夜になり、月明かりが照らす草原に牙狼族の姿が確認出来る。牙狼族は前回の襲撃では無かった村の防護柵を見て警戒しておりすぐには踏み込んでこなかった
琴音とヴェルドラは村の入り口に立ち、牙狼族と対峙する
「あの程度なら我一人で十分だぞ琴音」
確かにヴェルドラなら問題ないだろう。だが、琴音は牙狼族の様子を見て違和感を覚えていた
「少し、気になることがあるの。ここは私に任せてくれない?」
「む?お前がそう言うなら任せるが、何か分かったのか?」
「まだ確信はない。でも、どうしても確かないといけないことがあるの」
ヴェルドラがいながら森への侵攻を始めた事、こうしてヴェルドラが目の前にいるのに逃げようとしない理由を知らなくちゃいけない。そんな気がする
琴音はそう言って牙狼族に向かって歩き出した
群れのリーダーと思われる額に星のマークがある牙狼族の前まで進む。牙狼族の長はグルルルッ!と低い唸り声を上げて琴音を威嚇する
「そんなに威嚇すると余計にお腹が空くよ?」
琴音の言葉に群れの長が目を見開く
「私には相手の感情を感じ取る能力があるの。貴方達から伝わってくるのは敵意じゃない。強い焦りと飢え……」
琴音は真っ直ぐ牙狼族を見つめる
「どうしてそこまで追い詰められているの?」
牙狼族の長は唸り声を上げたまま答えない。だが、目の前の少女から感じる圧倒的な力。その後ろに立つ人間の姿をした存在が暴風竜ヴェルドラである事も理解していた
逃げる事も叩く事も出来ない。長い沈黙の後、牙狼族の長は観念したように口を開く
「暴風竜ヴェルドラ様の魔力が弱まった事で魔物達の勢力圏が変わった
我らの縄張りにも強力な魔物が流れ込み、獲物を奪われた。このままでは群れが餓死する。だから我らは縄張りを捨て、新たな土地を求めて旅に出た」
どうやらその旅の果てに修羅の大森林に辿り着いたのだろう
「ゴブリン村を襲ったのは?」
「生きるためだ」
迷いのない答えが返ってきた
「仲間が飢えて死ぬのを見る事など出来ない。我らには襲撃する以外の道はない」
「……そっか」
琴音は静かに呟く
これもヴェルドラの封印を解いてしまった影響なのだろう。琴音は振り返り、村長の元へ戻る
「村長、牙狼族は縄張りを追われ、生きるためにここへ来たそうです。でも、村長にとっては息子さんを殺した相手でもあります」
どんな事情があったとしても村長の息子を殺したという事実は変わらない
「だから決めて欲しいんです。このまま牙狼族を追い返すか、それとも牙狼族と共に生きるかを」
琴音の質問に村長は目を閉じ、やがてゆっくりと口を開く
「正直に言えば許せません」
その声には深い悲しみが滲んでいた
「儂は息子を失い、村の者達も傷つけられました」
周囲のゴブリン達も静かに頷き、村長は顔を上げる
「ですが……憎しみだけでは村は守れません
儂らはヴェルドラ様の庇護下に入った者達です。貴方達が牙狼族を受け入れると言うのであれば、儂らも前を剥こうと思います」
村長の答えを聞き、次に琴音は兄を亡くした弟へ視線を向けた
「君はどうかな?」
弟は拳を強く握り締める
「俺は……牙狼族を許せません」
当然と言えば当然の答えだ。兄の命を奪った相手を簡単に許せるはずがない
「俺にもっと力があったら……仇を討ちたいって今でも考えています」
拳を振るわせ、弟は歯を食いしばりながら言葉を続ける
「でも……話を聞いて思ったんです
俺だって、仲間の命がかかっていたら、きっと同じ事をしていたと思います。だから一緒に生きろと言うのであれば俺はそれに従います」
牙狼族を許さないという気持ちを持ちながらも、その感情を飲み込む選択をした弟に琴音はそっと頭に手を置く
「その答えが出せるなら、きっと、兄にも負けない立派な戦士になれるよ」
琴音に褒められて照れくさそうに笑う
ゴブリン達の答えを聞いた琴音は再び牙狼族の前へ歩き出す
「私は暴風竜ヴェルドラの友にして、ゴブリン村の守護者の琴音
牙狼族の者達よ。貴方達がゴブリン達と共存する事を望むなら歓迎しよう。ただし、共存を拒み、再び牙を向けると言うのならこの場から立ち去れ!」
琴音の言葉を聞いた牙狼族の長は琴音を真っ直ぐと見つめる。やがて、ゆっくりと歩き出して琴音の前に行くと牙狼族の長は深く頭を下げると他の牙狼族も頭を下げる
「縄張りを追われた我らを討たず、生きる場所を与えてくださったこのご恩、生涯忘れません!
牙狼族は貴方達に牙を向けぬ事をここに誓います」
牙狼族も共存を受け入れる。双方の考えが一致するとヴェルドラが前へ出る
「うむ!ならば決まりだ!
ゴブリン族も牙狼族もたった今より我の庇護下だ!我の許しなく争う事は許さん!」
その言葉にゴブリン達も牙狼族もヴェルドラに向けて深く頭を下げる
こうして牙狼族襲撃事件は終結し、二つの種族の新たな一歩を踏み出したのであった