冬日之温   作:でぃんと

3 / 4
黎明へつづく安らぎを

 火の見張りをするのは好きだ。手をかざすと暖かいし、ぱきぱきという火の粉の音が、なぜだか、僕の中の悪いものを祓ってくれているような気がするからだ。しかし、それと同時に、見張っていないと落ち着かない。危険を見落としてはならない立場にいたからだろうか、それとも、幼いころから根付いていた性格なのだろうか。

 

 僕が物心ついたばかりの頃、オリーヴァの大きな町では、年に一度、花火大会と称した祝祭が行われていた。いま思えば、その当時はまだ、それだけ民が活気にあふれていたということだろう。僕は毎年、祝祭が始まるたびに砦へ向かい、そこから見下ろせる人々の姿を楽しんでいた。のちに我々の国を襲った戦禍の中で、あの風景が、あの花火の音が、どれほど恋しかったことか。僕の中で、火は平和の象徴であるはずだった。

 

 

 

 

 長時間火を見張っていた疲労が祟り、思わず、かくん、と眠りに落ちてしまいそうになる。明け方前の仄暗い砂漠の中で、焚火の(あかり)だけが、僕たちの座標を標していた。

 すると、いつのまにかミゾレは目を醒ましており、僕の隣から、泉に金貨を投げ入れるかのように、ひょいと薪をくべる。

 

「交代だよ。最後の見張り番、ボクでしょ。また寝不足で倒れてもいいの?」

 ミゾレはいつものように目を細めながらも、あきれた様子で眉根を寄せる。僕は毛布の中で姿勢を組みなおし、片膝を抱えながら、体を後ろにもたせかける。

「ミゾレこそ、もう少し寝なくていいのか。昨日は二人の世話をして、疲れているだろう」

「大丈夫だよ。もし疲れたら、自分で魔法をかけられるし」

 

 ミゾレがそう言うときは、いつも決まって無理をしているということを、僕は知っている。ミゾレはテントの下にあるバッグから、新しい水のボトルを取り出し、得意げにコルクを開けてみせた。

「ほら、飲んで飲んで」

 ミゾレからボトルを受け取り、水がこぼれないように、慎重に口をつける。昨日の夕方に汲んだばかりの水は、まだ少し冷たかった。ひんやりとした朝風にあてられたせいで、胃の中が少し冷える。

「朝の分は、この一本だけか。よし、残りはミゾレとヒューナンで飲んでくれ」

 

 布で蓋をしてボトルを返すと、ミゾレは珍しく、目元を翳らせながら、背中を向けてしまった。

「……日が昇ったら、すぐに水を汲んでくるよ」

 ミゾレはボトルをバッグに戻すと、焚火のそばに腰を下ろした。僕はテントの下に座ったまま、暖かい橙色の光と共に、ミゾレの姿を眺める。

 

 隣のテントの下では、麻布で顔を覆ったヒューナンが、腕を組んだまま眠っている。その隣のすぐそばで、メルガは脚をそろえて前に伸ばし、静かに目を閉じていた。両腕は力なくだらんと下ろしており、体が揺れる気配すらない。

 

「ちょっと気になったんだけど」とミゾレが口を開く。

「そう、あの二人のこと。もともと獣人のヒューナンはともかくとして、問題は、メルガだよね」

 僕は指先についた砂を落としたあと、毛布を手繰り寄せる。

「喧嘩するほど仲がいい、といったところか」

 

 俯いていたミゾレは、ふっと虚を突くように、僕に疑問を投げかけた。

「アンドロイドが怒るなんてこと、あるの? そもそも、あんなに人間みたく喧嘩をふっかけるなんて」

 僕は遠い目で、ゆらめく焚火の像をぼかしながら、一度息をつく。

 

