世界最強の俺は、今日も愛弟子の前で冷や汗をかく。~コミュ力最弱な師匠と見初められた不運な少女弟子のドタバタ珍道中~ 作:ねむ。
ふわふわと、浮かんで。
どこまでも、風に流される。
大きく伸びをひとつ。
「はーぁ、よぉく寝たなぁおい」
くるりと体を動かして視界を下に移せば、どこもかしこも緑ばかりの森が広がっていて。
またくるりと振り向けば、どこまでも透き通った空が広がる。
ここは、空の上。
どこまでも自由で、どこまでも行ける、特別な場所。
個人的に、寝るにはうってつけの極上の寝台。
「……あー、腹減ったな。どうすっかねぇ」
森の方を見て、自分の瞳に魔力を流す。すると、遠く離れていることなどお構い無しに細部の足跡だけでなく、魔力の波長に至るまで全てが視える。
俺の、特別な目。これのお陰で何度か良いこともあったもんだから、若い頃から世話になりっぱなしの目だ。
アーサーが言うには、虹色に輝いてて不気味らしいんだが、それをイイ笑顔で言うからたちが悪い。
「お、ありゃ飛竜の……ふむ、飛竜の肉をたらふく食うのもありかもな」
森の中に伸びる青を混ぜ込んだような白っぽい線。
「うん? こんな辺鄙な森に飛竜なんかいたか?」
まあ、自分がどこにいるのかよくわからんけどな、なんて。
何事も死ぬまでの暇潰し。細かいことは全部アーサーがやってくれるだろうから、俺は自由気ままに好き勝手に生きて、好き勝手に死ぬ。
そう、決めてる。
まぁ、だから――。
「なにはともあれ、極上の飛竜の肉とご対面しようじゃねぇか」
体にかかる重力を操作して、そこに風魔法をおまけに。自然と森の方――痕跡のほうに落下していく。
風と同化しているようなこの瞬間が、一番心躍る。
ふわっと羽根のように着地をすれば、そこには――。
「なるほど、誰かが誘引……いや、迷い込んでいた飛竜の討伐か?」
集団が戦っていたであろう痕跡と、焼けこげた木々や草。鼻を突く血の、鉄の匂いもするあたり、それなりの激戦だったようだ。
近くに村か街でもあったかと考えるが、地図など欠片も頭に入っていない。
なんにせよ。魔力の痕跡を視れば、敗走したあとに飛竜に追われているのが明確で。
「たぁく、最近の若いヤツらは飛竜ごときも討伐出来んのか。ギルドの連中はなにしてんのかねぇ」
目を凝らして、痕跡の先を視やれば、激しく脈打つ大きな魔力の持ち主と微かに動く頼りない魔力の持ち主。
どこまでも面倒事の匂いがする。
直感でそう思い、自由な空の旅に戻ろうかと空を見上げた矢先。
――あなたは大きな力を持ってるのよ。
ガシガシと、頭を掻きむしって。
「……たく、貧乏くじは引きたくないんだがね」
心に残る温もり。先に虹の橋を渡って向こう側に行った顔すら思い出せない母のような人。
その人が、見えない顔でずっと微笑んでいる。
「……行くか。せめて飛竜ちゃんの美味しい肉を食わねえと割に合わねえわな」
少しだけ体を浮かせて。
背中に風魔法を爆発させれば、周囲の景色が一瞬で流れていく。途中、木に当たりそうになるが、常に展開してる結界で当たることはない。
我ながら便利なもんを創ったもんだ。
「……はぁっ……はぁっ……」
微かに。
剣が風を切る音と、飛竜の鳴き声。
「……みなさんは……逃げきれたの……かな……っ」
近くの木に隠れて様子を伺えば。木々が倒れて――所々に焼けこげたものもある――円形の闘技場のようになっている場所。
そこに、華奢な冒険者姿の者がひとりと、獲物を愉快に狩ろうとする飛竜が一匹。周りには荷物が散乱していて、冒険者は震える剣先を飛竜に向けている。
「あ、あはっ……わ、私はまだ……やれますよぉ……っ!」
気丈に、必死に、流れる雫を隠すように。
瞳に魔力を流して視れば、残っている冒険者――おそらく女性だろう――を殿にして、他のヤツらは逃げ出したんだとわかる。
魔力の痕跡は、目に見えるものより雄弁に語るものだ。
「……ふむ、囮か」
そう、独りごちれば。
飛竜が爪を振り下ろして、すわ女も終わりかと思ったが。
