世界最強の俺は、今日も愛弟子の前で冷や汗をかく。~コミュ力最弱な師匠と見初められた不運な少女弟子のドタバタ珍道中~ 作:ねむ。
いやー、良い天気だ。
青い空、青い海。
そして、瞼を閉じてても主張してくる強烈な光。
我が弟子よ、力を気軽に使ったらダメだと――いや、そんなこと一言も言ったことないな。
まぁ、有象無象がどうなろうが知ったことではないわな。
「ししょー! 見てみてー! でっかい魚ー!」
うむ、見えないし見る気はないが、我が弟子は今日も元気で宜しいな。
時々上がる水飛沫――という名の巨大な海水の柱――からは目を逸らして。とにかく、日光浴を満喫する。
俺は今日、誰に見せても恥ずかしくない日焼けをすると決めているんだ。
せっかくの休暇で訪れた、首都から遠く離れた南の島。それも、人の目を気にしないで済む無人島。魔族と魔物の脅威に目を瞑りさえすれば、ここ以上の楽園はない。
ただひとつ。
どうして俺の体に影が差しているのか、これがわからないのだけどね。
「ちょっとエール、リエスに迷惑かけちゃダメよ」
「あーっ! サムルエル様ズルい! 私もししょーにくっつきたいのに!」
頭を持ち上げられて、柔らかいものに置かれる。
なにか心当たりがあるような、ないような、そんな柔らかいもの。気持ちいいから、気にしなくていいのかもしれない。
「ふふ。リエスはちんちくりんな貴方よりも、ワタクシと共に過ごしたいと言っていたわ。ねー、リエス?」
「はー?ししょーがそんなこと言うはずないんですけど?」
ふぅむ、やはり結界を解除して太陽に焼かれるのは気持ちがいい。後頭部の弾力も相まって、すわ天国かと思ってしまう。このまま寝てしまうのもありかもしれないな。
決して。
決して、目を開けるのが怖いとか。
そんなことは、欠片も思っていない。
「ししょーはサムルエル様みたいな年増よりも、私みたいな若い子が好きって言ってましたー!」
「……ふ、ふふふ……貴方みたいなお転婆娘よりも、ワタクシのような大人の魅力がある女性がいいに決まってるじゃない」
「んなっ!?」
おかしいな。
さっきまで、すごく爽やかな良い天気だと思ってたんだけど。
なんか急に空気重くないかな。
「……大人の魅力って言いますけど、サムルエル様ってすぐ顔に出ますよね。そういうところ直した方が、大人の魅力上がりませんか?」
「……ふふふふ……わざとよ、わざと。そういうところで隙を魅せるのが、いい女なのよ。まぁ、小娘にはわからないでしょうけどね」
「あははは……」
「うふふふ……」
これはあれかな。俺が気の利いたこと言った方が丸く収まるかな。
いや待てリエス。ここでなにか発言してみろ。絶対に無事じゃすまないぞ。
もう気配だけでも、魔力の感じだけでも。
相当な修羅場になってしまっているんだぞ。
普通に戦うなら俺が負けるはずないんだが、今はそういう問題じゃない 。どうして、どうしてこんなことになってしまったんだ。
俺はただ、仕事の気晴らしでこの島に来たってのに。
すごく憂鬱な気分だ、まったく。
「……こむす……エール。昔の貴方はもっとお淑やかだったというのに……お姉さん、悲しいわ」
「……おば……お姉さんの教え方がよかったから、じゃないですかね?」
とにかく冷静に、冷静になるんだ。
一旦、この場から離脱することを考えた方が良いかな。
なんてね。
「……あらやだわ、そのお姉さんはよくない教え方をしてしまったのね」
「……大人の余裕とか言って、すごく子供みたいな人ですね」
ふむ、これ離脱するの無理ではないかな。
あ、まずい。
鼻がすごく。
ムズムズする。
「…………言葉の使い方を教えた方が良いのかもしれないわね、小娘」
「…………やれるもんならやってみなさいよ、おばさん」
いや大丈夫だ、そーっと、そーっと風魔法を流せば。
よし、ムズムズはなくなったな。
あとは、どうやってこの場を――。
「あらっ?」
あ、まず――。
「リエス、貴方起きてるわね」
「えっ!?」
あんなに魔力が吹き荒れてたのに、見破られるとは。ふふ、この俺としたことが。もっと魔力制御を磨かなくてはいけないな。
またひとつ自分の課題に気がつけるなんて、まだまだ成長出来る証拠だな。
だが、諦めてたまるものか。
俺はこのまま寝かせてもらうぞ。
今起きたら、絶対に面倒なことになるからな。
「……貴方、寝たフリしようとしてるでしょ」
「……ししょー……」
なんだろう。
見てないし、魔力の波長を感じてるだけなんだけど。
二人の視線が、ものすごく冷たい気がする。
「……いいわよ。貴方がその気ならね」
「……おば……サムルエル様?」
「………………きききききき、きぃ………………」
おかしいな。
冷や汗が止まらなくなってきたな。
これ、起きた方が――。
