現代ダンジョンで成り上がり!   作:ダンジョン厨

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第十話 《攻略指示》

 

 三枝悠真が目を覚ましたのは、再評価試験の二日目が始まる直前だった。

 

 晴人がその報せを聞いた時、彼は訓練室の床に座り、左手だけで訓練用短刀を握る練習をしていた。右腕はまだ固定具に包まれたままで、肩を大きく動かすこともできない。だが、足の魔力循環は少しずつ安定してきている。昨日取得した《基礎魔力循環 Lv.1》と《回避歩法 Lv.1》のおかげか、少なくとも訓練用ドローンの衝撃弾を見てから避けるだけなら、以前よりずっと形になっていた。

 

 それでも、朝比奈紗季の評価は容赦なかった。

 

「動きがまだ素直すぎる。表示を見てから避ける癖が抜けていないわ。実戦だと、表示が出た時にはもう遅い場面もある」

 

「昨日よりは避けられてると思うんですけど」

 

「昨日よりはね。でも、魔物は昨日のあなたと戦ってくれるわけじゃない」

 

「せ、正論パンチ……」

 

「あのねぇ。もしもだとか、たらればだとか、そんなのは実践には関係ないのよ」

 

 朝比奈は端末を操作しながら、淡々と言った。

 晴人は苦笑しつつ、訓練用短刀を構え直した。

 そこへ、医療区画の職員がやってきて、三枝の意識回復を告げた。

 

「面会はまだ短時間のみです。ただ、本人が榊さんに会いたいと」

 

 晴人は思わず立ち上がりかけた。瞬間、右腕の警告端末が鳴る。

 

「榊」

 

「はい。走りません。跳びません。ちゃんと歩きます」

 

「分かっているならよろしい」

 

 朝比奈はそう言ってから、少しだけ目を伏せた。

 

「行ってきなさい。訓練は戻ってから続きよ」

 

「はい」

 

 三枝の病室は、晴人の部屋よりもさらに機材が多かった。

 

 右脚は固定され、身体のあちこちに包帯が巻かれている。顔色も悪い。だが、意識ははっきりしているようだった。晴人が入ると、三枝はゆっくり視線を向けた。

 

「榊」

 

「三枝さん。起きたんですね」

 

「見れば分かるだろ」

 

「それを聞けるくらい元気なら、安心しました」

 

「元気ではない」

 

「ですよね」

 

 晴人が笑うと、三枝は少しだけ口元を緩めた。

 けれど、すぐに真面目な顔になる。

 

「助けられたって聞いた」

 

「俺だけじゃないです。救助隊と、朝比奈さんと、みんなが」

 

「でも、お前が見つけてくれたんだろ」

 

 晴人は少し言葉に詰まった。

 

 礼を言われるかもしれないとは聞いていた。けれど、実際にその場面になると、どう返せばいいのか分からない。

 

「……たまたまです。俺の能力で、少し見えただけで」

 

「たまたまでも、今俺は生きてる」

 

 三枝は天井を見上げ、息を吐いた。

 

「ありがとな」

 

 短い言葉だった。でもそれが妙に嬉しくて、晴人は左手を握った。

 

「はい」

 

「それと、悪かった」

 

「え?」

 

「最初、未発現者が門に入るのかって思った。口にも出した。お前のこと、戦力として見てなかった」

 

「それは事実ですし」

 

「事実でも、全部がそうじゃなかった」

 

 三枝は晴人を見た。

 

「お前は弱い。でも、役に立たないわけじゃなかった」

 

「……褒められてます?」

 

「褒めてる」

 

「初めてのタイプの褒め方です」

 

「慣れろ。探索者は大体、素直に褒めるのが下手だ」

 

「探索者というより、三枝さんが、でしょ?」

 

 揶揄うようにそう言えば、三枝は目線を逸らし、それからため息をついて、観念したかのように眉を下げて笑った。

 

 胸の奥に、少しだけ熱いものが残る。

 弱い。それは間違いない。

 けれど、役に立たないわけではない。

 その言葉は、今の晴人には十分すぎるくらい大きかった。

 

「俺、強くなります」

 

 晴人は言った。

 

