「……嘘、でしょう……?」
地球連邦軍極東支部・伊豆基地の一画に設けられたゴールドミラー社仮設オフィス。床に書類が激しく散らばる乾いた音だけが響いた。
ゼニ・ゴールドミラーの手から、愛用の最高級万年筆が力なく滑り落ちる。その金色の瞳は限界まで見開かれ、血の気が引いた顔で手元のホログラム端末を凝視していた。そこには、宇宙へ上がったハガネ隊から即座に転送されてきた、最悪の戦闘記録(ログ)が映し出されていた。
画面の向こう、暗黒の宇宙空間で不気味に静動する、漆黒と紫の凶鳥。
SRX計画の基本フレームをベースにしながらも、その装甲の隙間からは、ゼニが「先行投資」として嬉々として融資した『重力制御データ』と、イングラムが執念を持ってデバッグした高密度のエネルギーが禍々しく漏れ出している。
究極の特機――『R-GUNリヴァーレ』。
そしてそのコックピットから、地球連邦を、ハガネ隊を、何よりゼニの出資計画を根本から葬り去るイングラム・プリスケンの冷徹な声が響いた。
『フフフ……。私の任務は終わった。SRX計画はこれより、私が「回収」する』
それだけを告げると、イングラムは漆黒の宇宙へと消え去った。
オフィスに完全な静寂が訪れる。
ゼニの驚異的な頭脳が、商人の本能が、いま目の前で起こった事象の「総資産価値(ポートフォリオ)」を秒単位で弾き出していく。
イングラム・プリスケン。
連邦の国家予算を横領している腹黒いチーフ開発者だと思っていた男。だが、彼がこの数ヶ月間、異常なほどの執念でSRX(R-1、R-2、R-3)の合体プログラムを組み上げ、パイロットの感応度を極限まで引き上げていたのは、地球を守るためではなかった。
すべては、機体を「最高の状態」まで仕上げ、その成果(データ)をリヴァーレという器へ移植し、最後に丸ごと持ち逃げするため。
イングラムは、ゼニの資金を使って、地球圏の最高戦力を作り上げ、それをそのまま敵の手に委ねたのだ。
「……私の出したゴールドで、あいつは完璧な『地球攻略の踏み台』を作っていたのですか……」
イングラムが去り際に見せた、あの完成されたSRXの機体データ。あの完成度は、連邦の技術レベルを遥かに超越している。イングラムは自身の「回収」のために、極めて丁寧に、極めて冷酷に、ゼニの金を黄金の弾丸に変えていた。
金融業界において、これ以上の絶望を意味する単語を、ゼニは一つしか知らなかった。
「……デフォルト……」
カチカチと、ゼニの歯の根が恐怖と怒りで震え始める。
「債務不履行……! 貸し倒れ……! 表のDC(ビアン)もデフォルト! 裏の裏のリヴァーレもデフォルト! 期待の星だったSRX計画すら、あの男の個人的な『収穫』の準備期間だったとでも言うのですか!! 我が社の……我がゴールドミラー社の全資本が、一文字も残さず……完全に焦げ付いた……!?」
次の瞬間、ゼニ・ゴールドミラーの rational(理性的)な仮面が、音を立てて粉々に吹き飛んだ。彼はデスクの両端を掴むと、椅子を跳ね飛ばし、オフィスが震動するほどの声量で大絶叫した。
「イングラム少佐ァァァァァーーーーーーーーッ!!! あなた、私を……! このゼニ・ゴールドミラーを、完璧な『お膳立て』に使いましたねーーーーーっっっ!!!???」
あまりの怒りに顔を真っ赤に染め、額に青筋を浮かべながら、ゼニは端末のモニターを激しく殴りつけた。
「回収!? 何を言っているのですか!! 回収されるべきは我が社のゴールドの方ですよ!! どこのどいつが、SRXという最高級の利回りを見込めるはずのプロジェクトを、敵の戦利品として持ち逃げ(トンズラ)することを許可しましたか! 連邦を騙すための裏金だと思っていたら、我が社の血税(ゴールド)で自分の本国のマイカーを爆速デバッグしていたなど、ただの凶悪なインサイダー取引でしょうがァァァ!!」
ゼニは髪を掻き毟り、狂ったようにオフィスの床を踏み荒らした。
向こう側の世界で磨き上げたビジネスの嗅覚が、未来の記憶(原作知識)を失っていたがために、イングラムという「宇宙最高峰の詐欺師」を完璧な優良投資先だと誤認してしまったのだ。これほどの屈辱、これほどの不良債権は、彼の全人生、全次元を通して一度たりとも存在しなかった。
「許しません……! 決して許しませんよ、イングラム・プリスケン!! 地球の防衛? 人類の危機? そんな低次元な話(ボランティア)をしているのではありません! 私は、我が社の超巨額資産(リヴァーレ)を、力ずくで差し押さえ(ぶっ潰し)にいくと言っているのです!!」
ゼニはバシィィン!と自身の額を叩き、金色の瞳にドス黒い「債権回収(怨念)」の炎を宿した。
「おい、秘書! 地下格納庫の『ゴールドミラー・プライム』のトロニウム・エンジンを最大出力で暖めなさい!! 宇宙(ホワイトスター)へ上がりますよ!!」
『えっ!? し、しかしCEO、我が社はただの民間企業で、宇宙艦隊のコネクションは……』
「黙りなさい!! ハガネ隊が宇宙へ行くなら、その船底にでもワイヤーで我が愛機を括り付けさせなさい!! どんな手段を使ってでも、あの金食い虫の烏(リヴァーレ)の首を毟り取り、パーツ単位に分解してジャンク屋に叩き売り、1ゴールド残さず回収してやります!!」
正義のためでも、地球の平和のためでもない。
「全財産を持ち逃げされた大富豪の、血を吐くような執念」だけで、ゼニ・ゴールドミラーはキンキラの巨神の操縦席へと駆け足で向かう。L5戦役という人類存亡の全面戦争の裏で、宇宙一不健全で、宇宙一強欲な「借金取り(不良債権回収戦線)」が、今まさに開戦しようとしていた。