「――冗談を言ってもらっては困るな、ゼニ・ゴールドミラー氏」
地球連邦軍・極東地区に籍を置くテスラ・ライヒ研究所。その一画にある厳重に遮蔽された最高警戒尋問室の空気は、凍りつくように冷えていた。
ポリグラフ(嘘発見器)のセンサーを平然と無視し、仕立ての良い高級スーツの皺を優雅に伸ばす男――ゼニは、机の向こう側で額に青筋を浮かべているジョナサン・カザハラ所長に向けて、値踏みするような薄笑いを返した。
「冗談? いえいえ、ジョナサン所長。私は至って大真面目、常に公明正大なビジネスの話をしているのですよ」
「公明正大、だと? 連邦軍の最高機密である『トロニウム』を心臓部に据え、あろうことかビアン・ゾルダーク博士の未公開の設計思想(DGGフレーム)を流用した正体不明の特機が、レアメタルと金塊、出所不明の機動兵器ジャンクが詰まった巨大コンテナを引き連れて我が研究所の防衛圏内に突如不時着したんだ。これをただの『プライベート・ファクトリーのテスト飛行ミス』で片付けられると思うかね!」
ジョナサンが机を叩く。その背後には、テスラ研の防衛隊が包囲・拿捕したあのキンキラな巨神――『DGG-X1:ゴールドミラー・プライム』のデータシートがいくつも並んでいた。
ゼニはふぅ、と小さく溜息をつき、極上のインサイダー情報を語るかのように声を潜めた。
もちろん、自分が「アインスト化したベーオウルブズとの戦いの末に、システムXNの次元跳躍によって別世界(向こう側)から転移してきた」という最大の機密は、完璧に隠蔽したままである。
「所長、あなた方も大人ならご理解いただけるでしょう。地球連邦政府(OG)という巨大な組織の帳簿には、表に出せない『不健全な裏予算』がいくらでも眠っている。私はコロニー統合府の闇ルートやリクセント公国の金鉱山、さらには連邦内部の腐敗した高官たちと少々の『お取引』をさせていただいただけです。彼らの余剰予算と技術を合法的に買い叩き、我がゴールドミラー社の私設工房で組み上げたプライベート・アセット……それが、あのゴールドミラー・プライムです。不法侵入の罰金なら、あのコンテナの中の金塊からいくらでも差し引き(相殺)してください」
「貴様……!」
ジョナサンがさらに問い詰めようとしたその時、尋問室のメインモニターが強制的に切り替わった。
ノイズと共に画面に映し出されたのは、燃えるような眼光と、圧倒的な覇気を纏った初老の男。
南太平洋の孤島、アイドネウス島から暗号通信を繋いできた、テスラ研の創設者でありロボット工学の最高権威――ビアン・ゾルダーク博士その人であった。
『――下がっていなさい、ジョナサン。その男の化けの皮は、並の尋問では剥がれんよ』
「ビアン博士!」
ジョナサンが直立不動になる中、ゼニはモニターの中の天才を見上げ、優雅に一礼した。
「お初にお目に掛かります、ビアン・ゾルダークCEO。お噂はかねがね」
ビアンはゼニの挨拶を鼻で笑い、手元のコンソールに表示されているゴールドミラー・プライムの解析データを鋭い視線で睨みつけた。
『ゼニ・ゴールドミラーと言ったな。連邦の裏予算、私設工房……フフ、実に見事な大嘘(カバーストーリー)だ。一介の武器商人が並べ立てる言い訳としては満点だが……私の目は誤魔化せんぞ』
ビアンの言葉に、ゼニはピクリと眉を動かした。
『あの機体のベースフレーム……あれは私が提唱し、未だ設計段階にあるはずの「ダイナミック・ジェネラル・ガーディアン(DGG)」の1号機そのものだ。私がまだ製造に着手してすらおらん図面が、なぜ完璧な立体としてそこに存在する?
