無銘の暗殺者   作:悪平等な人外

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前投稿していた作品と書き方変えてみた

2話目以降はまた違う書き方になるかも


無銘の暗殺者

遥か昔。

まだ世界が今よりもずっと荒々しく、理不尽と暴力、そして信仰が、空気のように人々の日常へ溶け込んでいた時代。

王侯貴族も民草も、明日を保証されぬ命を抱えて生き、祈りは救いであると同時に呪いでもあった。

人は神を畏れ、神に縋り、神の名の下に刃を振るった。

そんな時代の闇の中に、ひっそりと、しかし確かに存在していた異形の集団があった。

神を崇め、その教えに命を捧げ、それでいて人を殺すことを生業とする者たち。

敬虔さと血の匂いを同時に纏う、矛盾そのもののような集団。

後に暗殺教団と呼ばれるその組織は、表の歴史には名を残さず、しかし数多の権力者たちの悪夢として、確かにこの世の裏側に根を張っていた。

その教団を束ねていたのは、代々受け継がれる名を戴く長――山の翁(ハサン・サッバーハ)

十八代目の山の翁(ハサン・サッバーハ)が教団を率いていた時代、その閉ざされた共同体に、一人の女が生まれ落ちた。

その女は、生まれた瞬間から周囲の者たちを驚かせた。

赤子とは思えぬほど、その目は鋭かった。

焦点の定まらぬ乳児特有の曖昧さなどなく、まるで生まれたばかりの身でありながら、既に世界を観察し、理解しようとしているかのような眼差しだった。

乳母が顔を覗き込めば、ただ眺め返すのではない。相手の表情、喋り方、動き、そうしたものを一つひとつ見極めるように視線を動かす。

その反応はあまりに理性的で、時に不気味ですらあった。

理解力もまた異様だった。

言葉を覚えるのが早い、などという生易しいものではない。

耳に入った音を記憶し、意味を推し量り、繰り返しを待って確信へ変えていく。

その過程が、普通の子供よりあまりにも早かった。

食事に対しては異様なまでの執着を見せ、水浴びになれば機嫌よくはしゃぎ、年相応に近い振る舞いをした。

そして何より、時折その口から零れる言葉が奇妙だった。

教団で使われる言語でも、周辺の部族の方言でもない。

誰も聞いたことのない、妙に軽快で、しかし意味の取れぬ響き。

乳母たちは顔を見合わせ、不吉なものではないかと囁き合い、ある者は神の祝福だと言い、ある者は悪魔の囁きだと怯えた。

だが、当然ながらそれには理由があった。

その女は、前世の記憶を持っていたのである。

前世の女――いや、前世では男だった。

日本という国に生きる、ごく普通の男子高校生。

特別に秀でた才能があるわけでもなく、かといって何か致命的に劣っているわけでもない。

勉学は平均、運動は平均より少し上。

教室の中で埋もれもせず、かといって主役にもならない。

そういう、どこにでもいる少年だった。

趣味はゲーム。

休みの日には家でコントローラーを握り、スマートフォンを弄り、時には友人と他愛のない会話を交わしながら、くだらないことで笑っていた。

人付き合いもそれなりにこなし、友人関係に大きな悩みもない。

家族との仲も悪くなく、母に頼まれれば買い物に行き、父に呼ばれれば荷物を運び、面倒だと思いながらも家の手伝いを日常の一部としてこなしていた。

劇的な人生ではなかった。

だが、平穏で、ありふれていて、それなりに満たされていた。

そんな人生は、あまりにも呆気なく終わった。

ある日、家の棚の上にある物を取ろうとして脚立を使った。

本当に、ただそれだけのことだった。

特別な事件でも事故でもない、日常の中に埋もれるような些細な行為。

だが、その日、その瞬間だけは運が悪かった。

足を踏み外し、身体の重心が崩れ、床へと倒れ込む。

次の瞬間には激しい痛みが走り、視界が揺れ、家族の叫ぶ声が遠くなっていく。

