世界最強の俺は、今日も愛弟子の前で冷や汗をかく。~コミュ力最弱な師匠と見初められた不運な少女弟子のドタバタ珍道中~   作:ねむ。

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第三話 辺境の村『ダ・ソル』〈Ⅱ〉

 潮風が部屋の中に吹き入れる。

 

 朝日が照らし出す部屋で、窓際の椅子に腰掛ける俺と、アーサー。爽やかな顔で紅茶を楽しむヤツとは裏腹に、俺は椅子に体を預けてぐったりとしているわけで。

 眠い、すごく。

 今すぐにでも寝台に飛び込んで寝てしまいたいくらいには眠い。

 

 これにはちゃんと理由がある。

 昨夜、エールの嬢ちゃんを宿屋――村に唯一あった看板が傾いた海辺に面する潰れてないことが不思議なボロ家――に寝かせて。

 そこから二人で村の周囲の魔物たちを掃討した。途中でなんか命乞いをしていた魔族もいたが、首をはねておいた。

 なにが「危害を加えるつもりはない」だ。魔族は存在自体がこの村の害だから関係ないんだよな。

 

 なんにせよ。

 そこまではよかったのだ、そこまでは。

 

 気がつけば、なぜかはわからないが二人で模擬戦を初めて。

 気がつけば、周囲の地形が変わり。

 気がつけば、朝日が昇っていたから慌てて戻ってきた。

 

 幸いなことに、エールはまだすやすや眠っていたからいいものの。なぜかは知らないが、夜通し働かされた俺は精神的に非常にボロボロだ。猛抗議の上で向こう数十年は休暇を取っても許されるんじゃなかろうか。

 まったく、第一位をここまで働かせるとバチが当たるぞバチが。

 なんのバチが当たるのかは知らんがな。

 

 ていうか、なんでこいつが涼しい顔をしているんだ。

 昨日ボコボコにしたはずだぞ。

 なんで俺の方がへとへとになっているんだ。

 納得いかないぞ。

 

「相変わらず、くだらない事を考えているのかな?」

 

「心を読むな心を。まったく、おちおち考え事すら出来んのか」

 

「リエスがわかりやすいだけだよ」

 

 くそ、こいつはなんで爽やかな笑顔が出来るんだ。

 なんか腹立ってきたな。

 

「たくっ、なにが夜の散歩だよ。朝帰りじゃねえか」

 

「昨夜はついつい熱中してしまったよね。まさかリエスがあそこまで積極的だとは」

 

「抜かせ」

 

 なに楽しそうに笑っていやがるんだ。

 もうこれはあれだな。

 引退するまでの休暇を取っても許されるだろ。

 

「元はと言えばお前が喧嘩を売ってきたんだろうが」

 

「ん? 先に仕掛けてきたのはキミだよね?」

 

「は?」

 

「うん?」

 

 本気で一回わからせないとダメか。

 いや、今まで何度も叩き潰してるはずなんだが――。

 

「……んぅっ」

 

「………………あとでよぉく話し合おうな?」

 

「………………ふふ、そうだね」

 

 少し離れた寝台に寝ていたエールが体を起こして。

 ゆっくりと部屋全体を見回したあと、俺とアーサーの方を見てから小首を傾げた。

 

 手でも振っておくか。

 アーサーも同じこと考えたのか、二人で振ろうぜ。

 

 なんてことをしていれば――。

 

「……ぇっ……………………っ!?」

 

 ガバッと、毛布を吹き飛ばして、俺たちの前に跪いた。

 うん? 跪いた?

 

「あ、あはっ! わ、わたし、はっ! エール・エスティア、とっ!」

 

 ガクガクと、捕食者に睨まれた動物のように震えて。

 

「な、なんでも、しま、すっ! こ、ころさ、ない……でっ!」

 

「……リエス」

 

「……あー」

 

 こりゃ相当だな。

 怖がらせすぎちまったか。

 

「ほら、そんな傅くな。体が痒くなっちまうよ」

 

「い、いえっ! そういうわけ、にはっ!」

 

「いいから立て、ほら」

 

 おずおずと、立ち上がったエールの顔は酷く歪んでいた。ただ、その歪みは俺の思っていた恐怖ではなく――。

 

「お前……」

 

「……ふむ」

 

「あ、あはっ、あははっ」

 

 酷く、壊れかけのガラスのような。

 歪な笑み。

 

「……昨日のことで怖いってわけじゃ、なさそうだな?」

 

「は、はいっ! たしかに、昨日のことは驚きましたし、ザックス様たちのことは悲しいです、けどっ!」

 

 その笑みが一層深まり、口が震える三日月を形成する。

 

