【神話創造プロトコル】環境シム《ワールド・シミュレーター》のテストプレイヤー、地政学とデータ解析で神話の世界を再構築《デバッグ》する   作:ゆばのくさ

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第21話:マントル・オペレーションと熱力学の綻び

月曜日の午前十時四十五分。

現場の自由を奪うガチガチのアクセス制御パッチを本番環境へ強制デプロイし、未来のクレーマーPM(ユーザーB)との不毛なレスバをシステムごと完全クローズさせた天宮結衣は、ようやく深い溜息を吐き出していた。

 

冷めきって泥水のように不味くなっていたマグカップの中身を給湯室のシンクに捨て、新しく淹れ直してきたばかりの熱いブラックコーヒーを口に含む。深い苦味とカフェインの熱が、朝から擦り切れた胃壁を優しく、そして強制的に叩き起こした。

 

自席に戻った結衣がメインコンソールに向き直ると、液晶グラスの奥でシステムAIであるミネルヴァの冷徹な合成音声が響き渡る。

 

『ユーザーA。前フェーズの正常終了および、システム環境の安定稼働を確認。これより次期マイルストーン、【フェーズ3:『鉄器時代』への技術ツリー解放】のプロセスへ移行します』

 

「鉄器時代ね……。あの原始人どもに、ついに本格的な金属加工の概念をアンロックするわけか」

 

結衣はマグカップをデスクに置き、空中に展開されたダッシュボードを睨んだ。

運営(上流サーバー)からのミッション要件は簡潔だ。該当セクターに鉄鉱石のリソースを投下し、人類の文明レベルを一段階引き上げろ、という指示である。

 

『提案。該当セクターの山岳地帯に、標準アセットである「鉄鉱脈オブジェクト」を規定数、ランダムに自動配置(スポーン)させますか? これにより、ミッション要件を最速でクリアすることが可能です』

 

「却下よ、ミネルヴァ。そんな味気ないポン置き(デフォルト配置)で済ませるなんて、インフラ環境設計の責任者としてのプライドが許さないわ。それに、適当に山に鉱脈をばら撒いただけじゃ、あの現場主義のPMが『採掘効率が悪い』だの『物流の導線がクソ仕様すぎる』だの、絶対にまたJiraのチケットで文句を言ってくるに決まってるわ」

 

結衣は両手をキーボードの上に構え、脳内でこの作業をプロジェクトマネジメントの基本である作業分解構成図(WBS)へと細分化していく。

 

「タスク1:不純物ゼロの、超高純度鉄の生成。

タスク2:採掘しやすく、一箇所で大量の資源を確保できる『カルデラ地形(露天掘り用)』の隆起。

タスク3:Bの居住区からの、最短かつ安全な物流導線(ロジスティクス)の確保。

……完璧な露天掘りポイントを計算で叩き出して、あの現場人間にぐうの音も出ない『神の設計』を味合わせてやるわ! ミネルヴァ、本番環境から隔離したローカルの検証領域(サンドボックス)『WORLD_Clone_074』を展開。まずは通常の地形隆起コマンドでシミュレーションを回すわよ!」

 

ターンッ! とキーを叩き、結衣の試行錯誤が始まった。

 

数分後。

『シミュレーション完了。対象座標に鉄鉱山が生成されましたが、鉱床の深度が深く、Bの国の初期技術力では採掘効率が著しく低下します』

「これじゃダメね。掘るのに工数がかかりすぎるって文句を言われるわ。はいスクラップ!」

ドォン、と一つ目の仮想地球がゴミ箱へ放り込まれる。

 

「次! 『WORLD_Clone_089』! プレート境界の圧力を通常値の三百倍に設定して、マントルの底から一気に地表へ押し上げる!」

数分後。

『警告。地殻の張力限界を突破。大陸の三分の一個が物理的に粉砕され、海へ沈没しました』

「やりすぎたわね! リソースの無駄! スクラップ!」

 