頼りなかったはずの魔力が、爆発的に膨れ上がって、最初から軌道が見えていたかのように避ける。
「……ほう?」
「……はぁっ……! ……はぁっ! あ、あははっ! ほ、ほら、私はこっち、ですよぉっ!」
足を引きずって、それこそ欠伸が出るような速度だが、たしかに避けた。
貧乏くじかと思ったが、なんだ、思ったよりも良い拾い物が出来るかもしれないな。
そこには、か弱い少女が強大な魔物に襲われている姿がある。
しかし。
俺の目には、空高く羽ばたこうとする雛鳥が、必死に成長しきっていない翼を動かしているように見えて。
自然と、口角が上がる。
「みなさんが……逃げる時間を……私には、それしか……できない、から……っ」
「――――魅せてみな」
まだだ、もう少し。
人間、特に冒険者などという酔狂なことをやってるやつの中には――。
飛竜が、少女を噛み砕こうと、大口を開けて。
――追い込まれたときに、やっと力に目覚めるヤツが、ほら。
魔力が爆発的に膨れ上がって。
少女の背後に、巨大な拳になった光が見えて。
ガアアアアァァァァァッ!!!!
飛竜の片目が貫かれ、それをやってのけた少女は呆けている。
「……アーサー、見つけたぞ」
ここにはいない、友に声をかける。
いや、かけざるを得ない。
かつて長ったらしく説教をしていた、長い髭をたくわえた爺が脳裏に過ぎる。
巨大な質量を持った光を好き勝手に操っていた、誰よりもヒトが好きだと笑っていた爺様。
その後継が、ようやく。
世界に響いた『鐘の音』と、少し時を置いて響いた『角笛の音』。長らく探したが、こんなところにいるとは。
これも、なにかの運命ってやつなのかね。
飛竜が激昂し、喉奥に溜めていた炎を座り込んだ少女に吐き出そうとする。本来であれば、そのまま少女は為す術なく灼かれて灰になるだろう。
だが、ここには。
冒険者の最上位、序列第一位の俺がいる。
なにより、こんなに良いものを魅せられて、そしてようやく見つけたんだ。
次代の、第七位を。
長らく空席のままだった、ラディシエルの座と名を、受け継ぐ者を。
周囲の空間を固定して、飛竜の動きを止めてやる。
パチパチパチと、拍手をしながら木陰から少女に歩み寄る。
「よぉ、嬢ちゃん。いいもん魅せてもらったよ」
「……ぁえ……?」
「はっはっ!驚かせてすまんなっ!」
固定された飛竜の首を落として。
そのまま、手際よくバラしていく。
「これから飛竜の肉を食おうと思うんだが、嬢ちゃんもどうだ? 目ん玉飛び出るくらいうまいぞ?」
「………………い、ただき……ま、す?」
「おうよ。ちょいと待ってな」
そのあたりに転がってる木を椅子にして、焚き火を起こす。バラバラにした飛竜の腹と足の肉に削って作った串を刺して焼けば、すぐに肉の焼ける良い匂いが辺りに漂った。
対面に座れと促せば、おずおずと少女は座って。でもすぐ取り乱した。
「あっ! そ、そのっ! 助けてくださって――っ!」
「あー、いらんいらん。堅苦しいのは嫌いなんだ」
「……あ、あぅ……」
焼けた肉を食べるよう促して、俺も一本腹の肉を頬張る。口の中に極上の噛みごたえと、迸る肉汁、そして芳ばしい煙をいっぱい吸い込んだ肉の味が広がって。
さっきとは違う意味で口角が緩んで仕方がない。
視線を前に向ければ、ところどころが裂けたりしているが、黒い外套のフードを被り、安物であろう革鎧を下に着込んだ少女。
フードで口元しか見えないが、そこには歪な三日月を貼り付けたようで、うまいこと笑えていない。
あとは。
……………………ふむ。
まだ子供――今後に期待、といったところか。
それよりも、あの革鎧だ。ギルド支給のものよりも遥かに劣るようだが、本当にこの地域のギルドはなにをしているのやら。
「……んで? 嬢ちゃん名前は?」
話しかければ、彼女はびくりと肩を震わせて。
「あ、あははっ……エール・エスティアと申します……っ!」
「エールか! 良い名前だ。フードは取らねえの? 食べづらくね?」
「あっ……そのっ……これ、は……っ!」
「あー、すまん。訳ありか」
