現代ダンジョンで成り上がり!   作:ダンジョン厨

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第七話 ベッドの上の案内人

 

 医療区画の病室は、数分のうちに簡易作戦室へ変わった。

 

 ベッドの周囲に折り畳み式の端末台が運び込まれ、壁際には救助隊の隊員が二名、監査部の職員が二名、鑑定局の技師が一名、そして医療班が一名立っている。朝比奈は晴人のベッド脇に残り、久我は邪魔になるから出ろと言われたにもかかわらず、部屋の隅でコンビニ袋を握り締めたまま動かなかった。

 

 晴人は上体を起こされ、背中にクッションを挟まれていた。右腕は固定されたまま。肩の傷は鎮痛処置で鈍くなっているが、熱を持った痛みは消えていない。けれど、それよりも視界の奥を走る文字列の方が、今はずっと鮮明だった。

 

《追加目標:三枝悠真の生存確認》

 

《関連座標反応:微弱》

 

《解析補助因子:帰還札座標式/任務時隊列記録/対象個体魔力残滓》

 

《限定解析を開始します》

 

 病室の白い床に、薄い青い線が浮かんでいた。

 

 もちろん、実際に床が光っているわけではない。医療班も、救助隊も、その線には気づいていない。ただ晴人の視界にだけ、壁も床も機材も無視して、門の方角へ伸びる一本の細い線が見えている。

 

 それは道というより、糸に近かった。

 

 触れれば切れそうなほど細く、不安定に揺れている。それでも、まだ繋がっている。

 

「榊さん。見えているものを、できるだけ具体的に説明してください」

 

 監査部の男が言った。名札には、篠宮とある。

 

 晴人は頷いた。

 

「線が見えます。たぶん、三枝さんのいる方向です。ただ、正確な地図みたいに見えてるわけじゃありません。壊れた帰還札の座標と、俺が通った経路と、三枝さんの魔力反応みたいなものが重なって、一本のルートになってる感じです」

 

「対象個体の魔力反応を、あなたは直接記録していたのですか」

 

「してません。けど、任務中に一緒に行動していたので、槍を振った時の魔力の流れは見ています。おそらく、それを能力が拾ってます」

 

 言いながら、自分でも曖昧だと思った。

 

 だが、曖昧なものを無理に断言すれば、かえって危険だ。朝比奈に言われたばかりだった。確実ではない時は、確実ではないと言う。それが今の晴人にできる、最低限の誠実さだった。

 

 篠宮は救助隊員へ視線を向ける。

 

「救助隊の現地マップを投影してください」

 

「了解」

 

 壁面モニターに、D級門の浅層地図が表示された。廃地下鉄駅に似た構造。ホーム、連絡通路、改札跡、保守通路。そこに、第一次攻略隊のルート、朝比奈隊の移動経路、分断地点、救助隊が確認した三枝の生存反応地点が重ねられていく。

 

 晴人はそれを見た瞬間、頭の奥に鋭い痛みを覚えた。

 

 現実の地図と、視界に浮かぶ青い線が、ずれている。

 

 いや、違う。

 

 地図の方が足りていない。

 

「そこ、違います」

 

 晴人は反射的に言った。

 

 部屋の中の視線が、一斉に集まる。

 

 篠宮が問う。

 

「どこがですか」

 

「救助隊が止まった場所の先です。地図だと行き止まりになってますけど、実際には下に落ちる構造があります。崩落じゃなくて、隠れてる階段みたいなものです。白い壁の区画に繋がってる」

 

 救助隊員の一人が眉をひそめた。

 

「現地では確認できませんでした。壁面に扉や階段はなく、門圧が上昇したため引き返しています」

 

「見えないんだと思います。俺が飛ばされた時も、壁の中に模様が見えて、それから空間が反転しました。普通の扉じゃないです」

 

 晴人はモニター上の一点を指そうとして、右腕が動かないことを思い出した。左手でぎこちなく示す。

 

「そこです。三枝さんは地図の奥じゃなくて、その下にいます」

 

 室内が沈黙した。

 

 鑑定局の女性が、端末へ手早く入力する。

 

「門内構造の位相差による非表示区画、または未登録階層との重複……可能性はあります。帰還した朝比奈隊の証言とも矛盾しません」

 

 救助隊員が低く唸った。

 

「だとしても、入口が見えないなら進入できない。壁を破壊して進むには門圧が高すぎる」

 

「破壊しなくても大丈夫です」

 

 晴人は視界の線を睨んだ。

 

《構造接続点:推定》

 

《開放条件:周期的位相低下》

 

《次回開放予測:十七分後》

 

「十七分後に、一瞬だけ薄くなると思います」

 

「薄くなる?」

 