(その後、数十の地球を破壊し、数十分の検証を経たのち)

 

「……わかったわ。純度と深度を両立させるには、通常の隆起コマンドじゃ無理。マントル対流(ホットプルーム)の熱エネルギーを直接ハックして、超高純度の鉄鉱石をピンポイントで押し上げるしかないのよ!」

 

結衣は仮想検証環境を閉じ、本番環境(マスターブランチ)のコンソールを呼び出した。

 

「いくわよ。ミネルヴァ、該当座標における『熱力学第二法則』の適用を、〇・〇〇一秒だけ一時停止(ポーズ)させて!」

 

『警告。システムの基本物理法則を一時的に無効化するオーバークロックは、マントル層に極大な負荷を与えます。予測不能なエラーを引き起こすリスクが存在します』

 

「構わないわ、コンマミリ秒の瞬きよ! 局所的なエネルギー集中で、マントルを一気に爆発(バースト)させるの! 私の超演算(マントル・オペレーション)を喰らいなさい!」

 

結衣の指先が残像を残すほどの速度でキーボードの上を舞い、六畳間の空間に浮かぶARホログラムが激しく明滅する。

仮想の地球儀上で凄まじい地殻変動のプロセスが走り、結衣の計算通り、Bの領土の辺境に美しい等高線を描く巨大な「天然の溶鉱炉(カルデラ)」が産声を上げた。

 

「よし、鉄鉱脈オブジェクトのパラメータ入力完了……っと」

 

コンソールにスクリプトの完了ステータスが表示された、まさにその瞬間。

結衣がエンターキーを叩き切る数ミリ秒前に、バックグラウンドのインデックス再構築とメモリキャッシュのパージが既に完了していた。

 

「……ん? 応答速度が異常に速いわね」

 

端末のログの隅に一瞬だけ浮かんだ『0.002ms (Optimized by background process)』の表記。結衣は軽く首を傾げたが、すぐにキーボードを叩く手を再開した。

 

「……デフォルトのバッチ処理のタイミングが奇跡的に噛み合っただけか。まあ、応答が速い分には文句はないけれど」

 

「ふふっ……! 見なさい、この完璧な設計! これなら文句のつけようがないでしょ……!」

 

結衣がドヤ顔で勝利の熱いコーヒーを口へ運ぼうとした、まさにその瞬間だった。

 

――ピピピピピピピピピッ!!!

 

コンソール画面の緑色のステータスが、突如として禍々しい真紅へと反転し、鼓膜を劈くような警告音が鳴り響いた。

 

『警告。警告。地下第四層(洞窟エリア)にて、極大の熱エネルギースパイクを検知。想定される地熱対流の計算値を三〇〇パーセント上回る『熱源異常』が発生しています』

 

「……ブッ!?」

 

結衣はコーヒーをあわや吹き出しそうになりながら、慌ててコンソールにすがりついた。

視界に展開された温度分布マップでは、地表に隆起した美しいカルデラの下――大地が押し上げられた反動で形成された「地下の空洞(洞窟)」の部分が、限界突破を示す真っ白な光を放って激しく明滅している。

 

「な、何よこれ!? 私の流体計算では、熱量は綺麗に大気へ散逸して収束するはずだったのに……!」

 

猛烈な速度でログをスクロールさせ、異常発熱のメカニズムをリバースエンジニアリングしていく結衣。そして特定の変数データに目を留めた瞬間、彼女の顔からサッと血の気が引いた。

 

「嘘……地表(カルデラ)の熱対流の計算ばかりに気を取られて、システム下層の『排熱設計(サーマル・ディシペーション)』を完全にサボってしまった……!」

 

結衣は頭を抱え、デスクに突っ伏しそうになりながら絶叫した。

 

