現代ダンジョンで成り上がり!   作:ダンジョン厨

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第六話 未分類固有発現

 

 朝比奈紗季が榊晴人の言葉を信じたのは、彼の能力を理解していたからではなかった。

 

 理解など、できるはずがない。壊れた帰還札から帰還座標の痕跡を読むなど、協会の標準装備にも、感知系の固有発現にも存在しない芸当だ。普通ならば疑う。錯乱していると判断する。負傷と門圧による幻覚だと切り捨てる方が、指揮官としては正しい。

 

 けれど、朝比奈は見ていた。

 

 あのホームで、晴人が魔物の突進より一瞬早く床面の星骸質流路を利用したこと。犬型の動きが乱れる場所を、まるで最初から知っていたように選んだこと。御影へ飛びかかった魔物の後脚だけを、刃のない黒い柄で断ち切ったこと。そして何より、彼が一度も自分だけ逃げようとしなかったこと。

 

 榊晴人は、強い探索者ではない。

 

 少なくとも今は、身体能力も、魔力量も、戦闘技術も、どれも未熟だ。だが、死地で嘘をつく人間ではなかった。分からないことは分からないと言い、怖い時は怖いと認め、それでも足を止めなかった。

 

 だから朝比奈は、彼の言葉を信じた。

 

 それは盲信ではない。能力への信頼ですらない。

 

 崩れかけた門内で、残された選択肢の中から最も生存率が高いものを選ぶ、探索者としての判断だった。

 

「信じる。榊、先導!」

 

 その命令を口にした時、朝比奈紗季は、榊晴人が何者なのかをまだ知らなかった。

 

 ただ、この少年が示す道だけは、今この瞬間、誰よりも生きて帰る可能性に近いと判断していた。

 

 

 

 

 

 

 協会支部の医療区画は、門の中とは違う意味で白かった。

 

 壁も天井も清潔で、廊下には消毒液の匂いが薄く漂っている。窓の外には夜の街があり、遠くを走る車のライトが、現実の時間がまだ途切れず続いていることを示していた。けれど晴人にとって、その白は門内で見た保守区画の白とどうしても重なった。

 

 骨のような壁。青白い流路。読めない文字列。刃のない黒い柄。

 

 目を閉じると、それらが瞼の裏に浮かぶ。

 

《ORIGIN://AUTHORITY》

 

《権限深度:0.003%》

 

《当該接続を観測した外部管理系が存在します》

 

 最後に見た表示の意味は、今も分からなかった。

 

「榊晴人さん。質問を続けても?」

 

 ベッド脇に立つ協会職員が、静かな声で言った。

 

 黒いスーツの男だった。年齢は三十代後半ほど。胸元には探索者協会監査部の徽章がある。隣には鑑定局の女性職員が一人、タブレット端末を抱えて控えていた。

 

 晴人は固定された右腕を見下ろし、それから頷いた。

 

「はい。大丈夫です」

 

「では、確認します。あなたは本日午前、D級門の再調査任務中、未確認の転移現象によって隊列から離脱。その後、未登録階層と思われる領域を単独で移動し、複数の敵性個体と交戦。さらに、協会分類外の未登録兵装を取得した。ここまでは間違いありませんか」

 

「間違いないです」

 

「その過程で、あなたの固有能力が発現したと考えられます」

 

 固有能力。

 

 その言葉が、胸の奥に小さく落ちた。

 

 未発現者。

 

 ずっとそう呼ばれてきた。魔力操作はできる。探索者登録も通っている。けれど、肝心の固有能力だけがない。だから晴人は、探索者でありながら、どこか探索者になりきれていなかった。

 

 その自分に、ついに能力が発現した。

 

 本来なら喜ぶべきなのだろう。

 

 けれど、今はまだ、喜びよりも困惑の方が大きかった。

 

「……たぶん、そうだと思います」

 

「たぶん?」

 

「俺にも、まだ分かっていないんです。見えるようになったものがあって、それに従ったら助かった。でも、それが普通の固有能力なのかは、正直分かりません」

 

 監査部の男は表情を変えなかった。

 

「具体的には、何が見えましたか」

 

 晴人は少し迷った。

 