「……ききき、きぃき……キ、スっ! する、わよっ!?」
「はぁ!?!?」
…………ふむ。
「なに言ってんですか!? 私だってまだししょーとしたことないのに!」
「ここここ、小娘は黙ってなさい! ここ、これはねっ! 大人同士の……その……勝負、なのよ!?」
「これが黙っていられますか!ダメです!そんなの許しません!」
そ、そうだ、いいぞエール――エール・エスティア。
さすが俺の一番――。
「私が先にキスするんですっ! おばさんはそのあとっ!」
「はぁ!? 小娘風情がっ!」
……………………ふむ。
これはどうするのが、正解なんだ。
わからない。
俺には、なにも。
わからない。
「……そうだ、良い事を思いついたわ」
「……なんですか」
なんだろうな、本当に。
俺はすごく嫌な予感がしてるよ。
「……リエスに決めてもらうのよ」
「っ!?」
あーあ。
俺もう知らない。
「……いいわね、小娘」
「……恨みっこなしですよ、おばさん」
「……うふふふふふ」
「……あははははは」
いやぁ、本当にいい天気だ。
日差しが肌を焼く感覚が心地いいね。
体をぺしぺし叩かれてるのは、きっと気のせいだ。
そうに決まってる。
「ほら、起きなさいリエス。全部聞いてるのもわかってるのよ」
「ししょー、おきてくださーい。朝ですよぉ」
聞こえない。なんにも、欠片も聞こえないね。
だって、ここには俺しかいないはずだ。
幻聴が聞こえるなんて、やっぱり疲れてたんだろうな。
さて、寝よう寝よう。疲れは寝て治すものだからね。極上の枕もあることだし、快眠になるはずだ。
「……これ、本当に寝てるんじゃないですか?」
「いいえ、騙されちゃダメよ小娘。この人、寝てるなら確実に自分の周りに結界を張ってるもの。今、それは全部解除されてるわ」
「な、なんと……っ! 私、まだししょーの結界があるかどうかわからないからって! この人って呼び方! なんかいやなんですけど!?」
「ふふ、色んな意味でまだまだね」
「ぐぬぬぬぬ……っ!」
し、ししし、しまった。
いや、いやいやいや、慌ててなんていなななない。
まだ、まだなにか。
まだなにか方法が、あるはず――。
「とにかく。ここまま寝たフリするつもりなら――」
あれ、待って。
なんで今日こんなに嫌な予感がするのかな。
ああほら、カチャリって音が。
「――ワタクシの毒が全部降り注ぐけれど、いいのかしら?」
それは本当にシャレにならない。
「それは本当にシャレにならない」
「ふふふ。おはよう、リエス」
「おはようございます、ししょー!」
「……………………」
落ち着け。
落ち着くんだ、リエス・ルクシエル・マグダニエル。
大丈夫だ、まだ慌てるようなことはない。
幸い、すでに距離は取れてる。
いくらエンビィ――エンビィ・サムルエル・ベラドンナが毒指を装着して臨戦態勢であろうと、この場の地の利はこちらの手にありだ。
遠距離で毒を飛ばしてくるのはなしね。
「あ、ああ。おはよう、二人とも。それにしても、今日はいい天気――」
「ふふ、天気の話はどうでもいいのよ」
もうダメかもしれない。
いいや、諦めるな。諦めなければきっと道は開けるはずだ。過去の偉大な人物たちも、きっとそうやって過酷な道のりを歩いてきたはずなんだ。
よし、なんだかやれる気が――。
「ワタクシとこの小娘、どちらとキスをするのかしら?」
「もちろん私ですよね! こんなおばさんじゃなくて!」
うん、やっぱりダメかもしれないね。
だってほら、二人とも火花散らしてるよ。
サムルエル――エンビィの長い黒髪は魔力でゆらゆら揺れてるし、エールの肩あたりまでの金髪も揺れてる。
ふむ、こうして見ると。
二人とも美人ではあるが、エンビィは垂れ目でおっとりとした印象があるが、実は子供らしくて可愛らしい一面――困ったら毒で辺り一面を腐らせるのが玉に瑕だが、まあ最高位の冒険者なんだから仕方ないだろう。俺もたまに力加減を間違えることがあるから、可愛いもんだな。
逆にエールはつり目で元気いっぱいな頑張りっ子だが、出会った頃からよくぞここまで持ち直してくれたものだと思う。普通の人間よりも少しばかり尖った耳を隠さずに堂々と楽しそうにしてるのが、彼女本来の顔なんだと思うと、涙が出てきそうだ。
そして、なにより。
……………………ふむ。
やはり、エンビィのほうが――。
「……ししょー、失礼なことを考えてるでしょっ!」
「っ!? そ、そそそそ、そんなことはないぞ!?」
「あーっ! やっぱり! なに考えてたんですか!」
エールが俺に近づいて来て、そのまま軽い感じで殴ってくる。
うん、随分と力をつけた。弟子の成長を感じられて嬉しいものだね。でもまだまだ、もっと力を付けてもらわないと行けないな。
最高位のひとつ。
