碇シンジはもう一人の自分(♀)に恋をする   作:崖の上のジェントルメン

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第九話 レイ、そしてアスカ

 

 

……混濁した意識の中から、レイはゆっくりと目覚め始めた。

 

「…………ん」

 

見知った病室の白い天井が、目の前に大きく映される。

 

(あれ?私、なんでここにいるの……?)

 

おでこに手を当てて、朧気な記憶を鮮明にしようと努力するレイ。

 

(確か、参号機の起動実験をしてて……そして……)

 

 

ボキンッ!!!

 

 

「!?」

 

突如脳裏に過ったのは、腕の痛みだった。

 

右腕の骨が飛び出るような、凄まじい激痛を受けたことを、頭でなく感覚で覚えていた。

 

(腕……!)

 

ぺたぺたと両腕を触り合うが、どうやら目立った外傷はないらしい。

 

「ほっ、よかった……」

 

彼女はひとまず安心し、お腹にたまった空気を吐いた。

 

(エヴァの神経接続のせいだったのかな……?でも、腕が痛かったこと以外は、あまりよく覚えてない)

 

こめかみ辺りを手で押さえながら、なんとか状況を理解しようとしていたその時、ふと右手側に、誰かがいる気配を感じた。

 

そこには、シンジがいた。

 

丸椅子に座り、壁に背中をもたれて、静かな寝息を立てて眠っていた。眼の下には、クマができている。

 

「……シンジ、くん?」

 

声をかけると、シンジはうっすらと眼を開けた。

 

「……レイ?」

 

「シンジくん、あの……」

 

「ああ、良かった……。起きたんだねレイ」

 

「あの、私……」

 

「良かった……良かったよ本当に……」

 

彼は心底嬉しそうに笑いながら、眼に涙を溜めていた。

 

「シンジくん……どうして私、ここにいるの?」

 

「……覚えて、ないの?」

 

「うん、あんまり……」

 

「そっか……でも仕方ないよ。あんなことあったなら」

 

シンジは、事の経緯をこと細かに説明した。

 

参号機が使徒に乗っ取られたこと。エヴァ三体でエントリープラグを引き抜き、レイを助けたこと。その後、気絶していた彼女は病院へ運ばれ、丸三日眠っていたこと。

 

「そんなことがあったなんて……」

 

レイは天井をぼんやりと見つめて、その時の事件を彼女なりに想像していた。

 

「じゃあ、シンジくんたちには、いっぱい迷惑かけちゃったね……」

 

「そんな!僕の方こそ……レイが乗ってる参号機の腕を折ったりして……スゴく痛いことしちゃって……」

 

「ううん、いいの。だって助けるためにしてくれたんでしょ?」

 

「それは……」

 

「むしろ、そこまでして助けてくれて……私、嬉しい。凄く勇気がいることなのに……」

 

「……レイ」

 

彼女の濡れた瞳は、真っ直ぐにシンジを見つめていた。

 

当然シンジは照れ臭くなって、自分の指先へと視線を変えた。 だが……その指先に、彼女がそっと触れてくる。

 

「……シンジくん」

 

「な、なに?」

 

「私……初めて今、自分からエヴァに乗りたいって思った」

 

「え?」

 

予想外の話を振ってきたレイの顔へ、シンジはまた視線を戻した。

 

「シンジくんもだと思うけど……私、正直言ってエヴァなんて乗りたくなかった。お父さんに誉められたくて、誰かに認めてもらいたくて……“ここにいても良いよ”って言われたくて、乗ってただけなの」

 

「……うん」

 

「でも……でもね?私、シンジくんを守るためなら……何回でもエヴァに乗れる」

 

「レ、レイ……」

 

彼女の手が、シンジの手を優しく握る。

 

「シンジくんに助けてもらって、本当に嬉しいの。私のことを、最後まで見捨てないでいてくれて……本当に、本当に……」

 

す……と、透明な涙が、レイの眼から落ちていく。

 

「シンジくんが私を守ってくれたように、私もシンジくんを目一杯守りたい」

 

「………………」

 

「ありがとう、シンジくん。私の、居場所になってくれて……」

 

ほろほろと零れるその涙を、レイは拭おうとすらしなかった。

 

「シンジくん……シンジくん……」

 

……少年は、少女の手をぎゅっと握り返した。

 

優しく、だが力強く。

 

それはひょっとすると、彼女の想いに対する、少年なりの答えだったのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……綾波は、レイの病室へと向かっていた。

 

長い渡り廊下を、てくてくと歩く。かつんかつんと、彼女の足音だけが廊下に寂しく響き渡る。

 

「……?」

 

先客を見つけた。それは、アスカであった。

 

レイの病室の入口横で、壁に背中をもたれながら、眉間にしわを寄せ、何やら考え込んでいる様子だった。

 

「……何をしてるの?」

 