 全部を話していいのか分からない。視界に浮かんだ警告は、情報開示に注意しろと言っていた。だが、何も言わなければ協会は疑う。朝比奈や御影を助けたことも、《NULL/BLADE》を使ったことも説明できない。

 

 だから、核心だけを少し避けることにした。

 

「危険な場所が分かりました。魔物の攻撃の方向とか、床が崩れる場所とか、魔力が流れている場所とか。あと、魔物の弱点みたいなものも、少しだけ」

 

「視覚情報として?」

 

「はい。線とか、色とか、文字みたいな形で」

 

「文字?」

 

 鑑定局の女性が、初めて顔を上げた。

 

 晴人は頷く。

 

「ゲームの画面みたいな感じです。状態とか、推奨行動とか、敵の情報とかが出ます」

 

 室内の空気が、わずかに変わった。

 

 監査部の男は表情を崩さなかったが、鑑定局の女性は明らかに反応していた。タブレットに何かを入力している指が少し速くなる。

 

「レベル、スキルといった表記はありましたか」

 

「……ありました」

 

「取得条件は?」

 

「たぶん、俺が実際にやった行動に関係しています。逃げたり、急所を突いたり、地形を使ったり。それで、スキルとして表示されました」

 

「つまり、自己成長補助型の固有発現である可能性がある」

 

 鑑定局の女性が呟いた。

 

 監査部の男が短く頷く。

 

「過去にも類似例はあります。身体能力の数値化、敵性反応の色彩認識、技能習熟の自己暗示化など。ただし、帰還札の座標式を読み、未登録兵装の起動条件を認識したとなると、通常の感知系や成長補助系では説明がつきません」

 

 晴人は黙っていた。

 

 説明がつかない。

 

 それは、晴人自身が一番分かっている。

 

「榊さん」

 

「はい」

 

「あなたが持ち帰った黒い柄について、名称を知っていますか」

 

 視界の端に、淡い文字が浮かんだ。

 

《NULL/BLADE》

 

《開示判断:任意》

 

《警告:当該情報は現行人類分類に存在しません》

 

 晴人は喉を鳴らした。

 

 言うべきか。

 

 言わないべきか。

 

 少し考えてから、彼は正直に答えた。

 

「表示では、《NULL/BLADE》と出ました」

 

 鑑定局の女性が入力を止めた。

 

「ヌルブレード」

 

「はい」

 

「それは、あなたの能力が表示した名称ですか」

 

「そうです。俺が勝手につけた名前じゃありません」

 

 監査部の男は、ほんのわずかに目を細めた。

 

「その兵装を、あなたは起動できる」

 

「できる、というより、一瞬だけ使えました。ただ、反動が強いです。右腕の魔力循環がおかしくなったのも、多分それが原因です」

 

「通常の魔力供給では起動しないと、鑑定局から報告を受けています」

 

「俺が使った時も、普通に魔力を流したら駄目でした。対象の……線みたいなものが見えた時だけ、一瞬反応しました」

 

「線?」

 

「魔物を繋いでいるもの、みたいな感じです。そこを切ると、身体がほどけました」

 

 言葉にすると、ますます異常だった。

 

 晴人は自分で話しながら、目の前の二人が自分を危険物扱いしても仕方ないと思った。実際、こんな話を訓練場で誰かがしたら、疲れているのかと心配する。

 

 監査部の男はしばらく沈黙し、それから端末を閉じた。

 

「現時点では、あなたの固有発現を未分類として扱います」

 

「未分類、ですか」

 

「はい。仮称としては、視覚情報型、成長補助型、空間解析型、兵装干渉型の複合発現。ただし、どの分類にも完全には該当しません。詳細な検査が必要です」

 

「俺、どうなるんですか」

 

 晴人は、できるだけ普通の声で聞いた。

 

 だが、内心では少し怖かった。

 

 協会は探索者を守る組織であると同時に、探索者を管理する組織でもある。未登録兵装。未知の能力。未登録階層からの帰還。これだけ揃えば、ただの新人探索者として扱われないことくらいは分かる。

 

 監査部の男は、淡々と答えた。

 

「少なくとも、治療完了までは支部内での経過観察となります。外部任務への参加は禁止。面会も一部制限されます。ただし、拘束ではありません」

 

