現代ダンジョンで成り上がり! 作:ダンジョン厨
翌日の三人連携訓練は、朝から妙な緊張感の中で始まった。
場所は昨日と同じ装備検証区画。
床には廃ショッピングモール型ダンジョンを想定した可変パネルが配置され、中央には吹き抜けを模した広い空間、左右には店舗跡を再現した遮蔽物、奥にはバックヤードへ続く狭い通路が作られている。
天井の投射装置が薄暗い照明を落とし、床面にはところどころ青白い模擬流路が隠されていた。
晴人は装備ケースの前で、支給された道具を一つずつ確認していた。
星骸短刀。軽量ワイヤー。発音ビーコン四つ。流路照明弾二本。位置マーカー六枚。簡易閃光弾二つ。構造記録端末。
どれも昨日の訓練で触れたものだが、今日はただ使うのではない。久我と御影と一緒に、実地に近い形で運用することになる。
《装備確認:完了》
《右上肢魔力循環:不安定》
《推奨:右腕への負荷を制限》
《支援装備取扱 Lv.1:有効》
表示を見て、晴人は右腕の固定具を軽く叩いた。
「今日も頼むぞ、左手」
その呟きに、隣で準備運動をしていた久我が振り返る。
「右手に謝れよ」
「右手は療養中だから」
「腕に休職制度を作るな」
「復帰したら有給明けくらい丁重に扱う」
「お前、たまに何言ってるか分かんねえな」
久我はそう言いながら、雷撃用の訓練グローブを締め直した。
御影莉子は少し離れた場所で、目を閉じて呼吸を整えている。昨日より顔色は良いが、まだ本調子ではない。
それでも、彼女の周囲には独特の静けさがあった。魔物の気配を読む感知役は、戦闘前の集中の仕方も前衛とは違うのだろう。
朝比奈紗季は訓練室の端で端末を操作していた。今日の彼女は監督役であり、同時に緊急停止役でもある。
実地復帰前の最終確認に近い訓練だと、昨日の時点で聞かされていた。
「全員、準備はいい?」
朝比奈の声が響く。
「はい」
「問題ありません」
「いつでも」
三人が返事をすると、朝比奈は端末から顔を上げた。
「今日の目的は、討伐数ではない。榊の攻略支援、御影の感知、久我の前衛行動。この三つを噛み合わせること。久我、単独で突っ込みすぎない。御影、無理に感知範囲を広げない。榊、全部を指示しようとしない」
「はい」
晴人はすぐに頷いた。
昨日から何度も言われていることだった。
全部を見ようとしない。全部を動かそうとしない。自分の表示は万能ではない。
御影には御影の感知があり、久我には久我の判断がある。
晴人がやるべきことは、二人の動きを奪うことではなく、二人がより良く動けるように情報を渡すことだった。
「榊」
「はい」
「あなたは後衛に立つ。でも、後ろで守られているだけではない。自分が崩れたら、前衛と感知役の両方が危険になる。だから、支援役として最低限、自分の身は自分で守りなさい」
「了解です」
「久我」
「はい」
「榊の指示を待ちすぎないこと。あなたは操り人形ではない。自分で見て、判断して、その上で榊の情報を使う」
「了解」
「御影」
「はい」
「榊の表示と食い違った時は、遠慮なく言いなさい。どちらが正しいかを競う訓練ではなく、危険を絞り込む訓練です」
「分かりました」
朝比奈は全員を見渡し、最後に短く告げた。
「開始」
訓練室の照明が一段落ちた。
廃モールを模した空間の奥で、模擬魔物が三体起動する。四足歩行型が二体。天井付近の暗がりに、小型の虫型ドローンが複数。さらに床面には、踏み込むと姿勢を崩す模擬流路が隠されている。
《敵性個体:四足歩行型 A/B》
《敵性反応:小型群体 六》
《環境危険:床面流路/視界不良/遮蔽物多数》
《支援推奨:味方位置保持》
「御影さん、気配は?」
「正面二。天井に小さいのが六。右奥は空っぽに見えるけど、少し気持ち悪い」
「右奥、構造の反応があります。罠かもしれません。久我、正面二体は見えてる?」
「見えてる。先に右を潰す」
「おっけー。左が囮で、右に行くなら、二歩目で床を踏み抜く。位置マーカー投げます」
晴人は左手で位置マーカーを一枚投げた。
薄い銀色の札が床に貼りつき、久我の視界にも淡い印が出る。
久我はそれを見て、踏み込みの角度を変えた。直後、四足歩行型Bが横から突進してくる。
「雷撃、まだ撃たないで。あと、右前脚の踏み込みがまだ浅い」
「了解」
