現代ダンジョンで成り上がり!   作:ダンジョン厨

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本日二回行動です。


第十四話 再突入

 

 旧北柏レイクモールは、晴人の記憶よりもずっと静かだった。

 

 かつては休日になるたび家族連れで混み合い、駐車場へ入るだけで渋滞ができた大型商業施設も、今では協会の封鎖フェンスと仮設照明に囲まれている。

 褪せた看板にはまだ施設名が残っていたが、その下に並ぶ店舗案内は色褪せ、割れたガラスの向こうでは、誰もいない通路に砂埃が薄く積もっていた。

 

 そして、中央棟の吹き抜け部分に、門があった。

 

 黒い輪のような構造体が、かつてイベント広場だった場所へ斜めに突き刺さっている。

 内側には、現実のモールとよく似た、しかしどこか決定的に違う空間が見えていた。

 明るいはずの吹き抜けは薄暗く、店舗跡には見覚えのない影が揺れ、エスカレーターは途中で途切れている。

 

 晴人は装備ベルトを左手で確かめた。

 

 星骸短刀。発音ビーコン。流路照明弾。位置マーカー。簡易閃光弾。軽量ワイヤー。構造記録端末。

 

 どれも昨日まで何度も触れた。使い方も確認した。

 それでも、門を前にすると重みが変わる。訓練室の模擬装備ではない。ここから先では、判断を間違えれば本当に誰かが傷つく。

 

《実地支援任務を開始します》

 

《状態:軽度緊張》

 

《右上肢魔力循環:制限中》

 

《支援装備:全数確認》

 

《推奨:呼吸を整えろ》

 

 視界の端に浮かんだ表示を見て、晴人は小さく息を吐いた。

 

「呼吸まで見られてるの、便利だけど少し恥ずかしいな」

 

「何か出た?」

 

 隣に立つ御影莉子が、小声で聞いてきた。

 

「緊張してるって出ました」

 

「正直な能力ね」

 

「本人より正直かもしれません」

 

 御影は小さく笑った。

 

 その顔色は、昨日よりさらに良い。

 まだ腹部を庇うような動きは残っているが、感知役としての集中は戻っているようだった。

 彼女は門の内側をじっと見つめ、鼻先をかすめる風を確かめるように目を細める。

 

「中、浅いところに小さい反応が三つ。動きは遅い。奥はまだ読みにくい」

 

「了解です。俺の方は、入口周辺の流路は安定してます。右奥の店舗跡に濃いところがありますけど、今は危険表示なし」

 

「合わせると、入口は安全寄り?」

 

「はい。油断はしませんけど」

 

「それがいいね」

 

 前方では久我蓮司がグローブを締め直していた。今日は訓練用ではなく、実戦用の雷撃制御グローブだ。出力制限は掛けられているが、低級魔物を処理するには十分な性能がある。

 

「榊」

 

「はい」

 

「俺が前に出る。お前は見えたことだけ言え。余計に背負うなよ」

 

「了解。久我も、俺の指示を待ちすぎないように」

 

「急に偉そうだな」

 

「朝比奈さんにそう言われたので」

 

「なら仕方ないか」

 

 久我は軽く笑ってから、門へ向き直った。

 

 朝比奈紗季が全員の装備を確認し、最後に晴人を見る。

 

「榊。今回のあなたの役割は、危険予測、経路確認、支援装備の運用、撤退路の維持。戦闘は久我が担当する。御影は感知。私は監督と緊急対応」

 

「はい」

 

「ただし、門の中では想定外が往々にして起きる。自分の役割に縛られすぎないこと。支援役だから戦わない、ではなく、支援役だから生き残りなさい」

 

「分かりました」

 

「怖い?」

 

 晴人は門の内側を見た。

 

 胸の奥が少し冷たい。あの白い未登録階層の壁。青黒い光。胸に口を持つ魔物。落ちていく感覚。それらはまだ、消えていない。

 

 けれど、足は退かなかった。

 