綾波がアスカへ尋ねた。 すると、アスカは綾波の顔を見るや否や、「中へは入らないで」と切り捨てるかのような台詞を吐いた。

 

「ここは、碇さんの病室。あなたに許可を求める必要はない」

 

「ダメったらダメよ。入れさせないわ」

 

「なぜ?」

 

「……中に、シンジもいるのよ」

 

「碇くんが?」

 

「そう」

 

「……?よく分からない。なぜ碇くんがいると、中に入れないの?」

 

アスカは頭をくしゃくしゃと掻いて、「あーもう!」と言いながら、綾波の手を掴んで無理矢理その場から離れた。

 

「セカンド、離して」

 

「………………」

 

「手が痛いわ」

 

「………………」

 

アスカはレイの病室から大分離れた場所で、ようやく綾波の手を離した。そして、くるりと彼女へ振り向き、「あんたバカぁ!?」と、怒りに燃えた目で叫んだ。

 

「人形みたいな奴だと思ってたけど、ここまでとは思わなかったわ!あんた、空気が読めないのも大概にしなさいよ!?」

 

「空気を……?しかし、空気は吸うものであり、読むものではないわ」

 

「はあ……アンタらしいド天然な回答ね」

 

首を傾げる綾波に対して、アスカがしかめっ面で説明する。

 

「シンジとレイがどういう関係か、ちょっと考えれば分かるでしょ!?」

 

「碇くんと、碇さんの関係?」

 

「そうよ!」

 

「……よく、分からない」

 

「……あんた、マジで言ってんの?もしそうなら、よっぽどのバカよ」

 

「ごめんなさい。私は、本当に分からないわ」

 

「………………」

 

アスカはため息をつきながら、近くにあった横長のベンチに座って、頬杖をついた。

 

「……分かったわ。素直に分からないと言ったあんたに免じて、この私が教えてあげる」

 

「………………」

 

「あの二人は……」

 

「………………」

 

「……あの二人は、好きなのよ。お互いが」

 

「好き?」

 

「そう、恋愛的な意味でね」

 

「………………」

 

「シンジの奴……言ってたじゃない。レイを絶対に失いたくないって。あれだけの啖呵切ったんだもの、その気持ちは絶対嘘じゃないわ」

 

「………………」

 

「私もね、薄々二人のことは勘づいてたけど、あれで完全に理解したのよ。バカシンジなりに、本気なんだなって」

 

「………………」

 

「だから、アイツらを二人だけにさせてあげる義務が、私らにある訳。そこんとこ、ちゃんと分かっときなさいよね」

 

「……セカンド」

 

「何よ?」

 

「なんで、泣いてるの?」

 

「!」

 

アスカは自分でも気がつかない内に、いつの間にか泣いていたことを指摘された。

 

「やだ!なにこれ!?」

 

拭っても拭っても、それは止まらない。

 

「……あなたも碇くんのこと、好きだったの?」

 

「何言ってんのよ!?バッカじゃない!?」

 

「じゃあ、嫌いなの?」

 

「当たり前よ!あんなナヨナヨしてダサくて冴えなくて、シンクロ率が私をちょーっと超えただけで調子に乗ってポカをするバカで!!エッチで変態でスケベで……!だいたい私には加持さんって言うもっと良い人がいるんだから!シンジなんて全然眼中にもないし、どうでも良いし……」

 

「………………」

 

綾波はアスカの隣に座り、その背中を少しだけ撫でた。

 

「止めて!」

 

アスカが、彼女の手を払いのける。綾波の手は行き先を失った。

 

「アンタにだけは、慰められたくない!!」

 

「……慰めているつもりはないわ」

 

「じゃあ何よ!?この惨めな私を笑ってんの!?」

 

「違うわ。ただ……」

 

背中を丸めて泣くアスカのことを、綾波は何もできずに見守ることしかできなかった。

 

「………………」

 

「………………」

 

しばらくの間、二人に会話はなかった。

 

唯一の音は、アスカのすすり泣く声だけ。それが病院の廊下に、小さく響いていた。

 

「………………」

 

だが、それなりに時間が経つと、アスカも次第に落ち着きを取り戻した。涙の跡を頬に残したまま、ぼんやりと床を見つめていた。

 

「シンジはさ」

 

ぽつりと、アスカが話し始めた。

 

「料理が、得意なのよ」

 

「………………」

 

「私って結構舌が肥えてる方だと思ってたから、たかだかフツーの中学生が作った料理なんて満足できないと思ってたけど、これが案外、バカにできないほど美味しいのよね」

 

「そう」

 

「あと、チェロも得意なのよ。意外よね、そんなのしてそうなイメージないのに」

 

「そう」

 

アスカの語りを聴いても、綾波は静かに合図ちをうつだけ。

 

だが、おそらく、それだけでいいのだろう。

 

それがきっと、良かったのだろう。

 

 

 

 

 

 

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