久我は雷撃を溜めたまま、半身でBの突進を避けた。
すれ違いざまに訓練グローブで前脚を打つ。軽い打撃だったが、狙いが正確だったため、Bの姿勢が崩れる。
「今!」
「言われなくても!」
久我の左手から雷撃が走った。低出力だが、崩れた脚部へ直撃し、Bが停止する。
その瞬間、天井の虫型ドローンが一斉に落ちてきた。
御影が目を開く。
「上、来る」
「流路照明弾、使います」
晴人は細長い筒を床へ投げ、起動した。
青白い光が吹き抜け全体へ広がり、天井近くの魔力反応が淡く浮かぶ。
虫型ドローンの軌道も、床面の模擬流路も、久我と御影の位置も一瞬で重なった。
《流路照明弾:有効》
《小型群体:降下中》
《推奨:発音ビーコンによる誘導》
「ビーコンで右に寄せます。御影さん、右奥の気持ち悪い反応、まだありますか」
「ある。生き物じゃない。でも嫌な感じ」
「なら、右奥には寄せません。左の店舗跡に集めます」
晴人は発音ビーコンを左側の店舗跡へ滑らせた。低い振動が走り、虫型ドローンの一部が軌道を変える。残りはそのまま久我へ向かう。
「全部は無理です。久我、三体だけ来るよ」
「三なら十分!」
久我が床を蹴る。雷撃を広げるのではなく、指先から細く三連射する。三体の虫型ドローンが空中で停止し、残りはビーコンに誘導されて店舗跡へ突っ込んだ。
御影がすぐに言う。
「左、集まった。今ならまとめていける」
「久我、左の店舗跡。床じゃなくて壁ね。壁に流すと反射するから」
「注文の癖が強いな!」
「有効だから受け入れて」
「分かったよ!」
久我の雷撃が壁面を走る。模擬流路に沿って広がった電光が、店舗跡に集まった虫型ドローンを一掃した。
晴人は小さく息を吐いた。
ここまでは順調。
だが、順調すぎる時ほど、何かを見落としている。
視界の端で、右奥の空間が赤く縁取られた。
《警告:未確認構造反応》
《形状:不明》
《起動条件:接近/高出力魔力反応》
晴人はすぐに声を出した。
「右奥、高出力に反応します。久我、そっちへ雷撃を撃たないで」
「了解」
「御影さん、気配は?」
「生き物はいない。でも、薄く震えてる。罠に近いと思う」
「朝比奈さん、右奥の反応、実地でもあり得るタイプですか」
監督位置にいる朝比奈が、わずかに目を細めた。
「訓練中に私へ聞く余裕があるのは良いわ。でも現場では私が答えるとは限らない」
「すみません。自分で判断します」
「続けて」
晴人は右奥を見た。
表示はまだ不安定だ。罠か、構造物か、魔力溜まりか。断定できない。だが、高出力に反応することだけは確かに見える。
なら、近づかない。
攻撃しない。
触れない。
「右奥は封鎖扱いにします。御影さん、気配の抜け道は?」
「左奥のバックヤード。虫型の残りはいない。正面Aが動き始めた」
「久我、Aをバックヤード側へ押さないで。中央で止める。俺がビーコンで向きをずらすから、雷撃は脚だけ」
「了解」
晴人は発音ビーコンをAの左前へ滑らせた。
Aが反応して頭を振る。その一瞬で、久我が踏み込んだ。雷撃ではなく、魔力を込めた蹴りで前脚を払う。Aが膝をつく。そこへ低出力雷撃が一発だけ入った。
Aが停止する。
訓練終了の音が鳴る。
晴人は息を吐いた。
額に汗が滲んでいる。戦っていないのに、妙に疲れていた。支援装備を使い、御影の感知を聞き、久我の位置を見て、床面流路を読み、罠を避ける。処理する情報が多い。
だが、楽しい。
それが不思議だった。
自分が直接倒した魔物は一体もない。それでも、自分の情報で久我が動き、御影の感知と噛み合い、全員が被弾せずに終わった。それが、胸の奥をじんわり熱くする。
朝比奈が端末を確認する。
「被弾ゼロ。支援装備使用三。不要な高出力攻撃なし。右奥の罠領域にも接触なし。初回としては上出来ね」
「やった」
晴人は素直に笑った。
久我がグローブを外しながら近づいてくる。
「動きやすかった。細かい指示は多かったけど、昨日より邪魔じゃないな」
「褒めてる?」
「褒めてる。半分くらい」
「また半分か」
「残り半分は、俺の自力」
「それはそう」
御影も近づいてきて、少しだけ首を傾げた。
「榊くん、私が言った“気持ち悪い”って反応、曖昧なのにすぐ使ってくれたよね」
「御影さんの感知、俺の表示にない情報が多いので。生き物じゃないって分かっただけで、判断しやすくなりました」
