「お、落ち着いてくれ、フィオナ! 敵の数が増えている! このままでは時流エンジンのデータが!」
「分かっているわ、ラウル! でも、ここで逃げたら今までの研究費も、みんなの努力も全部無駄になっちゃうのよ!?」
爆音とアラートが激しく鳴り響く、テスラ・ライヒ研究所の私設輸送コンボイ防衛線。
ラウル・グレーデンが悲痛な声を上げ、双子の妹であるフィオナ・グレーデンが操縦桿を握り締めながら叫び返す。彼らの側では、生真面目な顔を限界まで強張らせたラージ・モントーヤが高速でキーボードを叩き、ミズホ・サイキが泣き出しそうな顔で機体のコンディションモニターに張り付いていた。
彼らが開発している『エクサランス』、そしてその心臓部たる『時流エンジン』。
ヒュッケバインシリーズの開発計画凍結(バニシング・トルーパー事件)によって、この「向こう側」の世界には、フレームを換装してあらゆる局面に適応するという高汎用コンセプトの機動兵器が皆無だった。だからこそ、エクサランスは連邦軍上層部から「前例のない機能が満載」と表向きは上々の評価を受けていた。
だが、その高い軍事価値ゆえに、彼らは今、最悪の窮地に立たされていた。
襲撃してきたのは、最先端技術の独占・強奪を狙う地球連邦軍の軍閥「連邦非正規部隊」の横流しリオンたち。正規の護衛を任されていたはずの連邦軍部隊は、あらかじめ買収されているのか、救援要請を出しても一向に現れる気配がない。
「ラージ、エネルギー出力が安定しないわ!」「やはりプロトタイプではこれが限界か……!」
包囲を狭めてくる敵リオンの群れ。資金難ゆえに万全なテストも行えぬまま実戦に巻き込まれたグレーデン開発チームの命運は、完全に尽きたかに見えた。
『――おやおや。絶望の淵で損益計算ですか、技術者諸君。それならちょうどいい、最高のビジネスの提案(商談)に参りましたよ』
通信回線に、この戦場には到底不釣り合いな、酷く落ち着いた、そして不敵な男の声が割り込んできた。
直後、敵リオンの群れの背後から、一機の『ゲシュペンストMk-II』が猛烈なスピードで突撃してきた。
装甲はパッチワークのように継ぎ接ぎだらけのボロ。しかし、その動きは狂気じみているほどに無駄がなかった。
ゲシュペンストはリオンが放ったレールキャノンを、最小限のスラスター移動で紙一重で回避。敵の懐に潜り込むと同時に、手にしたメガ・ビームライフルの銃口を、リオンの「コックピットを避けたメインジェネレーター」へと正確に押し当てた。
ゼロ距離での一閃。
凄まじい爆発とともにリオンの推進力が完全に沈黙し、戦闘不能となる。
「な、何者!? 連邦の救援部隊!? でも、あんなボロ機体で……!」
ラウルが目を見開く。
『救援? ハハハ、とんでもない。私はボランティア(慈善事業)で命を懸けるほどお人好しではありません。私の名はゼニ・ゴールドミラー。未だ価値の定まらぬ原石に、適切な投資を行うただの商人(トレーダー)ですよ』
ゲシュペンストは踊るように戦場を駆け抜けていた。
神から授かった『操縦技術』と『戦闘技術』は本物だった。量産型リオンのフレーム特性、装甲の薄いスポット、敵兵たちの型通りの戦術。それらすべてを事前に把握しているゼニにとって、非正規部隊の奇襲を退けるなど、答えの分かっているテストを解くようなものだった。
「チッ、なんだあのボロは! 叩き落とせ!」
色めき立つ敵が3機がかりで襲いかかるが、ゼニのゲシュペンストは予測進路のさらに先を読んで動く。
スラッシュ・リッパーが空中を舞い、リオンの頭部カメラと駆動系を正確に破壊していく。殺しはしない。なぜなら、無傷に近い機体の方が、後でジャンク市場で高く売れるからだ。徹底して「商品を傷つけない」超絶技巧の戦闘。
戦闘開始からわずか数分。襲撃者どもは、すべて物言わぬ鉄屑の山(ゼニにとっては価値ある商品の山)へと成り果て、退散していった。
「嘘……信じられない。あんな機体で、最新鋭のリオン部隊を一人で無力化するなんて……?」
呆然とするフィオナ。だが、ゼニの「本番」はここからだった。