この世界に八つしかない、頂きのひとつ。
俺の序列第一位ルクシエルと、エンビィの序列第六位サムルエル。
そして、エールを座らせるつもりの座。序列第七位、ラディシエルの座と名は、そんな安いもんじゃないんだからね、なんて。
「……リエス、まだ早いわ」
「おっと、エンビィ。キミまで俺の思考を読むのはやめて欲しいもんだな」
「あーっ! おふたりが仲良さそうにっ! むーっ! むーっ!!」
「はっはっはっはっはっ」
よしよし、話題を逸らせたな。
我ながら、自分の才能が恐ろしいもんだ。
「ねぇ、リエス」
「ん? なんだエンビィ」
あれ、この流れ――。
「大事な答え、聞けてないんだけど?」
「そうですよししょーっ! 私とサムルエル様と、どっちとキスをするんですか!?」
「…………はっはっはっはっはっ」
おかしい、どうしてこうなるんだ。
この世界に神はいないのか。
理不尽だ、神がいるなら助けてくれ。
「ししょーっ! 笑ってないでこた――」
ざばぁっと海面が揺れて。
そこから、巨大な魚――いや、街の建物をひとつふたつ悠々と飲み込めるであろう大きさの魚の魔物が。
ちらりと見て、片手で指を弾く。
一瞬で胴体に大穴が開いて。
今、俺の人生がかかった大事なところなんだ。
邪魔をしないで欲しいものだ。
魔力の波長が霧散して、空中に溶けて消えた。
「あら、相変わらずね」
「……さすがししょー」
待てよ。
あの魔物、実は神の使いだったんじゃないか。
俺の窮地に現れたんだ、間違いない。
くそ、俺はなんて罰当たりなことをしてしまったんだ。
居るかどうか分からない神よ、何卒許したまえ。
「……で? どうするのよ?」
「……いや、そんなことよりもだ。エンビィ」
「そんなことってなんですかししょー! 逃げるんですかっ!?」
違うぞエール。
大事なことを思い出しただけだ。
決して逃げてる訳じゃない、本当だ。
「…………お前、仕事はどうした?」
「………………………………あっ」
「………………お前………………」
ふっ、俺の勝ちみたいだな。
最高の一手を放ってしまったようだ。
「だ、だだ、だいじょ……うぶ、よ。アーサーが……やってくれる、わ」
「…………あいつ、そろそろ働きすぎて死ぬぞ」
「…………貴方だってアーサーに任せっきりじゃない」
「……………………この話、やめようか」
「……ミリアリス様……」
空気が、一層重くなった気がするけど、きっと気のせいだ。
間違いない。
なんせ、こんなに晴れてるんだからな。
俺たちの代わりに働いているであろう、アーサー――アルトリウス・ミリアリス・クロスロードに祈りを捧げよう。
仕方ないんだ、彼は序列第二位だからな。
怨嗟の声が聞こえてきたような気がするが、大丈夫。アーサーの恋人は仕事で、仕事の恋人はアーサー。あと、俺が世界の脅威になった時の世界最後の最強の矛であり最硬の盾。
まぁ、そうなっても負けてやるつもりはないが、その時に俺の意識があるかないかは、神のみぞ知るってやつかな。
あれ、やっぱりアーサーって仕事しすぎか。
「ていうか、俺は仕事してるぞ」
「は? 嘘をおっしゃいな。そんな上半身裸で休暇満喫姿のどこが仕事をしてるって?」
ふっ、わかっていないな。
エンビィめ、最高位のひとつに座ってから何年目だっていうんだ、まったく。
俺の苦労が察せられるな。
「ルクシエルの仕事は次代が現れるまで君臨することだ。つまり、俺は今この瞬間も仕事の真っ只中ってわけだ」
「貴方ね……はぁ……ほんと、仕方の無い人」
エンビィが立ち上がって、俺の横に来る。
そのまま、垂れかかってくれば。
………………………………ふむ、なるほどな。
やはり、エンビィ、か。
「……貴方より強い人間なんて、現れるわけないじゃない。ワタクシの、ただ一人の貴方……」
「……エンビィ」
なんだか、不思議と。
エンビィが魅力的で。
その、ぷっくりとした唇から。
目が――。
「ちょーっと待ったーッ!!!!!」
エールが突然、俺とエンビィを引き離して。
はっ、危なかった。
あやうく、流されるところだった。
助かったぞ、愛弟子よ。
「黙って見てればっ! サムルエル様、抜け駆けなんてさいてーですっ!」
「……ちっ、勘のいい小娘ね」
うん、あれだね。
女って怖いね。
「ししょーと最初にキスをするのは私です! そこだけは譲れません!」
「小娘……年功序列って言葉、知らないのかしら?」
「ぷっ、それって自分がおばさんって認めてますよね?」
「この子は……っ!」
あー、空が綺麗だなあ。
「ししょー! どうなんですか!?」
「リエス! どうなのよ!?」
この島に来て、よかったなぁ。
本当かなぁ。
誰か、助けてくれないかなぁ、なんて。
( 'ヮ')<こちらの作品は気晴らしで書いていきます。不定期更新です。