救急車のサイレンも、慌ただしい足音も、誰かの泣く声も、すべてがどこか水の中から聞こえるようにぼやけていた。

そして、病院へ運び込まれたものの、そのまま息を引き取った。

小説でよくあるような出来事は何もなかった。

死後の世界で神様に会うこともなければ、「次はどんな人生にしたい?」と問われることもない。

異世界転生の特典も、願いを口にする機会すらなく、意識は途切れ――次に目覚めた時には、もう赤ん坊だった。

しかも、性別まで変わっていた。

さすがにそれには戸惑った。

いや、戸惑わない方がおかしい。

知らない場所。

知らない言葉。

知らない人々。

鏡を見ずとも、抱き上げられた時の身体の感覚や扱われ方で、前世とは違うと分かってしまう。

何より、自分の意思では手足すら満足に動かせないという事実が、どうしようもなく不自由だった。

だが、元来の適応力の高さが幸いした。

女――今や女として生まれ直したその存在は、混乱に飲まれ続けることを良しとしなかった。

理解できないなら流れに身を任せ、観察する。

観察したなら学習する。

学んだなら順応する。

そうして少しずつ、しかし、一般の人の数倍速く自分が置かれた新たな環境を受け入れていった。

驚くべきことに、女はこの時代、この共同体に対して、思いのほか早く馴染んでいった。

前世では無神論者だった。

神秘も奇跡も、所詮は創作の中のものとして楽しむ現代人だった。

神頼みをすることもなく、機会があっても本気で祈ることは一度もなかった。

にもかかわらず、この世界では神への祈りが現実の力と結びつき、戒律は単なる精神論ではなく暗殺教団の基盤として機能していた。

清めの作法、食事の前後の祈り、仲間の死を静かに受け入れる冷ややかな倫理観。

そうしたものに、女は反発することなく順応していく。

それは信仰に目覚めたからではない。

ただ、生きるために必要だったからだ。

そして何より、女は環境に合わせることが得意だった。

現代日本の価値観を振りかざしても何一つ意味がないと、理解していたわけでもなく、ただ反発しても何の意味もなく、流れに身を任せた方が面倒がないと知っていた。

だからこそ女は、教団の価値観を否定せず、その中でどう動くべきかを選び取っていった。

転生から数年が経った。

言葉を覚え、歩き、喋り、時には叱られ、信仰心が芽生え、心身ともに成長し、順応し、やがて本格的な教育が始まった。

暗殺者としての教育は、常軌を逸していた。

足音を殺す歩法。

影へ溶ける立ち位置。

呼吸を整え、鼓動を抑え、存在感そのものを薄くする技術。

毒の調合。

肉の裂き方。

骨の折り方。

人間の急所。

夜目の利かせ方。

断食と祈祷による精神統一。

それらすべてが、子供に与える教育としてはあまりにも過酷で、現代人からしてみればあまりにも異常だった。

だが教団の中では、それが当たり前だった。

誰も疑問に思わない。

強くあれ、静かであれ、忠実であれ。

それだけが全てだった。

女もまた、その修練へ身を投じた。

否、投じるしかなかった。

しかし同時に、女はそこに奇妙な既視感を覚え始めてもいた。

やがて女は、教団に伝わる十八人の長――歴代の山の翁(ハサン・サッバーハ)たちが用いたとされる秘術の存在を知る。

さらに、魔術刻印の知識に触れた瞬間、女の中で何かが決定的に繋がった。

衝撃は、雷に打たれたようなものだった。

それらは、前世で女が好んでいた作品群――『Fate』シリーズに登場する設定と、あまりにも一致していたのだ。

最初は似ているだけだと思った。

偶然の一致。

創作によくあるモチーフの重なり。

そう考えようとした。

だが、一つ一致し、二つ重なり、三つ四つと符合していけば、もはや誤魔化しようがない。

これは似ているのではない。

完全に一致している。

その瞬間、女は確信した。

 

――自分は、Fateの世界に転生したのだ、と。

 