戦闘が終了した瞬間、ゲシュペンストはエクサランスの目の前に着陸。コックピットのハッチが開き、中から端正な顔立ちに酷く冷徹な、しかし金色の野心を瞳に宿した青年――ゼニが姿を現した。
『さて、グレーデン開発チームの皆さん。お命を救ったところで、本題の商談に入りましょう』
ゼニは携帯端末を操作し、彼らのコンソールへ一本の契約書データを転送する。
「商談……? 命を助けてもらったお礼なら、うちの研究所から出せるだけの報酬は……」
ラウルが身構えるが、ゼニはフッと鼻で笑った。
『そんな端金(はしたがね)には興味ありません。私が欲しいのは、あなたたちの技術そのものだ。――「時流エンジン」および「エクサランス」の共同開発権、そして将来的な優先独占使用権。それを、私が買い取ります』
「な、なんですって!?」
フィオナの声が裏返った。ラージも眼鏡を押し上げ、不快そうに眉をひそめる。
「エクサランスと時流エンジンは僕たちの命、そして夢です。いくら命の恩人でも、それを買い取るだなんて――」
『お黙りなさい、そこの眼鏡。私は極めて合理的な救済措置(M&A)を提案しているのです』
ゼニの言葉は、鋭利なナイフのように開発チームの現実を切り裂いていく。
『あなたたちの台所事情はすべて把握しています。表向きは「前例のない機能満載」などと連邦上層部から評価されているが、実際の開発資金援助は来月で完全に打ち切られる。違いますか?』
「っ……!? なぜそれを……!」
ミズホが息を呑む。すべて事実だった。時流エンジンは無限の可能性を秘めているが、あまりにも金を喰うのだ。連邦上層部は、美味い汁だけを吸って彼らを見捨てる算段だった。
『ですが、私と契約すれば話は別だ』
ゼニは不敵に微笑み、指を一本立てた。
『私は、あなたたちの研究に**「無制限の資金」**を提供します。設備、人員、レアメタル、何でも好きなだけ使いなさい。予算の上限は設定しません。時流エンジンを完成させるための、最高のパトロンになってあげましょう。……私はすでに、ジャンク市場と軍の闇ルートを掌握し、小国を買い取れるほどの個人資産を持っていますからね』
ゼニの瞳が妖しく光る。経済知識を組み合わせた彼のマネーゲームは、すでに一兵卒の枠を完全に逸脱していた。
「無制限の資金……!」
ラウルとフィオナが顔を見合わせる。それは喉から手が出るほど欲しいものだった。
『条件はただ一つ。時流エンジンの完成後、その使用権の第一位は私(ゼニ・ゴールドミラー)にあること。……フフ、誤解しないでいただきたい。私はこれを大量殺人兵器にするつもりはない。兵器とは、より効率的に「富」を生むためにこそ使われるべきですからね』
ゼニの本当の狙いは、その先にある。
(――この後、この技術を狙って「シャドーミラー」の本格的な襲撃が来る。さらに謎の存在の介入によって、時流エンジンは暴走し、こいつらは全員「こちら側(正史の世界)」へ強制転移させられる運命だ。ならば、最初からフィオナのエクサランスの筆頭スポンサーになり、特等席を買い取っておいた方が、安全かつ確実に未来の利益を独占できる)
さらに、この世界のテスラ・ライヒ研究所の地下深くには、ビアン・ゾルダークが遺した遺産――『DGG(ダイナミック・ゼネラル・ガーディアン)』が眠っているという情報もある。
(シャドーミラーの襲撃時、地下のDGGを強引に奪取し、フィオナの時流エンジンを組み込む。そして襲撃の混乱を利用して、「こちら側」へ逃げ切る。……よし、計算は合う!)
「……分かったわ。あなたの投資、受け入れるわ。ラウル、ラージ、ミズホ、背に腹は代えられないわよ!」
フィオナが意を決して叫び、ラウルも渋々頷いた。
「……ただし、変なことに使ったら、承知しないからな!」
『フフ、交渉成立だ。では共同経営者諸君、さっそく次の実験(投資)の準備にかかろうじゃないか』
ゼニは満足げに契約書の承認ボタンを押した。
黄金の野心を胸に秘め、ゼニは次なる獲物――シャドーミラーの主力部隊、そして地下に眠る前例なき巨神を手中に収めるための、冷酷なカウントダウンを始めるのだった。