「ククク……ふふふふ……。あーはっはっはっは!!」
地球連邦軍極東支部・伊豆基地の地下執務室。
窓のない密閉された空間に、ゼニ・ゴールドミラーの邪悪な高笑いが木霊していた。デスクの上には、山積みにされた空のカップ麺の容器と、不眠不休で叩き続けられたせいで熱暴走寸前のホログラム端末が青白い光を放っている。
ハガネ隊の面々が「L5戦役」の傷を癒やし、次なる動乱の気配に緊張を高めていたその時。ゼニは一滴の涙も流さず、ただひたすらに算盤を弾き、この世界の不条理に対する「合法的な報復手続き」を完了させていた。
「CEO、本当にやるのですか? これは一歩間違えれば、連邦政府からも他のいかなる組織からも死刑判決を下される『最悪の闇融資』ですが……」
モニターの向こうで、ゴールドミラー社の秘書が血の気の引いた顔で震えていた。
しかし、コーヒーに大量の砂糖をぶち込み、血走った金色の瞳を爛々と輝かせたゼニは、不敵な笑みを深く刻む。
「違法? 人聞きが悪いですね。これは極めて合理的な『リスクヘッジ(危険分散)』ですよ。いいですか、私はあのホワイトスターで、イングラムという個人詐欺師のせいで、天文学的な額の現物資産(ポートフォリオ)をロストしました。普通ならここで破産です」
ゼニはゴトッ、とコーヒーカップをデスクに叩きつけた。
「ですが、私は前世で並み居る巨頭を買い叩いてきた経済の怪物です! そして何より、あのイングラム・プリスケンという男に、国家予算レベルの授業料(融資)を支払って、この世界の『本質』を完璧に学習しました。連邦という組織は脆弱であり、必ずまた内の中から裏切り者(新規反乱勢力)が出る。ならば、誰が敵になろうが、誰が裏切ろうが、その瞬間にゴールドミラー社にカネが転がり込む『絶対不敗の両建て(ヘッジ)』を組むまでです!」
未来の記憶を失っているゼニは、これから地球に「インスペクター」などの未知の異星人が来ることも、シャドウミラーの軍勢が来ることも知らない。だが、「連邦の現体制に不満を持つ軍の不穏分子が、近いうちに必ず新しい軍事組織(ベンチャー)を立ち上げて反乱を起こす」と、彼の商人の勘が確信していた。
だからこそ、ゼニは火星の未開発鉱山企業や大西洋のダミー投資信託など、十数個のペーパーカンパニーを複雑に経由させ、その「次なる反乱軍」への匿名闇融資を済ませていたのだ。
そして今、まさにその成果が実を結ぼうとしていた。
『緊急入電! 宇宙および地上各都市にて、ビアン・ゾルダークの遺志を継ぐと称する武装組織――“ノイエDC”が一斉に蜂起! 連邦軍の各拠点が電撃的な敵対的買収(武力占領)を受けています!!』
基地内に鳴り響くサイレンとオペレーターの悲鳴。
だが、地下室のゼニは、ホログラムに映し出されたノイエDCの主力兵器「リオン・シリーズ」の群れを見て、我が世の春が来たかのように算盤を叩いた。
「見なさい! ノイエDCが暴れて連邦の拠点を落とせば落とすほど、我が社のペーパーカンパニーが握っている彼らの未公開株の価値が跳ね上がります! 連邦が勝てば最高財務顧問としての私の地位が上がり、ノイエDCが勝てば私は新政府の『建国の父(筆頭スポンサー)』として法律を書き換える! どちらに転んでも我が社は黒字(V字回復)! これぞ最強のインサイダー取引(経済チート)ですよ!!」
完璧だ。これこそが商人の戦い方だ。イングラム、君のおかげで私は一つ上のステージへ上り詰めることができた――。
ゼニが勝利を確信し、高級ブランデーのグラスに手を伸ばした、その瞬間だった。
ズズズズンッッッ!!!!