「怖いです。でも、戻って来られて嬉しいです」

 

 朝比奈は数秒だけ晴人を見て、それから頷いた。

 

「なら行くわよ」

 

 門をくぐる瞬間、世界の温度が変わった。

 

 外の湿った空気が途切れ、代わりに冷たい空調のような風が頬を撫でる。

 足元は白いタイル。天井は高く、三階分の吹き抜けが頭上に広がっている。だが、そこに空はない。

 ガラス屋根の向こうは黒く塗り潰され、星のような青白い光点がゆっくりと流れていた。

 

 ダンジョン内部は、確かに旧北柏レイクモールに似ていた。

 

 だが、似ているだけだった。

 

 エスカレーターは途中で途切れ、上階へ続くはずの通路は壁に飲み込まれている。

 店舗の看板は読めない文字へ変わり、フードコートの椅子は植物の根のようなものに絡め取られていた。

 中央広場にあったはずの観葉植物は、幹だけが異様に太くなり、葉の裏に小さな眼のような斑点をいくつも浮かべている。

 

 晴人は喉を鳴らした。

 

「……思い出の場所が、かなり知らないことになってるな」

 

「探索者あるあるね」

 

 朝比奈が淡々と言う。

 

「昔、ここに来たことがあるんですか?」

 

 御影が聞く。

 

「子供の頃に何度か。映画を観たり、フードコートでラーメン食べたり」

 

「じゃあ、構造は少し分かる?」

 

「現実の構造なら。ただ、こっちはかなり変わってます。右にあったゲームセンターの辺り、壁になってますし、左奥の雑貨屋は通路ごと伸びてます」

 

《構造差異を確認》

 

《現実地形との一致率:四十二%》

 

《支援対象:隊列維持/外周経路記録》

 

 構造記録端末を起動すると、晴人の視界に見える線の一部が端末上の地図へ落とし込まれていく。完全ではないが、進んだ道と危険箇所を記録するには十分だった。

 

「入口周辺、記録開始します。右奥店舗跡に魔力濃度高め。左通路は安定。御影さん、魔物は?」

 

「正面のフードコート跡に三つ。小型。こっちに気づいてはいない」

 

「久我、先に左から回れば避けられるだろうから、倒す必要はないかな」

 

 久我が朝比奈を見る。

 

 朝比奈は頷いた。

 

「今回は外周再調査よ。不要な戦闘は避ける」

 

「了解」

 

 久我が先頭で左通路へ進む。

 

 晴人はその後ろ、御影の少し前に位置取った。

 後衛というには前に近い。だが、支援装備を使うには久我との距離が遠すぎても遅れる。訓練で決めた位置だった。

 

 左通路には、かつて衣料品店が並んでいたはずだ。

 今はシャッターの代わりに、薄い膜のようなものが店舗を塞いでいる。

 膜の内側では、人形のような影が吊るされていた。マネキンかと思ったが、時折指先が揺れる。

 

《警告:擬態反応》

 

《接近非推奨》

 

「左の店舗、入らないでください。マネキンみたいなの、擬態反応があります」

 

「ヤな情報だな」

 

 久我が小さく顔をしかめる。

 

「御影さんは何か感じますか」

 

「生き物の気配は薄い。でも、近づくと起きそう……かな?」

 

「なら封鎖扱いで」

 

 晴人は位置マーカーを一枚、通路の床に貼った。端末上に赤い印が残る。

 

 進む。

 

 広い通路の先で、床が緩やかに傾いていた。本来なら下りエスカレーターがある場所だ。しかし、そこには階段も機械もなく、タイルの床がそのまま波打つように下層へ沈んでいる。

 

《床面変質》

 

《滑落危険:低》

 

《魔力流路:安定》

 

「ここは通れます。ただ、少し滑ります。久我、踏み込み強すぎると足を取られるよ」

 

「分かった」

 

「御影さん、下に反応ありますか」

 