そう理解した時、湧き上がったのは、興奮だった。

喉の奥が熱くなるような、抑えきれない高揚。

前世で物語として愛した世界。

英霊たちが召喚され、神代の残滓と現代の人間がぶつかり合う、あの煌びやかで残酷な舞台。その世界の内部に、自分は今、実在している。

そして女は決意した。

山の翁(ハサン・サッバーハ)になる、と。

別に、史実を曲げて教団を存続させたいわけではない。

信仰に人生を捧げたいわけでもない。

いや、信仰はある。

長年教団の中で生活する上で女は信仰心を芽生えさせた。

生前とは違い、信仰が形になる世界。

一度それを実感すれば、確かな信仰心がその身に宿った。

狂信者のそれには及ばぬながら、それでも確かな信仰をその身に秘めていた。

しかし、山の翁(ハサン・サッバーハ)になるのが信仰心の示し方とは思っていない。

信仰の形、対象、行動は人それぞれと思っており、自身の信仰を他者に押し付けることもなかった。

長という立場に憧れていたわけでも、権力を欲したわけでもない。

ただ一つ、純粋な願いがあった。

英霊に会いたい。

この世界で語られる伝説の存在を、この目で見たい。

できることなら、もう一度現代に触れたい。

スマートフォンも、ゲーム機も、電灯も、自動販売機も、コンビニも、平穏の日々も、あのつまらなくも愛おしい日常も。

Fate作品を愛した一人のオタクとして。

そして、確かに現代に生きて死んだ人間として。

その願いは、あまりにも個人的で、あまりにも身勝手で、だからこそ真剣だった。

その日を境に、女は狂気じみた鍛錬を始めた。

元から厳しかった修練は、そこから先、もはや執念に変わった。

夜が明ける前に目を覚まし、祈りを捧げ、走り、刃を振るい、呼吸を整え、意識が途切れそうになるまで魔術の基礎を反復する。

食事の量、睡眠の時間、筋肉の使い方、視線の流し方、獲物へ近づく角度、致命傷を与えるために必要な最小限の力。

女は一つひとつを削り出すように研ぎ澄ませていった。

十八の秘術を再現するため、女は自分の肉体も精神も実験台にした。

失敗すれば吐血し、誤れば神経を焼き、未熟な制御で何度も死にかけた。

それでも止めなかった。

一つの技を掴めば次を求め、次を得ればさらにその先を見据える。

原作に存在する秘術だけでは満足できず、理論を組み替え、発想を飛躍させ、新たな秘術まで編み出した。

暗殺の実績も群を抜いていた。

標的の護衛網を誰にも気づかれず突破し、見張りの視線の死角のみを縫って侵入し、毒殺も絞殺も刺殺も状況に応じて使い分ける。

時には任務のついでに敵対組織の情報を持ち帰り、時には誰も攻略できなかった目標を単独で始末した。

同期たちが一人で一件成功させれば称賛される中、女は淡々とそれを積み上げていく。

結果だけを見れば、次代の長の座は女のものであるはずだった。

長の選抜への準備も万全だった。

技量。

実績。

精神性。

忠誠。

少なくとも表向きには、どこにも瑕疵はない。

女自身も、内心では相応の手応えを感じていた。

だが、結果は違った。

選ばれたのは、同期の女。

後に百貌のハサンと呼ばれることになる存在だった。

その報せを聞いた瞬間、女は騒がなかった。

叫びもせず、取り乱しもせず、ただ静かに理解した。

 

――ああ、やはりそうか、と。

 