凄まじい衝撃波が伊豆基地を襲い、地下執務室の天井からパラパラとコンクリートの破片が降り注いだ。照明が赤く反転し、非常警報の音量が跳ね上がる。
「な、何事ですか!? 衝撃の出処は!?」
『ほ、報告します! 伊豆基地上空にノイエDCのアーマードモジュール(AM)部隊が急襲! 現在、我が基地の滑走路および司令部に向けて、容赦ない飽和爆撃が敢行されています!!』
「……は?」
ゼニの笑顔がピキリと凍りついた。
ホログラムの戦術マップに目をやると、伊豆基地を包囲するように展開しているのは、まぎれもないノイエDCの最新鋭AM「ガーリオン」や「バレリオン」の群れ。そして、その機体の製造ロット番号は、ゼニが昨日「裏の融資決済」の書類で承認したばかりの、まさに**【我がゴールドミラー社の出資金(現物アセット)そのもの】**であった。
「ま、待ち、待ち、待ち、待ち、待ちなさいーーーーーっっっ!!!???」
ゼニの金色の瞳が、怒りと恐怖で激しく裏返った。
「何をしているのですか、あのアホのベンチャー企業(ノイエDC)の現場の連中はーーーッ!! 私が現在、表の顔として滞在し、ゴールドミラー・プライムを格納しているこの極東支部(聖域)を、ピンポイントで爆撃してどうするのですか!! 自爆営業にも程があります!! 顧客満足度(スポンサー配慮)が完全にゼロでしょうがァァァ!!」
裏でどれほど完璧なマネーロンダリングを行い、絶対不敗のポートフォリオを組もうとも、現場の末端パイロットたちに「ゼニ・ゴールドミラーは身内(金主)だから攻撃するな」という情報が届くはずがなかった。匿名性を最優先にした結果、**「自分がカネを出して作らせた最新鋭のロボットに、自分が今いる場所を全力で爆撃される」**という、最悪のミスマッチ(自業自得)が発生したのである。
「おのれノイエDC……! 経営陣の末端への社員教育は一体どうなっているのですか! スポンサーの顔に泥を塗るだけでなく、物理的に爆弾(不良債権)を叩き込んでくるとは、ビジネスの風上にも置けません!!」
ゼニは髪を猛烈に掻き毟ると、パイロットスーツに飛び込み、エレベーターを駆け上がってゴールドミラー・プライムのコックピットへと滑り込んだ。
L5戦役の保険金で完璧にオーバーホールされた純金の巨神が、怒りの駆動音を響かせる。
一方、ハガネの格納庫では、出撃準備を急ぐキョウスケやリュウセイたちが、通信回線から流れるゼニの錯乱した絶叫を聞いて、完全に白い目を向けていた。
「……おい、リュウセイ。あのゴールドミラー顧問、また始まったぞ。今度はノイエDCを相手に『自爆営業だ』ってキレ散らかしてるぞ……」
アルトアイゼンのコンソールを調整しながら、キョウスケが呆れたように呟く。
「相変わらず何言ってるかサッパリ分かんねえな、あの成金オヤジ! でも、あのキンキラのオーラ、L5の時よりさらに怒りでヤバくなってねえか!?」
R-1のシートで、リュウセイが目を輝かせる。
「フン……。裏で何をやっているかは知らんが、自分の命(アセット)が脅かされて本気になった俗物の力、利用させてもらうぞ」
ライが冷徹に、しかし微かに笑みを浮かべてR-2パワードの出力を上げた。
彼らは誰も知らない。ゼニがノイエDCの黒幕の一人であることを。ただ、「あの金ピカのオヤジがキレて暴れているうちは、ハガネの物資は絶対に切れない」という、世界一不健全な信頼感だけが、彼らの闘志を支えていた。
「どきなさい! 出資者の顔も忘れて暴れる恩知らずな不良債権(ノイエDC)ども!! 我がゴールドミラー社の現物資産(プライム)の恐ろしさを、その身を以て決算(思い知る)なさい!!」
ハガネ隊の面々が呆れ果てる中、ゴールドミラー・プライムのトロニウム・エンジンが爆発的な黄金のオーラを放ち、伊豆基地の滑走路から天空へと飛び立つ。
前世のチート経験を最悪の形で活かそうとした大富豪の、あまりにも理不尽な「身内への逆ギレ調停(実力行使)」という、誰一人として予想できなかった最悪のテンションで、OG2(インスペクター事件)の初戦の火蓋が切って落とされるのだった。