「まずありえないだろうな。感情めいたものを人間に向けて、ましてや、個人的な行動原理で動くなど……戦闘兵器として運用するなら、本来は必要のないことだ」

 僕とミゾレの間に、複雑に絡まった時間が訪れる。互いに言葉を選んでいるが、おそらく、考えていることは同じだった。ミゾレは僕が沈黙を守ったことに、なんとも言い難い表情を浮かべる。

 

 

 

 そのあとの数分間は、言葉すら要らないようだった。ミゾレはときどき新たな薪を投げ入れ、僕は自分の荷物から取り出したノートを開く。火の粉が弾ける心地よい音と、ノートをめくるかすかな音が、僕たちの無言の時間に、リズムを生み出していた。

 僕が読んでいたのは、仲間に隠れてつけている日記帳だった。オリーヴァで暮らしていた頃から毎日書いていて、日々、たわいもない話や、本当なら書かずに済んでほしかったことなどが、ひとつずつ足されていく。

 僕は何年か前のノートを開き、その日にあった、忘れもしない出来事に想いを馳せていた。僕の耳の奥では今でも、錆びついた鐘のかぁん、かぁん、という音が、ひっきりなしに鳴り続けている。

 

 

 ぱたんとノートを閉じ、リュックの横に置いたあと、ゆうっくり息を吐いてみる。歯と唇の間から、隙間風が通っていき、朝の冷たい空気へ解けた。

 僕は目を閉じて、現実と、現実ではないどこかの狭間を揺れる。暗闇と明け方の中で、僕は、後ろにいるもう一人の僕に背中を預ける。初めて触れた自分の背中は、思っていたよりも薄かったが、今と比べて健康的な肌をしていた。

 

 

「もし、戦争がなかったら?」

 ろくに続きも思いつかないまま、ふと浮かんだ言葉を口にした。

 

「ボクは、医者を目指して旅に出て、レオすら知らない街へ行ってたかもね」

 ミゾレのあどけない空想に、僕は思わず微笑んでしまう。後ろにいる僕も、僕よりさらにあたたかい笑顔で、ミゾレの話を聴いていた。

「それなら僕は、オリーヴァ専属の臨床医として、優秀なミゾレを迎え入れる」

 後ろのほうの僕は、ミゾレのもとへ歩み寄り、持っているパンを半分だけちぎって渡していた。どうやら僕は、もう一人の僕と味覚を共有できないらしく、おいしそうにパンを食べていても、どこか他人事のような気がしてならなかった。

 

 

「じゃあ、ヒューナンはどうかな?」

 眠っている僕に、ミゾレは優しい声で、おとぎ話のつづきを持ち掛けた。

「険しい山に暮らしながら、鋭い両目を活かして、きっと、凄腕の狩人になっている」

 僕の言葉に合わせて、まるで魔法にかかったように、ヒューナンの右目が治ってゆく。そのヒューナンも、僕とミゾレに混ざって話をしながら、乾かした肉をしがんでいる。

 

 その暖かな日常を見ながら、ミゾレは笑った。

「ふふっ、それじゃあ――」

 

 

 

 

 

 ミゾレの言葉が、そこで止まる。まるで、言いたくもないことを言おうとしてしまったかのように、声色が淀んで落ちる。

「……じゃあ、メルガは?」

 

 ミゾレが訥々とそう言い直し、僕は、言葉を失う。焚火を囲んだ僕たちは、僕とミゾレの気持ちなど知らぬ様子で、幸せそうに、時間を過ごしている。

 詰まるミゾレの気持ちに、駆け寄るように、届かぬ手を伸ばすように、僕は、硬い口を開く。

 

 

「メルガはきっと――人間だろう」

 

 ミゾレははっと顔を上げ、眠ったままの僕の顔を見た。

 

「メルガは人間として、優しい両親のもとに生まれ、なんの争いもない村で、平和に恵まれる」

 ミゾレは、ローブのポケットの中に手を隠し、内側の布を握りしめていた。

 

