現代ダンジョンで成り上がり!   作:ダンジョン厨

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第十七話 観測対象

 

 門外へ出た直後、旧北柏レイクモール前の封鎖区画は一気に騒がしくなった。

 

 救護班が担架を運び、協会職員が救助された探索者たちの登録IDを照合し、別の職員が門の観測機材へ走る。

 仮設照明に照らされた黒い輪は、何事もなかったかのように沈黙していた。

 ほんの数分前まで、その内側で白い構造片が通路を呑み込み、人間を閉じ込めようとしていたなど、外から見ただけでは分からない。

 

 晴人は門外の床に膝をついたまま、しばらく立ち上がれなかった。

 

「榊、聞こえるか」

 

 久我の声が近い。

 

「ああ。聞こえてる」

 

「名前は」

 

「榊晴人」

 

「今日の日付」

 

「それはちょっと自信ない」

 

「そこは頑張れよ」

 

「門の中で日付感覚なくなった」

 

「言い訳としては悪くない」

 

 久我は軽口を叩きながらも、晴人の肩を支えていた。

 抱えていた女性探索者はすでに救護班へ引き渡され、担架で仮設医療テントへ運ばれている。

 久我の腕にも細かい裂傷があったが、本人は気にしていない顔をしていた。

 

 朝比奈が救護班に短く指示を飛ばし、こちらへ振り返る。

 

「榊、立てる?」

 

「少し休めば立てます」

 

「では、休まず担架に乗りなさい」

 

「……はい」

 

 抵抗する余地のない声だった。

 

 晴人が素直に頷くと、久我が小さく笑った。

 

「怒られてやんの」

 

「久我も診てもらえよ」

 

「俺は平気だ」

 

「どう見ても怪我してんのに?」

 

「お前にだけは言われたくねえ」

 

 そのやり取りを聞いていた救護班の職員が、久我にも手当てを受けるよう指示する。

 久我は一瞬だけ不満そうな顔をしたが、朝比奈に見られていることに気づき、すぐに姿勢を正した。

 

「……分かりました。応急処置をお願いします」

 

 晴人は担架に乗せられながら、門の方を見た。

 

 黒い輪の向こうに、あの白い構造片は見えない。

 見えるのは、廃モールに似た薄暗い入口広場だけだ。

 だが、晴人の視界には、まだ薄く表示が残っていた。

 

《未登録構造片:反応消失》

 

《接続履歴:保存》

 

《観測継続》

 

《個体照合:未完了》

 

 観測継続。

 

 その文字が、胸の奥に冷たく残った。

 

 仮設医療テントの中では、救助された三人の処置が優先された。

 

 肩を負傷した探索者は出血こそ多かったものの、命に別状はないらしい。

 門圧酔いを起こしていたもう一人も、酸素投与と魔力安定剤で意識が戻りつつある。

 脚を拘束されていた女性探索者は、足首に強い圧迫痕と軽い骨の損傷があったが、こちらも命は助かると聞かされた。

 

 晴人はそれを聞いて、ようやく肩の力が抜けた。

 

「よかった……」

 

 隣の簡易ベッドに座っていた御影が、疲れた顔で笑う。

 

「本当にね。全員帰ってこられた」

 

「御影さん、大丈夫ですか」

 

「私は大丈夫。少し感知を使いすぎただけ。榊くんの方が顔色悪いよ」

 

「俺も少し魔力を使いすぎただけです」

 

「榊くんのの“少し”はあまり信用しないことにしてるの」

 

「俺の信用は一体どこに行ってしまったんだ……」

 

「積み重ねだと思う」

 

 御影の言葉は柔らかかったが、反論できなかった。

 

 救護班の職員が晴人の左腕に魔力測定用のパッチを貼り、右腕の固定具を確認する。

 右腕そのものに大きな損傷は増えていない。ただし、全身の魔力循環が乱れ、頭痛と軽い吐き気が出ている。

 流路操作の反動だと白石が見れば喜びそうだが、医療班としては喜べない数値らしい。

 

 テントの外から、低い声が聞こえた。

 

「榊晴人さんは、話せる状態ですか」

 

 篠宮だった。

 

 黒いスーツ姿の監査部職員は、現場の泥と血の匂いが混じる中でも、妙に浮いて見えた。彼の後ろには白石もいる。

 白石はいつものタブレットを抱えているが、表情は普段より硬かった。

 

 朝比奈が二人の前に立つ。

 

「医療確認が先です」

 

「理解しています。ですが、門の観測値が変動しています。最低限、榊さん本人から確認すべき事項があります」

 

「最低限にしてください」

 

「そのつもりです」

 