「次に誰かを助ける時、ベッドの上からじゃなくても動けるように」

 

 三枝は少しだけ目を細めた。

 

「無茶はするなよ」

 

「最近、そればっかり言われます」

 

「言われるだけのことをしてきたんだろ」

 

「否定できないです」

 

「なら、訓練しろ。お前みたいなのがちゃんと動けるようになったら、強いだろうから」

 

 その言葉に、晴人は目を瞬かせた。

 

 三枝は気まずそうに視線を逸らす。

 

「たぶん、だけどな」

 

「はい。たぶんで十分です」

 

 病室を出た後、晴人は少しだけ廊下で立ち止まった。

 視界に、淡い表示が浮かんでいる。

 

《対人関係記録:三枝悠真》

 

《信頼値:微量上昇》

 

《注:当該項目は戦闘性能に直結しません》

 

「いや、出るのかよ、そういうの」

 

 思わず呟いた。

 すぐ近くにいた久我が、怪訝そうに振り返る。

 

「何が」

 

「いや、今のは忘れてくれ」

 

「お前の能力、だんだん何でもありになってないか」

 

「俺もそう思う」

 

 晴人は苦笑しながら、訓練室へ戻った。

 

 

 

 

 再評価試験の第二項目は、模擬敵性個体への攻略指示だった。

 

 訓練室の中央には、四足歩行型の模擬魔物が三体配置されている。実物の魔物ではなく、星骸質反応を再現した協会製の訓練機だ。外装は黒い装甲板で覆われ、背中には棘に見立てた衝撃発生装置が並んでいる。低級の犬型魔物を想定した機体だが、動きはかなり速い。

 

 晴人の役割は、戦うことではない。

 

 模擬戦闘に参加する久我へ、敵の動き、弱点、危険地点、最適な立ち回りを指示することだった。

 

「つまり、俺が戦って、お前が横から口を出すわけだ」

 

 久我が雷撃用の訓練グローブを装着しながら言った。

 

「言い方に悪意がある」

 

「事実だろ」

 

「攻略支援と言ってほしい」

 

「横から口を出す攻略支援」

 

「悪意が増えた」

 

 朝比奈が二人を見て、短く言う。

 

「久我、今回は榊の指示に従いなさい。自分の判断で動くのは、榊の指示が明らかに遅れた時だけ」

 

「了解です」

 

「榊」

 

「はい」

 

「あなたは久我を自分の手足だと思わないこと。指示を出す相手にも判断がある。全部を支配しようとすると遅れるわ」

 

「分かりました」

 

「あなたの仕事は、答えを押し付けることじゃない。久我が一番良い判断をできるように、情報を渡すこと」

 

 晴人は頷いた。

 それは、今の自分の能力にも通じる話だった。

 表示は問題文。解くのは自分。

 なら、自分が久我に渡すべきものも、命令ではなく、解くための材料なのだろう。

 

 訓練開始の合図が鳴る。

 三体の模擬魔物が同時に起動した。

 

《敵性個体:模擬魔物 A/B/C》

 

《脅威度:低》

 

《久我蓮司:雷撃系固有発現》

 

《推奨:機動戦》

 

 晴人は一瞬で全体を見た。

 

 三体は横に広がっている。中央のAが囮。左右のBとCが挟み込む形。床の右側には訓練機の動作補助用レールがあり、わずかに滑りやすい。久我の雷撃は直線に強いが、連射すると出力が落ちる。

 

「久我、中央は囮! 右に寄りすぎるな、床が滑る!」

 

「了解!」

 

 久我が左へ踏み込む。

 模擬魔物Aが正面から突進。Bが横へ回る。Cはまだ動かない。

 

《危険予測:Bの側面突撃》

 

「左後ろ、B来る! 雷撃は撃たずに足払い!」

 

「注文多いな!」

 

 久我は文句を言いながら、雷撃を撃たずに身体を沈めた。訓練グローブを床すれすれに振るい、魔力で強化した足払いを入れる。Bの脚部が跳ね、姿勢が崩れた。

 

「今、中央に一発!」

 

 久我の右手から、低出力の雷撃が走る。

 模擬魔物Aの頭部に直撃。動きが鈍る。

 

《有効打》

 