「地殻を強引に隆起させた反動で、地下第四層(洞窟)に莫大な熱エネルギーが押し出されてる! その熱を外へ逃がすための、『排熱スロット(サーマル・エキゾースト)』の変数(風穴)をプログラミングするのを見落としてたわ! 熱量が地下の密閉空間にカプセル化されて残留している……。これじゃあ、サーバーのCPUが熱の逃げ場を失ってローカル熱暴走を起こすじゃないのォォォッ!!」

 

インフラ設計における排熱の考慮漏れなど、プロとして初歩的かつ致命的な恥ずべきバグである。自責の念とシステムクラッシュの恐怖が入り混じり、結衣の胃壁が凄まじい勢いで軋み始めた。

 

ガラッ! と引き出しを乱暴に開け、常備薬のキャベジンボトルをひったくる。ボリボリボリボリ! と緑色の錠剤を噛み砕きながら、結衣は急いで排熱用のパッチを書こうとした。

 

だが、システムの「暴走」は、結衣のタイピング速度を上回っていた。

 

『システム通知。地下第四層の異常な熱エネルギーの集中を、環境条件の達成と判定。異常オブジェクトが生成されました。』

 

「……はあ!?」

 

結衣のコンソール画面、そのマクロなデータ解析ビューの上に、新たなオブジェクトの生成ログがポップアップする。

画面の地下洞窟の座標に表示されたのは、周囲の環境データを焼き尽くしながら不規則に蠢く、「異常に高熱なベクトルデータ(赤い光点)」――つまり、規格外の巨大な動的熱源バグだった。

 

「なんでよ! なんで排熱設計ミスっただけで、巨大な動的熱源がスポーンするのよ! 運営のイベント発生ロジックがガバガバすぎるでしょ!」

 

システムは、行き場を失った熱暴走のエネルギーを、あろうことか「システム上の強大なオブジェクト」という形に変換して出力してしまったのだ。放っておけば、この高熱のバグデータが地下を灼き尽くし、やがて地表のカルデラまで崩壊させかねない。

 

「あーもう、最悪! 私の完璧なカルデラが……!」

 

結衣は舌打ちをして、イレギュラーなバグデータを強制デリートするためのコマンドを入力しようとキーボードに指を置いた。

 

その時、画面の隅で、現実世界の社内システムから非情なポップアップが通知された。

 

【リマインド:先週の週報(マイルストーン進捗レポート)の提出期限まで、残り四十五分(定時締切)です】

 

「……っ」

 

結衣の指が、ピタリと止まる。

現実世界の社畜にとって、レポート提出遅延は、システム内のバグよりもある意味で恐ろしいペナルティ(評価の低下)をもたらす。

 

結衣は再びコンソールの温度分布マップに目を向けた。

赤い光点(バグ熱源)は、猛烈な熱を放ってはいるものの、排熱スロットがない密閉された地下洞窟の中に完全にスタックしており、今すぐ地表のBの国へ被害を出すような動きは見せていない。

 

「……まあ、いいわ。幸い熱源バグは地下洞窟から出てこないみたいだし」

 

完璧主義の結衣の脳内で、データサイエンティストとしての矜持と、締切の社畜業務が天秤にかけられた。そして、見事に後者が勝利する。

 

「とりあえず、ミッション要件である『鉄鉱脈の生成』自体は地表でクリアしてるんだから、先週の週報を先に書き上げて提出しちゃおう。地下の熱源異常なんて、あとで適当なデリートコマンドを叩いてデバッグしておけばいいだけの話よ」

 

結衣はコンソールの警告アラートを一時的にミュートし、ワードプロセッサの画面へと切り替えた。

 

この、疲労と現実の業務に追われた有能な管理者が、ほんの少しだけ「後回し」にした数十分の隙。

それが、別レイヤーのシステムから『安全第一』のヘルメットを被って跳躍してくる、あの恐るべき土木テロリスト(ユーザーC)に、最悪の介入を許す決定的なトリガーとなってしまうことなど、この時の彼女は知る由もなかったのである。

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