「フフ、ハハハ……! 見なさい、我が社の財務諸表を! これぞ完璧なるポートフォリオ、分散投資の完全なる勝利(大成功)です!」
地球連邦軍極東支部、伊豆基地の一画に設けられた最高級の仮設オフィス。ゼニ・ゴールドミラーは、極上のブランデーが注がれたグラスを片手に、端末のホログラムモニターに映し出される右肩上がりの資産グラフを見つめて、法悦の笑みを浮かべていた。
ビアン・ゾルダーク博士がハガネ隊との決戦の末にアイドネウス島に散り、世界を震撼させた「DC戦争」は、地球連邦軍の勝利という形で幕を閉じた。
表の市場において、ゼニが大口の現物出資を行っていた「ディバイン・クルセイダーズ(DC)」という巨大ベンチャーは事実上のデフォルト(計画倒産)を迎えた。並の投資家であれば、ここで全財産を失い破産へ追い込まれるところだろう。しかし、ゼニ・ゴールドミラーの本質は冷徹なハイエナである。
島が崩壊する直前、愛機ゴールドミラー・プライムのストレージへ、DCの最高機密である『ヴァルシオン』の重力制御データや、量産型AMリオン・シリーズの製造特許をドロボー同然に丸ごとサルベージ(回収)していたため、ゼニの懐は痛むどころか、むしろ未公開の超優良アセット(知的財産)を独占した状態にあった。
そして何より、ゼニが「裏」で匿名ファントム企業を経由して投資していた連邦軍の『SRX計画』および『ハガネ隊』が、この戦争によって地球圏の軍事市場における覇権(シェア)を完全に握ったのだ。
「ビアンCEOが命という最大最高の資本を投げ打ってまで仕掛けた『狂言』は、人類に十分な危機感を植え付けた。そして、その結果として市場に残ったのは、私の息がかかった連邦軍の最新鋭戦力……。誰が勝とうが、最終的にゴールドミラー社が世界の筆頭株主になる。未来のカンニングペーパー(原作知識)など失くしていても、私のこの天才的な商人の直感(アナリティクス)さえあれば、正史の世界などいくらでもハックできるというわけです」
ゼニは優雅にブランデーを飲み干すと、オフィスに設置された極秘の暗号通信回線を開いた。
モニターに映し出されたのは、連邦軍の制服に身を包んだまま、感情の消えたガラスのような瞳でこちらを見つめる男――SRX計画のチーフ開発者、イングラム・プリスケン少佐であった。
「おやおや、お疲れ様です、イングラム少佐。ハガネ隊の勝利、そしてあなたが見事に戦りくを生き残られたこと、我が社としてもこれ以上ない祝杯を挙げているところですよ」
『……お前の算段通りになったな、ゴールドミラー顧問。連邦の監査部は、DCの残党狩りと戦後処理に追われ、SRX計画の細かい使途不明金(横領)にまで目を光らせる余裕を完全に失っている』
イングラムの低く冷徹な声がスピーカーから流れる。
ゼニは、イングラムが裏で連邦の国家予算をガリガリと横領し、規格外の闇の特機『R-GUNリヴァーレ』を極秘裏に密造している事実を完全に把握している。いや、把握しているどころか、自ら進んでその「最悪の裏金口座(マネーロンダリング)」に巨額の追加融資(デット・ファイナンス)を仕掛けている張本人であった。
「フフフ、結構なことです。無能な連邦政府など放っておきなさい。少佐、今回はあなたへの『戦勝祝い』として、我が社がアイドネウス島から命がけで回収してきた最高のプレゼント……『ヴァルシオンの重力歪曲フィールドの理論値』および『最高純度の異世界レアメタル』を、あなたのプライベートなリヴァーレ計画の建造ラインへ追加出資(プライベート・エクイティ)して差し上げましょう」
ゼニはノリノリだった。
彼にとってイングラムは、「連邦というお堅い組織の目を盗んで、自分だけの最高のアセットを密造している、最高に話の分かる腹黒いビジネスパートナー」だった。DCの技術とゴールドミラー社の資本を、イングラムのリヴァーレに集中投資すれば、いずれあのメテオ3から迫り来ている不気味な異星人(エアロゲイター)の軍勢が市場(地球)に襲来したとしても、その圧倒的な武力をもって敵対的買収(駆逐)し、世界の軍事利権を永久に独占できると確信していた。
モニターの向こうで、イングラムはバイザーの奥の瞳を微かに細め、酷薄な笑みを漏らした。
『……そこまで我がリヴァーレに肩入れするか、ゼニ・ゴールドミラー。お前の出す資金とオーパーツ、確かにリヴァーレの「真の完成」のために組み込ませてもらう』
「ええ、期待していますよ、少佐。足りない裏金があれば、いつでも我がゴールドミラー社に言いなさい。どれほど巨額のゴールドであろうと、私はあなたという最高の商品(ポートフォリオ)に、全財産を賭けてでも融資を継続する所存ですからね! 共にこの世界のトップに登り詰めましょう!」
『ああ……そうだな。お前との取引は、私にとっても非常に有意義だ』
ガチリ、と通信が切れる。
ゼニは最高の気分で、再びグラスにブランデーを注いだ。
「あんな有能で話の分かる男が、我が社の身内(専属パイロット)としてリヴァーレを動かしてくれる。これ以上の安心材料はありません。キョウスケ・ナンブのような、いつ破産(アインスト化)するか分からない不健全なギャンブラーに投資するより、イングラム少佐のような確実な実力者に全張りする方が、遥かにローリスク・ハイリターンだ!」
ゼニは、イングラムの背後に「ユーゼス」や「レビ・トーラー」といったエアロゲイターの本国の上司たちが控えていることも、ましてや、イングラムがハガネ隊の指揮官を演じているだけの工作員(バルシェム)であることも、未だにこれっぽっちも知らない。
彼がこの平穏な戦後のハッピーアワーの中で、嬉々としてイングラムのリヴァーレ計画に注ぎ込んでいる超巨額の資本(ゴールドミラー社のほぼ全財産)が――近いうちに勃発する「L5戦役」の瞬間、イングラムの本性の現れと共に、リヴァーレ丸ごと一文字も残さず敵側へ『資産持ち逃げ(デフォルト)』されるという、ゼニの人生最悪のトラウマ(超巨額不良債権の焦げ付き)へと一直線に向かっているカウントダウンの音を、今の哀れな守銭奴は、全く聞き取れていなかった。