《模擬魔物A:機能低下》

 

「効いてる!」

 

「見れば分かる!」

 

「じゃあ右、Cが跳ぶ!」

 

 Cが背中の棘を開き、久我へ跳びかかる。

 久我はそれを見てから避けようとした。だが少し遅い。

 

「前に出て!」

 

「は!?」

 

「下がるな、前!」

 

 久我は一瞬だけ迷い、それでも踏み込んだ。

 Cの跳躍は、後退した相手を捕らえる軌道だった。前へ出た久我の頭上を、黒い機体が通り過ぎる。着地の瞬間、Cの腹部が露出した。

 

「腹、雷撃!」

 

 久我が振り返りざまに撃つ。

 雷撃が腹部に直撃し、Cが停止した。

 訓練室の端で、鑑定局の女性が小さく息を呑むのが聞こえた。

 晴人は止まらなかった。

 

 残りはAとB。Aは機能低下。Bは姿勢復帰中。久我の雷撃出力は少し落ちている。連射は避けたい。

 

《久我蓮司:魔力出力低下》

 

《推奨:近接制圧》

 

「久我、雷撃温存! Aを蹴ってBにぶつけて!」

 

「無茶言うな!」

 

「できる!」

 

「できるって言われたら、やるしかねえだろ!」

 

 久我は床を蹴り、Aの側面へ回り込んだ。魔力を脚へ通し、機能低下したAの胴体を蹴り飛ばす。Aが横滑りし、姿勢を戻しかけていたBに衝突した。

 

 二体の動きが重なる。

 

「まとめて左手!」

 

 久我の左手に雷光が集まる。

 直線ではなく、床を這うような低い雷撃。二体の脚部を同時に焼き、模擬魔物AとBが停止した。

 

 終了音が鳴る。

 訓練室に、一瞬の静寂が落ちた。

 

 久我は息を切らしながら、手を下ろす。

 

「……お前、やっぱ変だわ」

 

「勝ったんだから、まず喜ぼう」

 

「俺、普段より動きやすかったんだけど」

 

「そりゃ良かった」

 

「いや、良かったけど、ちょっと怖い。自分で見えてない死角を、横から全部言われるのめちゃくちゃ変な感じする」

 

 朝比奈が端末の記録を確認した。

 

「戦闘時間、一分四十二秒。久我単独での同条件平均は二分五十八秒。被弾数は平均四に対して、今回はゼロ」

 

 久我が眉を上げた。

 

「そんなに変わります?」

 

「変わったわね」

 

 朝比奈は晴人を見る。

 

「榊、今の指示で意識したことは?」

 

「久我の攻撃を増やすより、無駄撃ちを減らすことです。久我は雷撃が強いけど、連射すると出力が落ちるので、当たる時だけ撃ってもらいました。あと、模擬魔物の動きが久我を後退させる前提だったので、何回か前に出てもらいました」

 

「判断は悪くない」

 

 晴人は少しだけ笑った。

 最近、朝比奈の「悪くない」は、かなり褒めている方だと分かってきた。

 

《条件達成》

 

《スキル:攻略指示 Lv.1 を取得》

 

《危険予測 Lv.1:熟練度上昇》

 

《基礎魔力循環 Lv.1:熟練度上昇》

 

《レベルが上昇しました》

 

 視界に文字が浮かぶ。

 晴人は小さく息を呑んだ。

 

 攻略指示。

 

 自分で戦って得たスキルではない。誰かを動かし、誰かの勝率を上げたことで得たスキルだった。

 

 久我が晴人の顔を見て言う。

 

「また何か取れたな」

 

「分かるのか?」

 

「顔に出てる」

 

「攻略指示ってスキルが出た」

 

「そのまんまだな」

 

「うん。すごくそのまんま」

 

 晴人は左手を握った。

 今までは、生き残るためのスキルだった。

 危険予測。環境利用。急所刺突。回避歩法。基礎魔力循環。

 だが、今度は違う。

 誰かと一緒に戦うためのスキルだ。

 それが、思っていた以上に嬉しかった。

 

「榊」

 

 朝比奈が静かに言う。

 

「あなたの価値は、単独戦闘力だけでは測れない。今の試験で、それが数字として出た」

 