「拘束ではないけど、自由でもない感じですね」

 

「正確です」

 

「正直で助かります」

 

 晴人が苦笑すると、鑑定局の女性が少しだけ目を瞬かせた。

 

 監査部の男も、ほんのわずかに口元を緩めたように見えた。

 

「榊さん。あなたの協力次第では、今回の事案は探索者協会にとって極めて重要な発見になります」

 

「協力はします。でも、条件があります」

 

「条件?」

 

「三枝さんの捜索状況を教えてください。俺が今すぐ行けないのは分かっています。でも、何も知らないまま待つのは嫌です」

 

 監査部の男は、数秒だけ晴人を見た。

 

 それから、端末を操作する。

 

「三枝悠真探索者は、現在も未帰還です。門は一時的に安定を取り戻しましたが、内部構造に変質が確認されています。救助隊は二班投入済み。ただし、深部への再侵入は門圧の上昇により制限されています」

 

「生存反応は」

 

「不明です」

 

 短い言葉だった。

 

 晴人は拳を握ろうとして、右腕の痛みに顔をしかめた。左手だけをシーツの上で握り締める。

 

「……分かりました。ありがとうございます」

 

「あなたに救助義務はありません」

 

「はい」

 

「今回、あなたは十分に生存者救出へ貢献しました」

 

「はい」

 

「それでも、気にするのですね」

 

 晴人は少しだけ考えた。

 

 そして、頷いた。

 

「気にします。三枝さん、俺のことを助けようとしてくれたので」

 

 未知のトラップが発動した瞬間、三枝は槍を捨てて踏み込んだ。晴人を見下していたわけではない。固有能力を持たない未発現者でも、仲間として手を伸ばしてくれた。

 

 だから、忘れられない。

 

 監査部の男は、それ以上何も言わなかった。

 

 事情聴取が終わり、二人が病室を出ていくと、室内は急に静かになった。

 

 晴人は深く息を吐いた。

 

 身体が重い。話しただけで疲れている。右腕の奥には、まだ冷たい痛みが残っている。

 

 それでも、眠気は遠かった。

 

 しばらくして、病室の扉が軽く叩かれた。

 

「入っていい?」

 

 朝比奈の声だった。

 

「はい」

 

 扉が開き、朝比奈紗季が入ってくる。手には紙コップが二つあった。片方をベッド脇のテーブルに置く。中身は温かいほうじ茶だった。

 

「事情聴取、お疲れさま」

 

「ありがとうございます。朝比奈さんも、休まなくていいんですか」

 

「休めって言われてる。でも、寝たら嫌な夢を見そうだから」

 

「分かります」

 

「あなたは寝なさい」

 

「理不尽ですね」

 

「上官特権」

 

「俺、朝比奈さんの部下なんですか」

 

「今日から仮でそういうことにしておくわ。面倒を見る人間が必要でしょ」

 

 晴人は少しだけ目を丸くした。

 

 朝比奈は椅子に座り、紙コップに口をつけた。

 

「さっき、監査部に聞かれたでしょう。私がどうしてあなたの言葉を信じたのか」

 

「聞かれました。朝比奈さん、本当に信じてくれたんだなって、今さら思いました」

 

「信じたというより、判断したの」

 

「判断?」

 

 朝比奈は頷いた。

 

「門内で指揮を執る時、一番危険なのは、理解できないものを全部切り捨てることよ。もちろん、根拠のない発言に従うのも危険。でも、あなたの発言には根拠があった」

 

「俺、ちゃんと説明できてました?」

 

「できてなかった」

 

「ですよね」

 

「でも、あなたの行動が先に証明していた」

 

 朝比奈は、淡々と言った。

 

「あのホームで、あなたは床面流路を利用して魔物を転倒させた。犬型の後脚だけを断って、御影を助けた。崩落区画でも、床の危険箇所を避けた。帰還座標の方向も、実際に照明区画と繋がっていた。つまり、あなたが何かを見ていること自体は、現場で確認済みだった」

 

 晴人は黙って聞いていた。

 

「それに、あなたは分からないことを分からないと言った。『絶対です』とは言わなかった。『たぶん』と言った。あの状況では、その方が信用できる」

 

「たぶんって、頼りなくないですか」

 

