「――何が『前例のない機能』だ。上層部の連中、調子のいいことばかり言って……!」
テスラ・ライヒ研究所、第4開発ハンガー。
ラウル・グレーデンは、メインコンソールに叩きつけられた地球連邦軍からの最新の査定報告書(リポート)を睨みつけ、悔しさに奥歯を噛み締めていた。
そこには、冷酷な文面でこう記されていた。
『時流エンジンは着目に値するが、それを差し引いても機体が不安定過ぎる。よって、本年度の追加開発予算の承認は見送るものとする』
「ひどい、ひどすぎるわ……! 元々は人命救助(レスキュー)のために設計していたフレームを、軍の援助を受けるために無理やり戦闘用(機動兵器)に再設計させられたのよ!? 出力が不安定になるのは当たり前じゃない!」
フィオナ・グレーデンが、組み上げ途中のエクサランス・フレームを見上げて涙ぐむ。
チーフ・メカニックのミズホ・サイキも、スパナを握ったまま肩を落としていた。
「ごめんなさい、みんな。私の設計が甘いせいで……。レスキュー用の高出力駆動系と、時流エンジンの予測不能なエネルギー循環を、一つの人型兵器に完璧に同調させるなんて、今の私たちの予算じゃとても……」
「客観的に見て、連邦軍の評価は極めて妥当、かつ冷酷ですね」
ラージ・モントーヤが眼鏡のブリッジを押し上げ、感情の消えた声で告げる。
「時流エンジンという『金の卵』は欲しいが、それを包む『殻(エクサランス)』が不良品(スクラップ)では投資する価値がない、と切り捨てられたわけです。僕たちの研究は、ここで完全に行き詰まりました」
重苦しい絶望がハンガーを支配する。
連邦軍という巨大な資本(パトロン)にハシゴを外され、彼らは完全に破産寸前の泥舟に立たされていた。
『――素晴らしい。じつに素晴らしい設計思想(ポートフォリオ)だ!』
突如、ハンガーのスピーカーから、パチパチと場違いな拍手の音が響き渡った。
ラウルたちが驚いて振り返ると、ハンガーの搬入口から、高級なスーツに身を包み、金色の瞳を不敵に輝かせた青年――ゼニ・ゴールドミラーが、悠然たる足取りで歩いてくるのが見えた。
「ゼ、ゼニさん!? いつからそこに……!?」
ラウルが声を上げる。先日の襲撃から彼らの実質的な「雇い主(暫定スポンサー)」となった男だが、その本意は未だに掴めていなかった。
「最初から聞いていましたよ、グレーデン代表」
ゼニはミズホの設計図面が映るモニターの前に歩み寄り、愛おしそうにその画面を指でなぞった。
「連邦軍の無能どもは、この機体を『不安定な欠陥品』と評したそうだが……これだから役人の市場調査(リサーチ)はあてにならない。彼らは兵器の『単体での耐久値』しか見ていない。だが、商人(トレーダー)の目は誤魔化せません。このエクサランスというシステムは……極上の資産(プラチナチケット)だ」
「な、何をおっしゃっているんですか?」
ラージが不審げに目を細める。
「さっきも言った通り、この機体はフレームが時流エンジンの負荷に耐えきれず、実戦ではすぐに損壊するリスクを抱えているんですよ?」
「だったら、『壊れたら、その場で捨てて新しい外殻(フレーム)に換えればいい』。ただそれだけのことでしょう?」
ゼニの口から飛び出したあまりにも冷酷、かつ破天荒な言葉に、開発チーム全員が息を呑んだ。
「使い、捨て……!? エクサランスをですか!?」
ミズホが驚愕の声を上げる。
「言葉が悪いですね、ミズホ君。私は『資産の最適化(リスクヘッジ)』と言っているのです」
ゼニは不敵に笑い、懐から高級な葉巻を取り出して火をつけた。
「いいですか? このシステムの真の価値(コア・アセット)は、そこの『時流エンジン』と、あなたたち『パイロットの命』の2つだけだ。これらさえ無事であれば、外側のフレーム(肉体)などいくら傷つき、砕け散ろうとも、資本(金)の力でいくらでも代替品(ストック)を供給できる」
