【神話創造プロトコル】環境シム《ワールド・シミュレーター》のテストプレイヤー、地政学とデータ解析で神話の世界を再構築《デバッグ》する   作:ゆばのくさ

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第7話をお開きいただきありがとうございます。

スーパーセルによる完全乱流(レイノルズ数の暴走)という、物理演算サーバー泣かせの災害が直撃。すべての演算リソースが食い潰され、結衣のデバッグ作業はついに「ハングアップ寸前」の限界領域に達し、今、データサイエンティストと原始人の熱い協力プレイ(?)が開幕します!


第7話:レガシーコード(聖牛)の加護

激流の彼方から回転しながら迫っていた巨大な格子状の影が、原始人たちのV字陣形のすぐ手前、激流のど真ん中に向かって質量を持った弾丸のように突っ込んできた。

 

――ズドォォォォン!!!

 

鼓膜を破らんばかりの衝撃音と共に、泥水の爆発が起きる。数十メートルにわたって跳ね上がった水しぶきが、天宮結衣の液晶グラスの向こうでドットの霧となって舞い散った。

 

「な、何!? 衝突判定!? ログを見せて、上位レイヤーから降ってきたの何なのよ!?」

 

結衣は乱れた髪を掻きむしりながら、透過型グラスのコンソールに向かって絶叫した。画面の隅では、全滅までのカウントダウンが無情に明滅している。

 

『警告。非同期セクター――すなわち、同一サーバー内の別レイヤーを担当する他ユーザーの領域において、上位レイヤー(過去時間軸)での大規模な【オブジェクト生成】を検知しました』

 

人工知能ミネルヴァの音声は、どこまでも冷徹だった。

結衣の視界の隅では、数式をリアルタイムで処理していた数値流体ソルバー(物理エンジン)のCPU使用率が100%の限界値に張り付いたまま固定されている。

レイノルズ数がシステムの閾値を完全超過した結果、流体の特性は、予測可能で美しかった層流から、カオスで破壊的な完全乱流へと移行してしまっていた。

 

「嫌だ、嫌だ嫌だ! 誰か、このクソ仕様変更を止めてええええ!!」

 

結衣が慌てて画面の霧をワイプする。

泥水と水草を全身に纏い、激流の中にどっしりと鎮座したその「ナニカ」のグラフィックがクリアになった瞬間、結衣は開いた口が塞がらなくなった。

 

それは、神々しい輝きを放つ聖遺物の類では断じてなかった。

太い丸太をいくつも無造作に三角錐の形に組み上げ、それをゴツゴツとした荒縄で何重にも縛り付けただけの、あまりにも無骨で不格好な木枠だった。中には重石として、そこら辺の河原から拾ってきたような泥まみれの巨石が詰め込まれている。

 

事実、画面の向こうの原始人たちは、突如として上流から降ってきたその泥だらけの「巨大なゴミ」を見て完全に困惑し、怯えながらジリジリと後ずさり始めている。

 

「……聖牛(せいぎゅう)? 嘘でしょ、あれ、どう見ても『聖牛』じゃないの……!?」

 

結衣は空中ディスプレイに顔を擦り付けんばかりに身を乗り出した。

 

「見た目は泥と縄のゴミかもしれない。でも、この形状こそが、激流をいなすための究極の機能美なのよ! 巨大なダムで水をせき止めるのではなく、あえて隙間を設けて流し、その通過過程で水の運動エネルギーを強制的に散らす……! 設計思想が……芸術的すぎるわ!」

 

結衣はコンソールに表示されたオブジェクトのプロパティログを見て息を呑んだ。

 

『Warning:別権限テスター(ID: User-C)による、時空間を無視した無許可オブジェクトのスポーン(強制配置)を検知』

 

「……User-C? 誰よそれ!? 私の担当セクターに、別権限のテスターが勝手に干渉してるってこと!?」

 

顔も目的も分からない、謎のユーザー。

おそらく、この大豪雨を引き起こした山脈の陥没バグも、そいつの仕業だ。別のクエストか何かでこの時代にポップし、無茶苦茶な地形破壊をやらかした挙句、なぜかこんな『高度な治水オブジェクト(聖牛)』だけを無造作にポン置きして、別レイヤーへ去っていったのだろう。

 

環境をスクラップ&ビルドして去っていく神出鬼没のサイコ・テスター。だけど……このレガシーな土木工学のセンスだけは、悔しいけど常軌を逸してるわ!

