「――ふむ、やはりテスラ駆動のエレメントだけでは、この『怪物』の質量を支えきれんか」
テスラ・ライヒ研究所、最深部。
かつてビアン・ゾルダーク博士が己の最高傑作として設計し、開発途中で放棄された地下秘密ハンガー。そこには、赤と黒の無骨な装甲に身を包んだ、全高五十メートルを超える一機の「巨神」が、無数のケーブルに繋がれて眠っていた。
『ダイナミック・ゼネラル・ガーディアン』第一号機。
後に「武神装攻」と呼ばれることになる特機、ダイゼンガー。
だが、本来あるべき内蔵駆動機関「プラズマ・ジェネレーター」は、ビアン博士の死と共に失われ、代わりに搭載されるはずだったエクサランスの「時流エンジン」は前回の不渡り(ロスト)で藻屑と消えた。
現在、この巨神の胸部はがらんどうの空洞であり、ただの巨大な超合金の塊――いわば「動かない不良在庫」に過ぎなかった。
ゼニ・ゴールドミラーは、ハンガーの管制コンソールに指を走らせ、ホログラフィック・モニターに表示された出力シミュレーションのグラフを眺めていた。グラフの曲線は、どれほどの電力を外部から注ぎ込もうが、起動電圧(クリティカル・ポイント)に達することなく下降を続けている。
「これほどの巨体を、ましてや独自の『換装思想』ではなく『純粋な剣撃による絶対破壊』のみを目的としたフレームを動かすとなれば、並のエネルギーではただの巨大な置物だな。……だが、だからこそ市場(戦場)から回収してきた『彼』の出番というわけだ」
ゼニがコンソールのレバーを引くと、ハンガーの上部クレーンが、重々しい駆動音を立てて動き出した。
クレーンが吊り下げているのは、ゼニの愛機であるパッチワークのゲシュペンストMk-II。その背面に増設された重耐熱コンテナが開き、中から、淡い、しかし空間そのものを歪めるかのような超高密度のプレッシャーを放つ、円筒状のコアが姿を現した。
伊豆基地のスクラップの山から、憲兵の目を盗んでサルベージしてきた唯一無二の独占資産――【トロニウム・エンジン】。
「さて、世界にたった一つしか稼働品が存在しないブラック・アセットだ。これをビアン博士の遺産(DGG)に組み込む。……ふふ、既存の連邦軍の設計思想(SRX計画)に縛られた分配システムなど不要。このたった1基の絶対出力を、この一機のためだけに全量、直接投資(ダイレクト・インジェクション)する」
ゼニの金色の瞳が、コックピットの計器の光を反射して怪しく輝く。
これは、原作の知識を持つ彼だからこそ試みられる、神をも恐れぬ「資産の組み替え(ポートフォリオ・リビルド)」だった。
ガガガガガガッ……!
大型マニピュレーターが慎重に、しかし力任せに、トロニウム・エンジンをダイゼンガーの胸部空洞へと挿入していく。
本来、SRX専用に調整されたトロニウム・エンジンと、ビアン博士が独自の東洋思想と特機技術で設計したダイゼンガーのフレームは、規格が全く異なる。回路を接続した瞬間、ハンガー内に激しい火花が飛び散り、警告の赤色灯が一斉に回転し始めた。
『警告:エネルギー回路の不適合。ジェネレーター内で臨界圧が上昇しています。直ちに換装を中止してください』
「中止? 冗談を言わないでいただきたい。商談において、リスクのないリターンなど存在しない。この程度の『摩擦』、資本(出力)の力で強引にねじ伏せてみせなさい!」
ゼニは叫び、コンソールのリミッターを次々と解除(クラッシュ)していった。
テスラ・ライヒ研究所の地下全域の電力が瞬時に吸い上げられ、トロニウムの接続用バイパスへと注ぎ込まれる。
ドォン!!
