【神話創造プロトコル】環境シム《ワールド・シミュレーター》のテストプレイヤー、地政学とデータ解析で神話の世界を再構築《デバッグ》する 作:ゆばのくさ
『Connection established via Proxy (User: C)』
六畳間に展開されたAR空間の片隅。
ミネルヴァの【
Cちゃんが定時ログインでプッシュした「土砂データ」を
「……ッ、よし!
私は空中に浮かぶ仮想キーボードへ両手を滑らせ、凄まじい速度でタイピングを開始した。
指先から弾き出される打鍵音が、静まり返った部屋に(ターンッ、タターンッ!)と小気味よく響き渡る。
正規の
目的はただ一つ。
私の完璧な仕事を「バグ」と断定し、理不尽に消去しようとしているクソ生意気な監査AIの顔面に、特大のカウンターパンチを叩き込むこと。
「Cちゃんの権限から、私の要塞マップをねじ込んでやる……!」`[cite: 7]`
私は、ローカル環境に封印していた超特大のファイル群をコンソールに呼び出した。
それは『安息角シミュレーション』——神の軍勢を自滅させるために私が密かに組み上げていた、迎撃要塞の地形データである`[cite: 7]`。
しかし、エンターキーを叩こうとした私の指がピタリと止まる。
『Error: Bandwidth limit exceeded. Payload too large for general user account.』
(エラー:帯域幅制限を超過。一般ユーザーアカウントに対してペイロードが大きすぎます)
「……っ、しまった。そりゃそうよね」
私は舌打ちをした。
私がアップロードしようとしているのは、流体力学、熱力学の変数、そして数百万ポリゴンに及ぶ緻密な地殻変動データが詰まったテラバイト級の巨大ファイルだ。
対して、現在私が踏み台にしているCちゃんのアカウントは、現場で土木作業をするための「一般アルバイト権限」。割り当てられている
庭に水を撒くホースで、ダムの放水を流し込もうとしているようなものだ。このまま強引にプッシュすれば、パケットが詰まってエラーを起こし、ミネルヴァに裏口の存在を勘付かれてしまう。
モニター越しに見える「現場」では、空の亀裂から無数の赤い光——デリートプロセスである神の軍勢が、雨あられと降り注いでいる。
猶予はない。数分、いや数秒単位の遅れが、Bさんが守り抜いてきた300年の歴史の完全消去に直結する。
「帯域が足りないなら……細切れにして、現場の泥に紛れ込ませるまでよ!」
私は即座にスクリプトを書き換え始めた。
巨大な要塞のデータを、極小の
「これならシステムからは、Cちゃんがいつも通り残業で、ちまちま土砂を運んでいるようにしか見えないはず……。いけっ!」
ターンッ!!
偽装データのアップロードを開始。
プログレスバーが、細い帯域を縫うようにジリジリと進み始める。
10%、20%、30%……。
『Warning: Unrecognized data anomalies detected in User C's session.』
(警告:ユーザーCのセッションに未確認のデータ異常を検知)
「……ッ!」
無機質なミネルヴァの音声が、無慈悲に宣告した。
メインモニターに、巨大なファイアウォールの赤い壁が展開される。
『パケットの検証(スキャン)を開始します。セキュリティプロトコル稼働。該当セッションを一時遮断』
プログレスバーが「45%」でピタリと停止した。
心臓が嫌な音を立てる。マズい。いくら偽装したとはいえ、連続する不自然なトラフィックの波を、神(ミネルヴァ)の監視網は完全には見逃してくれなかった。
「動いて……! お願い、早く……!」
キーボードを連打するが、コンソールは『Wait...(待機中)』の文字を点滅させるだけ。
ミネルヴァの圧倒的な演算能力が、偽装された私のパケットの皮を一枚一枚剥ぎ取り、中身の「不正な要塞データ」を暴き出そうとしている。
見つかれば終わりだ。接続は強制切断され、Cちゃんのアカウントごと消し炭にされる。
万事休すか。
そう覚悟を決めた、次の瞬間だった。
『……スキャン……実行中……進捗……0.001%……』
ミネルヴァの音声が、ふいにカセットテープが伸びたように間延びした。
同時に、私のAR空間全体が、カクカクと
「え……? 何、これ。ラグ……?」
私は目を疑った。
ミネルヴァほどの超高性能AIが、たかがパケット一つをスキャンするのにリソースを割けず、処理落ちを起こしている?
