碇シンジはもう一人の自分(♀)に恋をする 作:崖の上のジェントルメン
……第13使徒殲滅の命令は、各エヴァパイロットにも通達された。
「エヴァ参号機が、目標……」
「な、何よそれ!パイロットはどうなってもいい訳!?」
アスカはあからさまに、その命令には難色を示していた。綾波もアスカほどではないが、いつもの使徒のように躊躇いなく殲滅できる対象とは認識していなかった。
そして……この命令に誰よりも憤慨していたのは、碇シンジであった。
『……本気で言ってるの?父さん』
発令所に、シンジの静かだが……怒気を含んだ声が反響する。
『あのエヴァにはレイが……レイが乗ってるんだよ。それでも殲滅しろって言うの?』
「そうだ、目標だ」
『おかしいよそんなの。何でレイが乗ってるエヴァが殲滅対象なんだよ』
「構わん。そいつは使徒だ、我々の敵だ」
『……嫌だ、絶対に嫌だ』
「………………」
『僕は、レイを見捨てない。何がなんでも見捨てるもんか』
「命令違反か、シンジ」
『これが違反になるなら好きにしてよ。僕は絶対にレイを助ける』
「従えないなら、相応の処罰を下す」
『そんなのどうだっていいよ!!レイが傷つくことに比べたら、何倍もマシだよ!!』
普段の彼からは想像できないような激しい怒りの発露に、マヤたちオペレーターは固唾を飲んで見守っていた。
「……シンジくん」
そして、勘の良い者は、シンジとレイの関係性をどことなく察していた。
だがゲンドウは、その声を真正面から受けてなお、眉をぴくりとも動かさなかった。
そんな彼に、冬月が耳打ちする。
「碇、お前の考えていることは分かっているぞ。初号機をダミーシステムに回路を変更するつもりだな?」
「パイロットが正常に機能しないのならば、それもやむ無しだ」
「だが現段階では、ダミーシステムがどのように機能するのか不鮮明な点が多すぎる。最悪、零号機と弐号機まで殲滅対象としかねん。そうなれば元も子もないぞ」
「………………」
しばしゲンドウは考えた後、息子へと尋ねた。
「……ならばシンジ、救出はどのように行うつもりだ?具体的な作戦を提示してみろ」
『……両脇から二体のエヴァが目標を固定し、動けなくさせた後、残り一体が後ろからエントリープラグを引き抜き、救出を完了させる……。これでどう?父さん』
シンジはゲンドウに言われて、とっさに思い付いたその作戦を口に出した。
「失敗した場合はどうする?」
『え?』
「例えば、固定役のエヴァ両機が目標に攻撃され、戦闘不能になったとする。その時はどうするつもりだ?一体のみではエントリープラグの排出は厳しいぞ」
『し、失敗なんてしないよ!必ず成功させるから!』
「シンジ、作戦とは失敗を視野に入れて立案するものだ。失敗がカバーできないモノは、作戦とは呼ばん。それは単なる願望だ」
『!』
「失敗した時は、必ず殲滅行動に移れ。いいな?」
『……僕は、絶対にレイを助ける』
そう言うと、シンジが通信を切った。
ゲンドウはいつもの体勢のまま、前もってオペレーター達全員へ伝えた。
「初号機は常時、シンクロを全面カットできるよう準備しておけ」
「全面ですか!?」
「そうだ。私がシンジの救助作戦は失敗だと判断した際は、即時ダミーシステムへ切り替えろ」
「し、しかし、ダミーシステムにはまだ問題も多く、赤木博士の許可もなしに運用するのは……」
「構わん。単純な命令も聴けない子どもよりは役に立つ」
「…………はい」
命令には逆らえない。 その言葉が、オペレーター達の心に針で指したような痛みを伴わせていた。
……夕暮れは、悲しいくらいに綺麗だった。
赤のグラデーションを鮮やかに魅せる空のキャンパスは、ふと涙を流したくなるほどに繊細だった。
「……アスカ、綾波」
シンジは両パイロットと通信を行い、作戦について語り合い始めた。
「お願いだ、僕はどうしてもレイを助けたい。協力してほしい」
『……作戦は、さっきアンタが言ってたプラグ引っこ抜くヤツでいくのね?』
「うん。それでいいかな?」
『……まあいいわ。今の状況なら、他に良い作戦も思い付かないもの』
「ありがとう、アスカ」
シンジが礼を述べると、彼女はそっぽを向いた。
「綾波も、この作戦でいい?」
『ええ、構わないわ。各エヴァの配置は?』
「あ、えーと……綾波は目標の固定をお願い」
『了解』
「ありがとう綾波」
『シンジ、私も固定へ回るわ。プラグ引き抜きはアンタに任せるわよ。一番責任重大なんだから、絶対にしくじるんじゃないわよ?』
「うん、分かってる」
『……碇くんは』
「ん?」
『本当に、碇レイさんのことが大切なのね』
「え!?い、いやその……」
突然の言葉に、シンジは思わずどもってしまう。
『シンジ、来たわよ』
アスカの通信を受けて、シンジは前方を確認した。
ズシン…… ズシン……
ズシン…… ズシン……
……エヴァ参号機。
その黒々としたその機体は、夕焼けの中で、影法師を形づくっていた。
「それじゃ……行くよ!」
『『了解!』』
零号機が右から、弐号機が左から参号機へ近づく。
二機の存在に気がついた参号機は、ぴたりとその場で停止した。
『……ファースト』
『ええ、分かってる』
零号機と弐号機が、一斉に参号機へと迫る。
が、参号機は両腕をゴムのように伸ばし、両機の首を掴みにいった。
『!?』
予測不能だった攻撃に綾波は対処仕切れず、首を絞められる。
『くっ!』
ズズンッ!