「小さいのが二つ。こっちへ上がってくる」

 

「久我、戦闘を避けるなら右の手すり跡を伝ってって。下でぶつかるより安全だ」

 

「了解」

 

 久我が右側の壁際へ寄る。晴人は流路照明弾を使わず、肉眼と表示だけで床の安全な位置を確認した。ここで装備を消費するほどの危険ではない。

 

 下層へ降りる途中、御影が小さく息を止めた。

 

「右、来る」

 

 晴人の視界に赤線が走るより一瞬早かった。

 

 右側の壁の隙間から、細い獣が飛び出す。

 猫ほどの大きさだが、首が長く、口が縦に裂けている。

 低級魔物。訓練室の模擬魔物よりずっと生々しい。

 

 久我が反応する。

 

 雷撃が走り、魔物の胴を撃ち抜いた。

 

 焦げた臭いが漂う。

 

《敵性個体の沈黙を確認》

 

《御影莉子:感知成功》

 

《久我蓮司:有効打》

 

 晴人は呼吸を整えた。

 

「御影さん、助かりました。俺の表示より早かったです」

 

「よかった。久我くんも速い」

 

「見えてりゃな」

 

 久我はそう言って、周囲を警戒し直す。

 

 晴人は倒れた魔物を見た。

 低級とはいえ、本物だ。訓練機とは違う。

 血のような青黒い液体が床に広がり、星骸質の粒子が淡く漂っている。

 

 門へ戻ってきたのだと、改めて思う。

 

 けれど、身体は止まらなかった。

 

「死骸周辺、残留魔力あり。踏まない方がいいです。右から抜けましょう」

 

「了解」

 

 一行は外周通路を進んだ。

 

 晴人は構造記録端末に危険箇所を落とし込み、御影の感知と照合し、久我の進路を補助した。

 小型魔物との戦闘は二度あったが、どちらも久我が短時間で処理した。

 晴人は一度だけ発音ビーコンを使い、群れの一部を別方向へ誘導した。

 うまくいった。派手な成果ではないが、戦闘数を減らせた。

 

 それが嬉しかった。

 

 何かを倒すより、誰かが傷つかずに済んだことが、今の晴人にはずっと大きかった。

 

《支援装備取扱 Lv.1:熟練度上昇》

 

《感知照合:安定》

 

《外周経路記録:進行中》

 

 やがて、下層のフードコート跡へ出た。

 

 晴人の記憶では、ここにはラーメン屋とハンバーガー店とクレープ屋があった。

 だが今は、カウンターが黒い樹脂のような物質に覆われ、椅子とテーブルが奇妙な規則性で円を描いて並んでいる。

 中央には、ひび割れた噴水のような構造物があり、その底に青白い水が溜まっていた。

 

 御影が顔をしかめる。

 

「ここ、嫌な感じが強い」

 

「俺の表示でも中央の噴水は危険です。星骸質が濃いので、触らない方がいい」

 

《高濃度星骸質溜まり》

 

《接触非推奨》

 

《周辺構造:不安定》

 

 朝比奈が周囲を見渡す。

 

「本来の調査範囲では、ここまで確認できれば十分ね。端末記録は?」

 

「取れています。外周の八割ほど。中央の噴水周辺は封鎖推奨で記録します」

 

「御影」

 

「魔物の気配は、奥にいくつか。近づかなければ大丈夫そう」

 

「なら、ここで引き返す」

 

 朝比奈の判断は早かった。

 

 晴人は頷き、撤退経路を確認する。来た道は記録済み。魔物の再出現反応も薄い。安全に戻れる。

 

 そのはずだった。

 

 構造記録端末の画面が、一瞬だけ乱れた。

 

 同時に、視界の端で、フードコート奥の壁が白く縁取られる。

 

 晴人は息を止めた。

 

 白い。

 

 あの未登録階層で見た、骨のような白。

 

《警告》

 

《未登録構造片を確認》

 

《通常経路との不整合》

 

