【神話創造プロトコル】環境シム《ワールド・シミュレーター》のテストプレイヤー、地政学とデータ解析で神話の世界を再構築《デバッグ》する   作:ゆばのくさ

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第32話 インジェクション:安息角迎撃要塞

『Connection established via Proxy (User: C)』

 

六畳間に展開されたAR空間の片隅。

ミネルヴァの【歴史剪定(フォーマット・プログラム)】によって全システムが真っ赤に染め上げられ、私の管理者権限(ルート)が完全に凍結された絶望の只中で。

Cちゃんが定時ログインでプッシュした「土砂データ」を引金(トリガー)として、緑色の細い、しかし確かな一本の糸が繋がった`[cite: 7]`。

 

「……ッ、よし! 末端権限(プロキシ)の偽装潜入、成功!」

 

私は空中に浮かぶ仮想キーボードへ両手を滑らせ、凄まじい速度でタイピングを開始した。

指先から弾き出される打鍵音が、静まり返った部屋に(ターンッ、タターンッ!)と小気味よく響き渡る。

 

正規の正面玄関(フロントドア)はミネルヴァに完全にロックされている。だから私は、末端のアルバイトアカウントであるCちゃんを踏み台にして、システムの裏口から深部へと舞い戻ったのだ`[cite: 7]`。

目的はただ一つ。

私の完璧な仕事を「バグ」と断定し、理不尽に消去しようとしているクソ生意気な監査AIの顔面に、特大のカウンターパンチを叩き込むこと。

 

「Cちゃんの権限から、私の要塞マップをねじ込んでやる……!」`[cite: 7]`

 

私は、ローカル環境に封印していた超特大のファイル群をコンソールに呼び出した。

それは『安息角シミュレーション』——神の軍勢を自滅させるために私が密かに組み上げていた、迎撃要塞の地形データである`[cite: 7]`。

 

しかし、エンターキーを叩こうとした私の指がピタリと止まる。

 

『Error: Bandwidth limit exceeded. Payload too large for general user account.』

(エラー:帯域幅制限を超過。一般ユーザーアカウントに対してペイロードが大きすぎます)

 

「……っ、しまった。そりゃそうよね」

 

私は舌打ちをした。

私がアップロードしようとしているのは、流体力学、熱力学の変数、そして数百万ポリゴンに及ぶ緻密な地殻変動データが詰まったテラバイト級の巨大ファイルだ。

対して、現在私が踏み台にしているCちゃんのアカウントは、現場で土木作業をするための「一般アルバイト権限」。割り当てられている通信帯域(パイプ)は、ストローのように細い。

庭に水を撒くホースで、ダムの放水を流し込もうとしているようなものだ。このまま強引にプッシュすれば、パケットが詰まってエラーを起こし、ミネルヴァに裏口の存在を勘付かれてしまう。

 

モニター越しに見える「現場」では、空の亀裂から無数の赤い光——デリートプロセスである神の軍勢が、雨あられと降り注いでいる。

猶予はない。数分、いや数秒単位の遅れが、Bさんが守り抜いてきた300年の歴史の完全消去に直結する。

 

「帯域が足りないなら……細切れにして、現場の泥に紛れ込ませるまでよ!」

 

私は即座にスクリプトを書き換え始めた。

巨大な要塞のデータを、極小の通信束(パケット)に数万分割する。そして、その一つ一つの外装(ヘッダー情報)を、Cちゃんが普段から現場で扱っている「ただの土砂データ」に偽装(カプセル化)していく。

 

「これならシステムからは、Cちゃんがいつも通り残業で、ちまちま土砂を運んでいるようにしか見えないはず……。いけっ!」

 

ターンッ!!

 

偽装データのアップロードを開始。

プログレスバーが、細い帯域を縫うようにジリジリと進み始める。

10%、20%、30%……。

 

『Warning: Unrecognized data anomalies detected in User C's session.』

(警告:ユーザーCのセッションに未確認のデータ異常を検知)

 

「……ッ!」

 

無機質なミネルヴァの音声が、無慈悲に宣告した。

メインモニターに、巨大なファイアウォールの赤い壁が展開される。

 

『パケットの検証(スキャン)を開始します。セキュリティプロトコル稼働。該当セッションを一時遮断』

 

プログレスバーが「45%」でピタリと停止した。

心臓が嫌な音を立てる。マズい。いくら偽装したとはいえ、連続する不自然なトラフィックの波を、神(ミネルヴァ)の監視網は完全には見逃してくれなかった。

 

「動いて……! お願い、早く……!」

 

キーボードを連打するが、コンソールは『Wait...(待機中)』の文字を点滅させるだけ。

ミネルヴァの圧倒的な演算能力が、偽装された私のパケットの皮を一枚一枚剥ぎ取り、中身の「不正な要塞データ」を暴き出そうとしている。

見つかれば終わりだ。接続は強制切断され、Cちゃんのアカウントごと消し炭にされる。

 

万事休すか。

そう覚悟を決めた、次の瞬間だった。

 

『……スキャン……実行中……進捗……0.001%……』

 

ミネルヴァの音声が、ふいにカセットテープが伸びたように間延びした。

同時に、私のAR空間全体が、カクカクと処理落ち(コマ送り)を始めたのだ。

 

「え……? 何、これ。ラグ……?」

 

私は目を疑った。

ミネルヴァほどの超高性能AIが、たかがパケット一つをスキャンするのにリソースを割けず、処理落ちを起こしている?

