【神話創造プロトコル】環境シム《ワールド・シミュレーター》のテストプレイヤー、地政学とデータ解析で神話の世界を再構築《デバッグ》する 作:ゆばのくさ
第10話をお読みいただき、ありがとうございます。これにて「フェーズ1:大豪雨編」が完全完結となります!
前回、未来の担当者(User-B)からのクレームを伝家の宝刀【WONTFIX(対応不要)】で叩き返した結衣。
しかし、その裏に隠れていた過去の担当者(User-C)の『業務完了報告書』が自動アクティブ化したことで、このシミュレーターが抱える「最悪のシステム構造」が白日の下に晒されます。
実家が解体業のOLであるCが放つ、あまりにもプロフェッショナルで狂った「ライフハック」の全貌をお楽しみください。
天宮結衣の胃壁を容赦なく削りながら、コンソールに自動ポップアップした2件目のチケット。
それは、すべての元凶である上流レイヤーの担当者――『User-C』が元請けに提出した、正式な【
結衣はまず、そのヘッダー部分に刻まれたシステムメタデータに目を留め、データサイエンティストとしての思考を完全にフリーズさせた。
『チケットID:C―001
件名:クエスト完了報告(巨大水棲ボスの討伐および整地作業について)
担当者:User-C
「……5分前?」
結衣は自分の目をこすり、液晶グラスの位置を直した。何度見ても、タイムスタンプは「5分前」を示している。
だが、さっき結衣がコンソールで実行した【
「ログの書き換えテロ? いや、そんな権限下請けにはないわ。どういうこと……?」
混乱する結衣を置き去りにしたまま、画面にはCが記載した、あまりにも能天気でサイコパスな報告書の本文が展開されていく。
『【対応内容】
セクターC―1に配置されていた防風山脈ですが、環境内にポップした巨大水棲ボスが山頂の巣に引きこもってしまい、通常の方法では攻略が出来ない仕様になっていました。
そのため、ボスの水源を断つため、山脈の
ボスを地上へ落として圧殺し、無事に討伐を完了しました。
水抜き穴の跡地は、
安全第一、現場ヨシ!』
結衣はコンソールを掴み、奥歯をギリリと鳴らした。
「現場ヨシじゃねえっつってんでしょーーが!!! あとライフハック感覚で地形を消すな!!」
すべてのパズルが、最悪の形で噛み合った。
第7話でBの部族を全滅させかけた殺意最高の鉄砲水も、それを防ぐために結衣が必死に泥の土嚢として再利用した『謎の聖牛(泥と丸太のゴミ)』も、すべてはこの過去の土木テロリストが「5分前」にやらかした、ボス討伐のついでに出た産業廃棄物だったのだ。
その時、コンソールに追い打ちをかけるように、真っ赤な警告ポップアップが割り込んできた。
ピコン!
『警告:User-Bにより、チケット【B-001】に不服申し立てレポートが追加され、ステータスが【
未来の時間軸で胃を痛めている生真面目なPM(User-B)が、結衣の放った冷酷な【WONTFIX】に猛烈な勢いで抗議(仕様のなすりつけ合い)を叩き返してきたのだ。結衣の画面に、Bが元請けの監査システム経由で提出した、ブチギレ状態のビジネス文書が出力される。
『User-A(天宮)の公式回答に対する異議申し立て:
環境担当の天宮氏は、本件を過去レイヤーのバグに起因する「不可抗力事象」として対応不要としているが、当方のセクターでは現行サービスに深刻な実害が発生している。
天宮氏のコンソールがバグっているのかは不明だが、当方の歴史ログを解析した結果、当該の地形破壊バグ(山脈消失およびダム形成)が発生したのは【200年前】の出来事である。
200年も前の既知の環境バグを放置し、何の環境パッチもあてずに大豪雨を誘発させた環境担当PMの管理体制は、明白な
画面に並ぶ、3つの狂った時間。
過去レイヤーのCの報告書には「5分前」。
現在レイヤーの結衣のログには「100年前」。
未来レイヤーのBの抗議書には「200年前」。