「門から出る時と同じです。膜みたいなものがあって、周期で通れる瞬間がある。そこを逃すと、壁にしか見えないんだと思います」

 

 篠宮の表情が、初めてわずかに動いた。

 

「あなたは、その周期を遠隔で読めるのですか」

 

「はい。でも今は薄くしか見えてません。現地にいた時ほどはっきりじゃないですが、十七分後とは出ています」

 

「出ている、というのは例の表示ですか」

 

「はい」

 

 篠宮はしばらく晴人を見ていた。

 

 その目は疑っている。だが、切り捨ててもいない。朝比奈とは違う、管理する側の視線だった。

 

 晴人は、それを責める気にはなれなかった。

 

 自分だって、自分の能力を信じきれているわけではない。

 

「朝比奈探索者」

 

 篠宮が呼んだ。

 

「あなたの現場判断を聞きたい」

 

 朝比奈は腕を組んだまま、モニターを見ていた。

 

 そして短く答える。

 

「使う価値はあります」

 

「理由は」

 

「榊の提示した座標は、先ほどの帰還時にも実際の脱出経路と一致しました。少なくとも、彼が何らかの形で門内構造を読んでいることは現場で確認済みです。もちろん、全面的に信用するのは危険です。ですが、救助隊が到達不能と判断した地点に対して、他に有効な手段がないなら、検証する価値はある」

 

 篠宮は頷いた。

 

「救助隊。十七分後の位相低下を前提に、再突入準備。榊さんの指示は参考情報として扱い、現地判断を優先してください」

 

「了解」

 

 救助隊員たちが動き出す。

 

 晴人はほっと息を吐きかけ、すぐに表示が変わったことに気づいた。

 

《警告:救助隊進行経路に高危険反応》

 

《敵性個体:推定三》

 

《推奨:迂回》

 

「待ってください」

 

 晴人の声に、救助隊員たちが足を止めた。

 

「何ですか」

 

「最短経路は駄目です。三体います。犬型じゃない……もっと細い反応です。壁の中を通るタイプかもしれません」

 

 救助隊員の顔色が変わった。

 

「壁内潜行型か」

 

 朝比奈が眉を寄せる。

 

「榊が下で遭遇したと言ってたやつ?」

 

「はい。あれに近いと思います」

 

 久我が部屋の隅で小さく呟いた。

 

「お前、本当に何と戦ってきたんだよ……」

 

「俺もできれば知りたい」

 

 晴人は苦笑したが、すぐにモニターへ視線を戻した。

 

「ホームの反対側から回ってください。通路は遠回りですけど、床面流路が安定してます。あと、左側の壁には近づかない方がいいです」

 

「理由は」

 

「さっきの──僕が遭遇した蛇型は壁の中から出てきました。左壁の内側に赤い反応があります。巣みたいな密集反応が見えてます」

 

 鑑定局の女性がモニターに晴人の情報を重ねていく。正式なマップではない。晴人の証言による危険予測図。だが、何もないよりはずっといい。

 

 篠宮が確認する。

 

「榊さん。あなたの体調は」

 

「正直、結構しんどいです」

 

「解析を続けられますか」

 

「三枝さんが見つかるまでは」

 

 久我が顔をしかめた。

 

「榊」

 

「分かってる。無茶はしない」

 

「お前の無茶しないは信用ならない」

 

「いや、今回は本当にベッドから動けないから」

 

「そういう問題じゃねえ」

 

 久我の声が少しだけ震えていた。

 

 晴人は視線を向けた。

 

 久我は悔しそうな顔をしていた。自分が何もできないことを、晴人以上に腹立たしく思っているような顔だった。

 

 晴人は少しだけ笑った。

 

「久我、ゼリー飲料取って」

 

「今かよ」

 

「今、糖分が必要なんだ」

 

「まだまだ働く気じゃねえか」

 

 文句を言いながらも、久我はゼリー飲料を開けてくれた。晴人は左手で受け取り、少しずつ飲む。甘い味が喉を通った瞬間、身体が現実へ戻ってくる感覚があった。

 

《糖分補給を確認》

 

《集中維持:微量改善》

 

「……これも出るんだ」

 

「何が?」

 

「ゼリー飲んだら、集中がちょっと良くなったって」

 

「便利だな、お前の能力」

 

「便利だけど、いちいち現実的で夢がないね」

 

 久我が呆れたように笑う。

 

 その笑い声で、張り詰めていた病室の空気が一瞬だけ緩んだ。

 だが、すぐに救助隊の無線が入る。

 

『こちら救助一班。再突入準備完了。榊探索者の提示した迂回ルートを使用する』

 

 探索者。

 