胸の内に落ちたのは、絶望というより確認だった。

薄々、気づいてはいたのだ。

教団の長が十八代目であること。

同期の中に、一人の人間としてはあり得ないほど多彩な才を持つ者がいること。

そして何より、自分自身が十八の秘術を扱えるという異常性。

そこから導かれる結論は、一つしかなかった。

自分はFate/strange Fakeに登場する狂信者のアサシン――雪轍のハサンに転生していたのだ、と。

以前から、その可能性は考えていた。

考えた上で、なおも女は抗っていた。

原作の雪轍のハサンは、長にはなれなかった。

だが、自分は違う、と。

前世の記憶があり、鍛錬量も、工夫も、実績も原作以上だ。

ならば世界の定めを捻じ曲げられるかもしれない、と。

確かに駄目なところもあった、教団の人々との交流を疎かにしていたことだ。

最初はまだよかった、天才だと神の子だと、持て囃され、距離はあったものの周りに人はいた。

しかし、鍛錬を重ね、月日を重ねるごとに人々は女の周りから離れて言った。

鍛錬に熱中していた女が気づいた時にはもう遅く、周りに人々はいなくなり、狂信者と恐れられるようになっていた。

しかし、それでも新たな秘術も編み出し、原作の雪轍のハサンのように真正面から戦うことはなく、暗殺者としての実績を十分に残した。

欠点を補って余りある実績もあった。

だが、駄目だった。

まるで抑止力の強制力とでも呼ぶべき、世界そのものの流れが、それを許さなかった。

どれほど技を磨いても、どれほど功績を積んでも、物語の骨格に食い込むほどの変化は起こせない。

自分がどれだけ必死に手を伸ばしても、世界は最初から定められていた史実へと事象を収束させていく。

その現実は、痛かった。

痛かったが、耐えられないほどではなかった。

なぜなら女は、どこかでずっと分かっていたからだ。

世界は個人の願いに優しくない。

そして、物語を愛した者ほど、その残酷さもまた知っている。

落胆はあった。

無念も、悔しさも、確かにあった。

喉の奥に焼けつくような苦味が残り、拳を握れば爪が食い込んだ。

あと一歩、ほんの少し何かが違えば、と何度も思った。

自分の方が優れていたはずだと、そう叫びたくなる夜もあった。

それでも女は、最後には静かに受け入れた。

元より考えていた道があったからだ。

長になれなかった時のためではない。

長になろうがなるまいが、最終的に目指す場所は同じだった。

 

――英霊の資格を得ること。

 

誰かに認められるためではない。

歴史に名を残すためでもない。

ただ、あの高みへ手を伸ばすため。

召喚の座に連なる存在へ至るため。

もし叶うなら、その果てで現代へ、あるいは英霊たちのいる領域へと繋がる何かに触れるため。

そのために、女は生涯を鍛錬へ捧げることを選んだ。

誰にも知られず。

記録にも残らず。

喝采も、名誉も、継承の儀もないまま。

ただひたすらに技を磨き、己を研ぎ澄まし、信仰と執念の狭間で自分という刃を尖らせ続けた。

季節は巡った。

乾いた風が岩肌を撫で、砂塵が舞い、夜の冷気が骨へ染みる。

若さはやがて成熟へ、成熟は静かな老いへと変わっていく。

それでも女の足は止まらなかった。

鍛えた肉体が衰え始めれば、技術で補った。

反応が鈍れば、経験で先を読んだ。

祈りの言葉は次第に深くなり、刃を握る手には無駄な力がなくなっていった。

若き日の激情は薄れても、芯の部分にある願いだけは最後まで摩耗しなかった。

そうして、幾ばくかの年月が流れた、ある日。

その女は、静かに息を引き取った。

劇的な最期ではなかった。

大いなる敵と相討ちになるでもなく、誰かに看取られながら遺言を残すでもない。

ただ、長い修練の果てに、役目を終えた刃が鞘へ収まるように、静かに生命の灯を落とした。

その胸中にあったものが、満足だったのか、無念だったのか。

それは誰にも分からない。

ただ一つ確かなのは、その女が生涯を通して、誰よりもひたむきに「至ろう」としたことだけだった。

人として生まれ、人として死に、けれど人の枠を超えた場所へ手を伸ばし続けた女。

前世の平凡な少年の記憶と、今生の狂信じみた修練を抱えたまま、雪を踏みしめる轍のように、消えぬ執念の跡を魂へ刻み続けた暗殺者。

もしその魂が死後、何らかの形で掬い上げられることがあったのなら。

もしその願いが、世界のどこかで僅かでも届いていたのなら。

その時こそ女は、ようやく望んだ舞台の端へと立つのかもしれない。

英霊たちが集う、あの眩くも残酷な世界の中心へ。

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