「そこ! サイ、モーションが大きすぎる! ソードスキルの硬直を狙われたらどうするの!」
アインクラッド第3層、鬱蒼と茂る森の開けた広場で、鋭い声が響いた。
細剣(レイピア)を構え、軽やかなステップで俺の懐へと踏み込んできたのはカナメだ。彼女の突きが、僕の胸元でピタリと止まる。
「うわっと……。やっぱり、大剣は振った後の隙がデカいな……」
僕は愛用の大剣を地面に突き立て、大きく息を吐き出した。
デスゲームが始まってから数か月。俺たちは日々、泥臭くモンスターを倒し、レベルを上げていた。戦闘技術に関しては、現実世界でフェンシングをやっていたカナメが頭一つ抜けており、こうして安全圏に近いフィールドで、俺は大剣の個別レッスンを受けているのだった。
「もう、大剣は攻撃力が高いんだから、一撃で仕留めるか、外した時のステップワークを叩き込まないとダメ。ほら、もう一回!」
「はは……厳しいな、カナメ先輩は」
苦笑いしつつも、僕の心は充実感で満たされていた。
視線の先、木陰のベンチでは、ガクが「サイの奴、またカナメにシバかれてやんの」とゲラゲラ笑い、蓮(reddo)が「お前も人のこと言えないだろ、ほら、槍の連携の復習だ」とガクの首根っこを掴んでいる。その隣では、ナナ(nana)が真剣な表情でポーションのストックを数えていた。
現実世界で「くだらない」とゲームを一蹴していたナナは、今や俺たちの頼れる生産兼後衛職として、パーティーに欠かせない存在になっていた。彼女の笑顔が増えるたび、あの日、始まりの街で手を差し伸べて本当に良かったと心から思える。
「はい、今日のレッスンはここまで。お疲れ様、サイ」
カナメが細剣を鞘に収め、インベントリから何かを取り出した。
差し出されたのは、彼女が料理スキルで作ったという手作りのクッキーだった。
「美味しい。……現実世界の味と、ほとんど変わらないな」
「でしょ? スキル熟練度上げるの、結構大変だったんだから」
カナメは嬉しそうに胸を張った。ゲーム内の簡素な再現料理とはいえ、彼女の不器用な優しさが詰まった味がして、胸の奥がじんわりと温かくなる。
夕暮れ時。アインクラッドの偽物の太陽が、階層の天井を茜色に染めていく。
美しくも、どこか哀しいその光を見上げながら、カナメはふと、小さな人差し指を立てて俺の目を真っ直ぐに見つめた。
「ねえ、サイ。約束して」
「約束?」
「うん。二つの約束」
彼女の表情は、いつになく真剣だった。
「一つ目は、このパーティーのみんなで、絶対に生きて現実世界へ帰ること。ガクも、レンさんも、ナナちゃんも、みんな大切な仲間だから。誰一人、欠けちゃダメ」
「ああ、もちろん。僕が命に代えても、みんなを守るよ」
僕が即座に答えると、カナメは少し怒ったように眉をひそめ、俺の頬を両手でぎゅっと挟み込んできた。
「ううん、命に代えちゃダメ。それが二つ目の約束」
「へ? あふ……」
「サイは、誰かのために自分を犠牲にしちゃいそうなところがあるから。……私、サイが大剣個別レッスンで強くなっていくのを見るのが、一番嬉しいんだ。だから、サイ自身も絶対に無事でいて。約束、破ったら許さないんだからね」
真剣に俺の身を案じるカナメの瞳に、俺は嘘偽りのない言葉を返した。
「……わかった。約束するよ、カナメ。俺も、絶対に死なない」
頬を解放された俺が微笑むと、カナメも安心したように、いつもの眩しい笑顔を咲かせた。
全員で、生きて帰る。
自分自身も、絶対に無事でいる。
あの夕暮れの光の中で交わした二つの約束は、俺の胸の中で一番輝く、生きるための道標だった。喫茶店のマスターが言っていた『自分がどう在るか』という芯は、この時の俺にとっては「この5人で誰も欠けずに生き抜くこと」そのものだった。
「おーい! お前ら何イチャついてんだよ! 飯行こうぜひさしぶりの肉だぞ!」
遠くからガクが手を振って叫んでいる。
「今行くよ!」とカナメが応え、俺たちは並んで歩き出した。
「もっと強くなろう。みんなで、前線へ行こう」
僕の言葉に、カナメが小さく頷く。
この時の俺たちは、信じて疑っていなかった。この眩しい青春の日々が、ずっと続いていくのだと。
――次の階層の迷宮区で、あの最悪の悪意が、僕たちの目の前に立ちはだかることも知らずに。