大方予想はついてるが。
顔全体に傷跡があるのか、はたまた――。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
この娘は、俺が育てて十年以上空席だったラディシエルの座に座らせるんだ。そのうち、有象無象のことなんて気にならなくなる。
「はは、うめえだろ? 飛竜の肉は絶品なのよ」
「はじめて……たべまし――あっ!」
風が吹いて。
エールのフードを、吹き飛ばした。
「い、いやっ! み……見ないで、くだ……っ!」
「ほぉう、こいつは……」
そこには、少しだけ尖った耳と。
光を反射する黄金色の髪と。
逆に光を宿して、淡く輝く藍色の瞳。
「嬢ちゃん、ハーフか。なるほど、道理で」
「あっ……あっ……!」
フードを被り直してすぐに逃げようとしていたが、体が上手く動かないのだろう。ただただその場で、体を縮こませていた。
「そんなに怯えるな。別に危害は加えねえよ、逆に納得してんだ」
「……………………」
ガシガシと、頭を掻いて。
「本当だ、俺の名に誓ってお前に危害は加えんよ。だからそんなに怯えるな」
「……しんじられ、ま、せん……っ!」
どうしたものか。
ここで名乗ってもいいんだが、下のやつなら知らないってなるだろうから悪手だろう。
言葉を交わす他ない、か。
ここにアーサーの野郎がいてくれりゃ、話が早かったんだがなぁ。
「事実、今なんもしてないだろう? キミがこれまでどんな扱いを受けてきたのかは想像にかたくないが、俺は誓ってキミに危害を加えん。とりあえず、肉食え肉。冷めたら美味いもんも不味くなっちまう」
「………………………………」
うむ、気まずい。
めちゃめちゃ気まずい。
ここはあれか。
変に気遣うようなことを言うんじゃなくて、直接聞いたほうがいいのか。
わからん。人との会話なんて基本真面目にやってないのが悪いのか。いや、ここにアーサーがいないのが悪いな。間違いない。
「……あー、エールだったか? 仲間はどうした、大方討伐任務とかでここに来たんだろう?」
「………………みなさん、は………………」
「俺としてはお前が囮にされたんだと睨んでるんだが――」
「ちがいますっ!!!!」
やべ、言葉選び間違えたな。
「みなさんはっ! 村に救援、をっ!」
「ふぅむ、随分と時間が経ってるように視えるが?」
「それ、は…………っ」
アーサー、アルトリウス。
我が生涯無二の友よ。
キミに任せてる仕事をほんの少し手伝うから、助けてくれないか。
くっ、イイ笑顔で拒否するあいつの顔しか浮かばん。
「……みなさん、は……ザックスさま、は……っ!」
「…………嬢ちゃんや、キミの階級は?」
またびくりと、肩が震えて。
「………………鉄…………で、す」
「……なりたてか?」
「…………いい、え…………私には、才能がない、と…………」
思わず笑いそうになった。
才能がないなんて、この地域のギルドは随分と怠けた仕事をしてるな。
アーサーには首都に戻った時報告するとして、いやあいつ首都のギルド本部にいるかわからんな。
まあいい、この娘をもらうついでにお灸を据えるのも悪くない。
それに。
この才能の原石に、健気に大空に羽ばたこうとする雛鳥に。
一番低い、なにも得られるものがない階級を渡すなど。
なにより。
ザックスなる者が、鉄級の冒険者を飛竜の討伐に連れ出したなどと。
聞いただけで、腸が煮えくり返りそうだ。
「…………ひっ」
「おっと、すまんすまん。ほぉら、怖くないぞぉ」
しまったしまった。
ついつい殺気が、悪い癖だな。
まぁ、俺の殺気を浴びたところで死ぬわけじゃないんだ。
「んで? そのお仲間……あー、ザックスだったか。そいつのとこに戻りたいのか?」
「は、はいっ! ザックス様も、み、みなさまも! きっと、私を待っていてくれて――」
「そうか、よぉくわかった。俺が連れて行こう」
この娘――エールが体のいい囮、肉壁に使えるって考えていたであろうクズ共の思考がな。
本当に、嫌になるな。
