金の亡者、泥舟の世界で大儲けする   作:鳥ささみ

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第十一話:資本移動と記憶の焦げ付き(デフォルト・メモリー)

 

空間がガラス細工のように、粉々に砕け散った。

「システムXN、最大出力! ――市場(せかい)を跨ぐぞ!」

ゼニ・ゴールドミラーは、キンキラに輝く『DGG-X1:ゴールドミラー・プライム』の操縦桿を限界まで引き絞っていた。

要塞のハッチを閉鎖し、ゼニをベーオウルブズへの「損切り(生贄)」に捧げようとしたヴィンデル・マウザーの企みは、トロニウム・エンジン100%の絶対的な暴力の前に瓦解した。ゼニは迫るアインストの群れを巨大な金塊の大剣『ゴールド・インゴット』で文字通り叩き潰し、閉じかけの第14隔壁を強引に破壊。システムXNが引き起こす次元の奔流(ゲート)のド真ん中へと、愛機と自らの全財産を詰め込んだ輸送コンテナごと突撃したのだ。

背後では、狂える狼キョウスケ・ナンブの『アルトアイゼン・ナハト』と、執念に燃えるアクセル・アルマーの『ソウルゲイン』が、時空の歪みの中でなおも激突し合っている。

「フフ、ハハハハ! 消えゆく泥舟の世界など、シャドーミラー諸共アインストにくれてやる! 私は新天地(正史の世界)で、あの持ち逃げされた最重要資産(ラウルたち)を回収し、さらなる巨万の富を――」

その時だった。

次元の壁を強行突破する瞬間の、凄まじいG(重力)と精神への負荷。

システムXNの生み出す高次元エネルギーの濁流が、ゴールドミラー・プライムのコックピットを包み込み、ゼニの脳細胞を激しく灼いた。

「ぐ、あ、あ体があああああッ!? 脳内のデータが……融解(メルトダウン)していく……ッ!?」

脳裏に過る、まばゆい光。

神から「特典」として授かっていたはずの、この世界(正史)における今後の歴史、登場人物たちの隠された弱点、これから起こる大戦の結末――そういった**【原作知識という名の最強のインサイダー情報】**が、次元の摩擦によってサラサラと砂のように崩れ落ち、消滅していく。

「あ……ああ、クソ……! 焦げ付く……! 重要機密(フューチャー・データ)が……ッ!」

ガガガガガガガガギィィィィン!!

激しい衝撃。

視界が真っ白に染まり、ゼニの意識は底のない暗闇へと墜落していった。

カチ、カチ、カチ……。

静かなメトロノームのような音が響いていた。

ゼニ・ゴールドミラーは、ひどい頭痛と共にゆっくりと目を覚ました。高級なワイシャツは汗で汚れ、操縦席の計器類はいくつかのエラーランプを点滅させている。

「……ここは?」

ゼニは頭を抑えながら、コックピットのメインモニターを立ち上げた。

外部カメラが映し出したのは、青い空と、豊かな緑の山々。アインストの細胞で赤黒く汚れ、闘争の炎で焼き尽くされていた「向こう側の世界」とは完全に異なる、どこか牧歌的ですらある美しい地球の風景だった。

どうやら、命からがら別次元への市場移転(ワールド・シフト)には成功したらしい。

だが――。

「……妙ですね。頭が妙に軽い」

ゼニは自分の額に手を当て、奇妙な『虚無感』に襲われていた。

向こう側の世界で莫大な資金を投資し、戦火の最中に時流エンジンごとこの世界へロストした「ラウル・グレーデン」や「フィオナ」たちの顔、そして彼らから未公開株(時流エンジン)を力ずくで強硬取り立てするという絶対の目的は、明確に脳内に残っている。

しかし……それとは別に、この正史の世界で無双できるはずの、何かもの凄く美味い「未来の裏情報(カンニングペーパー)」を握っていたはずなのだ。それが綺麗さっぱり抜け落ちている。

