学校の帰りにいつも立ち寄るコンビニのイートインコーナーは、西日に照らされて妙に暑かった。
そんな中で、ガクはガリガリ君のソーダ味を文字通り貪るように咀嚼し、俺はといえば、手元で溶けかかっている同じアイスをちびちびと齧りながら、ここ最近毎日のように繰り返している「ある話題」に花を咲かせていた。
「おいサイ、聞いたかよ! 次のβテストのレポート記事。五感を完全にダイブさせるって、マジで脳ミソどうなってんだよ。早く動かしてえなぁ、大剣!」
「ああ、事前情報だけでも鳥肌が立つよな。発売日、本当に待ち遠しいよ」
近々発売される世界初のVRMMORPG――『ソードアート・オンライン』。
その革新的な次世代ゲームの話題は、俺たちの心を完全に捉えて離さなかった。あのアインクラッドという仮想の浮遊城で、自分の足で立ち、自分の手で剣を振るう。想像するだけで、退屈な高校生活のすべてが吹き飛ぶような高揚感があった。
だが、そんな俺たちの熱を帯びた会話に、冷や水を浴びせるような声が響いた。
「――くだらない」
すぐ隣のイートインスペースから放たれた、硬く、冷徹な一言。
振り返ると、そこには見覚えのあるセーラー服の背中があった。同じ学校の同級生――茅場七海だ。彼女は手元のおにぎりの包装を小さく丸めながら、ゴミ箱に視線を落としていた。
「あ? なんだよ、いきなり!」
案の定、ガクが分かりやすく眉を釣り上げて突っかかる。俺は慌ててガクの制服の袖を引っ張り、「おい、やめろってガク」と宥めに入った。
しかし、七海はそんな俺たちの反応など歯牙にもかけない様子で、ゆっくりとこちらを振り向いた。その瞳には、明らかな退屈さと、どこか冷めた感情が宿っている。
「さっきから話題にあるそのゲーム、私の叔父さんが作ってるんだけどさ」
「……え?」
俺とガクの動きが同時に止まった。叔父、だって?
SAOの開発者といえば、天才科学者としてメディアでも騒がれている茅場晶彦だ。目の前の同級生が、あの男の血縁だという事実に頭が追いつかない。そんな俺たちの困惑を無視して、七海はため息混じりに言葉を続けた。
「一体何が良いの? 私も叔父さんに勧められたから一応買ったけど……正直、身体を動かすなんて、ゲームじゃなくても出来るじゃない。そんな事にお金と時間を費やしてる暇があるんだったら、勉強でもやれば?」
感情の起伏がまるでない、正論という名のナイフ。
それだけを言い残すと、七海はカバンを肩にかけ、振り返ることもせずにお店を後にした。自動ドアが開閉する電子音が、妙に虚しく響く。
「なんなんだよアイツ、超ムカつく! 人の趣味にケチつけやがって!」
「まあまあ……でも、茅場晶彦の親戚だったなんて驚いたな……」
ガクが不満を爆発させ、自分の頭をワシワシと乱暴に掻き回す。
その時、俺たちの背後から、聞き慣れた少し低めの声が割り込んできた。
「実際、言ってることは間違っちゃいねえだろ」
「うお、蓮!? びっくりさせるなよ!」
「蓮さん、もうバイトのシフト終わったんですか?」
そこにいたのは、ガクの兄であり、このコンビニで店員をしている蓮だった。制服のバックヤードから出てきた彼は、肩をすくめながら俺たちの前の席に腰掛けた。
「まあ、そんなところだ。……さっきの彼女の言う通り、世間一般から見りゃ、ゲームに血道を上げるなんてのはただの現実逃避さ。俺の若い時なんてな、今みたいにスマホもVRもなくて、パソコンが無きゃ碌にネットゲームなんて出来なかった。それこそ昔は『社会のゴミ』なんて、ネット廃人は後ろ指指されてたんだぜ。半分そこに足を突っ込んでる俺なんざ、似たようなもんだ」
蓮は自嘲気味に笑う。
ガクは「兄貴までそっちの味方すんのかよ」と口を尖らせていたが、俺の胸の奥には、蓮の言葉が妙な重みを持って沈み込んでいった。
仮想世界に魅了される俺たちは、確かに彼女のような「正しい現実」を生きる人間から見れば、ただの子供部屋の住人に過ぎないのかもしれない。
「……そんなもの、なのかな」
モヤモヤとした思考が頭を巡る。ガクたちとコンビニ前で別れた後も、その違和感は消えなかった。
いつもの夕暮れ。俺は頭を冷やすために、自宅へ直帰するのをやめ、お気に入りの静かな喫茶店へと足を運んだ。