「頼りないわ。でも、門の中で確実なんて言い切る新人の方が怖い」

 

 朝比奈は少しだけ笑った。

 

「それと、最後の理由」

 

「まだあるんですか」

 

「あなたは逃げなかった」

 

 晴人は言葉に詰まった。

 

 朝比奈の声は静かだった。

 

「あの時、あなたには自分だけ先に出口へ向かう選択肢もあった。御影を置いていくことも、私たちを囮にすることもできた。でも、そうしなかった。弱いのに、戻ってきた。怖いはずなのに、声を上げた」

 

「それは……普通じゃないですか」

 

「普通じゃない」

 

 朝比奈は、はっきりと言った。

 

「死にかけた人間は、そんなに綺麗に動けない。探索者でも同じよ。だから私は、あなたの能力を信じたんじゃない。榊晴人の判断を信じた」

 

 胸の奥が、また熱くなった。

 

 褒められているのだと思う。けれど、素直に受け取るには重かった。

 

「……ありがとうございます」

 

「礼はいいわ。代わりに、次からはもう少し自分の身体も勘定に入れなさい。あなた、自分の生存率を低く見積もりすぎ」

 

「表示にも怒られそうです」

 

「表示?」

 

「あ、いや、能力の話です」

 

 朝比奈は、じっと晴人を見た。

 

「その能力、あなたには何て見えているの」

 

 晴人は少し迷った。

 

 だが、朝比奈には話してもいい気がした。

 

「《ORIGIN://AUTHORITY》って表示されました」

 

「オリジン、オーソリティ」

 

「たぶん、能力名だと思います。意味は分かりません」

 

「原初、権限……みたいな意味ね」

 

「かっこいいですけど、正直、名前負けがすごいです」

 

「いいじゃない。未発現者よりは」

 

 朝比奈の言葉に、晴人は小さく笑った。

 

 その時、病室の扉が勢いよく開いた。

 

「榊!」

 

 久我蓮司だった。

 

 面会制限とは何だったのか、と思うほど自然に入ってきた。手にはコンビニ袋を持っている。見舞いの品なのだろうが、中身はゼリー飲料とスポーツドリンクと、なぜかカップ焼きそばだった。

 

「久我。入っていいやつなのか、それ」

 

「受付で止められたけど、朝比奈さんの名前出したら通れた」

 

 朝比奈が眉を上げる。

 

「私の名前を勝手に使わないで」

 

「すみません。でも通れました」

 

「余計に悪いわ」

 

 久我は素直に頭を下げ、それから晴人のベッド脇に立った。

 

「で、どうなんだよ。腕、動くのか」

 

「今は駄目らしい。無理に魔力回すと神経が焼けるかもって」

 

「重いことを軽く言うな」

 

「軽く言わないと怖いだろ」

 

「……それは、まあ」

 

 久我は口を噤んだ。

 

 いつもの皮肉は少ない。心配しているのが丸分かりだった。

 

「聞いたぞ。固有能力、出たんだってな」

 

「出た、らしい」

 

「らしいって何だよ」

 

「俺にもまだ分からない。ゲームみたいな画面が見える」

 

「は?」

 

「そうなるよな」

 

 久我は数秒ほど固まり、それから深く息を吐いた。

 

「お前さ。未発現だった時から変なやつだったけど、発現しても変なんだな」

 

「もうちょっと祝ってくれてもいいんだぞ」

 

「生きてたことは祝ってる。能力は後で考える」

 

「堅実」

 

「お前が無茶苦茶だからな」

 

 そう言いながら、久我はコンビニ袋からゼリー飲料を取り出し、テーブルに置いた。

 

「食えるようになったら飲め。カップ焼きそばは、俺が食う」

 

「見舞いとは」

 

「病室で飯テロしてやろうかと思って」

 

「やめろ、医療区画から追い出される」

 

 朝比奈が呆れたように息を吐いた。

 

 けれど、その表情は少しだけ柔らかかった。

 

 久我が来たことで、病室の空気が少し現実に戻った。未知の能力。原典遺物。未登録階層。外部管理系。そういう大きすぎるものに押し潰されそうだった意識が、コンビニ袋と同期の文句で、少しだけ地面に戻される。

 

