「――何だ、この莫大なエネルギー反応は……!? 時流エンジンの暴走じゃない、外部からの未知のシステム干渉(クラッキング)だ!」
ラージ・モントーヤが、コンソールに映し出された絶望的なエラーコードを前に、悲鳴に似た声を上げていた。
外は地獄と化していた。空間を割って突如として現れた異形の生命体――『デュミナス』の眷属たち。彼らの目的もまた、未完成の時流エンジンだった。
テスト中だったラウルのエクサランス01、そしてフィオナのエクサランス02は、突如として発生した空間の歪み(タイム・タービュランス)の中心で、激しく明滅している。
「ラウル! フィオナ! 駄目よ、エネルギーが逆流して次元の壁が完全に崩壊しかけてる!」
ミズホ・サイキが涙を流しながら叫ぶが、機動兵器のコクピットにいる双子には、もうその声すら届いていない。
「チッ……! 計算が狂ったか!」
研究所の地下格納庫。ゼニ・ゴールドミラーは、パッチワークのゲシュペンストMk-IIのハッチを開け、忌々しげに舌を巻いていた。
ゼニの計画は完璧なはずだった。シャドーミラーの襲撃と次元転移の混乱に紛れ、テスラ・ライヒ研究所の地下に眠るビアン博士の遺産――『DGG(ダイナミック・ゼネラル・ガーディアン)』を強引に強奪(サルベージ)し、エクサランスの時流エンジンと強制融合させて「こちら側(正史の世界)」へ逃げ切る。それが彼の描いた最高のリターン(利益)だった。
だが、デュミナスという「予定外の不確定要素(イレギュラー)」の乱入により、次元転移のカウントダウンが数分も前倒しになってしまったのだ。
「ゼニさん! 早く、早くゲシュペンストを時流エンジンのエネルギーフィールドに滑り込ませて! このままじゃあなただけが取り残される!」
遠くでミズホが必死に手を振っている。
ゼニはゲシュペンストのスラスターを最大出力(マックス)まで噴射し、光の渦へと突進した。
距離にして、あと数百メートル。神業の操縦技術を持ってすれば、コンマ数秒で届くはずの距離。
だが――間に合わなかった。
ピカァァァァァァァッ!!
視界が純白の光に染まる。
激しい空間の収縮音と共に、ラウルの01、フィオナの02、そしてラージやミズホたち開発チームを乗せた輸送コンボイが、文字通り空間から「消滅」した。
彼らが元いた場所には、ただ抉られた大地と、激しいオゾン臭だけが残されている。
「……ハハ。完全に『不渡り』を出してくれたな、グレーデン開発チーム」
ゼニのゲシュペンストは、光が消え去った虚無の空間の手前で、ギリギリのところで制動をかけて停止していた。
あと数秒、いやコンマ数秒。乗り遅れた。最高の商品(エクサランス)も、そのコア(時流エンジン)も、すべては別次元へと「ロスト」してしまったのだ。
「おいおい、笑えない冗談だぞ。俺の先行投資はどうなる? 奴らに融資した天文学的な開発資金は、これで一瞬にして焦げ付き(大赤字)か?」
ゼニはコックピットの中で片手を額に当て、低く笑った。その笑いは、絶望ではなく、脳細胞が次の『利益』を求めて超高速回転を始めた合図だった。
時流エンジンを搭載したDGGを作るという、最初の計画は完全に破綻した。地下に眠るDGGのフレームだけを今ここで掘り起こしたところで、それを動かすだけの超絶的なエネルギー源(パワーソース)が、この研究所にはもう残されていない。
(いや、待てよ……。時流エンジンが使えないなら、代わりに『アレ』を奪えばいいじゃないか)
ゼニの金色の瞳が、闇の中でギラリと妖しく輝き出す。
神から授かった『原作知識』が、この極限状態の中で次なる「最高価値の資産」を導き出した。
(この「向こう側」の世界のタイムラインは、俺の知るOGの正史とは決定的に異なっている。まもなく、最悪の事件が起きる……)
それは、地球連邦軍の最高機密にして、絶対的な決戦兵器『SRX』の崩壊だ。
原作のIF展開。アインストの細胞に肉体を蝕まれ、狂気に狂ったキョウスケ・ナンブ(アルトアイゼン・ナハト)が連邦軍を裏切り、その圧倒的なアインストの力をもって、SRXを木っ端微塵に破壊する。
それは軍にとっては計り知れない損失であり、破滅的な敗北だ。
だが、商人(ゼニ)にとっては違う。
(SRXが破壊されるということは、その心臓部である【トロニウム・エンジン】が、戦場に『ジャンク(廃棄物)』として転がるということだ……!)
トロニウム。時流エンジンにも匹敵する、いや純粋な破壊力と出力においてはこの世界最高峰の超高エネルギー物質。
軍が血眼になって隠匿し、通常であれば一介の商人がどれほどの財力を積もうとも決して手に入らない「絶対的な禁制品(ブラック・アセット)」。
それが、キョウスケの反乱によって、合法的に「誰も所有権を主張できない鉄屑の山」へと変わるのだ。
「フフ……フハハハハ! 素晴らしい! 最高じゃないかキョウスケ・ナンブ! お前がSRXを破壊してくれるというのなら、俺がその死体から、最も美味しい部位(トロニウム)をすべて『サルベージ』してやる!」
ゼニは狂気的な笑みを浮かべ、すぐさまゲシュペンストのコンソールを叩いた。
手始めに、シャドーミラーとの間に結んだ「特別顧問」の回線を開く。彼らの情報網と隠蔽技術(ステルス)を利用し、キョウスケがSRXを強襲するであろうXデーの戦域を特定するためだ。
「投資先の変更(ポートフォリオの再構築)だ。時流エンジンが駄目なら、ビアン博士のDGGに、そのトロニウム・エンジンをぶち込んでやる。時流エンジンを失った損失など、トロニウムの圧倒的出力で完全に相殺(ナンピン買い)して、さらにお釣りが来るぞ」
ゼニのゲシュペンストは、主を失って静まり返ったテスラ・ライヒ研究所の地下から、静かに、しかし確かな殺意と野心を孕んで発進した。
彼らが消えた「こちら側」の世界で、いずれ再会するであろうラウルたちへの手土産としては、これ以上ないほどに凶悪な「超特級の資産」を。
守銭奴ゼニ・ゴールドミラーは、連邦の崩壊と、一人の男の狂気がもたらす「最悪の戦場」を最高の市場(ビジネスチャンス)に変えるべく、闇へと消えていくのだった。