 晴人は朝比奈を見た。

 

「つまり、成長したってことですよね!」

 

「ちょっとね」

 

「またちょっとですか」

 

「ちょっとを積み重ねるのが、あなたのやり方でしょう」

 

 その言葉に、晴人は笑った。

 

「はい」

 

 再評価試験の結果、榊晴人の扱いは正式に変更された。

 等級そのものは、まだD級のまま。

 魔力量、身体強化、耐久、近接戦闘能力の総合値は低く、通常の昇級基準には達していない。だが、協会は新たに彼を「攻略支援適性あり」と記録した。危険予測、魔力流路認識、敵性個体の行動解析、味方探索者への戦術指示。その分野において、晴人はすでに同等級の新人を大きく上回る結果を出していた。

 

 つまり、最下位の未発現者ではなくなった。

 まだ弱い。けれど、使い道がある。

 まだ低い。けれど、上がれる場所に立った。

 

 その日の夕方、訓練室から医療区画へ戻る途中、晴人は支部の掲示モニターの前で足を止めた。

 

 モニターには、探索者協会の任務一覧が流れている。D級門の素材採取。C級門の外周調査。溢出警戒区域の巡回。門圧測定補助。

 

 その中の一つに、新しい任務が追加されていた。

 

【D級門・再調査補助員募集】

【条件:感知、解析、攻略支援適性を有する探索者】

【備考:負傷明け探索者の参加不可】

 

「負傷明け参加不可って、俺のことかな」

 

 晴人が呟くと、隣の久我が即答した。

 

「百パーお前のことだろ」

 

「だよなあ」

 

 晴人は苦笑した。

 行きたい、と思った。

 門へ戻るのは怖い。あの白い区画を思い出すと、今でも背中が冷える。けれど、同時に、自分がどこまでできるようになったのか試したい気持ちもある。

 それを見透かしたように、朝比奈が背後から言った。

 

「焦らない」

 

「まだ何も言ってないです」

 

「顔に書いてある」

 

「みんな俺の顔読みすぎじゃないですか」

 

「あなたが分かりやすいのよ」

 

 朝比奈は掲示モニターを見上げる。

 

「実地復帰は、医療班と監査部の許可が出てから。次に門へ入る時は、あなたが本当に攻略支援として機能するかを見ることになる」

 

「はい」

 

「それまでに、基礎を上げなさい。あなたはまだ、見えているものに身体が追いついていない」

 

「分かってます」

 

 晴人は自分の右腕を見た。

 固定具に包まれた腕。まだまともに使えない。強くなったとは、とても言えない身体。

 

 けれど、視界の端には表示がある。

 

《現在等級:D》

 

《追加評価:攻略支援適性》

 

《次段階目標:実地支援任務への復帰》

 

《推奨訓練:基礎魔力循環/回避歩法/攻略指示/短刀術再訓練》

 

 晴人は笑った。

 

「やること、多いな」

 

 久我が肩をすくめる。

 

「退屈しなくていいだろ」

 

「確かに」

 

 未発現者だった頃、晴人は努力しても先が見えなかった。

 今は違う。

 先は見える。

 遠く、険しく、たぶん何度も転ぶ道だ。

 それでも、見えている。

 なら、進める。

 

 晴人は掲示モニターから目を離し、訓練室の方へ振り返った。

 

「朝比奈さん」

 

「何?」

 

「今日、あと一回だけ循環訓練してもいいですか」

 

「医療班の許可範囲内なら」

 

「範囲内で」

 

「なら、十五分だけ」

 

「ありがとうございます」

 

 久我が呆れたように笑った。

 

「本当に努力バカだな」

 

「バカでも積めば強くなるかもしれないだろ」

 

「まあな」

 

 晴人はゆっくり歩き出した。

 一日二日で強くなれるわけではない。

 

 今日できるようになったのは、少しだけ上手く歩くこと。少しだけ上手く避けること。少しだけ上手く仲間に指示を出すこと。

 

 けれど、その少しは、昨日の自分にはなかったものだ。

 

 だから、十分だった。

 

 榊晴人の成り上がりは、まだ始まったばかりだった。




これにて、一旦第一章完結です。
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