《接近非推奨》

 

 晴人の背筋に、冷たいものが走った。

 

「……朝比奈さん」

 

 声が少しだけ硬くなる。

 

 朝比奈が即座に反応した。

 

「何?」

 

「奥の壁。白い構造が混じってます。俺が前に飛ばされた場所と、似ています」

 

 空気が変わった。

 

 久我がグローブを構え、御影が目を閉じる。朝比奈は一歩前へ出て、視線だけで奥の壁を確認した。

 

 肉眼では、ただの白っぽい壁に見える。壊れた店舗跡の奥に、改装途中の資材が積まれているようにも見える。だが、晴人には違って見えていた。

 

 壁の奥で、青白い流路が脈打っている。

 

 その表面に、人間の言語ではない文字列が一瞬だけ走った。

 

《権限不足》

 

《接続拒否》

 

《観測対象を確認》

 

 晴人は唇を引き結んだ。

 

「接近しない方がいいです。すぐ撤退した方がいい」

 

「了解。全員、来た道を戻る。久我、前。御影、中央。榊、私の前」

 

「はい」

 

 晴人はすぐに後退しようとした。

 

 その時、フードコートの反対側、上階へ続く吹き抜けの向こうから、人の声が響いた。

 

「おい、こっちだ! 誰かいるのか!」

 

 晴人たちは一斉に振り向く。

 

 久我が眉をひそめた。

 

「人?」

 

 御影が目を見開く。

 

「反応、三つ。人間です。奥に魔物もいる」

 

 朝比奈の顔が険しくなる。

 

「この門に、他の探索者が入っている報告は?」

 

 同行職員はいない。今回の外周再調査は、晴人たちだけのはずだった。

 

 晴人は構造記録端末を確認する。外部通信は弱い。ノイズが混じっている。だが、端末の緊急帯域に、かすかな識別信号が引っかかった。

 

《未登録探索者反応》

 

《協会登録ID:照合中》

 

《救助要請:微弱》

 

 晴人は顔を上げた。

 

「協会登録ID、出ています。正規探索者です。救助要請も、弱いですが拾えます」

 

 朝比奈が短く息を吐く。

 

「別パーティが迷い込んだか、報告外で先行したか。どちらにしても、放置はできないわね」

 

「奥の白い構造、危険です」

 

「分かっている」

 

 朝比奈は晴人を見る。

 

「榊。救助対象までの安全経路は見える?」

 

 晴人は奥を見た。

 

 白い構造片。高濃度の星骸質溜まり。魔物の反応。人の識別信号。いくつもの線が重なり、視界の中で揺れている。

 

 怖い。あの日の光景がトラウマとなってフラッシュバックしてくる感覚。

 

 だが、目を逸らさない。

 

《救助対象:三》

 

《敵性反応:複数》

 

《未登録構造片:接近注意》

 

《推奨:迂回経路を検索》

 

 青い線が、フードコートの右奥からバックヤードへ伸びた。

 

「見えます。正面からは駄目ですが、右奥のバックヤードを抜ければ白い構造に直接触れずに近づけるかもしれません」

 

「危険度は」

 

「高いです。でも、正面よりはずっと低い」

 

 朝比奈は即断した。

 

「救助に向かう。無理なら即撤退。榊、先導ではなく経路指示。久我、前衛。御影、救助対象の反応を追って」

 

「了解」

 

「はい」

 

「分かりました」

 

 晴人は位置マーカーを一枚、撤退経路の入口へ貼った。

 

 帰り道を残す。

 それが支援役として、最初にやるべきことだった。

 

 フードコートの奥で、再び悲鳴が上がる。

 

 晴人は左手で発音ビーコンを握り、青い線が示す右奥の通路へ目を向けた。

 

 実地支援任務は、予定していた外周調査では終わらなくなった。

 それでも、晴人の足は動いた。

 誰かが門の中で助けを求めている。

 

 なら、探索者としてやることは一つだった。

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