リバーサル・イフコード   作:gp真白

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理不尽な現実と世界の理を知る者達

キリトに向かって突進する俺の足元で、闘技場の石畳が激しく爆発する。

怒りで視界が真っ赤に染まる中、大剣を上段へと跳ね上げ、ありったけの殺意を込めて振り下ろした。

 

ガギィィィィィン!!

 

凄まじい金属音が響き渡る。

キリトは背中の『エリュシデータ』を瞬時に引き抜き、俺の一撃を完璧な角度で受け止めていた。凄まじい火花が二人のアバターを照らす。

 

「……っ、重いな!」

 

キリトの顔が歪む。だが、彼は俺の剣圧に圧されることなく、もう一振りの白い剣『ダークパルサー』を電光石火の突きへと移行させた。

 

「邪魔だと言っているんだぁぁぁっ!!」

 

俺の奥底で、狂気的にユニークスキルが駆動する。

 

「『リバーサル・コード』!!」

 

キリトの二本目の剣が俺の脇腹を捉える直前、俺の身体はシステムアシストを無視した超高速の「反転」運動を行った。キリトの突きを大剣の側面で受け流し、その威力をそのまま『反転』させてキリトの胸元へと叩き返す。

 

ドンッ!!

 

衝撃波が炸裂し、あの黒の剣士が数メートルも後方へと吹き飛んだ。

 

「キリト君!?」

 

アスナの悲鳴のような声が響く。だが、キリトは空中で見事に体勢を立て直し、両足で力強く着地した。そのHPバーは、今の反転衝撃で一気に2割近く削られている。

 

「なるほど、それがお前のユニークスキルか。相手の攻撃の威力が大きければ大きいほど、そのまま相手に跳ね返る……」

 

キリトは息を整えながら、二振りの剣を低く構え直した。その瞳に、恐れはない。あるのは、酷く哀しいほどの「共感」だった。

 

「だけどさ、サイ。そのスキルは……自分を傷つけるためのものじゃないはずだ」

 

「うるさい、うるさい、うるさい!!」

 

俺は再び地面を蹴った。大剣を狂ったように振り回し、左右からの猛撃を繰り出す。だが、キリトの動きが完全に変わった。

 

彼は二刀流の圧倒的な手数(連撃)を仕掛けるのをピタリとやめた。俺が『リバーサル・コード』を発動させる起点となる「強い一撃」をあえて打たず、最小限のステップと、流れるようなパリィだけで、俺の攻撃をすべて完璧にいなし始めたのだ。

 

「なんで……なんで当たらない……!?」

 

どれだけ剣を振るっても、空を切るばかりだ。

この世界は数値が物を言う世界のはずだ。俺はあいつよりも、誰よりもモンスターを倒してきたはずなのに。

 

「サイ、お前の剣は強くて、圧倒的だ。だけど、今の君の剣には……誰も映っていない!」

 

キリトの鋭い声が、俺の鼓膜を打つ。

 

「俺も、目の前で仲間を失った。自分の弱さのせいで、ギルドの全員を死なせた。だから、一人で強くなろうとした。誰とも関わらず、ただ心を殺して、前線だけを見て突っ走った。……今の君は、あの時の俺と全く同じだ!」

「黙れ……お前に何がわかるッ!!」

「分かるよ! 誰も死なせたくないから、最初から誰も近づけないようにしてるんだろ!? だけど、そんなのただの逃げだ! 孤独の檻に閉じこもって剣を振るうのは、強さなんかじゃない!!」

 

キリトの叫びと共に、彼の二振りの剣が、俺の放った大振りの一撃の「硬直時間」を完璧に捉えた。

 

システムアシストによる光の軌跡。キリトの放った技は、高位のソードスキルではない。ただの基本技の組み合わせ。けれど、それは俺の心を正確に両断した。

 

バキンッ!!

 

俺の手から大剣が弾き飛ばされ、石畳の上に激しく転がった。

体勢を崩し、膝をつく俺の喉元に、キリトの黒い剣の切っ先がピタリと突きつけられる。

 

【PvP MODE END ―― WINNER:KIRITO】

 

頭上に浮かび上がった無情なシステムログ。

俺の、負けだった。

 

「……あ……」

 

喉の奥から、乾いた声が漏れる。

勝てなかった。モンスターをあんなに倒して、心を機械にしても、俺はトップクラスの足元にすら及ばなかった。これじゃ、誰も守れない。もしまたラフコフが現れたら、俺はガクも、レンさんも、ナナも、全員失うことになる――。

恐怖と、情けなさと、圧倒的な無力感で、身体の震えが止まらない。

そんな俺の前に、キリトは静かに剣を収め、そっと手を差し伸べてきた。

 

「サイ。君の背負ってる『赤と白』は、誰かを拒絶するための壁じゃないはずだ。……守りたいなら、その手を伸ばせよ。君を思ってる人達の所に」

 

キリトの言葉が、かつて雨の喫茶店でマスターが言っていた言葉と重なる。

 

『自分が「理性的な人間」でありたいと願うから、理性を手放さないんだ』

 

俺は、誰も死なせないために理性を保ち、感情を殺した。けれど、それはいつの間にか、仲間を失う恐怖から目を背け、一人で引きこもるための「言い訳」になっていたんじゃないか。

 

「サイ君」

 

背後から、ヒースクリフ団長がゆっくりと歩み寄ってくる。その表情は相変わらず読めないが、どこか静かだった。

 

「勝負はついたね。約束通り、頭を冷やしなさい。副団長の言う通り、今の君には休息が必要だ」

 

アスナも隣で、怒るのをやめ、痛々しいものを見るような優しい目で俺を見つめていた。俺はキリトの手を借りずに、ふらふらと立ち上がった。地面に落ちた大剣を拾い上げ、背中に背負う。グリップの奥で、カナメの細剣のデータが小さく脈打っているような気がした。

 

「……すまない」

 

掠れた声でそれだけ言うと、俺は血盟騎士団の本部を逃げ出すように立ち去った。

 

向かう先は、最前線の戦場ではない。

かつて、俺を「サイ!」と呼んで、必死に引き留めようとしてくれた、あの三人のいる場所――遠い、遠い、あの始まりの空の下だった。

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