「おふたりが、わたしの所有者様、にっ! なるんです、よねっ! あはははっ! わた、わたし、なんでも……します、からっ!」

 

「……アーサー」

 

「……うん」

 

 これは、相当だ。

 異種族とのハーフ、特にハーフエルフは差別が激しいって話は第三位のアーディ――アーカディア・カルシエル・ヴェルデンハイムから聞いてはいた。

 だが、アーサーの働きかけで昔よりはマシになったって話だったはずだ。

 

「……なぁ、アーサー」

 

「すまないね、力不足だ」

 

 さすがに辺境までは手が届いていない、か。

 紅茶のカップを握る指に力が入って割れそうになってやがるな。

 

「……エール」

 

「はいっ! なんでしょうか、所有者様っ!」

 

「……はぁ、所有者様ってのはやめろ。あー、リエスって呼ばせるのはまだ早いか。とりあえずルクシエルでいい」

 

「はいっ! ルクシエル様っ!」

 

 一見、声は元気がいい。

 だが。

 如何せん、震えてる。

 たく、腹が立つな。

 

「……んでだ、昨日のヤツらは仲間って言ってなかったか?」

 

 そう聞けば、ガラスに影が入って。

 

「あっ……そのっ……! 分不相応ながら……わた、し、は……仲間、である、と……」

 

「あー、わかった。もういい」

 

 ゴミクズ共が。

 良くもここまで――。

 

「――リエス」

 

「……ああ、すまん」

 

 危ない危ない。

 アーサーがいなかったらここら一帯消し炭にしていたところだ。

 

「エール嬢、よければここに座りなさい」

 

「えっ……で、すが……わたし、がおふたり、と……」

 

「いいからほら、僕はキミに座って欲しいんだよ」

 

 アーサーが自身の座っていた椅子にエールを座らせ、その足で紅茶を淹れにいく。

 

 ありゃ、そうしてなきゃ剣引き抜いて暴れだしてたな。

 さすが、アーサーは冷静なやつだ。

 

 コトっと、エールの前に湯気を立てる紅茶が置かれて。

 

「飲みなさい。美味しいよ」

 

「あっ……そ、の……」

 

 俺に視線を向けてきたから、頷いてやる。

 震える手で静かに口元まで持って行って、一口飲めば、彼女の瞳から雫が垂れる。

 そりゃそうだよな。

 たく、どこから手をつけりゃいいのやら。

 

「アーサー、この娘の実力を見るって話はあとだあと」

 

「奇遇だね、僕も同じことを考えていたよ」

 

 産まれたての小動物のように震える少女を見遣れば、未だに壊れた笑顔を顔に貼り付けている。

 頭を掻いて。

 

「なぁ嬢ちゃ――いや、エール。お前、歳は?」

 

「……ぁっ、じゅうろ、くに……なりま、す。あ、あはは……」

 

「十六か……親は?」

 

「……………………そ、そのっ」

 

「いやいい。すまんな、配慮が欠けてた」

 

 ちらりとアーサーを見れば、今は鎧を身につけていない手が血が出るんじゃないかってくらい握りしめられて。

 顔は笑っていたが、目が笑っていない。

 こいつ、ブチギレてる時は目元をヒクつかせるんだ。これでもかってくらいヒクついてて、一周まわって面白いまであるな。

 

「で? この村にはいつから?」

 

「……ザックス様……あ、前しょゆ――」

 

「所有者って言葉使うな。いいな?」

 

「ぁっ……そ、その……二年前くらいから、ですっ」

 

「ふむ。アーサー、どう思う?」

 

 アーサーは顎に手を当てて。

 

「村の人たちから、なにか嫌なことはされなかったかい?」

 

「……ぁ、村の方は……とても、親切……で……っ」

 

「……本当かい?」

 

「ほ、ほんと、うですっ!」

 

 目に少しだけ光がある。

 

 白か。

 

「なら、この村は廃墟にしないでいいね」

 

「アーサーくん、俺が飲み込んでるのにどうして言葉にするんだい」

 

「おっと、すまないね。つい日頃の鬱憤がね」

 

 笑いが黒いよアーサーくん。

 抑えてくれよアーサーくん。

 俺だって更地にしたいんだからさ。

 

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 

 どこだ。

 アーサーの献策を無碍にしたバカどもがいるところは。

 俺たちの新しい家族を、種族差っていうくだらない理由で貶めたゴミクズがいるところは。

 見つけ出して生きていることを――いや待てよ。

 

「なぁ、アーサー」

 

「なんだい、我が友よ」

 

 やめろバカ。

 変に鳥肌立つだろ。

 

「……良いこと思いついたんだが」

 

「ふむ、聞こう」

 

「バカども捕まえてさ、アーディのところに送ってやるってのはどうだ?」

 