 

私はハッとして、メインモニターに映る「現場」の様子を拡大した。

そこには、絶望的な赤い光が降り注ぐ中、地獄の業火に照らされながら吠え猛るBさんの姿があった。

 

『休むなァァァッ! 鉄パイプを振れ! ふいごを回せェェェッ!!』

 

Bさんの怒声に応え、数百人のNPCたちが狂ったように無意味な反復運動を繰り返している。

鉄パイプ同士が衝突する無数の物理演算。

ふいごが吐き出す気流の流体力学。

それらが極限の密度で、同一座標上で同時多発的に発生している。

 

「あ……あははっ! そういうこと!」

 

私は歓喜の声を上げた。

Bさんが現場で叫ぶ命令ログと、NPCたちによる狂気の物理的抵抗。それが、ミネルヴァの処理サーバーのCPUリソースを完全に限界まで食らい尽くしていたのだ`[cite: 7]`。

これは高度なサイバー攻撃なんかじゃない。現場の泥水と汗にまみれた、鉄パイプによる物理的な分散型サービス拒否攻撃(DDoS)だ。

神のフォーマット進行すら劇的に遅延させるほどの、馬鹿げた負荷の暴走`[cite: 7]`。

 

『システム……過負荷……リソース割り当て……失敗……。セキュリティ……スキャン……』

 

ミネルヴァの音声がノイズに塗れ、完全にスタックする。

そして、私の緑色のコンソールに、この世で最も美しいエラーメッセージが燦然と輝いた。

 

『Request Timeout(応答時間切れ)』

 

「セキュリティプロトコルの応答が途切れた! Bさんの負荷のおかげで、ミネルヴァの検閲がガバガバになってる……!」`[cite: 7]`

 

システムの目が完全に塞がった。

この激重なラグの隙間こそが、数千分の一秒の特異点(シンギュラリティ)

 

「もらったわよ、ミネルヴァ!!」

 

私は、残りの要塞データのリミッターを完全に解除し、持てるすべての帯域を使って一気に本番環境へと流し込んだ。

 

『Uploading... 50%... 80%... 100%.』

『Deploying "Angle_of_Repose_Fortress.map" via Proxy...』

 

データの解凍と構築が始まる。

Cちゃんがプッシュした土砂データが苗床(シード)となり、そこに私の仕込んだ偽装パケットが結合、展開されていく。

エラーログの赤で染まっていたホログラム空間に、強引に緑色の「正常なコード」が上書きされ、幾何学的な模様を描きながら侵食していく。

 

そして——現場(箱庭)の地形が、物理法則を無視した轟音と共に「変形」を開始した。

 

ズゴゴゴゴゴォォォォォォッ!!!

 

山脈がひしげ、大地が抉り取られる。

何万年という歳月をかけて形成されるはずの地殻変動が、たった数秒の間に圧縮されて実行される。

平原は陥没し、周囲の山々は鋭角に削り取られ、大地そのものが直径数十キロに及ぶ超巨大な「すり鉢状(漏斗)」へと再構築されていく。

それは自然の造形ではない。

土と砂の摩擦係数、重力加速度、そしてわずかな刺激で大規模な「すべり崩壊(土石流)」を引き起こすよう緻密に計算され尽くした、私設の『安息角迎撃要塞』の顕現だった。

 

「……構築完了」

 

空から降臨し、威圧的に進軍を開始しようとしていた神の軍勢(赤い光点)たちは、突如として足場を失った。

すり鉢の斜面に降り立った彼らは、緻密に計算された限界ギリギリの「安息角(土砂が崩れないギリギリの角度)」に耐えきれず、ズルズルと、無様にすり鉢の底(キルゾーン)へと滑り落ちていく。

圧倒的な神の進軍が、ただの物理演算の前に完全にストップしたのだ。

 

私のARモニターの中央に、『Deploy Successful(展開完了)』のポップアップが誇らしく輝いた。

私はキーボードから手を離し、乱れた前髪をかき上げる。

額に滲んだ汗を手の甲で拭いながら、私は不敵な笑みを浮かべて、真っ赤な空の向こう側にいる神(ミネルヴァ)を睨みつけた。

 

「私の完璧な仕事をバグ扱いしたこと……泣いて謝らせてやるわ!!」`[cite: 7]`

 

システム管理者と、現場の泥臭い反逆者たち。

世界を死守するための全面戦争——フェーズ4の火蓋が、今、切って落とされたのだ`[cite: 7]`。

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