 

この聖牛は、名も知らぬCが残していった悪質な不法投棄ゴミであり、同時に、この大水害を鎮めるポテンシャルを秘めた極めて高度な治水インフラだったのだ。

それが上位レイヤーでの生成を経て、この氾濫のどさくさに紛れて下流へ押し流され、奇跡的に私の担当する決戦の地にデプロイ(配置)されたのだ。

 

「ミネルヴァ、該当オブジェクトの座標を特定! 私の権限で、この聖牛(せいぎゅう)を濁流の剥離点まで強制移動させる!」

 

『警告。未認可の外部共有ライブラリ(Object: Seigyu)への不正な参照(ポインタ渡し)を検知しました。これは元請けによる重大なセキュリティポリシー違反です。該当オブジェクトの操作権限を凍結します』

 

「うるさいわね!!」

結衣はキーボードを叩き折りそうな勢いで怒鳴った。

「そもそもこんな神出鬼没の干渉バグを許してる、元請けのザルなセキュリティが問題なんでしょ!」

 

結衣が猛烈な勢いでタイピングを始める。

 

確かに気象制御のようなシステム上位権限は弾かれた。だが、この聖牛は、どこぞの謎テスター(User-C)が外部から強引にスポーンさせたオブジェクト(ユーザー定義データ)だ。

 

正規のシステムオブジェクトではない以上、元請けの監視の目が届かない古い共通ライブラリの脆弱性を突けば、結衣のローカル権限でも干渉(アクセス)できる、隠しポインタ(バックドア)が存在するはず……!

 

「顔も知らない赤の他人だろうと、同じ下請け(ユーザー)が残したコードなら――私のローカル環境に強制マージ(インポート)できる!」

 

カチ、と小気味よい打鍵音が響き、聖牛のプロパティが書き換わった。

 

しかし――。

 

「ダメだ、物理的な座標はズレたけど、ここからどう指示を出す……? 原始人たちに直接声を届けるマイクなんて、このシミュレーション環境には実装されてない……!」

 

結衣の喉から焦りの声が漏れる。声は届かない。彼らは結衣の存在を知らない。

だが、その時、結衣の目が画面上のUIツールバーに止まった。

 

「……あった。環境エフェクト(自然現象の偽装)のデバッグコマンド。これを使えば――!」

 

結衣は、聖牛(せいぎゅう)の最適設置座標(X:143.5, Y:210.2)に、自身の権限で落雷のエフェクトを発生させるプログラムを流し込んだ。

空から降り注ぐ電気の柱ではない。地面を指し示す、システムUI上の『光の柱(ウェイポイント)』として。

 

「ミネルヴァ! 聖牛(せいぎゅう)の最適座標へ、環境エフェクトを利用した視覚的マーカーを展開!」

 

『了解。落雷を偽装した視覚的ビーコンを展開します』

 

画面の向こう、濁流のど真ん中に、バチバチと音を立てる青白い光の柱が突き刺さった。

 

「族長! そこよ、そこへその木枠を押し込みなさい!」

 

結衣が祈るような気持ちで叫んだ、その瞬間だった。

 

画面の中の族長が、その「光の柱」を視界に入れた瞬間、迷うことなど一切なく、その場所へと一直線に聖牛(せいぎゅう)を押し込み始めたのだ。

原始人たちが戸惑う中、彼は部族を統率し、まるでRTS(リアルタイムストラテジー)ゲームのプレイヤーがユニットをドラッグ&ドロップで配置するように、最短距離で聖牛(せいぎゅう)をマーカーの位置へとセットした。

 

「……えっ?」

 

結衣の思考が停止した。

今、彼がとった行動は、野生の勘などという曖昧なものではない。最適座標を理解し、最短ルートで移動し、陣形を再構築する……あまりにもゲーム慣れした指示への応答。

 

「私が立てた光の柱(誘導ビーコン)の意味を、一瞬で理解したの!? ……やっぱりこの族長、AIじゃなくて、まるでRTSのプレイヤーみたいにマップのUIを認識してる……!?」

 

確信に近い戦慄が結衣の背筋を走る。

だが、感動に浸る暇などない。

 

聖牛(せいぎゅう)が川底に突き刺さった瞬間、赤い蛇の群れのように狂っていた水流のベクトルが、丸太の隙間を通り抜ける過程で細かく分断された。

 

『これよ! 巨大な乱流エネルギーを微細な渦へと砕き、粘性散逸で強制的に減衰させるエネルギーカスケード(乱流エネルギーの消散)!』

 

CPU使用率100%でスタックしていた数値流体ソルバー(物理エンジン)が、反復計算(イテレーション)の無限ループから脱出し、再び青い整然とした流線へと戻っていく。

 

「イテレーションが収束した! 乱流が散らされてレイノルズ数が急速に低下しているわ!」

 

画面の向こう、聖牛(せいぎゅう)の背後に、巨大な安全地帯(ウェイク)が生まれ、濁流の暴力が嘘のように静まった。

 

顔も知らぬ謎のテスター(User-C)が突如として投下した、泥臭い伝統工学の『ハードウェア(聖牛)』。

結衣がリアルタイムの流体力学解析で導き出した、最適座標の『ソフトウェア(ライトニング・マーカー)』。

そして、システムUIを完璧に理解して立ち回った、族長による『神がかったリソース・マネジメント(RTS操作)』。

 

3つの力が結合し、絶望的な豪雨の中で――かつて誰も見たことのない、奇妙な『歴史修復』の物語が、今、幕を開けた。




第7話をお読みいただきありがとうございました。

面白いと思ってくださった方は、評価やブックマークをいただけますと、結衣の徹夜用モンスターエナジーが高級な味になります!
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