「私、ああいう曖昧な言い方しかできない時があるよ」
「十分です。曖昧でも、何もないよりずっといいので」
御影は少しだけ安心したように笑った。
朝比奈は端末を閉じる。
「休憩後、条件を変えるわ。今度は視界不良、通信制限、榊の装備数を半分にする」
「装備、半分ですか」
「実地で全部使えるとは限らないわ。壊れる。落とす。魔力が足りない。だから、少ない手札で回す訓練も必要」
「分かりました」
晴人は頷いた。
嫌ではなかった。
むしろ、ありがたいと思った。
できることが増えるのは嬉しい。
だが、できることが増えた分だけ、それを失った時の動きも覚えなければならない。
門の中では、予定通りにいかないことの方が多い。晴人はそれを、身をもって知っている。
休憩中、三人は訓練室の壁際に座った。
久我はスポーツドリンクを飲み、御影は栄養ゼリーを少しずつ口にしている。晴人は左手で装備ケースの中を整理しながら、さっきの訓練を頭の中で反芻していた。
「榊くん、休憩してる?」
御影が聞く。
「してます」
「装備触ってる」
「休憩しながら復習してます」
「それ、休憩じゃないと思う。ちゃんと頭を休めないと」
久我が横から言う。
「こいつはこういう奴だからな。止めないと永久に基礎訓練するぞ」
「永久にはしない。睡眠は大事だって表示にも出るし」
「能力に生活指導されてる探索者、初めて見た」
晴人は苦笑した。
その時、視界に淡い表示が浮かんだ。
《三人連携:安定度上昇》
《攻略指示 Lv.1:熟練度上昇》
《支援装備取扱 Lv.1:熟練度上昇》
《感知照合:精度上昇》
晴人は少しだけ目を細めた。
派手なレベルアップではない。新しい攻撃スキルでもない。けれど、今の晴人には十分すぎる成果だった。
久我がその顔を見て、すぐに察する。
「また何か出たな」
「連携の安定度が上がったって」
「そんなのも出るのか」
「出た」
「便利だな」
「便利だけど、ちょっと責任も重いな」
晴人は装備ケースを閉じた。
「俺の表示が間違ったら、二人が危ない。だから、見えたものをそのまま言うだけじゃ駄目なんだと思う。御影さんの感知とか、久我の判断とか、装備の情報とか、全部合わせてから伝えないと」
久我は少しだけ真面目な顔になった。
「お前が間違っても、俺は俺で避ける。全部背負うなよ」
「うん」
御影も頷く。
「私も見るし、榊くんだけに任せない」
「ありがとうございます」
晴人は二人を見て、素直に頭を下げた。
その様子を少し離れた場所から見ていた朝比奈が、かすかに口元を緩めた。
休憩後の訓練は、予想以上にきつかった。
照明が落とされ、視界は三メートル先も怪しい。
位置マーカーは三枚のみ。発音ビーコンは二つ。流路照明弾は一本。
通信はノイズ混じりで、久我と御影の声も少し遅れて聞こえる設定になっている。
訓練が始まってすぐ、晴人は情報量の少なさに戸惑った。
表示は出る。だが、昨日までよりも粗い。視界不良と通信制限によって、味方位置の補正が遅れる。御影の声も途切れがちで、久我の動きも一瞬見失う。
《視界不良》
《味方位置:不安定》
《支援装備残数:制限》
《推奨:情報優先度の選別》
情報優先度。
全部は見られない。全部は伝えられない。なら、何を優先するか。
晴人は息を吸った。
「御影さん、魔物の数だけください。種類は後でいいです」
「正面二、左に一。天井、今はいない」
「久我、正面二は見えてる?」
「影だけ!」
「左は俺がビーコンで止めます。正面だけ処理してください。流路照明弾はまだ使いません」
「了解!」
晴人は左へ発音ビーコンを投げた。
見えていない魔物を誘導するのは怖い。だが、御影の感知がある。左に一体。なら、その進路だけをずらす。
ビーコンが起動し、左の影がわずかに逸れた。
「左、止まった」
御影の声。
晴人は頷く。
「久我、正面の右は脚が遅いから、左を先にやろう」
「分かった!」
雷光が走る。
視界の悪さの中で、久我が一体を止める。もう一体が横へ回る。晴人は位置マーカーを投げようとして、手を止めた。今使えば久我の位置は安定する。だが、後で分断された時に足りなくなる。
ここは声で通す。
「久我、右三歩。そこから後退禁止」
「見えねえ!」
「床が切れてて、下がると落ちる!」