 そして、焚火をかこんでいる僕たちのもとに、袋いっぱいの果物を携えて、メルガが合流する。

 その風景を目の当たりにしたミゾレは、心から、嬉しそうに笑っていた。

「ボクたちと同じように、ご飯を食べて、背を伸ばして。……銃なんて持つこともないまま、最期は、永い、眠りに落ちて」

 

 メルガの笑顔を見て、ミゾレは深い息を漏らし、笑いながら、あふれる雫を手のひらで受け止める。僕たちは、目元から流れるあたたかい光に包まれ、ゆっくりと、目を醒ましていく。

 

 

 再び戻って来た砂漠の世界には、ミゾレと、ヒューナンと、メルガがいて、みんなシャノワールのローブを身にまとっていた。

 

「……流石は、夢の話だね」

 ミゾレの頬は湿っており、雫の通った跡が残ったままになっている。

「ああ。久しぶりに、幸せな夢を見た」

 もう一人の僕は、いつのまにか僕の背中を離れて、どこかへ消えてしまっていた。

 

 

 固まった体を伸ばし、ぱきぱきと音を鳴らしながら、なんとか起き上がる。そして、自分のリュックの横に置いていた、大きなケースを手に取った。

「二人を、起こさないとな」

 おぼつかない脚を動かし、僕はケースを抱えながら、東の方向を向く。

「ちょ、ちょっとレオ、なにするの? 無理しないでってば」

 駆け寄ってきたミゾレに肩を支えられながら、僕はその黒いケースを開けた。

 

「バグパイプだよ」

 ケースに収まっていたパイプの束を、一本一本、丁寧に組み立て始める。

「もしかして、骨董品屋で買ってたやつ?」

 物珍しそうに見ているミゾレに、僕はパイプを一本渡し、触らせてみた。

「懐かしいな。はっきりしているのに心地よい音色で、朝の目覚めにふさわしいんだ」

 

 僕はミゾレから最後の一本を受け取り、慎重に差し込んだ。再び手に取ってみると、思ったほど大きくはないことがわかる。僕は、いつも近くで見て真似ていた持ち方で、バグパイプを構える。実際にやってみると、思ったより支点を保つのが難しく、まだ少しおぼつかない。

 

 

「ミゾレ」

「なあに?」

 

「僕はかつて、この音で、何度も新しい朝を迎えていた。オリーヴァが滅ぼされる日までは、それはずっと変わらないものだと買いかぶっていた」

「捕虜として捕らえられた日からは、バグパイプの音はなかった。そして、帝国への恨みを募らせていくうちに、お前たち三人と出会ったんだ」

 

 僕の長い独白を、ミゾレはただ、黙って聴いていた。バグパイプを持った僕を見るミゾレの表情は、どこか、慈しみに満ちていた。

「ミゾレ。ヒューナン。メルガ。お前たちには、申し訳のないことをしたと思っているんだ。だからこそ僕には、お前たちに、新たな夜明けを届ける責任があると思いたい。それこそが、こんな僕についていくと言ってくれた三人への、でき得る限りの感謝だ」

 

 

 僕は、夜空を押し流す白い光に向かって、バグパイプを構える。そして、オリーヴァで何度も練習した楽譜を思い出しながら、ゆっくりと、息を吹き込んだ。

 

 楽器が奏でる調和の音が、羽衣のように広がっていき、僕たちの周りを包む。広がった衣が、眠っていた二人の体に巻き付き、ささやくように音色を届ける。

 ヒューナンは耳をぴくっと動かすと、顔にかぶせていた布を取り、ゆっくりと体を起こした。その隣で、時を同じくして、ほんのわずかにモーターの音が回り始める。開いた瞳を一度青白く明滅させ、メルガも目を醒ました。

 

 飛び立った小鳥のさえずりと音色が重なり、ささやかに、祈るように、希望の朝を告げる。後ろを振り返ると、昨日と同じ三人が、今日もそろって僕を見ている。僕の金色の髪に、地平線から顔を出した太陽が、また同じように、光を与えた。

 

 

「おはよう、シャノワール」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。