現実世界の風は、アインクラッドのそれよりも少しだけ重く、そして酷く生温い。
部屋の片隅に置かれた、今はもう起動することのないナーヴギアをぼんやりと見つめながら、俺は自分の右手のひらを握り、そして開いた。
指先が覚えている、あのズシリとした大剣の質感。狂気的なまでに求めた「力」の感触は、肉体が変わった今でも、魂の奥底にこびりついて離れない。
あのデスゲームの中で、俺は二つのものを永遠に失った。
一つは、現実世界からずっと俺の隣にいてくれた、大切な幼馴染の少女。
そしてもう一つは――誰かを純粋に守りたいと願っていた、等身大の俺自身の心だ。目を閉じれば、今でも鮮明に蘇る光景がある。悪名高き殺人ギルドの薄汚い笑顔。俺の目の前で、ステンドグラスが割れるように、あまりにも呆気なく、光の粒子となって砕け散った彼女の身体。
あの瞬間、俺の中で「守られる側で、ただ奪われるだけだった少年」は死んだ。
二度と、誰も目の前で死なせたくない。
そのためなら、仲間の温もりも、眩しい青春の日々も、すべてを捨てて孤独な修羅になろうと誓った。血盟騎士団の赤と白の制服を身に纏い、感情を殺して剣を振り続けたあの数年間は、自らを「英雄」という名の檻に閉じ込めるための、果てしない儀式だったのかもしれない。
――だけど。
そんな歪んでしまった俺の鎖を、もう一度解きほぐしてくれた奴らがいた。
「おい、そこでお前! 一人で何ボケっとしてんだよ。俺たちとパーティー組もうぜ!」
耳の奥で、記憶の底から、あのうるさいほどに真っ直ぐな大声が響く。
それは、ログインボタンが消え去り、世界が終わりを告げたあの「始まりの日」。
絶望の街の片隅で、ただ一人で消えていこうとしていた茅場の従兄弟――ナナと、彼女を強引に引っ張り上げてみせたガク、そして苦笑いしながら槍を携えるレン。
そして、彼らに向かって不器用に手を伸ばした、まだ何も失っていなかった頃の、俺自身の頼りない笑顔。
デスゲームの幕が上がったあの日、茅場晶彦の血縁という罪悪感に震えていたナナ。そこにガク、レン、そしてサイが手を差し伸べる。サイはナナの境遇を知っても「お前はお前だ」と受け入れ、四人で攻略組を目指す誓いを立てる。
これは、不条理な鳥籠の中で、一度は心を失った少年が、孤独の果てに再び「本当の強さ」を取り戻すまでの、訣別と救済の物語。
時計の針を、あの始まりの街へと巻き戻そう。
俺たちの、あの眩しすぎた旅路の始まりへと――。