激しい爆発音と共に、ダイゼンガーの胸部装甲の隙間から、それまでの赤と黒の塗装を焼き潰すかのような、まばゆい「黄金の光」が漏れ出した。
トロニウムの超高出力が、ダイゼンガーの内部フレームの隅々にまで行き渡り、無理やりシステムを「こちら側の規格」へ書き換えていく。
ギ、ギギギ……。
動くはずのない、巨大な三指のマニピュレーターが、かすかに、しかし確実に握り込まれた。
「……フフ、ハハハハハ! 素晴らしい! 同調率(シンクロ・レート)が安定していく。SRXのように三機にエネルギーを分配するケチな運用とは違う。一機の特機が、トロニウムの出力を100%独占するのだ。これぞ、我がゴールドミラー社が誇る、世界最高の『暴力アセット』だ!」
ゼニが狂おしい哄笑を上げていると、ハンガーの背後の扉が、重々しくスライドした。
そこに立っていたのは、腕を組み、不敵な笑みを浮かべた男。シャドーミラー特殊任務実行部隊の隊長、アクセル・アルマーだった。
「――ほう。ただのホラ話かと思えば、本当にあの『壊れ物(トロニウム)』を、ビアンの遺産に組み込みやがったか」
アクセルは、ソウルゲインから降りて生身でこの最深部へと足を踏み入れていた。彼の視線は、黄金の光を放ちながら静かに呼吸を始めたダイゼンガーへと注がれている。
「これはアクセル隊長。アポなしの訪問とは、少々礼儀に欠けますね。我が社の最高機密の製造ラインですよ」
ゼニはコンソールから手を離し、優雅に髪をかき上げた。
「見ての通り、新規事業(DGG再起動計画)は順調です。トロニウム駆動型ダイナミック・ゼネラル・ガーディアン。この一機があれば、連邦の残党だろうがアインストだろうが、一撃で市場(戦場)から『損切り(排除)』できます」
アクセルはフン、と鼻で笑うと、ダイゼンガーの前に歩み寄り、その巨大な質量を見上げた。
「ヴィンデルに報告したぞ、ゼニ。お前が伊豆からトロニウムを盗み出し、テスラ・ライヒの遺産を修復しているとな。ヴィンデルもお前のその『実務能力』には興味を示している。並行世界を渡り、永遠の闘争を作り出す俺たちの計画において、お前の資金力と、その規格外の『商品』は確かに魅力的だからな」
「それは光栄ですね。ヴィンデル・マウザーCEOも、ようやく私の資産価値を正当に査定(評価)してくれたわけだ」
「だがな、ゼニ」
アクセルの声が、一瞬で鋭く、冷徹な軍人のものへと切り替わった。その鋭い眼光が、ゼニを射抜く。
「俺たちはお前を『特別顧問』として仮登録したが、まだ完全に信用したわけじゃない。お前はラウルたちのパトロンだった男だ。そのお前が、時流エンジンを失った途端に俺たちに寝返り、今度は連邦の最高機密を奪ってこんな怪物を造り上げた。……お前の目的は、本当に『戦争という市場での利益』だけか?」
アクセルの背後、ハンガーの入り口には、いつでもゼニを拘束できるように、シャドーミラーの武装兵たちが静かに銃を構えていた。
緊迫する空気。しかし、ゼニ・ゴールドミラーという男が、この程度の脅しで揺らぐはずがなかった。
彼はコンソールに寄りかかり、むしろ楽しげに金色の瞳を細めた。
「アクセル隊長、あなた方は『戦争』を目的としている。平和による腐敗を止め、闘争によって人類をより高いステージへと引き上げるためにね。それはそれで、崇高な企業理念(イデオロギー)だ。だが……」
ゼニは一歩前へ出ると、自身の胸に手を当て、傲然と言い放った。
「私は商人(パトロン)だ。人類の進化だの、世界の変革だのという『目に見えない精神的価値』には、一シリングの価値も認めない。私が求めているのは、常に【最大のリターン】。この泥舟のように沈みゆく世界(向こう側)から、すべての価値ある資産を毟り取り、いずれ訪れる『こちら側(正史の世界)』への転移の門が開いた時、最高のポートフォリオを持って脱出すること、それだけだ!」
ゼニの言葉には、一片の迷いも、偽りもなかった。
彼はシャドーミラーを裏切るつもりもなければ、連邦に味方するつもりもない。ただ、己の利益のためだけに、双方の陣営を最大効率で利用し尽くそうとしているのだ。そのあまりにも純粋で、かつ徹底された利己主義に、アクセルは呆気にとられ、やがて腹の底から笑い声を上げた。
「ハハハハハ! なるほどな! 世界の命運なんぞより、自分の帳簿の数字(リターン)の方が大事ってわけか! 徹底していやがる。いいだろう、ゼニ。お前のような『徹底した悪党』の方が、下手に正義を騙る連中よりもよっぽど信用できる」
アクセルが手を挙げると、武装兵たちは静かに銃を収めた。
「ヴィンデルからの正式な辞令だ。お前をシャドーミラーの臨時特別顧問として本採用する。これから俺たちは、この世界の連邦軍の拠点を順次、制圧していく。お前のその『黄金の資産』、次の戦場でその価値を証明してみせろ」
「ええ、喜んで。我が社の新商品のデモンストレーション、特等席でお見せしましょう」
ゼニは優雅に一礼し、通信を切ったアクセルがハンガーを去っていくのを見送った。
一人残された地下ハンガー。
ゼニは、静かに黄金の光を明滅させるダイゼンガーを見上げ、その口元を歪なほどに吊り上げた。
「さあ、シャドーミラーの軍資金(リソース)と権力を使い、この機体をさらにチューンアップするとしよう。ラウル、フィオナ、そしてミズホ君……お前たちが別次元で時流エンジンのデータを集めている間、俺はこの世界で『最強の暴力』を完成させておく。いずれすべてが交わるその時まで……せいぜい、俺の資産価値(バリュー)を高めておくことだな」
暗闇の中で、トロニウムの放つ黄金の輝きが、守銭奴ゼニの野心をどこまでも深く、冷酷に照らし出していた。