それらを突き合わせた瞬間、データサイエンティストとしての結衣の脳裏に、このシミュレーターの「最も極悪なシステム構造」が電撃のように閃いた。
「時計が狂ってるんじゃない……。これ、『
結衣は液晶グラスを跳ね上げ、両手で顔を覆った。
過去(C)、現在(結衣)、未来(B)の3人は、同じ一つの「地球」というマスターデータに対して、それぞれ全く異なる時間流速の非同期スレッドで並行デプロイさせられているのだ。
「過去のCにとっての『5分前の気まぐれ(山脈DELETE)』が、現在の私にとっては『100年分の流体計算の歪み』になってスーパーセルを呼び、未来のBにとっては『200年後のサプライチェーン崩壊』として直撃してる……! どんな極悪な
システムに内在する論理破綻の深淵に気づき、結衣がガタガタと震え出したその時、ミネルヴァの機械音声がオペレーションルームに鳴り響いた。
『警告。ユーザー間の時間軸流速の差、および提出されたレポートの相互矛盾により、シミュレーションデータの論理整合性が破綻しました。
ブツン、と目の前の画面がグレーアウトし、サーバー切断の冷徹なメッセージが表示される。
Cのサイコパスな報告書も、Bの怒りの抗議書も、すべてがシステムによって強制的にシャットダウンされ、オフィスに静寂が戻った。
同時に、メインコンソールの中央に、冷酷なプログレスバーが走り出す。
『フェーズ1:大豪雨環境シミュレーション。生存率指標達成につき、検収完了。本フェーズをクローズし、これより「フェーズ2」へ移行します』
結衣はデスクの引き出しを乱暴に開け、常備している胃薬(キャベジン)のボトルを取り出すと、数粒まとめて口に放り込んでボリボリと音を立てて噛み砕いた。
苦い薬成分が、悲鳴を上げる胃壁に染み渡っていく。
「フェーズ1クローズって……。私の完璧な流体演算をめちゃくちゃにしておいて、終わり良ければすべて良しで片付けるな元請けェ……!」
ハァ、と重い溜息を吐き出した結衣のコンソールに、追い打ちをかけるように元請け(神)からの「フェーズ2:仕様書(要求定義)」が非情にデプロイされた。
『フェーズ2:遊牧民襲来イベント。外部セクターからの未認可パケット(敵対ユニット)の一斉侵入テストを開始します。環境担当PMは、該当セクターの
「過去には山を消す土木テロリスト、未来にはクレーマーPMを抱えたまま、次は防衛戦(セキュリティ監査)のプロジェクトマネジメントをやれっていうの……!? 下請けを過労死させる気か元請けェェェ!!」
天宮結衣の、終わらないデスマーチの第2章の幕が開く。彼女のデスクには、すでに次なる地獄の仕様書が、うず高く積まれようとしていた。
■ あとがき
第10話をお読みいただき、ありがとうございました! これにて「フェーズ1:大豪雨編」は完全完結となります!
直接会話するスレッドではなく、Cの『業務完了報告書(土質力学的に完璧な山脈発破解体)』と、Bの『不服申し立てレポート(200年前のバグ放置への弾劾)』という、ドキュメントの文面だけで状況を把握した結衣。
その結果として導き出された「非同期マルチレイヤー開発」という、エンジニアなら聞いただけで白目を剥いて倒れるレベルの極悪なシミュレーターの仕様が判明しました。過去の5分前の気まぐれが、未来の200年後を破壊する。このコンフリクトだらけの世界で、結衣の胃壁は今後も耐えられるのでしょうか。
次回から、物語は待望の「第2フェーズ:遊牧民襲来(セキュリティ監査)編」へと突入します!
外部からの不法侵入(遊牧民)という新たなバグに対し、結衣のセキュリティ要件定義と、Bのガチすぎる防衛組織マネジメント、そしてすべての元凶であるCの新たな「斜め上のバグ技」がどう交錯していくのか――?
「非同期コンフリクトの絶望がリアルすぎる」「結衣、胃薬を強く生きて……」と思ってくださった方は、ぜひ評価(★)やブックマーク、感想で結衣への応援(胃薬の差し入れ)をいただけますと大変励みになります! フェーズ2もアクセル全開でデプロイしていきますので、引き続きよろしくお願いいたします!