「先に言え!」
「今言った!」
久我が踏みとどまる。模擬魔物の突進を肩で受け流し、雷撃を脚部へ流す。停止。
残る左の一体がビーコンから離れた。
御影が短く言う。
「左、来る。速い」
晴人は流路照明弾を握った。
残り一本。ここで使うべきか。
視界は悪い。久我は正面の処理直後で動きが遅れる。御影は後衛。晴人自身は右腕が使えない。迷う理由はない。
「照明弾、使います!」
青白い光が広がる。
左から迫っていた模擬魔物の姿と、床面に走る流路が同時に浮かび上がった。
「久我、撃たなくていい! 御影さん、二歩下がってください!」
「うん」
「俺が誘導します」
晴人は最後の発音ビーコンを足元に落とし、起動した。魔物が晴人へ向く。怖い。訓練だと分かっていても、身体が強張る。
《危険予測》
《推奨:左へ半歩》
晴人は表示より先に、足元の流路を見た。
左へ半歩。そこからさらに、腰を落とす。
魔物が突進する。
晴人は避けた。完全ではない。肩を掠める。だが直撃ではない。魔物はそのまま流路の濃い地点へ踏み込み、脚を滑らせた。
「久我、今!」
「よくやった!」
雷撃が走り、最後の模擬魔物が停止した。
終了音。
晴人はその場に座り込んだ。
今度は本当に疲れていた。頭痛もある。だが、意識ははっきりしている。
朝比奈が近づいてくる。
「最後、自分を囮にしたわね」
「はい」
「危険な判断よ」
「分かっています。でも、装備が残っていなくて、御影さんを下げるには魔物の向きを変える必要がありました。訓練機の速度なら、避けられると思いました」
「実地なら?」
「同じことはしません。魔物の種類と速度を確認してから判断します」
「よろしい」
朝比奈は短く頷いた。
「ただ、回避は悪くなかった。表示に従っただけではなく、床面流路も見ていたわね」
「はい。左へ半歩の後、腰を落とさないと足を取られると思いました」
「その判断はいい。あなたは少しずつ、表示を読むだけではなく、現場を見て動けるようになっている」
晴人は思わず笑った。
「ありがとうございます」
《条件達成》
《スキル:支援機動 Lv.1 を取得》
《回避歩法 Lv.1:熟練度上昇》
《攻略指示 Lv.1:熟練度上昇》
表示が浮かぶ。
支援機動。
晴人はその文字を見て、小さく息を吐いた。
戦うための動きではない。
支えるために、生き残る動き。
今の自分には、それが一番必要だった。
訓練後、医療班の確認を受けた晴人は、軽い疲労と頭痛以外に大きな異常なしと判断された。
その結果を受け、篠宮から正式に通達があった。
「榊晴人さん。医療班、監督探索者、監査部の三者判断により、あなたの実地支援任務への参加を許可します」
晴人は一瞬、言葉を失った。
すぐに、背筋を伸ばす。
「はい。ありがとうございます」
「任務は旧北柏レイクモール跡地に発生したD級門の外周再調査。あなたは攻略支援者候補として参加します。戦闘参加は原則禁止。《NULL/BLADE》の携行も認めません」
「了解です」
「嬉しそうですね」
「嬉しいです」
晴人は即答した。
「怖くないのですか」
「怖いです」
それも即答だった。
「でも、また門に入れるのが嬉しいです。今度は、ちゃんと準備して、役割を持って入れるので」
篠宮はしばらく晴人を見ていた。
やがて、端末を閉じる。
「では、明朝八時に作戦室へ集合してください」
「はい」
その夜、晴人は医療区画のベッドで、支給された装備リストを何度も読み返した。
発音ビーコン。流路照明弾。位置マーカー。構造記録端末。星骸短刀。軽量ワイヤー。
派手な装備は一つもない。
けれど、その一つ一つが、自分の役割を形にしてくれている。
明日、門へ戻る。
あの黒い輪の向こうへ。
怖い。
だが、逃げたいとは思わなかった。
《実地支援任務:参加許可》
《推奨:睡眠》
《支援装備確認:完了》
《基礎魔力循環:安定》
晴人は表示を見て、小さく笑った。
「分かった。寝る」
照明を落とす。
目を閉じる直前、晴人は左手を軽く握った。
死地で拾った力は、まだ分からないことだらけだ。
けれど今は、その力を使って誰かを支える準備ができている。
榊晴人は、明日、攻略支援者として初めての実地任務に向かう。
本日二回行動です。
次話は本日21時に投稿予定です。