 無線越しにそう呼ばれて、晴人は一瞬だけ息を止めた。未発現者ではなく、荷物持ちでもなく。

 

 探索者。

 

 ただの呼称に過ぎない。相手も意識していないかもしれない。けれど、晴人にとっては、その一言だけで胸の奥が熱くなる。

 

 朝比奈がベッド脇で言った。

 

「榊、集中」

 

「はい」

 

 晴人はモニターと視界の青い線を重ねた。

 

 救助隊の位置は、通信端末のビーコンで表示されている。実際の彼らは門の中にいる。晴人は病室にいる。距離も壁も空間も挟んでいるはずなのに、《ORIGIN://AUTHORITY》はそれらを薄い層として処理していた。

 

 人間の感覚ではない。

 それを使っている自分が、少し怖くなる。

 

《救助一班、進行中》

 

《危険予測:前方右壁》

 

「右壁、近づかないでください。そこから、来ます」

 

 無線担当が即座に伝える。

 

『右壁警戒。……反応あり! 壁面、開きます!』

 

 無線の向こうで、銃声に似た音が響いた。

 

 探索者用の短機関銃だろう。通常弾ではなく、星骸質加工弾を使う協会装備。続いて、誰かが叫ぶ。

 

『壁内潜行型、二体! 榊情報と一致! 処理します!』

 

 晴人は息を詰めた。

 自分の見たものが当たった。

 

 それは喜ぶべきことなのに、同時に恐ろしかった。もし間違えていたら。もし遅れていたら。救助隊が死んでいたかもしれない。

 能力を使うということは、そういうことなのだと、今さら思い知らされる。

 

 朝比奈が静かに言う。

 

「呼吸」

 

 晴人ははっとした。

 

「吸って。吐く。今あなたが倒れたら、向こうも困るわ」

 

「……はい」

 

 晴人は息を吸い、吐いた。

 怖いなら怖いままでいい。それでも、見えるものを伝える。

 

『壁内潜行型、処理完了。負傷なし。進行継続』

 

 部屋の中に、小さく安堵が広がった。

 しかし表示はすぐに次の警告を出す。

 

《位相低下まで残り三分》

 

《構造接続点に接近》

 

《警告:開放時間、推定二十一秒》

 

「接続点まで三分。開くのは二十一秒だけです」

 

 篠宮が確認する。

 

「二十一秒を過ぎると?」

 

「戻れなくなるか、壁に挟まれます」

 

 救助隊員の一人が渋い顔をした。

 

「笑えないな」

 

「俺も笑えません」

 

 無線に情報が伝達される。

 

『了解。三分後の開放に合わせる』

 

 晴人は青い線を見つめた。

 

 細い線の先に、別の色が混じりはじめている。暗い赤。弱く、途切れそうな反応。それは魔物ではない。危険表示でもない。もっと不安定で、けれど人の形をしている。

 

《対象個体反応:推定》

 

《三枝悠真》

 

《状態:不明》

 

「見えた……」

 

 晴人は呟いた。

 

 朝比奈が鋭く反応する。

 

「三枝?」

 

「おそらく。反応はすごく弱いですが、でも、います。接続点の向こう。下じゃなくて……斜め奥かな。白い区画の手前みたいな場所に」

 

 無線の向こうで救助隊が位置を調整する音がした。

 

『接続点に到達。現地、壁面に異常なし』

 

 晴人の視界では、そこに巨大な薄膜が見えていた。壁ではない。水面のような、透明な瞼のようなもの。周期的に厚くなり、薄くなる。

 

《位相低下まで十》

 

「十秒」

 

 無線担当が復唱する。

 

《九》

 

「九」

 

《八》

 

 病室全体が、静まり返る。

 

《三》

 

「三」

 

《二》

 

「二」

 

《一》

 

「今!」

 

 晴人の声と同時に、無線の向こうで隊長が叫んだ。

 

『突入!』

 

 数秒、音が消えた。

 

 無線にノイズが走る。

 

 晴人の視界も乱れた。青い線がほどけ、赤い点が散り、文字列が潰れる。頭の奥を手で掻き回されるような痛みが走った。

 

「っ、ぐ……!」

 

「榊!」

 

 久我が駆け寄る。医療班がベッド脇へ来る。

 晴人は左手を上げて制した。

 

「まだ、いけます……!」

 

 ノイズの向こうで、救助隊の声が戻る。

 

『こちら救助一班。未登録区画へ進入。繰り返す、未登録区画へ進入。視界不良。白色構造物多数。門圧上昇、ただし許容範囲内』

 

 朝比奈が小さく息を吐いた。

 篠宮が端末へ視線を落とす。

 

「榊さん、対象反応は」

 

