BECK − 世界が死んだ夜の初めての音 − 作:全ては生成AIによって描かれる
東京・下北沢。
行き交う若者たちの熱気と、ライブハウスから漏れ出る不確かな重低音が混ざり合うその街は、柊奏多にとって「耐え難い雑音」でしかなかった。
(……早く、帰ろう)
切らしたベース弦の予備と、ドラムスティックが数ペア入った楽器屋の袋を握り締め、奏多はうつむき加減に駅へと歩を進めていた。
高校卒業までの生活を保障するだけの僅かな遺産はある。だが、彼にそれを使う物欲も、何かに興味を持つ気力もなかった。ただ、あの広すぎる防音室に戻り、指から血が滲むまで楽器を叩き続けなければ、胸の空虚に押しつぶされて死んでしまう。それだけだった。
どん、と。
すれ違いざま、奏多の肩に固い塊がぶつかった。
相手の背負っていた、平たい黒のギターケースだ。
「……あ? すまん、気ぃつけて歩けよ」
低く、ぶっきらぼうな声が降ってくる。
見上げると、そこには鋭い眼光をした、どこか異国の影を纏う青年が立っていた。足元には、ツギハギだらけの奇妙な犬──ベックが、奏多をじっと見上げている。
青年の名は、南竜介。
普通の人人間なら、少しガラの悪いギタリストだと避けて通るだろう。
だが、奏多の超常的な聴覚──血反吐を吐くような反復練習の果てに、音の「本質」までを見通すようになったその耳は、竜介が纏う空気の奥底から、凄まじい『音の咆哮』を聴き取っていた。
(……死の臭いだ)
それは、裏社会の暴力や硝煙の匂い。かつてシカゴで銃撃戦を潜り抜けてきた、竜介の愛銃「ルシール」が放つ、どす黒い怨念のような響き。
そして同時に、その地獄に決して屈しまいとする、剥き出しの圧倒的なギタリストの魂の鳴動。
奏多の足が、ピタリと止まった。
その場から動けなくなった奏多を不審に思ったのか、通り過ぎようとした竜介が、振り返って目を細める。
「なんだよ。文句でもあるのか?」
「……あなたのギター」
奏多の口から、掠れた声がこぼれ落ちた。三年もの間、防音室の中でしか声を出していなかったため、自分の声がひどく頼りなく聴こえる。
「あ?」
「あなたの背中にあるギター……死の臭いがする。弾いてる人間を引きずり込もうとする、暗い底のような、凶暴な音だ」
その瞬間、竜介の目の色が変わった。
ただの通行人の高校生が口にするには、あまりにも異常で、そして的を射すぎている言葉。ニューヨークの裏社会で「ルシール」を巡る血生臭い闘争を生き抜いてきた竜介にとって、それは絶対に他人に知られてはならない、剥き出しかつ本物の「真実」だった。
竜介は一歩、奏多に歩み寄る。その身体から、威嚇するような野生のオーラが立ち上った。
「お前……何者だ? なんでルシールの……いや、俺のギターのことが解る」
「解るよ。僕の耳には、そう鳴り響いているから」
奏多は怯まなかった。彼の瞳には恐怖がない。なぜなら、彼もまた、竜介とは違うベクトルの「地獄」を生き抜いている最中だからだ。
竜介は奏多の突き刺すような、しかしどこか虚ろな瞳を見て、直感した。
こいつは、ただの冷やかしじゃない。小手先の音楽マニアでもない。本物の『何か』を持っている。
「面白いじゃねえか。……おい、ついて来い」
竜介はそう言うと、踵を返して歩き出した。ベックがその後に続く。
奏多は一瞬躊躇したが、あの黒いケースの奥から響く「死の鳴動」に引き寄せられるように、青年の後ろを歩き始めた。
──数分後。
辿り着いたのは、薄暗い雑居ビルの地下にある、寂れたレンタルスタジオだった。
タバコと汗と、機材の焦げた匂いが充満する空間。竜介は受付に金を放り込むと、一番奥のスタジオの扉を蹴るようにして開けた。
「そこに転がってるアンプ、何でも使え。お前の耳が本物かどうか、その音で証明してみせろ」
竜介はケースから、無数の銃撃痕が刻まれた、禍々しくも美しいレスポール──『ルシール』を取り出した。
奏多は、スタジオの壁際に置かれていた、数本の貸し出し用ギターに目をやる。どれも手入れが十分とは言えない、安物のフェンダー・ジャパンのストラトキャスター。
奏多はその中から、一番弦が錆びついている一本を手に取った。
「……それでいいのか?」と竜介が問う。
「何でもいい。楽器の鳴り方は、僕が知っているから」
奏多がアンプの電源を入れ、シールドを突き刺す。その一連の動作の、無駄のなさ。
そして、奏多がギターのボリュームノブを回し、最初の一音──ただの「E(ミ)」の開放弦をピッキングした瞬間。
ズン、と。
スタジオの空気の分子が、一瞬で組み替わった。
(なッ……!?)
竜介の背筋に、冷たい戦慄が走る。
ただの安物アンプから出た、ただの一音。それなのに、チューニングの狂いが微塵もないばかりか、弦の振動がボディを伝い、木を鳴らし、空気へと伝播する「倍音」のコントロールが完全に掌握されていた。
メトロノームすら生ぬるい、狂気的なまでに正確なタイム感。
奏多は、そっと目を閉じた。
音が鳴り始めた。これで、あの嫌な静寂は来ない。
だったら──もっと強い音を。もっと、僕の、僕たちのハーモニーを。
奏多の指が、錆びた指板の上を滑るように動き出した。
超高速のオルタネイト・ピッキング。滑らかに繋がるスウィープ。人間技とは思えない速度で繰り出されるタッピング。
だが、竜介が本当に驚愕したのは、その「超絶テクニック」の裏にあるものだった。
奏多が紡ぎ出すコード進行、単音の裏で鳴り響くハーモニー。それは、あまりにも美しく、聖なる賛歌のようにスタジオを包み込んでいく。しかし、その美しさの奥底には、「突然すべてを奪われた者の、底なしの絶望と、そこから立ち上がろうとする狂気的な意思」が、鋭い牙を剥いて潜んでいた。
綺麗すぎる。綺麗すぎて、胸が締め付けられ、頭が狂いそうになる。
「(……化け物かよ)」
竜介は、圧倒されそうになる己の右腕を、無理やり奮い立たせた。
ルシールが、呼応するように唸りを上げる。
「舐めるなよ、小僧……ッ!」
竜介が、ブルースの、泥臭い魂のチョーキングを炸裂させる。主人公の完璧な調和の中に、ルシールの「死の臭い」が強引に割り込んでいく。
スタジオという狭い密室の中で、二つの孤独な、血塗られた旋律が激突した。
このあと続くかどうかは、わかりません。