さらにあの心臓部だ。連邦がメテオ3から回収し、未だに完全な制御はおろか起動実験すら満足に成功させていないはずの究極のエネルギー『トロニウム』を、あの機体は100%の単機独占(モノポリー)という最悪の悪趣味さで、完全にデバッグし、飼い慣らしている』
ビアンの眼光が、画面越しにゼニの金色の瞳を射抜く。
『現在の地球連邦政府の技術レベルなど、私は知り尽くしている。あのキンキラな成金趣味のカウリング(装甲)の裏にある超テクノロジーは、断じて今の連邦の裏プロジェクトなどという低レベルな場所から生み出せるものではない。あの機体を設計した者は……私以上の天才か、あるいは、私自身よりも深く「私の思想」を理解している、時間(とき)を歪めたマッドサイエンティストだけだ』
ビアン・ゾルダーク。やはり、この男の技術的エゴと洞察力は、次元の壁をも見通すほどに鋭い。ゼニが「未来」あるいは「異世界」から技術を持ち込んだことまで、確信に近い疑いを持っている。
だが、ゼニは動じなかった。
次元転移の衝撃の際、神から与えられていた「この正史の世界の未来(原作知識)」という極上のインサイダー情報は綺麗に焦げ付き(デフォルト)、脳内から消失してしまった。
(……ええ、確かに、この世界で無双できるはずの、何かもの凄く美味い「未来の裏情報」を握っていたはずなのですがね。まぁ、失った帳簿(データ)をいつまでも悔やむのは三流の投資家です)
ゼニの脳内にあるのは、明確な実体験としての記憶だけだ。
「向こう側の世界」で莫大な資金を投資し、そして戦火の最中に、この世界(正史)のどこかへ時流エンジンごとロスト(行方不明)してしまった債務者――ラウル・グレーデンとフィオナたちの存在。
(彼らがこの世界のどこかにロストしているなら、私はこの地(テスラ研)に根を張り、連邦の予算と技術を逆に買い叩いて、我が社の最重要資産を強硬取り立てするまでのこと)
ゼニは不敵に笑い、高級スーツのネクタイを締め直しながら、ビアンに向き直った。
「さすがはビアン博士。技術のバリュエーション(価値査定)において、あなたを騙すことは不可能のようだ。……よろしい。私の出所や技術のプロセスは、企業秘密としておきましょう。ですが、商売(ビジネス)の話なら、今すぐこの場で行えますよ?」
『ほう? 拿捕された身で、私と取引をしようというのか』
「ええ。あなたが来たるべき『何か(異星人の侵略)』に備え、極秘裏に大量の資金と規格外の兵器を欲していることくらい、プロの投資家である私の目には丸見えです。
博士、あのコンテナの中身をもう一度ご覧なさい。あれはただのジャンクではない。現在の連邦軍のカタログには存在しない、極めて高純度のレアメタルや、即戦力となる機動兵器の特殊パーツの山だ。……どうです? 我がゴールドミラー社は、あなたの計画に『現物出資(投資)』しても構いませんよ?」
ビアンの目が、一瞬だけ細くなった。
この男、嘘をついているのは百も承知。だが、ゼニが持ち込んだ『ゴールドミラー・プライム』のトロニウム制御技術、そしてコンテナ内の未知のオーバーテクノロジー資産は、近いうちに世界規模の大戦(DC戦争)を引き起こそうとしているビアンにとって、喉から手が出るほど欲しい「極上の即戦力(アセット)」であることは間違いなかった。
『……ハハハ! 面白い男だ。技術を盗んだ泥棒かと思えば、命がけで我が家に最高の貢ぎ物(資本)を運んできた大悪党というわけか』
「お褒めに預かり光栄です、ビアンCEO。ついては、投資の『条件(リターン)』ですがね……。あのキンキラのプライムとコンテナの管理権は引き続き我が社(私)が持つこと。そして、テスラ研の予算とデータベースへのフルアクセス権を要求します。私はこの世界のどこかに消えた、持ち逃げされた『不渡り債権(ラウル達)』を探さねばならないのでね」
『よかろう。ジョナサン、その男の身柄の拘束を解け。テスラ研の客分(特別顧問)として迎え入れる。ただし、ゼニ……お前が私の計画の不利益(赤字)になると判断した瞬間、そのキンキラの機体ごと叩き潰すぞ』
「ええ、元より合理的な損切りは、ビジネスの基本ですから」
通信が切れる。ジョナサン・カザハラが呆然とする中、ゼニ・ゴールドミラーは静かに立ち上がり、尋問室の扉へ歩き出した。
時代は、EOT(異星人技術)の扱いを巡り、連邦政府とコロニー統合府、そして各地域の民族紛争の火種が燻る、嵐の前触れ――【DC戦争前】。
未来のカンニングペーパー(原作知識)を失い、己の腕一つでこの正史の世界に放り込まれた守銭奴ゼニ。だが、彼がこの時代に持ち込んだ「黄金のDGG」と「異世界の莫大な資本」は、DC戦争前の世界経済と技術バランスを、根底から狂わせる最悪の起爆剤となろうとしていた。
「さあ、新天地での新規事業(マネーゲーム)をはじめましょうか、ラウル君」
ゼニの金色の瞳が、不敵な輝きを放った。