「――ほぅ。連邦軍の会計監査というのは、随分とザルな組織(マーケット)のようですね、イングラム・プリスケン少佐」
極東支部・伊豆基地の薄暗い地下格納庫の一画。
SRX計画の匿名の組合(ファンド)出資者として、合法的に基地への出入り権を得たゼニ・ゴールドミラーは、手元の端末に表示された「R-GUN」の部品発注書と、実際の建造ラインを交互に見比べながら、冷徹な笑みを浮かべていた。
ゼニの背後には、彼のトレードマークである高級スーツの影に隠れるように、SRX計画のチーフ開発者であるイングラム・プリスケン少佐が、感情の消えたガラスのような瞳で静かに佇んでいる。
「何のことだ、ゴールドミラー顧問」
「とぼけなくても結構。このR-GUNの『T-LINKシステム』および『外殻装甲マテリアル』の調達予算……書類上のスペックと、実際にマオ・インダストリーから納品されている現物の数が、どう計算しても全体の30%ほど『過剰計上(水増し)』されている。これほど大量の余剰高純度パーツ、一体どこへ流しているのです?」
ゼニの金色の瞳が、イングラムを鋭く射抜いた。
次元転移の摩擦によって、この正史の世界の「未来の歴史(原作知識)」は綺麗さっぱり帳簿から消え失せている。目の前にいる男が、異星人の工作員であることなどゼニは知らない。
ただ、ゼニの持つ天才的な財務監査能力と商人の嗅覚が、イングラムという男が「連邦の国家予算をガリガリと横領して、何かを密造している」という明白な犯罪の証拠(インサイダー)を捉えただけだった。
イングラムは表情一つ変えず、懐の手をゆっくりと動かした。制服の奥にある銃の引き金に指がかかる。連邦に告発されるならば、ここでこの成金商人を始末するまで――。
だが、ゼニから返ってきたのは、告発の脅しではなく、歓喜に満ちた強欲な笑い声だった。
「フフ、ハハハ! 素晴らしい! 実に素晴らしいビジネスプランだ、イングラム少佐!」
「……何?」
「銃から手を離しなさい、少佐。私はしがない一介の投資家、あなたを軍法会議に突き出すような野暮な真似はしませんよ。むしろ、その『連邦の無能どもの目を盗んで、国家予算で自分のプライベートな最高機密(裏機体)を密造する』という度胸と手腕、我がゴールドミラー社としては高く評価したい」
ゼニは優雅に歩み寄り、イングラムの目の前で、極秘裏に用意していた匿名口座のデータチップを提示した。
「R-GUNの余剰パーツ、そして我が社がテスラ研に『没収』されたフリをして預けてある巨大コンテナ内のレアメタル……それらを裏ルートでパージし、あなたが極秘裏に開発を進めているその新型特機その建造資金(開発費)として、我が社が喜んで『匿名融資(デット・ファイナンス)』を執行して差し上げましょう」
イングラムのガラスのような瞳に、初めて微かな困惑の色が浮かんだ。
地球連邦を欺き、カツカツの裏予算と横領パーツをやり繰りしてリヴァーレの建造を進めていた隠密計画の最中に、突如として現れた素性不明のキンキラな大富豪(ゼニ)が、笑顔で巨額の裏金と最高級のレアメタルを「出資する」と言い出したのだ。
「……何の真似だ。私に融資して、お前に何のメリットがある」
「決まっているでしょう、投資に対する『リターン(権利)』ですよ。完成したその機体がもたらす圧倒的な戦闘データ、およびその技術特許の独占。それを我が社のゴールドミラー・プライムにフィードバックさせる。これ以上の優良投資先(ポートフォリオ)はありません。連邦のケチな予算でチマチマ作るより、我が社の資本(カネ)を使って爆速で完成させた方が、お互いにとってウィンウィン(相互利益)だ」
ゼニの頭脳は、純粋な利潤だけを計算していた。
ビアン博士の「DC」にも大口の現物出資をして新型AM(リオン・シリーズ)の株を握りつつ、裏では連邦の「SRX計画」のスポンサーとなり、さらにその最深部で「イングラムの裏金計画」の最大株主に収まる。
(この世界にロストしたはずのラウル君たちは、いくら探しても未だに市場(世界)に見当たらない。ならば彼らがいつどこに現れてもいいように、あらゆる陣営の最高峰の兵器開発に我がゴールドミラー社の資本を噛ませ、この世界の技術シェアを先に独占(モノポリー)しておくだけのこと)
まさか、イングラムがこのR-GUNリヴァーレと共に、将来的に全資産を持って異星人側へ「持ち逃げ(デフォルト)」するなど、今のゼニは微塵も思っていない。イングラムという『極めて優秀で腹黒い、最高のビジネスパートナー』を完全に囲い込んだと確信していた。
イングラムは差し出されたチップをじっと見つめ、フッと冷たい笑みを漏らした。
地球人の中に、ここまで話の通じる、そしてここまで強欲に狂った資本家がいようとは。バルマーの技術をそれとは知らずカネで買おうというその歪んだエゴは、イングラムにとっても利用価値しかなかった。リヴァーレの建造スピードが跳ね上がるならば、この男の金を毟り取れるだけ毟り取るまでだ。
「……いいだろう、ゼニ・ゴールドミラー顧問。お前の資本(ゴールド)、確かに建造費として組み込ませてもらう」
「交渉成立(ディール)ですね、イングラム少佐。お互い、良い新天地(ビジネス)にしましょう」
固く交わされる、腹黒い二人の握手。
だがその直後、伊豆基地の全域に、けたたましい非常警報のサイレンが鳴り響いた。
『――警告! 警告! 小笠原諸島方面より、所属不明のアーマードモジュール多数接近! ――ディバイン・クルセイダーズ(DC)を名乗る謎の軍勢が、本基地に向けて進撃中! 総員、第一種戦闘配置!!』
ついに始まった。ビアン・ゾルダークによる、地球連邦政府への宣戦布告。
世界を巻き込む【DC戦争】の戦火が、ここ極東の地にまで燃え広がってきたのだ。
「おやおや、ビアンCEO。随分と急な市場参入(宣戦布告)ですね。――少佐、私はテスラ研の客分(顧問)として、表向きはあちら(DC)の株主でもありますのでね。ここでのあなたとの裏取引が連邦にバレないよう、少し『カモフラージュの戦闘』をしてくるとしましょう」
ゼニは不敵に笑うと、高級スーツの襟を整え、地下奥深くに眠る愛機『DGG-X1:ゴールドミラー・プライム』の格納庫へと歩き出した。
イングラムがのちに、己の全投資額(R-GUNリヴァーレ)を丸ごと持ち逃げする最悪の詐欺師であることも知らず、守銭奴ゼニ・ゴールドミラーはキンキラの巨神を起動する。DC戦争という名の、世界規模の壮大なマネーゲームの幕が、ついに上がろうとしていた。