アスカは間一髪その手を払いのけるが、体制を崩され、その場に尻餅をつく。
グオオオオオオオオ……
『うう、ぐ……』
低い唸り声を上げて、参号機は零号機の首を締め続ける。
『ごめんなさい……』
レイはプログレッシブナイフを取り出し、首を握っている手に突き立てた。びくんっ!と手が震えて緩み、その隙に離脱する。
「アスカ!綾波!」
後方で待機していた初号機だが、この状況を見て、自らも取り押さえに向かう。
背後から迫り、目標の首に腕を回した。 後方から絞め上げる形になるが、シンジは中にいるレイのことを気遣って、息が止まらない程度の力にとどめている。
それが甘かった。
グオオオオオオ!
参号機は後頭部で初号機に頭突きを食らわし、腕の力がさらに緩んだ隙に逃げていった。
『シンジ!こいつ……!』
『うん、強い!』
『………………』
横に並ぶシンジたちに対面して、参号機はまた、ゆらりゆらりとやって来る。
……戦闘は、苛烈を極めた。
三対のエヴァに対し、目標はただの一匹。しかし、シンジたちはどうにもその一匹を止められそうにない。
原因は明らかだった。
中にいるパイロットを気遣って、生け捕りにしようとする“中途半端な気持ち”が、銃を封じ、ナイフも最低限しか使えなくさせていた。
当然、その気持ちが状況を停滞させていることを、三人は充分理解している。
『はあ……はあ……』
三人は全身から汗が吹き出し、操縦レバーを握る手は疲れで震えている。
綾波は息が上がりすぎたために軽く咳をし、アスカはこの地獄のような時間に辟易していた。
『相手はS2機関搭載の永久電力……こっちは疲労困憊のパイロット三人……。これ以上の長期戦は無理ね』
『……嫌だ、絶対にレイを助けるんだ』
『アンタバカぁ!?このままじゃ、私たちまで殺されるかも知れないのよ!?』
そんな風に言い争っていると、参号機は間髪入れず接近してくる。
『ちっ!速いのよねこいつ!!』
なんとかそれを後退して避け、十分な距離を取る三機。もうこんなイタチごっこが、何回も展開されていた。
無論、ゲンドウがそんな光景を許すはずもない。
「シンジ、いい加減にしたらどうだ?作戦を切り替え、即座に殲滅に移れ」
『嫌だ!!絶対嫌だ!!』
「救助は不可能だ。もう諦めろ」
『嫌だよ!!僕は……僕は!!レイだけは絶対に助けるんだ!!』
「………………」
ゲンドウは痺れを切らし、ダミープラグを起動させる命令を下すため、すっと立ち上がった。
その時だった。
『ふああああああああ!!!』
シンジは最後の力を振り絞り、参号機に突っ込み、そのまま体当たりする。
地面に押さえつけてマウントを取り、目標の右腕をへし折った。
ベキンッ!!!
骨が飛び出て、鮮血が吹き出す。
『ちょ、ちょっと!?何してるのよシンジ!?』
『これしかないんだ!!』
ジタバタ暴れる参号機を、歯を食い縛って強引にねじ伏せるシンジ。だが、なおも参号機は離脱しようともがく。
慌てて弐号機と零号機が、初号機同様抑えに入る。綾波が左腕を地面に押さえ込んだ隙に、シンジがその肩の付根へナイフを突き立てて、動けなくした。
ザシュッ!!
『シ、シンジ!!ホントに何してんのよ!?使徒に乗っ取られてると言っても、神経接続はされてるのよ!?』
『レイを助けるには、こいつの動きを完全に封じるしかない!例え、腕を折ったとしても!切り落としたとしても!どうやってでも止めるしかない!!』
『だ、だけど、レイはこの痛みが丸々フィードバックするのよ!?』
『分かってるよそんなこと!!でも、レイを殺すよりは良い!!』
『!』
シンジはボロボロと涙を流しながら、絞り出すようにして想いを語った。
『僕たちは、二人で一人なんだ……。僕のことを一番に分かってくれるのは、レイなんだ。初めてこんなに、他人を頼りたいと思ったんだ……』
私たち、そっくりだね
『レイのことを、一番に分かってあげられるのは、僕なんだ……!初めてこんなに、他人を助けたいと思ったんだ……!』
私、ずっと孤独だったの
『僕は、僕は……!!』
シンジくんになら、ピアノ、聴いてもらいたいなって……
『君のことを!!絶対に失いたくないんだ!!』
「!」
その言葉を聴いたゲンドウは、雷に打たれたかのような衝撃を受けた。
「碇、もう分かっただろう」
「………………」
「しばらく、見守ってやりたまえ。すべてがシナリオ通りに向かうとしても、今ここで彼の邪魔をすることはない」
「………………」
ゲンドウは静かに椅子へ腰かけると、じっと何か考え込むような表情で主モニターを見つめていた。
「親と子というのは……」
「………………」
「いつの間にか、似るものですね。先生」
「……全く、お前は本当に、不器用な男だよ」
『……ぐう!ぐうううう!』
初号機が参号機のエントリープラグを引き抜こうとしている。 だが、未だに参号機が暴れる上に、プラグにはべったりとアメーバのような使徒が張り付いている。
『アスカ!!綾波!!しっかり押さえて!!』
『やってるちゅーの!!』
『碇くん……!!お願い、早く!!』
『うう!!ぐぐぐぐぐ!!』
シンジは、14年という生涯の中で出したことのないような力を、この腕に込めた。
『ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!』
ブチブチブチブチブチブチ!!
……使徒を引きちぎり、エントリープラグを引き抜いた初号機は、その勢いのまま後ろに倒れた。