【神話創造プロトコル】環境シム《ワールド・シミュレーター》のテストプレイヤー、地政学とデータ解析で神話の世界を再構築《デバッグ》する 作:ゆばのくさ
第9話をお読みいただき、ありがとうございます!
前回、無事に「判定A」を勝ち取った結衣を襲った、身に覚えのない大量のバグチケット。
今回は、その最上段に鎮座する【優先度:最高(Critical)】の凶悪なチケットをいよいよ開封します。
天宮結衣は、血の気の引いた指先で、画面の最上段に鎮座する
起票元は下流レイヤー――つまり未来の時間軸を担当している『User-B』。
コンソールに展開されたのは、原始時代の族長が書いたとは到底思えない、あまりにも見慣れた
『件名:極端な環境変動および仕様変更に関する改善要求
優先度:Critical(最高) / 影響範囲:|サービス(国家)の完全停止、および全ユーザー(部族)の致命的ロスト《SLA違反》
内容:
事前告知のない局地的大豪雨により、我がセクターの
環境担当PMは猛省し、次回フェーズ以降は
なお、本件は環境側の設計ミス、あるいは嫌がらせの可能性が高いため、担当者の厳重注意を求める』
「ちょっと待って……!
結衣は思わず頭を抱えた。
あの豪雨の中、RTSのプロゲーマー顔負けの神がかったユニットコントロールで原始人を誘導していた族長。その「中の一人」の正体は、自分と同じくこのシミュレーターにアサインされ、どこかのデスマーチを生き抜いてきた『ガチのプロジェクトマネージャー』だったのだ。
驚愕も束の間、チケットの末尾に添付されたBからの
「誰が設計ミスよ! 私のナビエ-ストークス流体モデルは完璧だったわよ! これだからクレーマー気質のPMはタチが悪いのよ、人のせいにばっかりして!」
身に覚えのない冤罪を晴らすため、結衣はコンソールを叩き出した。
大豪雨の引き金となったのは、間違いなく「防風山脈の消失」だ。結衣はホログラム上の、かつて巨大な山脈がそびえ立っていた座標を乱暴にタップする。
そして、犯人を引きずり出すための禁断のコマンド――【
「そこを退きなさいミネルヴァ! 誰がこの山を消したのか、歴史の闇のソースコードを一行ずつ暴いてやるわ!」
画面が激しく明滅し、その座標の『地形編集履歴』が、過去から現在に向けて血のような赤色で一行ずつ浮かび上がってくる。
[200年前] Object: Mountain / Action: Create / Author: User-A(天宮)
[100年前] Object: Mountain / Action: DELETE / Author: User-C
「いた……! 犯人はお前だ、User-Cィィィ!!!」
結衣はデスクを叩いて立ち上がった。
他人が数日かけて気圧パラメータを調整し、丹精込めて
だが、真の恐怖はログのさらに奥、その変更理由を記録した『
Commit Message: 「水棲ボスの巣を落としたかったんで、山脈をデリートしました。ついでに丸太流しときます。安全第一、現場ヨシ!」
「現場ヨシじゃねええええええええええええええ!!!」
結衣の絶叫が、無人のオペレーションルームに木霊した。
水棲ボスの巣を落とすためだけに地形を消し飛ばした。自分を殺しかけた殺意最高の鉄砲水と、部族を救うために必死に再利用した『謎の聖牛(泥と丸太のゴミ)』は、すべてこの過去の土木テロリストが残した「ついでに流したゴミ」の残骸だったのだ。
「私は悪くない。1ミリも悪くない……! 悪いのは全部、このサイコパスのUser-Cよ!!」
真実を突き止めた結衣は、急速に冷静(死んだ魚の目)を取り戻した。
しかし、自分は「正式業務のCheck(環境担当)」。感情のままにログに「このクソコピペ野郎!」と書き込めば、元請けの監査システムから業務態度不良としてインセンティブを剥奪される。
ビジネスの世界には、ビジネスの世界の戦い方がある。
「いいわ……。お望み通り、まともなPMのレスバの作法ってやつを教えてあげる」
結衣はハラハラと落ちていく自分の胃壁の存在を感じながら、恐ろしい速度でキーボードを叩いた。出力されたのは、極限まで冷酷で事務的な「免責事項」を詰め込んだ、鉄壁の公式回答だった。
『公式回答(担当:天宮):
User-B様、お世話になっております。環境担当の天宮です。
ご指摘の件ですが、本件は大豪雨の発生を意図した「環境仕様の変更」ではなく、上位レイヤー(過去時間軸)のテスターによる【想定外の地形破壊バグ(山脈消失)】に起因する
当方の環境演算モデルは正常に稼働しており、当該インシデント発生後における生存率PIもKPI目標を大幅に超過達成し、リカバリは完了しております。
よって、本件は当方の管轄外の事象と判断いたします』
文面を確認した結衣は、不敵な笑みを浮かべた。
そして、チケットの
【
「仕様でーす! 過去のバグなので対応しません! 皆さん無事にリカバリ(生存)できたんだから文句ないですよねー! 私の管轄外でーーす!!」
結衣は送信ボタンを、親指で「ターンッ!」と叩きつけた。
これで、未来の時間軸を担当しているBのコンソールには、『天宮によって、あなたのCriticalチケットが【WONTFIX(対応不要)】で勝手に解決済みにされました』という、開発者が最もブチギレる通知が爆速で叩き込まれるはずだ。あっちのPMが今頃どんな顔で胃を抑えているかを想像すると、少しだけ気分が晴れた。
「ふぅ、クレーマー処理完了。これでやっとコーヒーが――」
マグカップに手を伸ばした瞬間、コンソールがバグったように激しく明滅した。
不穏な警告音が、鼓膜を容赦なく震わせる。
『システム通知:チケット【B-001】が解決(Resolved)されたため、
「……は? 依存関係……?」
結衣が固まる中、画面いっぱいに、自動的に「2件目のチケット」のポップアップが凶悪なサイズで拡大表示された。
起票元:上流レイヤー(過去)『User-C』
件名:クエスト完了報告(巨大水棲ボスの討伐および整地作業について)
画面に躍り出た、全ての元凶であるCの、あまりにも能天気でサイコパスな報告書の「最初の1行」が結衣の目に飛び込んできた瞬間。
天宮結衣の胃壁は、今度こそ完全に消滅した。
■ あとがき
第9話をお読みいただき、ありがとうございました!
BからのガチガチのJIRA風クレームに対し、結衣が放った「お仕事仕込みのWONTFIX(対応不要)」。理不尽な強制アサインに対する、社畜としての完璧なカウンターでした。
「WONTFIXで叩き返すの最高にリアル」「Cの現場ヨシに殺意が湧いた」と思った方は、ぜひ評価(★)やブックマーク、感想をいただけますと幸いです!
結衣の胃薬の在庫が補充され、次話のレスバの威力が上がります。どうぞよろしくお願いいたします!