ガクに手首を握られ、ナナに襟を掴まれ、蓮さんに頭を撫で回されながら、俺は涙でぐしゃぐしゃになった顔を隠すこともできずに立ち尽くしていた。
閉ざしていた心の檻が壊れ、世界がようやく温かい色を取り戻した、まさにその時だった。
「やっぱり居たじゃねーか」
背後から、少し呆れたような、けれどどこかホッとしたような低い声が聞こえた。
全員がハッとして振り返る。
夕暮れの逆光を背に受けてそこに立っていたのは、黒いコートを風に揺らした男――二刀流のキリトだった。
「キリト…?」
ガクたちが驚きに目を見開く中、キリトは俺たちの手を繋ぎ合う泥臭い姿をじっと見つめ、それから少し寂しげに目を細めた。
「俺の仲間はみんなやられたんだ」
ぽつりと言った彼の言葉には、アインクラッドの深淵に沈んだ、消せない過去の重みがあった。
「お前はなんで、こんなに自分のことを思ってくれる大切な仲間を置いていったのか……羨ましくて仕方ねーよ」
キリトは一歩、俺たちの方へと近づき、今度は俺の目を真っ直ぐに射抜いた。それは、かつて闘技場で俺の心を両断した、あの強き英雄の眼差しだった。
「だけど覚えておけ。お前が無茶すると、絶対にお前の仲間も無茶をするぞ」
その言葉が、俺の胸に深く突き刺さる。
そうだ。俺が死ぬ気で前線へ突っ込めば、ガクたちだって俺を死なせないために、命を懸けて限界以上の危険な場所に飛び込んでくる。一人で背負うということは、仲間をさらに過酷な地獄へ巻き込むことと同義なんだ。
「責任を負うなら、一人で絶対に負うなよ」
言うだけ言うと、キリトはそれ以上何も語らず、ひらりと黒いコートを翻した。そのまま雑踏の中へと、すれ違う人波に紛れてどっか行きやがった。
「な、なんだあいつ……格好つけやがって」
ガクが少し気圧されたように呟き、蓮さんは「ふっ、いいアドバイスじゃないか」と静かに微笑んでいる。ナナは涙を拭いながら、キリトが去った方向をじっと見つめていた。
全く、知った風に言いやがって――。
去っていく黒い背中を見送りながら、俺は口元に苦笑を浮かべ、心の中で静かに呟いた。
(ありがとう、先輩)
あいつに負けたから、俺はここに辿り着けた。あいつが俺の独善的な剣を叩き折ってくれたから、俺は今、こうしてみんなの体温を感じられている。
俺はゆっくりと、自分の背中に手を回した。
血盟騎士団の、あの重苦しかった赤と白のマントを肩から外す。
「サイ……?」
ナナが不思議そうに俺を見る。
「これ、団長に返しにいくよ。俺はもう、血盟騎士団のサイじゃない」
俺は外したマントを丸めてインベントリに仕舞い、もう一度、三人の顔を真っ直ぐに見つめた。
「俺は、お前たちのパーティーの『サイ』だ。大剣使いの、な」
「当たり前だろ、大馬鹿野郎!」
ガクが俺の背中をバチコーンと痛いくらいに叩く。「痛てっ」と笑う俺の隣で、蓮さんが「じゃあ、まずは美味いもんでも食いながら、これからの作戦会議だな」と槍を背負い直した。ナナも「もう絶対に勝手にいなくなったら許さないんだからね」と、今度はいつものへそ曲がりな笑顔を見せてくれた。
心の中の真っ黒な檻は、もうどこにもない。
グリップの奥で眠るカナメの細剣も、今は俺を呪うためではなく、みんなと一緒に未来へ進むために、優しく鼓舞してくれているような気がした。
「よし、行こう。俺たちの戦場へ」
もう、繋いだ手は絶対に離さない。
夕暮れが終わり、アインクラッドに星空が広がる中、俺たちは四人でしっかりと肩を並べ、再び前線へと歩み出した。