ゼニの金色の瞳が、ラージの理性を射抜くように光る。
「不安定で壊れやすい? ならばそれを逆手に取る。最初から『フレームは使い捨ての消耗品』という前提で、戦況に応じて『ストライカーフレーム』を次々と換装(ミッション・リダイレクト)していく運用思想へシフトするんだ。レスキュー、強襲、砲撃、飛行――コア(エンジンと人間)さえ無傷なら、何度でも新しい資本を纏って戦場にリバイバル(再上場)する。……これほど完璧なリスク分散が効いた機動兵器が、他にあるかね?」
「あ……」
ラージの脳裏に、電流が走った。
「フレームは最悪壊れても、換装すれば問題ない……! つまり、1機の完全無欠な機体を作るのではなく、状況に応じた『消耗品のパーツ』としてエクサランスを定義し直す……。それなら、ミズホのレスキュー思想を殺さずに、時流エンジンの不安定さをシステム全体でカバーできる……!」
「そうよ……! それなら、それぞれのレスキューフレームの特性をそのまま活かせるわ!」
ミズホの顔に、みるみるうちに血色が戻っていく。
ゼニの放った『経済知識』による資産の再定義は、行き詰まっていた天才技術者たちの脳内に、これ以上ない明確な「解答(ビジョン)」を提示してみせたのだ。
「フフ、理解していただけたようで何よりだ。では、ここからは資本家(パトロン)としての私の仕事だ」
ゼニは携帯端末を取り出し、テスラ・ライヒ研究所のメインバンク口座へ、一気に天文学的な数字の資金を転送した。
ピピッ、とハンガーの全コンソールが、見たこともないほどの莫大な「開発予算残高」を表示し始める。
「ゼ、ゼニさん……これ、いくらなんでも桁が多すぎませんか!?」
ラウルが画面を見て、目玉が飛び出さんばかりに驚いている。
「先日のリオンの残骸を闇市場(ブラックマーケット)で最高値で売り捌き、さらに連邦軍の腐敗分子の弱みを握って買い叩いた『余剰資本』ですよ。ミズホ君、その資金で、今すぐあらゆる環境に対応する『ストライカーフレーム』を同時に3種類、いや5種類は並行して量産しなさい。型落ちのゲシュペンストのパーツでも何でも、使えるジャンクは私がいくらでも供給してあげる」
「は、はいっ! 喜んで!!」
ミズホは現金なもので、潤沢な資金の前に満面の笑みで工具へと飛びついた。
「ラウル、フィオナ。あなたたちは私の『最高の商品(エクサランス)』を動かす、唯一無二の専属パイロット(専務取締役)だ。命を大切にしなさい。あなたたちが死ねば、私の投資はすべて『焦げ付き(大赤字)』になる。……フレームなど、私の財布が許す限りいくらでも代わりを用意してやるから、戦場では派手に暴れてきなさい」
「……なんか、言い方はもの凄く腹が立つけど……」
フィオナは呆れ顔を見せながらも、その口元には確かな信頼の笑みが浮かんでいた。
「ありがと、ゼニさん。あなたのその汚いお金、有効に使わせてもらうわ!」
「失敬な。お金に綺麗も汚いもありませんよ。あるのは『価値』だけだ」
ゼニは煙を吐き出し、ハンガーの最奥の闇を見つめた。
(よし、これで原作通りの『換装型エクサランス』の完成が、俺の資金力によって数倍の速度で加速する。そして……この研究所のさらに地下、ビアン博士が遺した『DGG』のサルベージ計画も、この一般スタッフたちのマンパワーを使えば同時に進められるな)
連邦軍に見捨てられた泥舟の技術者たちは、守銭奴ゼニ・ゴールドミラーという怪物の資本と出会ったことで、世界を揺るがす「最強の換装兵器」へとその姿を変えようとしていた。
「さあ、シャドーミラーでもアインストでも、誰でも来なさい。俺の最高の商品(エクサランス)を、せいぜい高く買い取ってもらうとしようか」
黄金の野心を燃やす男の笑みは、不安定な時流エンジンの緑色の輝きよりも、遥かに怪しく、そして力強くハンガーを照らしていた。