 アーサーが笑顔のまま、ポンっと手を打って。

 

「それは良い考えだね。能無し共も僕たちの役に立つし、なにより彼に合法的な実験体を渡せる」

 

「だろう? 最近構ってやれてなかったからな。ちょうどいい土産になる」

 

「ふふふふふ」

 

「はっはっはっはっはっ」

 

 はっはっはっはっはっ。

 いやでも待てよ。

 

「……となると、五体満足じゃないとダメ……か」

 

「いや、あの子のことだ。何体か健康体で用意してあげれば、ほかは多少やり過ぎても目を瞑ってくれるよ」

 

「それもそうか。はっはっはっ」

 

「ふふふ、楽しみだね」

 

 ふと、視線をエールに向ければ。

 より一層ガタガタと震えて、顔もどこか青ざめるを通り越して土気色に近づいていた。

 おかしい、俺たちは楽しい会話を楽しんでいたはずなのにな。

 

「ほらアーサー、エールが怖がってるじゃないか。これだから首都勤務の聖騎士様は――」

 

「ふふふふふふ。どこかの誰かさんたちのせいで、ほとんど首都にいることはないんだけどね」

 

 はっはっはっ、こやつめ。

 旗色悪いな、うん。話題を変えよう。

 それにしても、だ。

 

「まさか、お前がここまで怒るとはな」

 

「ん、自分でも少し驚いているよ」

 

 アーサーはそう言いつつ、エールのほうに顔を向けて。

 

「まぁ、本当はこの子の実力を視てから、やろうと思ってたんだけどね」

 

「おまっ……はぁ、まぁお前が一番の壁だと思ってたから助かるけどよ」

 

 こいつ、実は今の状況楽しんでいやがるな。

 ほかのやつらもそうだが、一癖も二癖もあるから、エールが後継ってことは確定しているが認めてくれるかどうかは正直わからなかった。

 なにせ、先代に比べてあまりにも劣るからだ。

 

 まぁ、成長を加味すれば――いや、今のままの実力ならまず無理だわな。

 

 アーサーから意味ありげな視線を投げられて。

 はっはーん、なるほど。

 この俺に頼みか、十倍返しで受け持とうじゃないか。

 

「さて、エール嬢。起きてばかりで、かつ色々ある中で悪いんだけど――」

 

「………………ぁっ」

 

 アーサーの周りがゆらゆらと揺れだし、白銀の魔力が渦を巻く。

 瞳は白銀の輝きを宿し、髪と衣服も意志を持ったかのように蠢き始める。

 

 ふっ、俺の風魔法を使えば髪も服も思い通りって寸法よ。

 アーサーは魔法を使うのがからっきしだからね、こういう威厳的なものは俺のサポートありきよ。

 やっぱり、魔力を纏うならカッコよくキメたいよね。

 

「――少しだけ、僕に付き合っておくれ」

 

 彼は心からの笑みを浮かべて。

 

「――我が名は、アルトリウス・『ミリアリス』・クロスロード。坐する席次は第二位」

 

 腰に佩いた剣――数打ちの何の変哲もない鉄剣――をその場に突き刺し、口上を述べていく。

 

「――今代の『ミリアリス』より、次代の『ラディシエル』たる器へ言の葉を届ける。汝、未だ未熟なり。しかして、汝が魂は確かに我が魂と共鳴したり」

 

 俺たちは魂で繋がる。

 もちろん、力の差はあるし、時代によって『ルクシエル』の席次以外は変わるときもあるが。

 

「――我、汝を『ラディシエル』たる器と認めたり」

 

 俺たちは、仲間であり。

 

「我が剣に誓い、汝が道を共に歩もう」

 

 唯一無二の、家族である。

 

「『――――――――っ!』」

 

 風が吹き荒れ、部屋のものをあれこれ飛ばす。

 エールに宿る魔力が暴れ、彼女の『ラディシエル』たる魂が一瞬だけ姿を現した。

 

「お前なぁ……」

 

「はは。ありがとう、リエス。おかげで、かっこよくキメられたよ」

 

「俺よりもかっこよくキメてるんじゃねぇよ、たく」

 

 こいつは本当に、おいしいところを持っていきやがって。

 さて、これからどうするかね。

 一番やってほしいって思ってたことも、アーサーがしれっとやってくれたわけだしな。

 

「……あ、あの……っ!」

 

「ん、おう。どうしたエール」

 

 胸に手を当て、最初に見たときよりかは幾分かマシな表情をしている彼女を見遣る。

 アーサーも近くで、すっげえ生温かい目を向けてるあたり、完全に身内認定してやがるな。

 けっ、父親面しやがってよ。こいつを見つけたのは俺だってのによ。

 