 晴人は揺れる視界の中で、赤い点を追った。

 薄い。今にも消えそうだ。けれど、まだある。

 

「右じゃない。正面も駄目。左の壊れた柱の裏……その奥に、空間があります。そこに三枝さんがいます」

 

 無線担当が伝える。

 

『左、壊れた柱の裏を確認。……空洞あり! 生存者発見!』

 

 病室の空気が止まった。

 

『三枝悠真探索者を確認! 意識なし、生命反応あり! 右脚負傷、魔力枯渇状態! 回収に入る!』

 

 晴人は、全身から力が抜けるのを感じた。

 

 生きていた。間に合った。それだけで、視界が滲んだ。

 

「よかった……」

 

 声が震えた。

 

 久我が隣で息を吐く。朝比奈は目を閉じ、ほんの一瞬だけ顔を伏せた。次に顔を上げた時には、もう指揮官の顔に戻っていた。

 

「撤収は」

 

 晴人は表示を見た。

 

《警告:未登録区画、位相再閉塞》

 

《残り時間:百二十秒》

 

《敵性反応:接近》

 

「二分以内に戻らないと閉じます。敵も来てます。帰りは同じ接続点じゃなくて、三メートル右にずれた場所が薄いです」

 

 朝比奈が即座に言う。

 

「伝えて」

 

 無線担当が復唱する。

 

『撤収経路、接続点より三メートル右。閉塞まで百二十秒。敵性反応接近。急げ』

 

 無線の向こうが慌ただしくなる。

 

 晴人は歯を食いしばって表示を追った。

 

 ここで終わりではない。見つけたから助かったわけではない。門の中では、外へ出るまで生還ではない。

 

 それは、晴人自身が一番よく知っている。

 

《救助一班、撤収中》

 

《敵性反応:背後二》

 

《推奨:閃光装備使用》

 

「背後に二体。閃光装備、使ってください」

 

『了解、閃光投射!』

 

 無線越しに、くぐもった破裂音。

 

《敵性反応:停滞》

 

「止まりました。そのまま右へ」

 

『接続点視認。三枝を搬出する。三、二、一――通過!』

 

 またノイズ。

 

 今度は短かった。

 

『こちら救助一班。既存階層へ復帰! 三枝悠真を確保! これより門外へ撤収する!』

 

 病室の中で、誰かが小さく歓声を上げた。

 

 晴人はベッドに背を預けた。

 

 もう、身体に力が入らなかった。

 

《追加目標:三枝悠真の生存確認》

 

《達成》

 

《救助支援》

 

《達成》

 

《限定解析を終了します》

 

《レベルが上昇しました》

 

 視界に表示が浮かぶ。

 

 しかし、今はレベルアップの文字よりも、無線の向こうで聞こえた「確保」という言葉の方が、何倍も嬉しかった。

 

 朝比奈が晴人の前に立つ。

 

「榊」

 

「はい」

 

「よくやった」

 

 短い言葉だった。

 

 晴人は笑おうとして、うまくいかなかった。

 

「俺、ベッドの上でしたけど」

 

「ベッドの上だとしても、あなたは最大の功労者よ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、晴人の目から、こらえていたものが一粒だけ落ちた。

 

 怖かった。

 

 痛かった。

 

 分からないことばかりだった。

 

 それでも、帰ってきた。誰かを帰すこともできた。

 

 未発現者だった自分が、やっと少しだけ、探索者になれた気がした。

 

 久我が気まずそうに横を向く。

 

「泣くなよ」

 

「泣いてない」

 

「泣いてるだろ」

 

「これは鎮痛剤の副作用」

 

「んな副作用あるか」

 

 晴人は笑った。

 

 笑った拍子に肩が痛み、顔をしかめる。それを見て、医療班が即座に鎮痛処置を追加した。篠宮は端末に記録を残し、鑑定局の女性はどこか興奮を抑えきれない様子でデータを整理している。

 

 その様子を見ながら、晴人はゆっくりと目を閉じかけた。

 

 だが、完全に眠りに落ちる直前。

 

 視界の奥に、最後の表示が浮かんだ。

 

《ORIGIN://AUTHORITY》

 

《権限深度:0.006%》

 

《非正規接続個体の継続稼働を確認》

 

《外部管理系による再照合要求》

 

《警告》

 

《当該個体は、観測対象に指定されました》

 

 意味は、分からない。

 

 けれど、その文字列は、三枝を見つけた時の青い線とはまったく違っていた。

 

 冷たい。

 

 遠い。

 

 こちらが誰かを見つけたのではなく、誰かに見られている事を裏付ける表示だった。

 

 晴人はその意味を考える前に、深い眠りへ落ちた。




次話は明日の10時に投稿です
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