 篠宮は晴人のベッド脇へ来ると、わずかに視線を落とした。

 

「榊晴人さん。意識は明瞭ですか」

 

「はい。話せます」

 

「門内で確認した白色構造物について、あなたの表示には何と出ていましたか」

 

 いきなり核心だった。

 

 晴人は息を整え、覚えている文言を一つずつ口にした。

 

「未登録構造片、接続拒否、非登録個体、観測継続。あと、高出力魔力反応で活性化、経路変質開始、撤退推奨……最後に、個体照合が未完了と出ています」

 

 白石の指が、タブレットの上を走る。

 

「第一事案と表示系統が一致していますね」

 

 篠宮が白石を見る。

 

「一致率は」

 

「文言ベースでは高いです。少なくとも、通常のD級門で確認される構造警告とは別系統です」

 

「そうですか」

 

 篠宮は短く返し、また晴人へ視線を戻した。

 

「あなたは、あの構造物が自分に反応していると感じましたか」

 

 テントの空気が、少しだけ重くなった。

 

 久我が応急処置を受けながら顔を上げる。

 御影も黙った。

 朝比奈の表情は変わらないが、わずかに目が鋭くなる。

 

 晴人は嘘をつけなかった。

 

「分かりません」

 

 まず、そう答えた。

 

「でも、俺の表示には“観測継続”と出ています。あれが何を観測しているのかは、まだ分かりません。ただ……俺が近づいた時に、文字列みたいなものが増えた気はします」

 

「つまり、関連を否定できない」

 

「はい」

 

 篠宮は頷いた。

 

 責める声ではなかった。だが、記録する声だった。

 

「旧北柏レイクモール跡D級門において、榊晴人さんの参加中、第一事案と類似する白色未登録構造が再出現しました。構造物は高出力魔力反応に対して閉鎖、増殖、経路変質に類する挙動を示し、通常のD級門評価を逸脱しています」

 

 晴人は黙って聞いた。

 

「現時点で、あなたが異常を誘発したとは断定しません。ですが、あなたの固有能力、原典遺物との接触履歴、そして白色構造物の出現には、関連性があると見なさざるを得ません」

 

「……はい」

 

 胸の奥が重くなる。

 

 自分がいたから、あれが出たのか。

 

 自分が入ったから、D級門が危険になったのか。

 

 救助できた。全員で帰れた。その事実はある。

 けれど、その前に危険を呼び込んでいたのが自分なら、胸を張っていいのか分からなくなった。

 

 久我が包帯を巻かれた手を下ろし、低い声で言った。

 

「篠宮さん」

 

 篠宮が久我を見る。

 

「何でしょう」

 

「榊がいなければ、俺たちはあの三人を見つけられませんでした。見つけても、白い構造の中から助け出せなかったと思います」

 

 久我の言葉遣いは丁寧だった。

 

 だが、声の奥にははっきりした熱があった。

 

「危険が増えた可能性があるのは、否定できません。でも、榊がいたから帰れたのも事実です」

 

「その点も記録します」

 

 篠宮は淡々と返した。

 

「榊さんの実地支援が有効であったことは、救助結果から明らかです。同時に、門変質との関連が疑われることも事実です。監査部としては、どちらか一方だけを採用することはできません」

 

 朝比奈が静かに言う。

 

「つまり、榊を危険因子として扱うのですね」

 

「有用な危険因子、です」

 

 その言い方に、久我の眉が動いた。

 

 晴人は先に口を開いた。

 

「久我、大丈夫」

 

「大丈夫じゃねえだろ」

 

「でも、篠宮さんの言っていることは分かる。俺が行く場所で、ああいうのが出るなら、調べないと駄目だ」

 

「お前はすぐ自分が悪い方向に持っていく」

 

「そうじゃない。悪いかどうかじゃなくて、危ないかどうかだ」

 

 晴人は久我を見た。

 

「俺が何かを起こしてるなら、知らないまま現場に出る方が危ない。俺だけじゃなくて、周りも巻き込む」

 

 久我は何か言おうとして、言葉を飲み込んだ。

 

 その沈黙を、朝比奈が引き取る。

 

「篠宮さん。現場側の意見を述べます」

 

「どうぞ」

 

「榊晴人の能力は、現時点で危険性を含みます。しかし、今回の救助において、彼の経路判断、支援装備運用、流路操作、撤退路維持は明確に有効でした。隔離や実地完全停止ではなく、監督探索者同伴、投入条件の制限、観測機材の強化を前提とした管理運用を進言します」

 

 篠宮は目を伏せ、数秒考えた。

 

「監査部の暫定判断と大きくは矛盾しません」

 

 白石が続ける。

 