「おふたりは……その……っ」

 

「おう」

 

「……どういった方々……なの、で……ぁっ、すみませんすみませんっ! 無知ですみませんっ! すてな――」

 

「待て待て待て待て」

 

 この娘、落ち着いたかと思ったら一瞬で瞳から光が消えるんだけど、どうすればいいのかな。

 俺、わかんなくなってきたよ。

 

「ほら、泣くな泣くな。俺たち……っていうか、お前も実質そうなんだが――」

 

「リエス、僕が説明するよ」

 

 アーサーが膝をついて、エールと目線を合わせる。

 

「あっ、ごめんなさいっ! 私も――」

 

「エール嬢はそのままでいいよ。気にしないでね」

 

 手を重ねて、エールが落ち着けるように笑みまで浮かべてやがる。

 かーっ、こういうときのこいつ、ほんとよくないよな。

 うん、間違いなくよくない男だ。今まで何人の女を泣かせてきたんだ。

 

「僕たちは、そうだね。少し難しいから、今全部を理解しようとしないでいいよ」

 

「……は、はぃ」

 

「うん、良い子だね」

 

 テーブルに肘をついて、窓の外を眺める。

 憎たらしいほどに良い天気だな、おい。

 

「僕と、リエス。そして、他の『源始八坐』の子たちに。キミもだ。いわば世界に直接繋がっている、特別なヒトなんだ」

 

 アーサーは語る。

 

「魂――ヒトを形成する、最も根源的なものが、そのまま世界の真理のひとつになってる。僕で言えば、ヒトを守護すること、とかね」

 

 そういえばそんなものもあったな。

 あ、鳥が海の魔物に食われたな。

 そういや、海の魔物間引いてなかったな。

 

「これからキミは、きっとリエスと共に他の子たちにも会いに行くことになる。でも、これだけは覚えておいて」

 

 この話が終わったら、アーサー連れてちょいと海の魔物間引くか。

 暇つぶしにもちょうどいい。

 エールは、アーサーの承認で魔力持ってかれてるだろうから置いてくかな。

 

「僕たち『源始八坐』は、魂で繋がった家族だ。みんな、それぞれだけど。最後にはキミのことを、必ず歓迎すると思うよ」

 

「……か、ぞく……」

 

「うん、家族だ。まあ、表向きはギルドに所属する最高位冒険者ってことになってるんだけどね」

 

 視線を戻せば、びっくりするくらい優しく笑うアーサーに、それを呆然と見るエール。

 ぷっと吹き出して。

 

「こらリエス。笑うところじゃないよ」

 

「すまんすまん、お前があまりにも似合わねえ顔してるからよ」

 

「キミねぇ………………」

 

 あやっべ、怒らせたか。

 

「………………ちょうど、鬱憤を晴らしたかったんだ。リエス、喜んで付き合ってくれるよね?」

 

「はっ、どの口がほざきやがる。また俺にぼこぼこにされてえのか?」

 

「ふふふふ、今日こそはその首落としてあげるよ」

 

「はっ! よく吠えた。海でヤるぞ。ついでに魔物を間引く」

 

 アーサーが鎧を着込みに部屋を出て、俺とエールが残される。

 あいつ、これを狙ったか。

 

「……ぁ、ぁの……」

 

「あー、まぁなんだ」

 

 椅子から立って近づけば、彼女は俺を見上げて。

 その頭に、ぽんっと手を押し当てる。

 

「これからはもう大丈夫だ。俺たちが、ついてる」

 

「………………っ!」

 

 部屋の中だってのに、急に大雨か。

 

 傘なんて持ってないんだが、まあいいだろう。

 

 さて、アーサーのやつはどれくらいで戻ってくるのかねぇ。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 暗い部屋に、一か所だけ淡く光が浮かんでいる。

 

 その光の下、影が伸びていて。

 

「うーん、これでもないしなぁ。はぁ……最近、うまいこと実験進まないなぁ」

 

 カチャカチャと、鉄製の道具が重なる音が部屋に響いて。

 

「そろそろ新しい被検体が欲しいよね。コレ、もうだいぶ使い物にならないし」

 

 小柄な体躯に、全身をすっぽりと白衣で覆い、大きな丸メガネをかけた血色の悪い少女――に見える少年が。

 

「どこかにちょうどいいのないかな。ああ、あとそうか」

 

 彼が顔を上げれば、長い黒髪が揺れて。

 

 その顔には、血痕がいくつもついていて。

 

「新しい子も、来たんだよね。はやく逢いたいなぁ」

 

 口元が、ニィっと。

 

 薄く、長く、鮮烈に。

 

 引き伸ばされた。




( 'ヮ')<最後の男の娘はいったい……!あ、もうストックないです。
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