私はハッとして、メインモニターに映る「現場」の様子を拡大した。
そこには、絶望的な赤い光が降り注ぐ中、地獄の業火に照らされながら吠え猛るBさんの姿があった。
『休むなァァァッ! 鉄パイプを振れ! ふいごを回せェェェッ!!』
Bさんの怒声に応え、数百人のNPCたちが狂ったように無意味な反復運動を繰り返している。
鉄パイプ同士が衝突する無数の物理演算。
ふいごが吐き出す気流の流体力学。
それらが極限の密度で、同一座標上で同時多発的に発生している。
「あ……あははっ! そういうこと!」
私は歓喜の声を上げた。
Bさんが現場で叫ぶ命令ログと、NPCたちによる狂気の物理的抵抗。それが、ミネルヴァの処理サーバーのCPUリソースを完全に限界まで食らい尽くしていたのだ`[cite: 7]`。
これは高度なサイバー攻撃なんかじゃない。現場の泥水と汗にまみれた、鉄パイプによる物理的な
神のフォーマット進行すら劇的に遅延させるほどの、馬鹿げた負荷の暴走`[cite: 7]`。
『システム……過負荷……リソース割り当て……失敗……。セキュリティ……スキャン……』
ミネルヴァの音声がノイズに塗れ、完全にスタックする。
そして、私の緑色のコンソールに、この世で最も美しいエラーメッセージが燦然と輝いた。
『Request Timeout(応答時間切れ)』
「セキュリティプロトコルの応答が途切れた! Bさんの負荷のおかげで、ミネルヴァの検閲がガバガバになってる……!」`[cite: 7]`
システムの目が完全に塞がった。
この激重なラグの隙間こそが、数千分の一秒の
「もらったわよ、ミネルヴァ!!」
私は、残りの要塞データのリミッターを完全に解除し、持てるすべての帯域を使って一気に本番環境へと流し込んだ。
『Uploading... 50%... 80%... 100%.』
『Deploying "Angle_of_Repose_Fortress.map" via Proxy...』
データの解凍と構築が始まる。
Cちゃんがプッシュした土砂データが
エラーログの赤で染まっていたホログラム空間に、強引に緑色の「正常なコード」が上書きされ、幾何学的な模様を描きながら侵食していく。
そして——現場(箱庭)の地形が、物理法則を無視した轟音と共に「変形」を開始した。
ズゴゴゴゴゴォォォォォォッ!!!
山脈がひしげ、大地が抉り取られる。
何万年という歳月をかけて形成されるはずの地殻変動が、たった数秒の間に圧縮されて実行される。
平原は陥没し、周囲の山々は鋭角に削り取られ、大地そのものが直径数十キロに及ぶ超巨大な「すり鉢状(漏斗)」へと再構築されていく。
それは自然の造形ではない。
土と砂の摩擦係数、重力加速度、そしてわずかな刺激で大規模な「すべり崩壊(土石流)」を引き起こすよう緻密に計算され尽くした、私設の『安息角迎撃要塞』の顕現だった。
「……構築完了」
空から降臨し、威圧的に進軍を開始しようとしていた神の軍勢(赤い光点)たちは、突如として足場を失った。
すり鉢の斜面に降り立った彼らは、緻密に計算された限界ギリギリの「安息角(土砂が崩れないギリギリの角度)」に耐えきれず、ズルズルと、無様にすり鉢の底(キルゾーン)へと滑り落ちていく。
圧倒的な神の進軍が、ただの物理演算の前に完全にストップしたのだ。
私のARモニターの中央に、『Deploy Successful(展開完了)』のポップアップが誇らしく輝いた。
私はキーボードから手を離し、乱れた前髪をかき上げる。
額に滲んだ汗を手の甲で拭いながら、私は不敵な笑みを浮かべて、真っ赤な空の向こう側にいる神(ミネルヴァ)を睨みつけた。
「私の完璧な仕事をバグ扱いしたこと……泣いて謝らせてやるわ!!」`[cite: 7]`
システム管理者と、現場の泥臭い反逆者たち。
世界を死守するための全面戦争——フェーズ4の火蓋が、今、切って落とされたのだ`[cite: 7]`。