままだ。
「あ~~~~~もう!アンタがいくら辛気臭い顔しても、実験の成否には微塵も関係ないわよ!」
とうとう痺れを切らしたアスカが、歯に衣着せぬ言い方でシンジに向かって叫んだ。
「そ、それはそうだけど……」
「ちったあ落ち着きなさいよ。アンタお得意の料理かチェロでもやって、気分転換でもしたらどーなの?考え込むから余計に気になんのよ」
「……でも、参号機って起動するだけで危険なエヴァなんでしょ?もしアメリカ支部みたいに……」
「もーーーーっ!!ちょっとは私の話を聴いたらどーなの!?ウダウダしても仕方がないって何べんも言ってんじゃないの!!」
「……ごめん」
「ふんっ!」
アスカは眉間にしわを寄せて、虚空を睨んでいた。
(なんで私、こんなにイライラしてるんだろ?)
脳裏に浮かぶのは、碇レイの顔。
シンジにそっくりな、少し弱々しい笑顔を見せる女の子。
「……ねえ、シンジ」
「な、なに?」
「アンタ、なんでそんなにレイが心配なのよ?」
「なんでって、当たり前じゃないか。四号機のことを教えられたら、誰だって……」
アスカはシンジへ眼を向ける。ふと、彼と眼が合った。
「じゃあ、参号機に乗るのが私でも心配した訳?」
「も、もちろんだよ」
「ふーん、あっそ」
自分から話しかけたのに、素っ気ない態度でアスカは返事をした。
「………………」
『も~、アスカってこっちでもアスカなんだね』
(……全く、あんたもシンジと似て鈍臭いんだから、しっかり無事に帰って来ないと……承知しないわよ)
アスカは机の上に頬杖をつきながら、細くため息をついた。
……実験が終わる予定の時刻を過ぎても、ミサトやレイから何の連絡も来なかった。
『終わったら連絡するから』と、彼女たちはそう言って家を出たはずなのに。 十分、二十分と時間が経つにつれ、シンジとアスカの不安は強まっていった。
「……ダメだ、繋がらない」
シンジはケータイでレイとミサトに電話を何回かかけてみるが、未だ繋がることも、折り返し電話が来ることもない。
「二人ともダメなの?」
「うん……。大丈夫かな?やっぱり何かあったのかな?」
「……実験が長引くことなんて、良くある話よ」
「そうかな?そうだと良いけど……」
「………………」
「……やっぱり、もう一回かけようかな?」
「もう!あんまりやると向こうに迷惑でしょ!男ならドッシリ構えてなさいよ!」
アスカにもシンジにも、ピリピリと嫌な緊張感が生まれ始めていたその時。
ピリリリリリリ!
「「!」」
シンジのケータイに、着信が入った。
「レイ!?実験終わった!?」
出るや否や、シンジの開口一番は彼女の名前だった。
「あ、日向さん……。ごめんなさい」
(なんだ、レイじゃなかったのね)
「はい……はい……」
「………………」
「え!?松代で爆発事故!?」
「!?」
「レ、レイやミサトさんは!?無事なんですか!?」
「………………」
「安否不明……連絡つかず……ですか」
「………………」
「はい……わ、分かりました……」
電話を切ったシンジは、アスカと眼を合わせる。
「非常招集ね?」
「……うん」
「ほら!何を泣きそうになってるのよ!?急いで本部に行くわよ!」
「うん……」
シンジとアスカは急いで家を飛び出した。
心臓が、張り裂けそうなほどに動いていた。
「……事故現場に謎の移動物体を確認!」
発令所に声が響き渡る。
「何!?使徒か!?」
冬月副司令がオペレーターへと確認するも、「パターンオレンジのため、特定不可」と返答される。
しかし、その謎の移動物体はこのNERV本部へと向かってきているため、碇司令は決断を下した。
「総員、第一種戦闘配置。葛城三佐に代わり、私が直接指揮を取る」
「了解!」
「ただちに、零号機、初号機、及び弐号機の発進準備に取りかかれ。準備ができ次第、発進を完了させろ。アンノウンの迎撃体制に臨め」
その指示に従い、シンジ、アスカ、綾波の三名は、速やかに各々のエヴァに搭乗し、地上へと射出される。
「移動物体の映像を捉えました!主モニターに回します!」
巨大なスクリーンに映されたのは、夕日をバックにゆらりゆらりと歩く、エヴァ参号機の姿だった。
「そ、そんな……」
「まさか、エヴァが……」
発令所内は、困惑と混沌の渦巻いた小さな囁きで満ちていた。
「強制停止信号を送信しろ」
碇司令の命を受け、それを実行に移す。だが……。
「ダメです!反応ありません!」
「エントリープラグの強制排出を」
「……排出不可!実行できません!」
事実、エヴァ参号機のエントリープラグは、何やら白い粘膜のようなものがべったりとコーティングされており、物理的に排出ができない状態になっている。
「使徒か……それも寄生タイプのようだな」
冬月が苦虫を潰したような顔で、主モニターを睨んでいる。
「パイロットの容態はどうだ?」
「体温、脈拍共に確認はできます!」
「だが……必ずしも無事とは限らない、か」
「………………」
しばし沈黙した後、碇司令はついに決断した。
「現時刻をもって、エヴァンゲリオン参号機は破棄。第13使徒と認識し、殲滅対象とする」
「し、しかし、まだパイロットの生存は確認されており……」
「伊吹二尉、私は既に命令を通達したはずだ」
「……はい」
マヤは、口の中で歯を食い縛った。
「碇、いささか早計ではないのかね?」
「使徒殲滅が最優先だ。パイロットを気にしている暇はない」
「……フォースチルドレンの顔を見たことがあるか?あれは、本当にユイくんそっくりだ。シンジくんもよく似ているとは思っていたが、女性になったために、より彼女へ近付いていた」
「………………」
「それに別の世界では、お前は実の父に当たるのだぞ。ユイくんに似た娘でも、お前は見殺しにすると言うのか?」
「冬月」
ゲンドウは手を顔の前で組み、少しも動揺した素振りを見せずに、こう告げた。
「私には娘などいないし、似て非なるモノにも興味はない」