「……思い出せませんね。あの金塊よりも価値のある脳内資産が、転移の負荷で完全に焦げ付き(デフォルト)ましたか。――まあ、いいでしょう」

ゼニはすぐに不敵な笑みを取り戻し、操縦桿から手を離した。

「失ったデータにいつまでも執着するのは、三流の投資家です。帳簿の上で処理できない以上、速やかに損切りし、手持ちの現実的な資産(アセット)で戦うまで。切り替えていきましょう」

未来予知というチート特典は失った。だが、商人としての魂と冷徹な計算高さ、ラウルたちへの執念、そして何より向こう側の世界で培った「強欲さ」は、1ミリも損なわれてはいなかった。

ゼニが自機のステータスを確認すると、ゴールドミラー・プライムのトロニウム・エンジンは健在。そして、ゲートの向こうから命がけで引っ張ってきた、ゴールドミラー社の全財産――レアメタルや最新兵器のジャンクパーツ、そして莫大な金塊が詰まった「巨大輸送コンテナ」も、すぐ近くの荒野に無傷でパージされている。

「これだけの初期資本(タネ銭)があれば、どの時代であれ、再びトップに上り詰めることは容易い。さて、この地域の市場規模(世界情勢)は――」

ピピピピピピピピ!

その時、プライムのレーダーが、高速で接近してくる複数の機影を捉えた。

モニターに映し出されたのは、地球連邦軍の戦闘機。そして、それらを率いるように飛行する、巨大な人型機動兵器――『グルンガスト零式』。

「ほう。ビアン・ゾルダーク博士の最高傑作、零式ですか。ということは、ここは……」

ゼニが状況を分析するより早く、広域通信回線から、威厳に満ちた初老の男の声が響き渡った。

『――警告する。こちらは地球連邦軍、テスラ・ライヒ研究所防衛部隊である。正体不明の特機、および巨大コンテナの搭乗者に告ぐ。直ちに武装を解除し、機体を停止させよ。抵抗する場合は、法に基づき臨検(拿捕)する』

通信の主の名前は、ジョナサン・カザハラ。テスラ・ライヒ研究所の所長である。

ゼニは周囲を見回した。

連邦軍の最新鋭部隊に完全に包囲されている。機体は次元転移の負荷で出力が落ちており、コンテナを牽引しながらこの物量を突破するのは、投資対効果(コストパフォーマンス)が極めて悪い。

「フフ……テスラ・ライヒ研究所ですか。ビアン博士の息がかかった、世界最高峰の技術市場。ラウル君たちを探す拠点としては、これ以上ない最高の一等地だ」

ゼニは不敵に微笑むと、両手を挙げるように、ゴールドミラー・プライムのキンキラな黄金の出力を完全にシャットダウンした。

「抵抗はしませんよ、ジョナサン所長。私はしがない一介の『商人』でしてね。不法侵入の罰金(ペナルティ)代わりに、我が社の全資産が詰まったそのコンテナと、この『DGG-X1』の身柄を、一時的にそちらに預け(拿捕され)ましょう」

ゼニはコックピットの中で、高級なネクタイを締め直した。

時代は、まだEOT(異星人技術)の扱いを巡って地球全土が揺れている**【DC戦争前】**。

ビアン・ゾルダークが「ディバイン・クルセイダーズ(DC)」を立ち上げ、人類すべてを巻き込んだ大戦を起こす、まさにその直前の、嵐の前触れの時代。

「拿捕されたフリをして、テスラ研の内部から連邦の技術と予算を合法的に吸い上げつつ、ラウル君たちの捜索網を敷く……。悪くない新規事業(ビジネスプラン)だ」

未来の知識を失い、己の腕一つで正史の世界に放り込まれた守銭奴ゼニ・ゴールドミラー。

だが、彼が持ち込んだ「キンキラのDGG」と「莫大な異世界の資産」は、DC戦争前の世界経済と技術バランスを、根底から狂わせる最悪の起爆剤となろうとしていた。

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