 その時、廊下の向こうが慌ただしくなった。

 

 複数の足音。無線の声。医療班の呼びかけ。

 

 朝比奈が即座に立ち上がる。

 

「何?」

 

 病室の扉が開き、協会職員が顔を出した。先ほどの監査部員ではない。現場装備の職員だった。

 

「朝比奈探索者。救助隊より連絡です」

 

 晴人の心臓が跳ねた。

 

 朝比奈の顔から表情が消える。

 

「三枝は」

 

 職員は一瞬だけ言葉を選んだ。

 

「生存反応を確認しました」

 

 晴人は、思わず身体を起こそうとした。

 

 右腕に激痛が走る。

 

「っ……!」

 

「動くな!」

 

 久我が慌てて肩を押さえる。

 

 朝比奈も一歩こちらへ踏み出したが、すぐに職員へ視線を戻した。

 

「状態は」

 

「不明です。ただし、通常階層ではありません。救助隊が到達した地点の奥に、未登録構造物が確認されています。門圧が不安定で、これ以上の進入は危険と判断されました」

 

 晴人の視界の端に、文字が浮かんだ。

 

《追加目標:三枝悠真の生存確認》

 

《進行中》

 

《関連座標反応を検出》

 

《警告:現在状態での再侵入は不可》

 

 分かっている。

 

 行けない。

 

 今の自分が行っても、足手まといになるだけだ。

 

 それでも、表示された関連座標の薄い線が、病室の白い床の上に重なって見えた。

 

 晴人は左手でシーツを握った。

 

「朝比奈さん」

 

「駄目」

 

 即答だった。

 

「まだ何も言ってないです」

 

「顔に書いてある。駄目」

 

「でも、俺、座標が見えます」

 

 病室の空気が止まった。

 

 朝比奈だけでなく、久我も、職員も晴人を見る。

 

 晴人はゆっくり息を吸った。

 

「今すぐ行けるとは言いません。でも、俺の能力なら、三枝さんがいる場所の手がかりを読めるかもしれません。救助隊に情報だけでも渡せるかもしれない」

 

 朝比奈は厳しい顔で晴人を見ていた。

 

 その目は、拒絶ではない。判断している目だった。門の中で晴人の言葉を信じた時と同じ目。

 

「あなたは動けない」

 

「はい」

 

「だから再侵入もさせない」

 

「はい」

 

「でも、情報提供ならできる可能性がある」

 

「あります」

 

「根拠は」

 

 晴人は視界に浮かぶ薄い線を見た。

 

 それは、門の方角へ伸びている。現実の壁を無視して、どこか遠くへ続いている。壊れた帰還札を読んだ時よりも、ずっと細く、不安定な線だった。

 

「見えてます。まだ、途切れてません」

 

 朝比奈は数秒黙った。

 

 そして、職員へ向き直る。

 

「監査部と救助隊を呼んで。榊を動かすんじゃない。ベッドごと情報を取る」

 

「しかし」

 

「責任は私が持ちます」

 

 その言葉に、晴人は目を見開いた。

 

 朝比奈は振り返らないまま言った。

 

「勘違いしないで。あなたを信じているからじゃない」

 

「はい」

 

「あなたが見ているものを、私がまだ判断材料として使えると思っただけ」

 

「はい」

 

 晴人は頷いた。

 

 それで十分だった。

 

 信頼とは、全部を分かってもらうことではない。少なくとも今は、そう思えた。

 

 朝比奈紗季は、晴人の能力をまだ理解していない。

 

 だが、榊晴人が死地で示したものを、彼女は覚えている。

 

 それだけで、次の一歩を踏み出す理由にはなった。

 

 病室の外が騒がしくなる。

 

 監査部、救助隊、鑑定局、医療班。いくつもの足音が近づいてくる。晴人はベッドの上で、左手だけを握り締めた。

 

《追加目標:三枝悠真の生存確認》

 

《支援条件を更新》

 

《現在状態:戦闘不能》

 

《実行可能行動:情報解析》

 

《ORIGIN://AUTHORITY》

 

《限定解析を開始します》

 

 視界の奥に、再び文字が走る。

 

 今度は、逃げるためではない。

 

 誰かを助けるための表示だった。




次話は明日21時に投稿予定です
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