いや、普段仕事をしていない俺が思うのもなんだが。
地方というか、僻地というか。そういう場所はだいたいが腐ってる。ギルド本体もそうだが、そこに所属する冒険者も、すべて。
時々、エールのようなとんでもない才能の持ち主がいるが、だいたいは異端やら化け物として処理されて表に出てこないものだ。
今回はたまたま俺がいたからいいものを。
本当にここに来て正解だったな。
空を漂って風に流されるのも、たまには悪くないってもんだな。
そんな、くだらないことを考えていると、エールが急に立ち上がり――。
「み、見ず知らずの方に、そこまでしていただくことは……ありませんっ! わ、私一人で……もどれ、ますっ!」
「おいおい、待ちな嬢ちゃ――」
――盛大にずっこけた。
「ほーら、言わんこっちゃない。ほら、もう少ししたら連れてってやるからよ。大人しく座っときな」
「……そ……そんなこと……してる、ひま……は……っ」
「俺にはある。だから大人しくしとけ」
「……で、でもっ!」
「『黙って座れ』」
「…………っ!?」
瞬間。
エールの体がなにかに縛り付けられたように、地面に縫い付けられた。
まったく。
随分と強情な子だ、最近の子はみんなこうなのか。
あんまり力を使いたくはなかったけど、仕方ないだろう。ちょっとしたお茶目ってやつだ。
何個目かの串に刺さった肉を平らげて。
肉はまだまだ残っているが、自然に帰るだろうからこのまま放置だ。
野生の魔物やら動物に処理は任せよう。
エールのほうを見遣れば、地面に座りながら俺に光のない目を向けていて。
かなり怖がられてしまったようだ。
「そんな目で見るな。危害は加えてないだろうに」
「…………っ」
「おっと、すまんな。『喋っていい』ぞ」
「……っ!? あ、なた……はっ、なに、もの……なんです、かっ」
さて、なんて答えようか。
素直に正体を明かしてもいいっちゃいいが、それで知らないとか言われたら立ち直れない。なんなら、面白くない。
よし、ここは――。
「通りすがりのおっさんだよ。それ以上でも以下でもない」
「………………」
おっと、視線が極寒だ。
親しみやすさ全開だと思ったんだがな。
「まあ、そんなことはどうでもいいわな」
指をパチンと鳴らして。
彼女のことを空気の膜で覆い、そのまま浮かす。
「なっ!? これ、は……!?」
「どの道、その足じゃ歩けんだろ。連れていくって言ったろ」
急造の椅子から立ち上がって、エールの膜を後ろに連れる。さて、この子の所属先の村に行こう。
うん、まあ目で見てもいいんだが。
「んで、村はどっちだ?」
ここは、エールに聞くのが筋ってもんだろう。
あわよくば仲良くなれるかもしれない。
「………………」
「………………」
ダメかもしれんね。
誰か助けてくれないか。
「…………あっち、です」
「…………おう。揺れないとな思うが、酔ったらすまんな」
見たかアーサー。
俺、若い女の子と最善な会話が出来たんじゃないかな。
彼女が指した方向に向かい、彼女の語る仲間の醜悪な顔と。
この後確実に起こるであろう面倒事からは目を逸らして。
心の中に居る友に、語りかけた。
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「……くしゅっ!」
森の中で、ひとりの男が盛大にくしゃみをしていた。
「ふむ、寒気がするね。これはリエスかな」
短く切り揃えられた金色に輝く髪が風に流され、彼の透き通る青い瞳は空を見上げていた。
「やれやれ、なんだか本当に嫌な予感がする。別の仕事のほうに行くべきだったかな」
白銀に輝く傷ひとつ存在しない甲冑を鳴らし、風にたなびくマントを翻して彼は歩く。
目的地は、とある村のギルド。
彼の仕事は、異常に要求される支援金の調査。
急に締め付けられた胃からは、目を逸らして。
男性は、先を急ぐ。
「まあ、面倒になったらいつもみたいに斬ればいいかな。ふふ、簡単だね」
呟きは風に乗り、次第に消えていった。
( 'ヮ')<最強はだいたい理不尽であってほしい。