「鑑定局としても、完全隔離は推奨しません。榊さんの能力は、実地環境でのみ反応する要素が多すぎます。訓練区画だけでは再現できない。もちろん、安全管理は必要ですが」

 

「白石さん、なんだか嬉しそうですね」

 

 晴人が思わず言うと、白石は一瞬だけ黙った。

 

「研究対象としては、非常に興味深いです」

 

「正直ですね」

 

「ですが、それ以上に、今回あなたが三名を救助した事実を重く見ています。私は研究者ですが、探索者協会の職員でもありますので」

 

 晴人は少しだけ救われた気がした。

 

 篠宮が端末を操作し、結論を告げる。

 

「榊晴人さん。あなたの実地投入は、一時的に監査部承認制へ移行します。単独行動は禁止。原典遺物《NULL/BLADE》の携行禁止は継続。白色未登録構造に関する反応が確認された場合、即時報告を義務付けます」

 

「はい」

 

「また、あなたは暫定的に“観測対象”として扱われます」

 

 観測対象。

 

 表示と同じ言葉だった。

 

 晴人の背筋に、薄い寒気が走る。

 

「協会が俺を観測対象にする、という意味ですか」

 

「協会としては、です」

 

 篠宮はそこで言葉を切った。

 

「門の側があなたをどう扱っているかは、まだ不明です」

 

 テントの外で、観測機材の警告音が短く鳴った。

 

 全員の視線が、一瞬だけ門の方へ向く。だが、すぐに職員の声が「収束しました」と続き、大きな混乱にはならなかった。

 

 晴人は左手を握った。

 

 自分は見られている。

 

 協会に。

 

 そして、門に。

 

 それが何を意味するのか、まだ分からない。

 

 けれど、今日分かったこともある。

 

 白い構造片は、ただの事故ではない。偶然で片づけるには、あまりにも自分の力と近すぎる。

 

「榊」

 

 久我が声を落とした。

 

「変な顔してるぞ」

 

「今の流れで普通の顔できる方がすごいだろ」

 

「まあ、それはそうだな」

 

 久我は短く息を吐き、ベッドの横に立った。

 

「でも、お前がいたから帰れた。そこは忘れるなよ」

 

「……うん」

 

「危ないとか、調べる必要があるとか、そういうのは分かる。でも、それだけで今日の結果まで悪い方に寄せるな。三人助けた。俺たちも帰った。それは事実だ」

 

 晴人は少しだけ目を伏せた。

 

 自分のせいかもしれない、という考えは消えない。

 

 それでも、久我の言葉は胸の奥で踏みとどまる場所になった。

 

「ありがとう」

 

「礼言うなら、次から倒れる前に言え」

 

「それは難しい」

 

「いつになったら簡単になるんだか」

 

 御影が小さく笑う。

 

「二人とも、こういう時でもいつも通りだね」

 

「いつも通りじゃないと、榊が深刻な顔で沈むので」

 

 久我が御影へは丁寧に返した。

 

「久我、それ俺に失礼じゃないか」

 

「事実だろ」

 

「否定できないのが辛い」

 

 朝比奈が、少しだけ息を緩めた。

 

「榊、今日はこれ以上の聴取はない。とにかく、医療班の指示に従って休みなさい」

 

「はい」

 

「ただし、明日以降、正式な報告書作成と能力検証が入る。今回取得したという流路操作についても確認する必要がある。分かるね?」

 

「分かりました」

 

「怖い?」

 

 その問いは、門に入る前と同じだった。

 

 晴人は少し考えた。

 

「怖いです。自分のせいで何かが起きているかもしれないと思うと、かなり怖いです」

 

「ええ」

 

「でも、知らないままの方が怖いです。だから、調べます。使えるなら、ちゃんと使えるようにします」

 

 朝比奈は静かに頷いた。

 

「その答えでいいわ」

 

 テントの外では、救助者を乗せた救急搬送車が動き出していた。協会職員たちの声、観測機材の低い駆動音、門の周囲に張られた警戒線。旧北柏レイクモールは、もう静かな廃墟ではなくなっていた。

 

 晴人はベッドに横になり、天幕越しに揺れる照明を見上げた。

 

《実地支援任務:完了》

 

《救助対象:三名帰還》

 

《流路操作 Lv.1:取得》

 

《支援行動評価:更新》

 

《外部観測指定:確認》

 

《観測継続》

 

 最後の一行だけが、他の表示よりも少し長く残った。

 

 晴人はそれを見つめ、ゆっくり目を閉じる。

 

 今日、帰るための道は守れた。

 

 けれど、自分がどこへ繋がってしまったのか、その道の先はまだ見えない。

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